第3話 はじめての魔物、はじめての魔法
「いや、これはいきなり声をかけるのは失礼だったですかニイ。すこし妙な場の歪みを感じたので来てみたのですが」
ケートが男だとわかったのは、その声からであった。異形ではあるが、紳士的な言葉遣い。
恐る恐る訪ねてみる。
「え、えっと……すいません、ここは一体どこなのでしょうか――」
やや間があって、猫の男は納得したかのように何度かうなづく。
なにかまマズい質問だっただろうか。
「ふむ……。やはりそうですか。ではあなたにはこれが必要になりますニャア。受け取ってくださいニイ」
猫の男は、腰に下げた袋からなにかを取り出すと、ケートに向かい、放りなげる。
「指輪……」
すこし太めのシルバーリング。とくに意匠に凝ったところはないが、リングの内側には見たこともない文字が細か刻まれているた。
「さて、これであなたの言葉がわかるようになるはずだ。はじめまして、サダキラと申しますニャア」
「ええと、ご丁寧にこれはどうも……。甘味屋景人と申します。あの言葉がわかる、というのは一体……?」
「ケートさんの話す言語は〈リーネスタン共通語〉ではなかったようですので、その指輪をお渡ししたのニャア。その指輪に刻印されたスキルは〈翻訳〉。だからそれはしばらくの間ちゃんと持っておいてほしいですニイ。そして、できればそれも含めて事情を私が説明したいニャアが……」
それはケートにとってありがたい申し出である。なぜなら全く何が何やらわからない状態なのである。猫の人でもワニの人でもいい。とにかくケートは情報を渇望していた。
そもそも指輪にスキルが付与されているって、ゲームみたいではある。
そんなケートの懊悩をよそに、サダキラの視線は木々の生い茂る別の一点に注がれていた。
「こまったことに、招かれざる別の客が来たようですニイ。話はそれが終わったあとで」
がさがさと、木が誰かによってかき分けられる音がケートにまで届く。サダキラが視線を向けていた場所が動いていた。
「なるほど、獲物に気づいてよってきた、というわけですニャア。さてケートさん、できれば私の後ろにいてもらってもいいですかニイ」
ケートはいそいで男のうしろに移動する。そして、サダキラの身体ごしに、森から現れた相手を視認する。
その姿にケートは見覚えがあった。
「グリーンゴブリン……?なんで……」
つぶやきに男が興味ありげに反応した。
「ほう。正解ですニャア。いくらメジャーな魔物とはいえ、こちらに来たばかりの人間が知っているというのも妙なものニャ」
グリーンゴブリン。
大きな牙と尖った耳。人間よりも小柄で、個体では熟練された戦士にとっては大きな脅威とならないが、集団では連携した動きに注意が必要であるし、ケートのような戦いの術を学んでいない人間では出会いは即、死や凌辱を意味する。
「さて、ケートさんはもう少し下がっていてほしいですニイ」
森から現れたグリーンゴブリンの数は六体。もっている武器は槍や剣などだが、一体だけ古びた弓を携えていた。
「〈我知るは、天切る刃〉。では、この世界の『ふつう』をご覧にいれるニイ」
フラリとゆらめくサダキラの右手を中心として魔法陣がうまれる。それが消えたとき、彼の手には大きめのダガーが一本握られている。
そして、サダキラが唱えた言葉。それはケートにとって非常に覚えがあるもので、武器を一時的に作り出す「魔法」の発動キーだったはず。
(モンスターも、あの力ある言葉(マジックワード)も。僕の知っている〈マネゲ〉と全く同じもの……。そして「リーネスタン」という言葉。ここはもしかして……)
ケートが知る魔法とは、術者が魔術言語によってプログラムされた魔法式の塊、魔法陣を作成し、力ある言葉、マジックワードを唱えることによって実行される。
そして、魔法のもととなる魔術言語にはいくつもの種類がある、とされていた。
ケートが使っていたのは、〈古代リーネスタン神国語〉。
魔法発現までの工数が長くなり、魔法陣もそれに応じて大きくなるが、特殊な儀式に使う魔法にも使える汎用性の高さに、甘味屋景人としては気に入っていたし、お金もかけていた。
そう、これらは全てケートが散々にやりこんだ〈マージカルネームドタワー・オンライン〉における魔法の設定であった。
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