第17話大冒険




「探検しよーぜ、探検!」

「危ないからマズイだろ」



何をして遊ぼうかという段階になって、パウルは早速提案をする。

初めて街を出て知らない場所へ来た事で見る風景全てが物珍しく、色々と興味津々なのだろうが、それを否定する一言にパウルの笑顔は一瞬で曇った。



「お前、つまらないやつだな」

「……なんだと?」

「みんなそう言う。お前みたいなやつはいくらでもいるぞ。俺には剣があるんだ、別に魔物が出たって、俺一人で退治出来る!」

「はあ……」



見た目通りのガキというわけか。

腰に差してあるのは剣というよりナイフ。まあ子供と言う事を考えれば、身の丈に合わない剣なんかよりよっぽど良いのだろうが。

どうせ敵の怖さを、命のやりとりを知らないのだろう。

それは俺も同じだが、少なくとも不要な戦いは避けるだけの考えが、慎重な思考が出来る。



魔物は基本、人間よりも強い。ガキが粋がった所で勝てるわけがない。

まして逃げられる相手ならともかく、何が出るかも分からないのだから、弱いうちからむやみやたらに突っ込むものではない。

だが先の一言、こいつはガキ大将である事が当たり前だから、欲しいのは部下ではなく喧嘩出来るような対等な相手を欲しているという事だろう。

だったら望み通りにしてやる。



「俺みたいなやつが幾らでもいるとは言ってくれるな。むしろ俺のような人間が何人もいてたまるか」



実際、俺みたいな特殊な人間が何人もいれば特別感がなくなってしまうではないか。


「一人ぼっちが寂しいってか。おべっかを使うやつ、お前の身を守ろうとするやつばかりが当たり前だろ。お前は領主の子供なんだぞ。万が一にも機嫌を損ねたり、何かあって殺されたんじゃ目も当てられない」

「…………おまえ、オヤジみたいなこと言うんだな」



パウルは驚くと共に、俺に対する警戒心が薄れたのを感じる。

やはりこの路線で間違いじゃない。


「ちょっと頭を働かせれば誰にでも分かる事だ」


実際、身分やその境遇などを勘案し、言動から推察すれば簡単に答えは割り出せる。



「おまえもそーなのか?」

「さて、どうだろうな」

「…………」



口では濁しながらも、決して俺はそこらの奴とは違うと子供でも分かる程度に匂わせる。

パウルは先の言葉を吟味するように沈黙し、意を決したような顔で俺を見る。


「よし。おまえ、オレのじゅーしゃにしてやる! 感謝しろ」

「ふざけんなよ、そういうのはしてやるじゃなくてなってくださいだろ。人に物頼む時は相応の態度があるって教わってないのか?」



今すぐにしてください、なんて本音は抑え、あくまで打算の下に必死で取り繕う。すぐにここで頷くよりは、一旦断った方がよりトモダチとしての執着心も生まれるだろう。完全な上下関係なのか、上下関係の中にも対等な部分を作るかは、最初が肝心だ。それがダメ押しの一手となる。

ここまでは全て計算通り。

安定した公務員の生活はもはや目の前。

ふふん、所詮は子供。容易いものだ。



「じゃあいーや」

「っておい、待てええええぇぇっ! 変わり身早過ぎだろ! もうちょっと粘れよ!」

「いや、だってお前嫌そうだったじゃないか。身分はじゅーしゃでも、俺のダチになってほしいんだ。それに人の嫌なことはするなって、オヤジから教わったぞ」

「何もこんな時に限って……」



これだからバカな子供は嫌なんだ。

利用しやすいが、急に突拍子のない事を言いだすから手に負えない。充分に態度で匂わせたつもりだったが、どうやら足りなかったようだ。

だがここで逃がすわけにはいかない。恐らくこれがここを抜けだし、確実に安定した職業もセットでついてくる最初で最後のチャンスだ。

それに体面を気にするお貴族様の手下Aだ、給料もきっと悪くない。

俺の就職第一希望をみすみす逃すわけにはいかないのだ。だが一度断った手前、まずは空気の転換を図る。



「いいか、世間知らずな子供のお前に、一ついい事を教えてやる」

「お前、オレと同じくらいだろ。それに村から出た事ないんじゃ……」

「細かい事は気にすんなよ。貴族なら……いや、男たるもの、器のでかい男になれ」

「おおっ……!」


何やら感心したようだが、てきとーに言った今の言葉のどこが琴線に触れたのだろうか。

やっぱりバカだが、まあそれはいいや。



「いいか、貴族たるもの、まずは相手の裏を読む心理戦を呼吸のようにできなければならない。そして、世の中にはツンデレという属性の人間がいるんだよ」

「つんでれ……?」

「俺はそこに入らないくらい初歩の初歩でそう呼ぶのもおこがましいくらいだが、今のがまさにそれだ。口ではそう言いながら、実際には正反対の事を考えているような奴らの事だ。特に貴族のご令嬢なんかは、きっと全部がそういう属性だ」


