第8話冒険者
冒険者が来る。
そんなニュースがこの小さな村を巡るのに、そう時間はかからなかった。
基本的に変化が少ない村の生活では、定期的に来る商人相手でさえ軽いイベントなのだ。幾ら年に一回、ゴブリンの繁殖期が迫った事による駆除を目的とした定期的な訪問とはいえ、外部から来る客人とあって村全体が軽く浮かれていた。
無論、そこには万が一の事態、招かれざる客になる可能性に対する警戒もあるのだろうが。
そして当然、そんなニュースを俺が聞いて大人しくしているわけがない。
誰よりも早く、村人達の目につくよりも早くに接触してその技を教えてもらわなければならない。
だからこそ、そのニュースを聞いてから村の外れ、街に続く街道の傍で素振りや筋トレといった訓練を重ねるようになって数日。
昼食を食べてしばらく経った時、とうとうそれらしき人物がやってきた。
胴体と各関節部を守るだけの軽鎧に特に目立った特徴のない普通の剣を装備している、明るい好青年風の若い男。そのすぐ後ろにはやはり同じくらいの若い、全体にウェーブ掛かった茶髪の女性。こちらは杖にローブ姿と、見るからに魔法使いの格好。
両者とも特別にお金が掛かっているとは思えない、それも真新しい装備だが、それはこんな依頼を受けている時点でお察しだ。
明らかに駆けだし、どれだけ好意的に見ても低ランクの冒険者なのは、垢抜けない雰囲気で分かる。
だけど内心で喝采をあげた。
前衛と後衛がいるというのはバランス的には当たり前だが、こんな依頼では前衛二人、或いは少々腕が立つだけの人が一人で依頼を受ける可能性もあるし、何より魔法使いの数は冒険者全体の比率で言えばかなりの少数派だと聞いていたからだ。
それに、駆けだしだからこそのやり易さというのもある。
「ノエル、冒険者が来たと村に知らせるぞ! 早い者勝ちだ!」
「うん!」
我先に駆けだしたノエルを俺は一歩も動くことなく見送る。ノエルは一心不乱に駆けているせいで、俺が動いてすらいない事に気付いていない。
以前一度試し、長く放置して不審に思われないよう自分からノエルの下へ行った事で、この作戦は効果がある事が実証済みだ。
この手の技を頻繁に使えばさすがにノエルも耐性がつくだろうから、ここぞという時のための必殺技だった。
切り札とは重大な場面で使うからこそ、最大の効果を発揮するものだ。
これで邪魔者はいなくなり、心おきなく情報収集に勤しめる。
「やあ、君はセレス村の子供かい?」
「ええ、そうです」
額から零れる汗を服で拭い、それとなく先程まで一生懸命素振りをしていた事をアピールする。
「良かった。それじゃあここがセレス村で合ってたんだな。もしよければ村長さんの家に案内してくれないかな」
「はい、分かりました」
拒否するわけがない。これで少しの間なら一緒にいてもおかしくないし、ここから簡単に剣の話題につなげられるからだ。
「お兄さんが村の皆が言っていた騎士様ですか?」
「え、いやいや、僕はただの冒険者だよ。残念ながら騎士様ほど強くはないよ」
「でも、僕からは凄く強そうに見えるよ?」
その答えに、あははと少し困ったように笑う。しかしその実、唇の端は嬉しそうにひくひくと動いているのだから、事実嬉しいのだろう。
「まあ確かに、既に何度か依頼はこなした経験もあるし、ゴブリンくらいなら何体いようが無難に倒せるからね」
自尊心が刺激されたか、それとなく自慢を混ぜる辺りまんざらでもなさそうだ。
ここまでくればあと一押し。
「すごい! 実は僕も将来冒険者になりたいんです! 誠実そうでかっこいい冒険者のお兄さん。お願いだから、僕に剣術を教えてください!」
「いや、ほんとそれほどでもないけど? ほんとそれほどでもないけど!」
と言いつつ口元は完全に崩れてにやつき、表情を崩している。
ふっ、チョロイな。
子供の純粋な視線に勝てる人間は、それに何の良心の呵責も受けない悪人を除けばそういない。なんせ毎日ノエルと接している俺がそうなのだから。
「そうだね。剣の基本だけど、まずは毎日素振りをすることは絶対。基礎を怠っては、剣士として大成しないからね。そして、練氣を習得する事だね。これがないと低級の魔物ならともかく、それなりに強い魔物とでは戦いにもならない」
「練氣?」
素振りの方を見せてもらいたかったが、それ以上に無視できない単語が聞こえてきたのでそちらを優先する。
前世の知識で最低限どうにかなる素振りと違い、この世界独自の言葉、特に専門用語などは、学習する機会があまりに少ないのだから。
「うん、おへその辺りにこう……なんて言ったらいいかな、集中してみるとぽかぽかする何かがあってね。それを全身に引き延ばし、纏うイメージと言えばいいかな。そうする事で体は頑丈になるし、力や速さが上がるんだ。まあまだ子供には難しいかもしれないけど、こればかりは感覚の問題だから下手をすると知識が足を引っ張りかねない。だから誰かに手伝ってもらう事は出来ないから、自分で色々やって模索するしかないね。ただ、それが出来れば力は強く、体が頑丈になるからすぐに分かるよ」
「なるほど、解りました。ありがとうございます」
「いや、こんな事でよければ別にいいよ。キミも頑張ってね」
