第4話 超えてきたところ

  〈マネゲ〉のセールスポイントの一つは、魔法をカズタマイズできることだ。つまり、オリジナル魔法を作ることができる、というものであった。

 例えば、〈ファイアーボルト〉という炎の矢を放つ魔法があるが、プレイヤーは魔術式を改変することにより、射程や一度に発生する本数、威力などを変更し、自分の魔法として登録することができる。

 もっとも、魔術式を改変するためのアイテムが課金アイテムだったこと、魔法陣の構成を読み取り、分析し、改変するための情報が初期段階で非常に乏しかったこと、そもそも改変せずとも通常の魔法でゲーム進行には問題がおこらなかったこと、などの理由により、あまり活用されることのない、死に要素と化していた。

 話題になったことといえば、いわゆる廃プレイヤーの一部が、古代ベル○式やミッドガ○ダ式などの魔術言語を生み出し、全力全壊スターライトブレ○カーを使っている動画などが、ネットの一部で騒がれたくらいか。


 そのプレイ動画を見たとき、ケートは愛というものの業の深さを感じたものだ。

 

 ケートが思考をめぐらしている間に、サダキラはゴブリンの群れに突っ込んでいた。

 ゴブリンが突き出す槍をいなして、腹部を深く切り裂き、振り下ろされる剣を横の動きでかわして、蹴り飛ばす。

 あっというまに駆逐されうゴブリン達だが、一体だけ、戦いの渦から半歩離れた場所にいた。

 弓を持った個体である。

 最初はサダキラに向けて弓を引いていたが狙いが上手く定まらなかったのか。

 ターゲットをケートに変える。弓がこちらに向って引かれている。その事実をケートが気づくのが先だったか、サダキラの対処が先だったか。



 サダキラが左手を上げると、腕の先に魔法陣が生まれる。


〈マナ・パレット〉


 魔力の弾丸が、弓を持つゴブリンに命中し、はじけ、動かなくなる。

 しかし、矢はすでにケートに向って放たれた後であった。

 ひょろひょろっと放物線上にあがった矢はケートのほうに向かい、力なく飛んでくる。

 力ないといっても、見極めてよけることはできなさそうであるし、考えている暇もない。そして刺されば当然に大きな痛みを伴うし、毒が塗られていれば命に係わる。


 そう思った瞬間のこと。

 ケートは一呼吸の間に、その構成をつくりあげることができた。


「〈プロテクション〉っ!」


 半透明の青い障壁が矢とケートとの間に形成され、矢はケートに届くことなく、勢いを無くす。


(できた……)


 そんな感慨だけを残して、ケートにとって、始めての魔物との邂逅は終わった。



「申し訳なかったですニャア。いきなり危険な目にあわせてしまいましたニイ」

「いえ。サダキラさんが居なければ多分、あのゴブリン達に襲われて僕の命はすっかり無くなっていたでしょうから、感謝するばかりですよ」


 結論からいって、矢はケートに命中する軌道ではなかった。魔法で防がなかったとしてもケートにあたることはなかっただろう。

 サダキラの攻撃が、グリーンゴブリンの攻撃を少しだけそらしていたのだ。


「ここでは落ち着いて話もできないニャア。少し移動しましょうケートさん」


 微笑むサダキラにうなずくしかないケートである。

森を抜けた先にに大き目な街道があり、そこを辿る。二時間は歩いただろうか。

 いまだ陽の光はまだ昇りかけているくらいの時間帯であり、平らに舗装された道は、都市が近いのか、いつしか石畳のものに変わっていた。

 また、徐々に人の往来も増してきたため、ケートはサダキラから借りたローブをまとい、フードを深くしたうえで、極力顔を上げないようにしていた。


「……はあ」


 これはため息などではない。単純に疲れからくるものである。

 身体が小さくなっている。

 いろいろなことに一杯で混乱していたケートは、期せずして行われたこの大自然ウォーキングによって、あまり考えたくない事実に直面していた。

 背が縮んでいるだけではない。全体的に若いのだ。

 小さかったころの記憶などあまり覚えているものではないが、大体小学校高学年くらいのころに戻っている。

 なので、体力もそれ相応である。

 高校に入るまでは、同年代のなかではぶっちぎりに背が低かったケートは、低くなった自分の目線になんとなく懐かしさを覚えていた。


(背、小さかったんだよなあ……。特段運動とかやってたわけでもないから体力もあまり無いほうだったしなあ)


 ケートの疲労を察したのか、サダキラが声をかける。


「さあ、座るにちょうどよい岩場がそこにあるニイ。少し休憩していきましょうかニャア。さきほどのこと、都市に入る前にお話しておきたいこともありますし」


 サダキラから差し出された皮製の水筒に口をつけて、ひとごこちつく思いがした。


「しかし、若いのにしっかりしてるニイ。〈越境者(トランスレーター)〉という人たちは優秀だという伝承ニャけど、本当だニャア」

「〈越境者(トランスレーター)〉?」

「そうだニャア。異世界からの来訪者のことを、この世界ではそう呼んでいる。つまりケートさんみたいな人のことだニイ」


 〈越境者(トランスレーター)〉


 異世界からの来訪者、または漂流者とも呼ばれる存在。そしてケートにとって一番見塚なのは、〈マネゲ〉におけるプレイヤーの名称でもあったということだろう。

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