うん、何か違う気もするが、概ね合っているだろう。

どうせ貴族の女なんて腹黒ばかりだ。間違いなく全員がツンデレツンデレ。


「へー、おまえスゲーな! なんでも知ってるんだな!」

「当然だ。俺くらいの人間になれば、分からない事の方が少ないくらいだぜ!」


むしろ、この世界の事は目の前にいる馬鹿な6歳児よりも分かっている事の方が少ないくらいだが、これでも一応は大人なのだ。

少なくとも、子供を煙に巻く方法くらいは万国どころか世界共通なのだろう。

尤も、ノエルだけは俺の手に負えそうにないが。


「と言う事で、俺はお前の熱意を試したんだ。まあ最初だから特別に合格だな。だから、もしお前が本気で従者がほしいなら俺がなってやるよ」

「おっし、俺はお前がいいんだ。その辺のむずかしーこと良くわかんねーし、お前がいてくれたら助かる! これからよろしくたのむぜ!」

「ああ、任せろ!」


そう言って差し出された手を固く握る。

後に、この出会いを本気で後悔しつつも、これがなければどの道どうなっていたか分からなかったから心底後悔も出来ないという複雑な気持ちを味わう羽目になる事を、今のチェスターは知る由もない。





「よし、とりあえずじゅーしゃになったお前の実力が知りたい! 今から探検に行くぞ!」

「……はいよ」



……何も学んでねえ。

さっきのやりとりはなんだったのかと言いたくなるが、そういうバカだからこそ従者になれたのだろうと思うと、小言を言うか少々悩む所だ。

だが、所詮は子供の冒険だ。

行動範囲など高が知れているし、日が暮れる時間を逆算し、少々粘った事で往復分を考えればそう遠くへは行けない。それに領主が来るとあって、周辺の魔物は少し前に冒険者を雇って駆除したのだ。多少森に足を踏み入れた所で危険はないだろう。

何より、俺を親に売り込んでもらうためにも機嫌はとっておくべきだろう。

魔法も使えるのだ。クマさえ出なければ俺の敵じゃない。



――などと、気を抜いて油断していたせいか、しばらく森を進んだ時、俺とパウルの数十メートル先に二体のゴブリンがいた。

幸い、木々の合間を縫った先なので、あっちはこちらに気付いていないが、いっそ挙動不審なほどにキョロキョロと周囲を見渡している。あの様子では、木陰に隠れてはいるものの下手をすれば見つかりかねない。



「おっし、ちょうど一人一匹だな。やるぞ」



なのに、俺の前を行くご主人様はやる気満々。

ここは早速、従者としての働きが求められているのだろう。せっかく優良企業に就職口が決まっても、就職前に潰れたんじゃ目も当てられない。

何より、こいつを死なせてしまえばさすがに俺自身どうなるか分からない。



「……一応聞くけど、実戦経験は?」

「ん? これが初めてだぞ。まあ心配すんなよ。ゴブリンの一匹や二匹、俺とお前の前じゃ屁でもねーぜ!」



などと勇ましい言葉を吐いているが、実戦も経験してない初心者が二人揃っていきなり実戦をおっぱじめようなどと正気の沙汰じゃないだろう。しかもなんだ、俺の実力知らないのにいきなり信頼しているのか? こいつ、マジで頭の中お花畑なんじゃないだろうな。


「先に俺が一匹やるから、その後はお前だ。武器は俺のを貸してやるぜ!」


……これは大変よろしくない。

俺が魔法でコイツの分まで獲物をとれば不機嫌に、かと言ってパウルに任せた所で、俺がコイツのフォローを出来るとも思えない。万が一を考えればここは多少評価を落とそうと、止めるべきだろう。


「おっし、行く――「待った」ぐえっ!?」


駆けだそうとしたパウルの襟首を掴み、首が締まるのも気にせずその場に拘束する。



「いいか、昔からゴブリンを一匹見掛けたら三十匹はいると思え、という格言もあるんだ。やつら繁殖力だけはべらぼうに高いからな。下手に刺激しないようこっそり逃げて、村人に知らせればいい。で、あとは依頼を受けた冒険者が退治してくれるだろ」



尤も、前回冒険者が駆除してからまだそれほど時間が経っていない。

実際、これほど村の近くにいる事自体が驚いたくらいだ。

恐らくは群れからはぐれたか、もしくは周辺の確認を兼ねた偵察に近い行動といったところだろう。



「おいおい、ゴブリン相手にビビってんのか? 俺のじゅーしゃなら一緒に退治するくらい言えよ。ちょっとやってさっと逃げればいいだけだろ?」

「それじゃお前は、都合良く逃げられると? 最悪の事態、数十匹と戦い続けられるほど強いのか? 領主の息子なんだから武術の訓練を積んでるんだろうが、複数を同時に相手どった事は? 何十分戦い続けられる? 僅かな傷でさえ、感染症に繋がる。傷つく事自体許されないんだぞ」



