馬銜

 ええ、ええ!貴方からしてみれば、拙は奇妙な存在なのでしょう!拙は存じて居ります。貴方は、弥奔を背負う大事な御方。感情など、大いなる使命の下では、きっと隠して仕舞わなければならないのですから、然し、拙はとうに気付いております。貴方には、ひとの気付かぬ小さな癖があるようで。恐ろしいもの、例えば、痛みを解せぬ化け物なぞを見た時の、平時よりずっと叮嚀に筆を置く御手て。微かにも動かぬ眉、其の真下で、ほんの少し細くなる瞳。全て存じて居ります。

「引き継ぎは済んでいるのであろう。下がれ。用はない」

「ええ、直ぐにお遑します」

拙が兄様の方へ歩み寄ると、きいと床が軋みました。

「兄様、当節迄、貴方は俘虜に手を掛けていたそうで。いいえぇ、兄様、拙は責めるつもりは毛頭御座いません。でも、そんなに急いて、そろそろまた"お楽しみ"のお時間ですか?」

決して視線を此方へ寄越さぬまま、深く息を吸う音が聞こえました。拙には其れが可笑しくて堪らなく、思わず堅く握られた拳に触れると、指先だけが、まるで一匹の小動物のように微かに反応したので、満ち足りた気分で部屋を後にしました。

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