肋骨

 軽快な足音が執務室の前で止まり、少し間を置いた後、扉が開いた。入って来た男の顔は大きく焼け爛れ、髪の先からは未だ、小さな水の粒が揺れている。

「拙は兄様がくだすった御用を済ませました」

一歩、二歩と近付くにつれ、湿気を帯びた血腥い臭いが鼻に付いた。眼前に佇み報告を続ける男は、眼を開けることすら儘ならずにいたが、気にする様子はなかった。早急に処置を済ませるよう言い、眼を背けると、ええ、と頷き、然し、更に数歩躙り寄って、指先でつつと拳を擽った。

「きれいにして参りますね」

顔を覗き込み黒目がちな瞳をこちらへ向け、にたりと口元を歪めたかと思うと、囁き声で一言二言吐き、すぐにくるりと踵を返した。こつこつと響く音が遠ざかり、安堵の息を漏らす。

 己の似姿が、半身を焼かれても尚、ああして嗤うのを見せ付けられるのは、やはり慣れるものではない。指の這った跡を示すかのような赤い線が、微かな痒みを帯びて乾いていく。


 それは、人間ではなかった。襤褸切れの身体を前にする度に、人間である自身との途方も無い隔たりを感じていた。

 "対人用 戦闘傀儡せんとうかいらい イ型"

大仰な名を持つその男は、謂わば人造の生物であり、試作の段階ではあるが、戦果は十二分に示していた。代替の利く肉体、取り払われた痛覚、驚異的な治癒力、自立した思考、そうしてそれらの生み出す、人体では大凡実現が出来ないであろう機動力。人の容をしていて、人で無く、命令とあらば味方でさえ、まるで蟻を踏みつぶすが如く手を下すその人型は、我が"大弥奔帝國だいやほんていこく"の誇りであり、或いは狂気であった。


 更には、これも正気の沙汰ではない、滑稽な事実であるが、その男は、国からの贈答品として、この木戸秀一郎が過去に譲り受けたものであった。男が私を兄と呼ぶ所以である。男は人間を装い"いろは"と名を改め、時には都合の良い死体となり、またそれも、男に与えられた役割であった。

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