あんな刃が欠けているだけでなく、何やら血が渇き切ったような粗悪品丸だしで不潔な武器に傷つけられてみろ。

ほぼ間違いなく感染症を引き起こす。コイツの身に何かあればそれは全部俺の不手際、俺の失態だ。そんな事、今の信頼を全く積み上げていない状況では尚更許されるはずがない。



無駄な冒険をする必要はない。

コイツから関心を持たれる所まではきた。今はとにかく、最初だからこそ安全に何事もなく終わるべきだ。



「……おまえ、やっぱスゲーあたまいいんだな」

「少なくともお前よりはな」

「分かった。ここはおまえの言うとおりにする――」


そしてパウルが納得し、全て無事に終わると思って胸をなでおろし、襟首を掴んでいた手を緩めた瞬間。


「わけねーだろ!」

「…………は?」

「うおぉぉおおおお! ゴブリン如き、俺の敵じゃねーぜ!!」


勇ましい叫びと共に突っ込む馬鹿がいやがった。


「ちょ、おま、まっ……! くっ、クソ!」


馬鹿を甘く見ていたと後悔するももう遅い。

ノエルを散々相手にしていたからこその油断。

馬鹿だから簡単に片がつくとは限らないのだという事は、ノエルから学んだはずなのに。

アイツより上はいないだろうと思っていたが、アイツに匹敵する程の馬鹿がここにもいるとは。

と言うか速い。

ここまで来るのに息を切らしていなかったからそれなりに出来るとは思っていたが、その速度は6歳とは思えないほどだ。

今から走っても、俺が追いつけるとは思えない程に。



「ぬかるむ土、絡む泥、その足を止めよ『泥沼』」

「おわっ! なんだこれ!?」



ならばもうこれしかない。

させるかとばかりに唱えたのは、ゴブリンではなくパウルに対する魔法。

パウルは突如出現した泥沼に足をとられ、前のめりに倒れ込む。


「あまり大人オレを舐めんなよ、クソガキ」


と、声に出さずとも内心でそう呟く。


「へっ、あめえ!」


が、パウルは完全に倒れ込む前に両手をつき、倒立するかのようにしてそのまま一回転。そして強く地面を押しのけるように弾き、走っていた勢いをほとんど殺すことなく、元通りの体勢に戻って再び疾走を開始する。

ノエルばりの高い身体能力に思わず目を奪われるも、そうこうしているうちにゴブリンとの距離があっという間に縮まる。

もはやパウルを妨害すれば、そのまま利的行為に繋がりかねない距離にまで縮まってしまった。だから反射的に最も慣れ親しんだ炎系統の魔法を使おうとし、森という事に気付き即座に中止。

代わりに使ったのは水魔法。


「百の一滴『アクアバレット』!」


無理に攻撃範囲を広げる必要はない。

ダイヤモンドをも削るウォーターカッターと同じ原理で百分の一に凝縮した一滴の水が、人差し指で標的を示して的確にゴブリンの頭を打ちぬく。

それは容易くゴブリンの頭を貫通し、背後にある木を抉り、土砂を穿ってようやく消える。


「ギャッ!?」


悲鳴をあげたのは、頭を打ち抜かれたゴブリンとは別のゴブリン。

むしろ俺に頭を打ち抜かれた方は己が死んだと言う事にも気付かないまま、不思議そうに隣のゴブリンを見ながら崩れ落ちた。

そしてそんな隙だらけの瞬間を見逃すほど、パウルもまた甘くはない。


「オラアッ!」


技などないが、6歳児とは思えないほどの一撃が、ゴブリンの脳天目掛けて振り下ろされる。

それを守る事も回避する事もなく頭で受けとめ、一撃の下に絶命した。


「へえ、やるじゃねーか。お前、まほーが使えたのか。……へへっ、ますますお前の事が気に入ったぜ!」

「……おまえもな。良い根性してるよほんと」


これだけの身体能力を持ち合わせていれば、たしかに増長するのも分かる。確実に、俺よりも動ける。

ゴブリン二匹程度なら、コイツ一人でも余裕だっただろう。

正直、魔法の圧縮率に関してはまだ実験もしておらず、低めに見積もっていただけに予想以上の威力には俺自身驚きを隠せないが、そんな事に構っている暇も、いつまでも呆けている暇もない。

