第18話救援
爆発音と小さいながらも確かな震動が届いたのは、ちょうどパウル様が村の外へ出た事に気付いた時だった。
それまでは村の中で遊んでいるのだろうと楽観していたのがまずかったのだ。そんな時に、あの爆発音だ。不安に駆られたのは当然と言えよう。
何かが起こったのは確かだった。
だから全力でその場所へと駆け、一秒を争うような事態の中で足を止めてしまったのは不覚と言えば不覚だった。
だが、一体誰がこんな事を即座に受け入れられただろうか。
予想など出来るはずもない光景だったからこそ、受け入れ、把握するまでに数瞬を要したのだ。
パウル様と村の子供二名を中心に半径数メートルは炎が燃え盛っていた。
思わず焦りと共に炎に構わず突撃し、救い出そうとした。
それでも足を止めたのは、恐怖からではなく経験則。
魔法を使う魔物ならば、相手を殺してからの方が良い。敵の位置や数、動向等、状況の把握に要した時間は二秒。その間、炎は不動だった。
だから再び困惑する。魔物が何かやったのかと疑ったのだが、当の魔物はむしろその炎を前に攻めあぐねている様相を見せていたのだ。
あまりに予想外の状況に直面し、思考停止してしまった脳は事態を察知するまでに更に数秒を要した。
だが、結局どう見ても危機であることに変わりはない。ならばとまずは炎を迂回し、魔物との距離を縮め、最後の一歩で僅かに残っていた炎を突き破って狼の魔物へと接近、一閃で首を落とす。
もし一対一で戦えばそれなりに時間が掛かっただろうが、この魔物の注意はパウル様達に向いていたからこそ出来た芸当だ。
そしてパウル様達に視線を向けると、まだ危機は去っていなかったのだとすぐに理解させられた。
「お、おい、坊主!」
二人に支えられていた坊主が、明らかに気を失っている。
魔法が解けようと、炎は収まらない。むしろ坊主の支配下を逃れた事で、無秩序に燃え広がろうとしていた。
魔法が使えない自分に、消火は出来ない。焦りながらも、今度こそ炎を突っ切って行くしかないかと覚悟を決めた直後。
「水よ、集いて押し流せ『ウェーブ』」
遅れてやってきたフェリスが魔法を唱える。
本来なら相手の足を掬う程度の魔法だが、今はそれが丁度良く、一帯に広がりつつあった炎を一瞬で鎮火する。
「おし、ナイスタイミング!」
「それよりも……」
「ああ、怪我はなさそうだが……」
二人が視線をやったのは一番大事なパウル、ではなく、そのパウルとノエルに支えられているチェスターだった。
「……これほどの魔法を、あの子一人が?」
「……おそらく、な。それにしてもおったまげたな。お前、このくらい出来るようになったの何歳だ?」
「…………九……いえ、十は過ぎた時ね」
英才教育を受け、同年代に並ぶ者のいなかったコイツでさえそうなのだ。
こんな田舎に、魔法の使い手がいるとは思えない。いたとして、それでも冒険者崩れ、しかも駆けだしのドロップアウト組だろう。
その辺りは情報を集めればすぐに入手できるだろうが、結果がどうあれ、この子が拾いものである事だけは間違いない。
フェリスが一瞬言い淀んだのは、侵入を拒むかのように綺麗な円を描く炎ではなく、その先の抉られた土砂と僅かに燃え残った炎を見たからだろう。
辿り着いた時にはほとんど火は残っていなかったが、どう考えてもあの時に危険を知らせる事にもなった一撃。
その一撃であの範囲を焼いたという事くらいは分かる。
それも、燃料が残らない程一瞬で、しかも指定した範囲のみを焼き尽くす完璧な制御と威力。
倒せはしなかったようだが、それでも悪くはない選択だった。
いや、俺達が救援に来ると考えての二段構えだとしたなら、むしろ最良とさえ言えるだろう。
自身の力を知り、限界を知り、早い段階から結果を見極めて俺達に助けを求めた? 攻撃に紛れさせて? それもこんな幼い子供が?
普通は目の前に迫る死から逃れようと安易で無謀な逃走か、闇雲に攻撃魔法を放ち続けるか、最初から攻撃せずに、ただただその炎の壁の中に籠る事を選択するだろう。本来、こんな状況、森の中で都合良く助けが来るなんて賭けに出る筈がない。
だが、もしもだ。もしそうだと言うのならコイツは――
「パウル坊ちゃんに足りねえもんを持ってやがるな……。おい、この坊主を御屋形様に推薦するぞ」
短絡的で直情型であるパウル坊ちゃんを見ていると、そうそうあの性格が変わるとは思えない。その性格も、特別悪いわけではない。いや、熱血漢な辺り、将来は領主として善政を布いてくれるだろう。
だが、それを放置してしまえばいずれ致命的なミスに繋がる可能性もある。善人だから善政が布けるとは限らない。政治に関する様々な知識や計算能力、他人には冷酷ともとれる決断もまた求められるのだ。
だから領主ならば冷静沈着で計算高い性格のほうが望ましい。もし今の性格を通そうと言うのならば、それこそ優秀かつ忠誠心のある臣下が必要になる。
そして、この子はその弱点を補うのにもってこいだ。
この年齢でそれほど冷静な立ち回りを見せたのだ。下手な人間なら立場を利用する可能性もあるが、この年齢からなら忠誠心をゆっくり育むだけの時間もある。
更に魔法使いというのも悪くない。いや、むしろこの年齢であれだけの事が出来るなら、最高の逸材だ。
それに、いい加減パウル坊ちゃんも付き人を決める時期だ。
今まで他の候補共をさんざん置いてけぼりにし、逃げ回っていたがそろそろ潮時だろうし、そいつらには悪いが、相手が悪かった。
この年齢で魔法を使い、さらに頭もキレる可能性がある。
これほどの逸材を前にすれば、どんな候補でも霞んでしまうのは仕方のない事なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます