第19話目覚め




「…………っ、ん」



やけに日差しが眩しく感じる中で、俺は目を覚ました。

しばらくは目を瞑って光に慣れるまで耐える。

全身に強い倦怠感を感じ、体を動かす事さえ億劫に感じる。



「ここは……?」



だから横たわったままに視線だけを動かし、ようやく光に慣れた視界で周辺を見渡して把握する。

だからだろう。呻いて横を見れば、傍にいた人間がそれに気付いて此方を見る視線と交わるのは必然であった。



「あら、ようやく目を覚ましたのね。うふふ、かわいい幼馴染と君のご主君様が心配していたわよ? ずっと傍にいるって聞かなかったから、ラインに頼んで強引に引き剥がしたくらいにね」



視線の交わった相手は領主の護衛の一人、魔法使いの女性だった。

茶髪を後ろでアップにまとめた隙のない身だしなみとは正反対に、柔和な笑みを浮かべて優しい雰囲気を醸しながらもその時の光景がよほど面白かったのか、微笑ましいものを見るような表情で口角を上げる。


「…………という事は、二人は無事でしたか」


気絶する直前は意識も混濁していたから、どうなったのかは朧気にしか分からなかったのだ。

それが一番の気がかりであったから、その光景が幻覚でもなんでもないと知ってほっと一安心する。

そしてその時になってようやく、異常なまでの喉の渇きに気付いた。


「みず……もらえますか?」


「ええそうね。君、一日中寝ていたんだもの。喉も渇くわね」


そう言って苦笑気味に体を支えられて起こされ、近くに会った水瓶から水をコップに注いだ物を渡される。

それを一気に飲み干し、三度のお代わりを経てようやく人心地がつく。



「それで、体の調子はどう? 状況はパウル様と幼馴染の子から聞いたけど、魔力切れの中でも割と酷い状態だったから、完治するにはもう2、3日かかると思うのだけど……」

「ただひたすらに全身がすごくダルイです。けど他は多分……今のところ異常はありません」


異常なまでの倦怠感のせいで分からないだけかもしれないが。


「そう、良かった。君も子供なんだから、あまり無茶はしないようにね。まあでも、あの時は無茶するしかなかったようだし、うん、男の子ね。かっこいいわよ」

「…………」


体は子供なのだが、やはりどうにも子供扱いされるのは未だに慣れない。

確かに男の子ではあるが、変な気恥ずかしさを感じてしまい、何も言えずに口ごもってしまう。



「さて、それじゃあそろそろ他の人を呼んでもいいかしらね……」

そんな様子を見てまだまだ子供ね、とでも言うかのようにくすりと微笑み、すっと傍を離れて扉を開く。

「みんな、チェスター君が目を覚ましたわ。入っていいわよ」

「「チェスター!!」」

「うおっ!?」



返事の代わりにドタバタと慌ただしい音が聞こえたと思ったら、ほとんど同時にノエルとパウルが部屋に突入する。

パウルは一応ベッドに手をつきながらも急停止したから良いものの、ノエルは勢いそのままに飛びついて来た。当然ながら勢いのついたノエルをこの体で受けとめられるはずもなく、巻き込まれるようにベッドから転がり落ちる羽目になる。


「〰〰〰〰っ!」

「きゃっ!」


後頭部を床に打ちつけ、叫ぶ余裕もない程に悶絶する。

何よりムカつく事に、ノエルは俺の体をクッションにして無傷だという事。

逆だろ普通。

病人というわけでもないが似たようなものだというのに、もう少し労れよ。


「チェスター大丈夫? けがはない?」

「怪我はなかったが、たった今したところだ!」


心配そうに覗きこむノエルだが、だったらもっと気を配れと言いたい。

と言うか言わなくても、そのくらいの気遣いは見せてほしいものだ。


「よう坊主、ようやく目を覚ましたか」


その二人から遅れて入って来たのは騎士と領主である、ラインとクラフトの二人組だった。


「ええ、どこかのバカのせいで再び眠りに落ちそうになりましたが……」

「…………?」


その原因たるノエルに視線をやるも、当の本人は何を言っているのか理解していなさそうに、ただ視線を向けられた事で首をかしげていた。


「はっはっはっ、その様子なら問題なさそうだな。いや、無事で良かったよ。君には息子を守ってくれた恩があるのだからな」


パウルの父親であるクラフトが快活な笑い声をあげる。

最悪全部がご破算になるかと思っていただけに、恩に思ってくれて良かったと内心で安堵する。



「貴方が僕を助けてくれた人ですか?」

「ん? ああ、まあそうなるな。つっても、お前さんの奮闘があっての事だ」

「いえ、それでもあのままではどの道何も出来ませんでした。ありがとうございました。お陰で助かりました」

「…………へえ」

「なにか?」



そこで、ラインが驚きの表情をする。



「いや、なに。御屋形様から聞いてはいたが、まさか村の子供がこんなに礼儀正しいとは思わなくてな。それも目を覚ましてすぐ、そこまで気が回る。何より、あの戦闘をそこまで完璧に読み切っていたという事だ。この様子なら、お前さんを推薦した俺の判断は間違いじゃなかったって事になる」