先の戦闘で周囲からざわめくような音が聞こえ、それは徐々に大きくなってくるのが俺でも分かる。

どこか遠く、しかし確かに聞こえる距離から、黒板を爪でひっかいたようなやけに甲高い、耳障りで不快にさせる声が聞こえた。



「いい加減逃げるぞ!」

「さすがに今度はなっとくだ!」



今度こそ背を向け、むしろ俺より早くに駆けだした。

こいつピンポンダッシュ感覚じゃないだろうな……。まあしかし、一匹やっただけで思いあがる事もなく、状況判断を誤らない分まだマシだろう。

一対一を百回繰り返すのと百体を同時に相手取るのとでは、当然ながら後者の方が難度は桁違いに高い。



それに俺も魔力にそれほど余裕があるわけではない。

最悪気絶させるか動けなくして引き摺って行く事も選択肢に入れていたから、今更ながらも素直に従ってくれて助かった。

どれだけ魔力を温存しながら戦おうと、ゴブリン数十匹を相手にすれば最後までもたない可能性も出てくる。ましてここは森で視界も悪く、囲まれてしまえば不慮の事故だって起こり得る。



だからこその逃走。

経緯がどうであれ、まだ取り返しのつきそうな今の内に逃げてくれるならそれに越した事はない。

ここでコイツの身に何かあれば全ての計画が瓦解する。それどころか、不幸な事故で処理されるにはあまりにも事は重大。俺の命さえ危うい。

貴族の身を守れなければその警護責任者達の首が物理的に飛ぶのはなぜか。それはそんな理不尽とも呼べるべき仕打ちがあるからこそ、警護担当者は我が身を呈して命懸けで守るからだ。

最悪盾になって傷を負っても生き残れる可能性を選ぶか、警護に失敗して確実に死ぬか。

真っ当な人間がどちらを選ぶかは言うまでもない。

それも生き残れば、それは名誉の負傷という事で多少なりとも評判も良い。

そして当然、合理主義者たる俺も内心でそんな制度に罵倒の限りを浴びせながらもそうする。



だからパウルと共に村へと疾走を開始した。

ペース配分を考慮しているから二人ともほとんど横並びとは言え、先頭はパウル。俺は殿気味に、後方へ気を払う。

唯一安全な遠距離攻撃が出来る俺以外にこの役は務まらない。

命の優先度で言えば当然ながら俺が最も高い。

自分以上に大切にしたい相手なんてそうそういるはずがないのだ。

だから本音を言えば、こんな事態に発展させたバカに責任をとらせたい所ではある。最悪適当な方向へ突っ込ませ、囮として機能している内に帰るべきだろう。

しかし、客観的な第三者視点で言わせれば、俺の命こそが最も低い事も理解している。そしてそんな状況でみすみす俺が帰ってみろ。オチは言われるまでもなく見えている。



何より、そこまでするほど切羽つまっているわけでもないし、さすがにそれほど冷酷にもなり切れない。

本当にこいつを見捨てるのは、もうそれしか選択肢がないどうしようもない時だけだ。

幸い、ゴブリンの足は遅い。まして接近時には騒がしくなるので分かりやすい。一度だけ横から襲いかかってくるゴブリンに向けてアクアバレットを放つだけで、後は間近まで接近させることなく撃退出来ている。

身長がそれほど変わらないからか、足の速さもまた互角と言っても良い。尤も、パウルも俺も訓練を積み、同年代の中では速い方だからこそ天秤が水平を保っているに過ぎないが。



