肉芽

 処置を終え、次の任が有る迄の間、さてどうしたものかとしばらく思案しておりました。鉄砲の練習は好きではないし、刀の稽古は相手が居ない。眠るにはまだ早く、かといって、散歩に出る気分でもなく。気怠い心地のまま、赤い天鵞絨の床に摺り足で模様を残し歩いておりますと、或る一つの扉の前へと辿り着きました。

 そうね、きっと今頃は真最中でしょう。拙は一転して愉快な気持ちになって、其の飾り気のない戸を開くと、其処に現れた、果ての見えない程に暗い階段を降りました。

 階下より染み出す威圧感に言いようのない興奮を覚えながら、空間に響く己の足音に耳を傾けておりますと、暫くして、所々に鉄筋の露出した混凝土の壁に突き当たりました。辺りは何時の間にかに随分と騒がしくなっていて、時折、長く吼える獸のような声が聞こえました。

 拙には彼奴等の、酷く聞き苦しい喚き声は、未だ理解の難しい事で在りました。ひとには大抵、痛みがあると皆口々に仰いますが、其れは何て不便なのでしょう。だのに、ひとは痛みのわからない拙に、決まって、わからないことを酷く責めるのでした。

 

 規則的に並ぶ鉄の格子の中を一つ一つ確認しながら、やがて、その中にしゃんと伸びた背中を見付けたので、音を立てないようにそうっと近寄りました。さぞや驚くだろうと思っていたのに、吊り下げられた、其れ、の興醒めする視線で、拙の些細な企みは呆気無く気付かれてしまったようでした。

「何用だ」

「用無く参るのはいけませんか」

静かに、睨め付けるような眼のままゆっくりと振り向いた兄様の御顔には、泥のような俘虜の血がべとり。

「逢瀬に参りました、兄様」

「くだらない。暇ならば、他にするべき事は幾らでもあるだろう」

「ねえ兄様、其の様な、使い切りの玩具より、拙では役不足です?」

兄様の左の拳を、拙の両の手で包む様に奪い、其処から伸びる鞭の先を己の頬にひたりと置きますと、とうとう御顔が崩れ、大層不愉快そうに眉間に皺を寄せました。

「ね、どうぞ」

ぐっ、と御手てが硬くなるのを感じ、ついつい、ええ、きっと今、拙は滑稽な顔をして居ることでしょう。拙の様な汚らしい愚物が、清く美しい兄様の心を僅かにでも揺らしたという事実に、些かの感動さえ有りました。兄様の次の一手までの刻は、とても永く、夢のような心地で御返事を待ちました。

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