にやりとする姿は、まるで悪だくみが成功した悪ガキの顔だった。

騎士のイメージとは随分とかけ離れる。

それなりに優秀な子供を演じようとし、どうにも優秀すぎたイメージがついてしまったのかもしれない。



まあそれはいい。

実際、ここまでくれば優秀すぎる逸材くらいに見てもらった方がいいだろうし、今更半端な演技をした所で余計に怪しまれるだけだ。

それに元々出自で不利なのだ。

そのくらいの方が後々に生じる不利を補う事にもなるだろう。



「あ、そうだ! お前が俺のじゅーしゃになる事、オヤジも納得したみたいだぞ! 俺の知的なこーしょーで納得させたぜ!」

「…………あ、ああ、さすがだな」



知的? 俺には痴的さしか感じられないのだが。ああ、あまりに残念過ぎるからこそ、つい微笑ましいものを見る気持ちで納得したのだろう。

稀にではあるが、俺がノエルに対して抱く思いがまさにそれだ。

それを計算でやったのなら、確かに知的だ。


「ま、俺の推薦もあったからな」

「…………」


ラインの一言で全てが納得出来た。

やはり、そういう裏があったか。

良く見れば、大人ぶりたい子供を見守るような生温かい視線が大人組からパウルに集中していた。


「ん、んん! まあ息子との交渉の経緯はどうあれ、君さえよければ息子の従者として面倒を見てほしいのだがどうだろうか?」

「僕としては経緯も気になりますが?」


特にこの人の視点から事態がどう推移し、どう思ったのかを是非とも聞いてみたい。

息子さんの教育に関して、どういう認識なのかを確かめる面でもだ。


「君は賢い。私と息子、雇い主がどちらか分かるかね?」

「ええ、将来性はともかく、現状では領主さまですね。はい、僕は長い物に巻かれる性質なので、結果が全てだと思います」


が、それも相手が話す気になればの事だ。

そうでなければ見送るより他にない。

そう、非常に残念だが、所詮は雇われの身だ。雇い主の意向に沿うのは当然と言えよう。



「ああ、君は優秀だな。優秀な者にはやはり相応の待遇で遇するのが、主に出来る

礼というものだ」

「僕としては、やはり定期的にもらえる万国共通の価値がある黄金色の物に色目を付けて頂ければ……」

「ふっふっふっ、お主も悪よのぉ……」

「いえいえ、領主様ほどでは……」



給料が上がるならば文句はない。そう、金で解決出来ない事など、ほとんどないと言っても良いのだから。

うん、黄金色の輝きって素晴らしいよね!


「これがガキと領主の会話か……」

「どうやらもう末期のようね。二人とも、とても生き生きしてるようにしか見えないわ。……転職考えようかしら」


どこか外野で呆れたような溜め息が聞こえてきたが、話し声は呟くような声だったせいでここまで聞こえなかった。



「良くわかんねーがとにかく! お前はもう俺のじゅーしゃって事だよな?」

「ええ、(領主様から)給金を頂く以上、(仕事ですから)務めは全力で果たさせて頂きます。ですからパウル様、これからよろしくお願いしますね?」

「俺のじゅーしゃなら尚更様なんてつけなくていい! パウルと呼べ!」

「…………」



本当にいいのか、今後の立場を考慮し、体裁等の面も兼ねて大丈夫なのかとチラリとクラフトを窺うと、鷹揚に頷いた。



「それじゃパウル、よろしく!」

「おう!」



本人の意思とは無関係に進められた大人のやりとりに気付かない辺り、やはり子供という事だ。

それにパウルの方がまだノエルよりは扱いやすそうで助かる。



「見たか今の? ありゃ悪ガキになるぜ」

「そのようね。頭がキレる分、きっとパウル様以上に手のつけられない子になりそうだわ」



などと、今後の苦労を想像しながら嘆息する二人の声は、彼らの言う悪ガキには届かなかった。

その悪ガキはもう一人の子供の方はどうしたものかと、ずっと抱きついたままで一言も喋らないノエルがやけに気になっていたから。



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