計算外は思った以上にゴブリンの数が多く、そして進行方向にこそいないものの、周囲にはそれなりにいたという事。

先の二匹が村にかなり接近気味だったとはいえ、それでも本当に村のすぐ近くにまではいない事が幸いしたおかげか、退路を塞がれていない事も救いだった。

逃げ切れる。そう確信し、それでも周辺への警戒を怠ることなく走り続け、もう少しで森を抜けるという所まで来て、耳が捉えた僅かな異音。



「チェスター、あぶない!」



その時、俺達が逃げていた村のある方向、正面から現れたノエルが叫ぶ。

ゾクリと、全身が一気に総毛立った。


「ッ!」

「うおっ!?」


その瞬間、俺は本能のままにパウルへ跳び付き、そのまま地面へ伏せる。

ただの勘だけなら、きっと俺は反応出来なかった。

ノエルがそう叫んだからこそ、俺自身の勘を肯定して動けたのだ。

なぜならそれは、今までのゴブリンのように騒がしく接近してくれるようなサービスはない。



接近したのは森の狩人。



上位種たる捕食者だ。ほとんど音もなく接近した全長3メートルを超える狼に似た魔物が、叫んだノエルを横目で見やりながら、俺とパウルの頭上を跳び抜けた。

木々の合間を縫うように俊敏に駆け抜け、引き締まった体躯はしなやかに身を躍らせる。

もしあのまま走っていれば、間違いなく死んでいただろう。

そしてようやく、ゴブリンが想像以上にこの近辺にいた理由が分かった。それはこの魔物に追い立てられたからだ。だからあれほど騒がしかったし、最初から混乱していたのだ。

だが、今そんな事はどうでもいい。

攻撃を回避された魔物は即座に反転、今度はノエルへと突撃を開始する。


「――っ!」


一対一で魔物と直面した恐怖からか、ノエルは目を見開いたまま硬直していて動けそうにもなかった。

しかしそれも無理はない。

実際、まだ6歳の女子なのだ。幾らノエルとて、そこで動けるほどではないのだろう。なまじ本能的な部分が強いだけに、相手の強さを俺よりも理解しているのかもしれない。

反射的に叫ぼうとし、しかし出たのは逃げろという言葉ではなかった。


「進撃を阻め、焔の帳『ファイアウォール』!」


余計な言葉を費やす暇があるなら、それこそ詠唱をするべきだ。

足の速さ、距離、共に相手に利のある状況で、魔物がノエルに到達するよりも早くに俺がノエルに辿りつけるはずもなければ、たどり着いた所で何か出来るわけでもない。そして、こんな魔物を相手にノエルが単独で逃げられるはずもない。

俺達三人がかりでさえ、こいつは倒せないだろう。

だが、結果としてこの魔物は初撃の奇襲を外したからこそ全員無事で、そして俺は魔法を放つ事が出来たのだ。



ゴブリン相手なら選択の余地はあった。

だが使える魔力はコイツ相手では物足りず、手段は少ない。

こいつを相手に、そんな余裕などあるわけがないと悟る。

もはや延焼など気にしていられない。むしろ延焼してしまえと、とにかく近づくなとばかりに指で縦に一閃宙を切り、指定した場所――ノエルと魔物の間に炎の壁を作り上げる。

こういった動作が補助の役割を果たし、魔法の精度を上げるというのは、経験則で理解している。魔法名もまた、自身のイメージを確立するための補助手段に過ぎないほどだ。

魔物は進行方向に突如出現した炎の壁に驚いたように急停止し、反射的に跳び退って距離をとる。

どうにか時間稼ぎ程度の効果は発揮したようだが、これだけで安心など出来る筈がない。

なぜならこの魔法は



碌に魔力を込める時間もなく、慌てていたためイメージは朧。ほとんど形だけのハリボテに近く、この魔物がその気になれば、軽いやけどで突破出来るだろう。

初撃という事で意表を突き、驚かせたからこそ反射的に跳び退いただけだ。



「ノエル、来い!」



一か所にまとまっていれば、自分の身を守るついでにコイツらの身を守る事も出来る。どうせどんな手段を使ったって逃げ切れず、戦えもしないのならば分散の愚を犯すつもりはない。

大した経験はない。しかしそれでも、僅かでも生存率を上げるために、今の俺に出来る最善を尽くす!



「ヤ!」

「パウルも…………は?」


……あれ? コイツ今なんて言った?


「やだ! あたし行かない!」

「いや……は?」


どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。



「なっ、何言ってんだお前!? いいからさっさとこっちに来い!」

「あたし行かないって言ってるの!」

「だからなんなんだお前! んなこと言ってないで、とにかく今は俺の言う事を聞け! このままじゃ喰われちまうぞ!」

「やだったらやなの! チェスター、あたし、いまおこってるの!」

「だからそんな事言ってる暇があるんなら今すぐこっちに来い!」



と言うか普段あれだけ拒絶しても勝手に寄ってくるくせに、なんでこんな時に限ってコイツはこっちにこないんだ。

しかも続けてコイツは何て言った? このバカは、この緊急時に、何て言った? 怒ってる? 怒ってるのはこっちだ。バカ共に振り回され、余計な仕事ばっか増やしやがるせいで迷惑を被るのはいつも俺だ。

怒ってると言うなら、俺の方こそ怒ってる。



馬鹿のせいで子供の冒険がゴブリン退治に変わり、いつの間にか予定にない格上との命懸けの戦闘だ。割に合わないにも程があるし、そんな時にもう一人の馬鹿まで足を引っ張りやがる。



「いいか、馬鹿! この状況見て分かんねえのか! 我が儘言ってる場合じゃねえし、怒ってんのはこっちだ。今すぐ俺の指示に従え、このド馬鹿!!」

「おねーちゃんのあたしを置いていこうとするチェスターのう事なんて知らないの! チェスターこそ、あたしの言うこと聞いて!!」

「何がおねーちゃんだ! いっつも余計な手間ばっかかけさせやがって、姉らしいとこなんて全ッ然ねえだろ!」



他人の迷惑を考えずに付き纏って、お陰で俺のやりたい事がいつまでたっても出来やしない。

挙げ句、この状況でこのやりとりだ。

幸い、未だファイアウォールを前に足踏みし、今すぐ魔物がそれ以上近づく気配はないが、しかしいつまでもこの状況が続くなどと油断は出来ないし、そもそも魔力は有限だ。



魔法は初同時に最も魔力を持って行かれるため、この手の魔法は防御一辺倒ではあるが燃費は良く、魔力を注ぎ続ける限りはずっと持続するとはいえ、少しずつでも魔力は目減りする。



「チェスターだって、ふらふらどっか行ったりあたしに心配かけてばっかり! 足だっておそいし、あたしより年下だし、それに、それに……それに、ベアおじちゃんと会ったときおしっこもらしたくせに! あたし、知ってるんだからね!」

「なっ、はあ!? もっ、もらしてねーよ!」

「もらしたのか?」

「おパウルはいいから黙ってろ! 今はあの馬鹿と話し中だ!」

「うそだ! だってあたしにおったもん!」

「そ、それは汗が噴き出ただけだ! 死ぬかと思ったせいでな! ほとんどおんなじ成分だからそう臭っただけで、漏らしてねえ!! 泣きそうにはな……泣きそうにもなってねえ!!」



あんな極限状態で汗が出るのはむしろ当たり前だろう。うん、俺の名誉のためにも、そこは決して認めちゃいけない。




「つーかもらしたっつーなら、お前の方こそこの前寝小便漏らしたの知ってんだからな! どこぞのシスコンが、世話が焼けるとか嬉しそうに話してたからな!!」

「あたしだってもらしてない! おねーちゃんがうそ言ったの!」

「あのシスコン、さすがにその手の嘘はつかねーって知ってんだよ! お前の方こそ認めろよ! 俺はやってないけどな、俺はやってないけどな!!」

「チェスター、いっつもむずかしい事言ってごまかそうとする!」

「事実だ! 馬鹿は知らないだけで、成分の話は事実だ!! お前こそ中途半端に知恵つけやがって! そのせいで余計な誤解生まれるんだから、何も分かんねえ馬鹿なら馬鹿らしく黙っとけ! つーかなんで今こんな話してんだ! 今それどころの話じゃねえんだよ! 時間がねえんだから、いいから死にたくなかったらさっさとこっちに来い!!」

「だったらやくそく! チェスターは、あたしをおいてかないで!」

「んなもん知るか!!」

「だったらあたしも知らない!!」

「っ、この馬鹿が……」




本当に馬鹿で馬鹿で、どうしようもないほどに馬鹿だ。

時間が惜しい。

こんな譲歩するしかないような状況で交渉とは、随分と知恵をつけやがったと皮肉ってやりたい。

ノエルの事だから、単に強情なだけなのだろうが。



「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」



先程のやかましさとは打って変わって互いに半ばにらみ合うよう無言のままに見つめ合い、信念を、覚悟を探る。

今だってノエルの全身は震えている。それを必死に耐えている事が、ここからでもよく分かる。

隠し通せていない程にしっかりと震えているのだから、良く分かってしまうのだ。

相手の強さは俺よりノエルの方が理解しているだろう。どうにか出来る可能性があるのは俺だけで、喧嘩でもしようものなら見捨てられる可能性だって考えていいはず。



実際、ただでさえ低い勝率を上げるためには、ここでさっさとノエルを切り捨てるべきだろう。

そんな自身ではどうしようもない恐怖が、ノエルを襲っているはずなのだ。しかしノエルは今にも泣き出しそうな瞳でそれでも必死に俺の事を睨みつけ、口をぎゅっと一文字に結んでいる。

すぐにも血が滲みそうな程に強く握られた手が震えているのは、恐怖からか限界まで力を込めているからか。



すぐにノエルは耐えきれずに白旗を上げるだろうと考えもした。

だけどそんな状態でありながら、今もこの馬鹿は一歩も引く気配を見せない。……いや、思えばコイツは初めからそうだった。

自分の主張を何が何でも通そうとして、俺に気遣いの一つも見せずに振り回すような、そんなやつだ。

このまま意地の張り合いをやったところで、コイツは間違いなく死んでも引かないだろう。

刻一刻と魔力は減っていくし、そもそも全身全霊を以ってこの魔物に集中しなければならないのに……。




――ああ、なるほど。つまり、俺に勝ちの目はないと、そういう事なのか。




ふっと、どうしようもないほど揺るがない絶対的な答えに辿りついてしまい、思わずこんな状況だというのに笑いそうになってしまった。



「…………ああもう、分かった! だったら勝手にしろ!!」

「うん!!」



だからそれを悟られないよう、怒鳴り気味に告げる。

譲るしかない。

この勝負に引き分けなんてあり得ない。

死ぬわけにも死なせるわけにもいかないこの状況では、初めから勝ち目などなかったのだ。

満面の笑みで駆け寄ってくるノエルだが、これが終わったら何が何でも誤解を解いた上でげんこつの一つでもお見舞いしてやるから覚悟しとけと、心の中で呟く。


「チェスター、ありがと! それと……ごめんね」

「……別に、最初に助けられたしそれでチャラだ」


……まあデコピンくらいでいいかもしれない。

それに、誰もこいつがついてくる事に了承したわけではない。

今までだって俺は俺で、コイツはコイツで好き勝手してきたんだ。

俺達の関係なんて、初めて会った時からなにも変わっちゃいない。

俺は何が何でもコイツを置いて行くし、コイツはきっと俺に付いて来ようとするだろう。



だが、俺はパウルに雇われて行くのだ。

比較対象があまりいないために本当の事は知らないが、それでも同年代の中で俺は間違いなく優秀な部類だろう。

しかしそんな俺はともかく、ノエルを雇う理由が領主側にはないため、ノエルは足掻けても街にある店か何かで、住みこみで働く程度しか出来まい。

つまり、今度こそ俺はノエルを振り切れるのだ。

と、ひと悶着あったせいで思考が逸れたが、ようやく合流は果たした。しかし膠着状態に耐えかねたかのように一度距離をとった魔物が、再び加速して炎の壁を飛び越えんとする。


「おい、どうすればいい! お前のまほーがオレには分かんねえ! 指示をくれ!」


さすがに事態の重さが理解出来たか、パウルの焦燥に満ちた叫びが聞こえる。

この魔物と勝負が成り立つのは、魔法を扱える俺一人だ。

ノエルもパウルも戦った所で、子供の力では文字通り力不足、一方的に狩られるだけで終わってしまう。


「二人共ここにいろ!」


魔物は、この壁の裏へ回ってしまえば俺達が袋の鼠になると考えたのだろう。だが、袋の鼠というのなら自分から進んでなってやる。



「進撃を阻め、其は不定にして鉄壁、不屈にして変幻自在の焔の壁『ファイアウォール』!」



再びの詠唱。

だが、今度は違う。

反射的に出しただけの、発動までのスピードだけを重視したものではない。先程よりも熱く、そして厚く。

構築する成分から特性に至るまではっきりとイメージし、隅々まで魔力を通して創り上げた、俺達を取り囲むように出来た炎の壁が魔物の接近を阻む壁となる。

魔物の方も気配が変わった事を悟ったのか、今度は進路を変えて壁の外周を、円を描くように勢いを殺さず再び接近する機会を窺っている。

しかしそれでさえ先程見せた速度ではこの程度の壁は、それなりに火傷する事を覚悟すれば飛び越えるだろう。そして、その時俺達三人に抗う術はない。だから――



「とっておきだ」



火力を追加してやる。



「爆ぜる火炎、迸る大火。大地を薙ぐ焔の剣『レーヴァテイン』!」



ダブルキャスト。それは今展開しているファイアウォールの魔力を維持しつつ、もう一つの魔法を展開する技法。

毎年この村を訪れる冒険者、それも魔法使いの人間にそれとなく確認したが、こんな魔法の使い方をする人間はいないようだった。

しかしこれは当たり前だ。新しい魔法に挑戦する人間はそういない。


科学の発展していないこの世界で行き当たりばったりの研究など上手くいかない事がほとんどだし、まして、これは新しい魔法ではなく使い方。研究肌の魔法使いでさえ皆が新魔法の開発に集中する中、そんな事に発想を転換する魔法使いは、今のところいないようだった。


だが、これは所詮ピアノやエレクトーンのような物だと思えば良い。

片手で弾けるようになれば両手で、それが出来れば足も追加する。

何事でもやる前、やり始めは困難だと思うような事でも慣れてしまえば脳や体が順応し、結果何の問題もなく出来るという根性論染みた真理。

やって出来ない事はない。これが、俺の魔法に対する見解だった。

これは最近になってようやく出来るようになったもので、今はまだ組み合わせが限られている上に繊細なコントロールが必要とされるため、それほど使い勝手は良くない。だが決して不可能ではない。



慣れてしまえばいずれは呼吸をするかのように、当たり前に行使出来るだろう。

直前まで狼の魔物がいた方向へ焔の剣が叩きつけられ、周辺の木々を一瞬で焼き尽くし、激しい爆発音と高い火柱が上がる。


「すげえ……」


場にそぐわないぽかんとした声が、パウルの口から零れる。だが、俺はそれに碌な反応さえ返せない。

レーヴァテインを行使した瞬間、激しい目眩と頭痛が俺を襲う。



「チェスター!」

「お前……!」



ノエルの悲鳴染みた叫びにも、何も返せない。

魔力切れの兆候であり、未だ慣れないダブルキャストを行使した結果だ。

だが覚悟していた事だと踏ん張り、意地で立ち続ける。

しかし結果はある意味予想通り、それほどの攻撃でさえ、人間からすれば反則染みた反射と圧倒的な跳躍力により回避された。

初撃、敵が奇襲を仕掛けたように、俺も最初にこれを使えば倒せたかもしれない。

だがあの状況で使えば、どう考えても間に合わず、どの道魔法の効果範囲に巻き込まれるノエルを助ける事は出来なかった。



だから別に、後悔はない。

三人揃って帰ればいいだけの事。ただ、それだけの事だ。

今気絶すれば三人揃って丸焦げか魔物の胃袋の中かの二択。そんな未来はゴメン被るからこそ、残った気力と魔力を振り絞ってファイアウォールを維持し、内側へ炎が進出しないようにする。

自然の法則を捻じ曲げる魔法だけあって、コントロール下にあれば少なくとも此方側への延焼はない。尤も発動後、先に使った魔法はコントロールを放棄したために、この炎の壁の向こう側への延焼は割と酷い物ではあるが。

それが徐々にとはいえ広がる事で、僅かなりとて魔物への牽制となる。

しかし、炎の外からはあの魔物の唸り声と獲物に対する執着が見て取れる。

あれはどう見てもまだ諦めていない。だが、迂闊に近づけば火傷では済まない事を理解したのだろう。



足を止める事もなければ安易に接近するような事もしない。一定の距離を置いて、俺達を睨みつける。

だからこそ、事実上の膠着状態。だが、時間が経過する事で着々と俺の魔力はなくなっていく。

目眩と頭痛は徐々に酷くなり、吐き気まで催してくる。

だがそれでも自分の足で踏ん張り、魔物を睨みつける事で少しでも牽制する。

ふっとその負担が僅かながら減った。

気付けば、二人が両脇に立って支えてくれていた。



「今のオレにできることはこれくらいみたいだからな。オレのじゅーしゃならこんじょー見せろ!」

「チェスター、がんばって!」

「――ッ!」



返事をする余裕すら、意識を保つ気力へと変える。

視界が霞む。

体に力が入らない。

こいつらが支えてくれてなければ、体はとっくに崩れ落ちていただろう。

だけどそれでも、まだ意識がある。

体は子供でも、精神は大人だ。

元々こうなったのは、ノエルのせいでもパウルのせいでもない事くらい分かってる。俺が誘導し、俺のせいでノエルもここに来た。

なら、責任くらい負ってみせる。

保護者おとなとしての矜持を見せてやる。



俺はこんな所で死ぬわけにはいかないし、当然こいつらを死なせるわけにもいかない。

やるべき事は最初から決まっていた。と言うより、出来る事がそれしかなかったと言っても良い。

最大の攻撃範囲を持つレーヴァテインを外したのだ。だけど数を打てば、或いは他の魔法なら倒せるかもしれない。ただ、それは俺の魔力に余裕があり、なお且つ敵の攻撃を受けない状況ならばだ。

どの道、あの魔物を相手に一方的に攻撃出来る程相手は弱くないし、俺は相手の攻撃を避けれる程強くない。



それは、俺達に対する一撃ですぐに分かった。

あのスピード、あの巨体で迫られたら、俺の手に余る。

だからこそ、わざわざダメ元でレーヴァテインを使った上での時間稼ぎを選択したのだ。

迷えば良い。

簡単に狩れる獲物であるはずの人間のガキが予想以上に激しい抵抗をした事で、まだ次の攻撃がいつ来るか分からないという状況に対し、存分に迷えば良い。

だから俺はこいつらに支えられながらも不敵に笑うし、まだいつでも攻撃出来るぞという素振りを見せる。



実際に突撃してこようものなら最後の力を振り絞り、今展開しているファイアウォールをその場所に集中させ、火力を一気に強めるつもりだ。

嗅覚が伝えるのは焼け焦げた匂いばかりでとっくに麻痺し、音もなく、触角でさえ、今パウルとノエルが支えてくれていると辛うじて分かる程度にまで落ち込んだ。だが視覚だけは、それでも霞んだ視覚だけは全身全霊で魔物を捉え続けていた。

そんな状態がどれほど続いたのか分からない膠着状態は、第三者の介入によって破られた。


それはパウルや領主をここまで護衛して来た騎士。


あの狼を上回る程の速度で距離を詰め、あまりにもあっさりとその首を刎ね飛ばして決着を付ける。

最悪足止めになる程度を想定していたから、騎士の想像以上に圧倒的な強さを除けば全部が計算通りだ。



森の浅い場所ならば、村の中心に位置する村長の家から大人が走って十分程度だろう。それが鍛えた騎士ならば? 仮に村長の家からでなくとも、どれだけ多めに見積もって二十分あればここまで来れるはず。

あれほどの魔法はさぞかし目印として最適だっただろう。そして同時に、何らかの異常事態が起こっている事を知らせる。

だからこそ、魔力切れのリスクを冒してまで牽制と現状維持を選択したのだ。

無論あの一撃で倒せればそれに越した事はなかったが、やはりあの俊敏な魔物が相手では範囲攻撃でさえ捉えきれなかった。

だが、結果として俺達はまだ生きているし、あの魔物は死んだ。それが全部だ。



「やったな、おい! さすがはオレのじゅーしゃだぜ!」

「チェスター、すごい……すごい!」



そんな喜びに溢れた声がなぜだか無性に心地よくて――

ようやく助けが来た事で安心したのも束の間、根性だけで耐えていた体はとっくに限界を迎えており、糸が切れるように気を失った。



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