「はい! 本当にありがとう、かっこいい冒険者のお兄ちゃん!」
「いや、別にこれくらいでそんな事ないけど? ほんとそんな事ないけど!」
照れまくっている剣士のお兄さんとは対照的に、後ろに続く魔法使いのお姉さんは少々機嫌が悪そうだった。
どうにもお兄さんの方を褒める毎に機嫌を悪くしていたという事は、きっと自分が褒められなくて面白くないだけだろう。
なら――
「美人で可憐で優しそうな魔法使いのお姉さん、僕に魔法の基礎を教えてください!」
「あら、もうキミ、そんな本当の事言っておだてたって特に嬉しくないわよ。まあでも見る目があるわね。だから特別に基礎くらいなら教えてあげてもいいわよ。まあ私は優しいから? 超絶美人で可憐でとても優しいお姉さんが魔法の基本くらいなら教えてあげてもいいわね!」
ああ、やはり駆けだし同士だけでなく、類は友を呼ぶというやつだろう。なんというチョロさか。
あの手この手と考えていた当初の自分が馬鹿らしくなってくるほど、思った以上にすんなりといった。
「魔法を使うのに大切なのは想像力と根気よ。魔力がなければ何も出来ないけど、人は大なり小なり持っているものなの。でも、大半の人は初歩の魔法を使う事にさえ魔力が足りない。だから、それが間違って伝わっちゃって魔法使いは才能の世界だ、なんて未だに多くの人に言われてるけど、それでも出来ないなりに繰り返せばいつの間にか魔力が上昇して出来るものなの。尤も、大人になれば魔力は上がらないし、子供の内からそんな大人でさえよく分からない難しい事をやる子はそういないから、やっぱり魔法使いというのはとても少ないんだけどね」
だからぼくも頑張りなさいと、そう言って頭を撫でてくる。
そして徐に人差し指一本を立て、上へ向けた。
「指先に宿るは柔らかな灯、『トーチ』」
魔法使いの女性がそう唱えた時、ライター程の小さな炎が人差し指から少し離れた場所で燃えていた。
「…………すごい」
「と、最初はこんな所かしらね」
そしてふっと息を吹きかけ、指先に灯った炎を消す。その際にウインクをするのも忘れていない。
だけど今、そんな絵になっているはずの仕草でさえ気にもならなかった。
その炎は大したことがないかもしれない。前世であれば百円程度のライターで代用出来るものだ。だけど、起きた事の大小など問題ではなかった。
「すごい、すごいすごいすごい――!」
ノエルを見た時と同種の、しかしそれを遥かに上回る衝撃が走った。
たった一つ、あまりにも単純な単語が胸の内で膨らみ、全てを占める。
そう、これなのだ。
ファンタジーの世界で魔法がなきゃ嘘になる。
自衛のためという名目は嘘じゃない。便利だし、今後生きて行く上で必要だという思いも多分にある。近接戦闘より安全というのもある。
だけどそれ以上に強い、体の奥深く、上手く説明出来ない根本から来る憧れが心を支配する。
「特に最初は実際に使えるようになるまでに何ヶ月もかかるから、諦めずに根気よく続けることね」
俺の反応で得意になったようにふふんと鼻を鳴らす。
だけど今、そんな子供染みた自身の反応や、それを揶揄するような相手の事などまるで気にも留めなかった。今思考を支配するのはただ、魔法という言葉と先の光景だけ。
だからすぐにイメージした。
目を瞑り、暗闇の中に火が灯るのを想像する。
物をこすり合わせて摩擦で火花が起こり、空気を集め、魔力と言う名の可燃性ガスを投入するイメージで。
「指先に宿るは柔らかな灯、『トーチ』」
そして目を開いた。それはまるで付け損なったライターのように、火花が一瞬散っただけ。だけどそれでも、今のは見間違いなんかじゃないと確信を持って言える。
そしてすぐさまもう一度魔法を行使しようとした瞬間、ふらっと体が流れ、立ちくらみのように視界がぼやけた。
だけどそれも、背中に手を添えられたお陰で倒れずに済む。
「今日はもうやめておいた方がいいわよ。言ったでしょ? 普通は魔力が足りずに発動すら出来ないって。たったあれだけでも、最初なのだから魔力が足りなくなったはずよ。軽い魔力切れを起こしているのだから、激しい運動も控えなさい」
「……分かりました」
「いい、今後も、とにかく無茶はしない事。魔法を扱うなら魔力切れにならないよう注意しなさい。練習中にさえ死んだ魔法使いは少なくないの。まして実戦なら、最低限動くことさえままならないようならいつか必ず死ぬわ」
衝動のままに魔法の練習をしたかったが、不本意ながらここは言う事を聞いた方が良いだろう。
火花一つで限界ってどんだけだよとツッコミを入れそうになったが、それでもマシな方だと言われてしまえば納得するしかない。
それに、その言葉には確かな重みがあった。
実際に今、魔力切れというものを経験したのだから良く分かる。
冒険者として行動するなら、そのような限界まで追い詰められる事の意味が。
移動にさえ差支え、まして実戦なら即死に繋がるほどの事態だ。
自らの限界は常に把握しておくべきだと嫌が応にも理解させられるし、そんな状況に陥らないよう注意を払うべきだと強く思う。
他人の経験を己のモノに出来るかどうかが成長に大きく関わるのだから、ここは素直に頷くべきだろう。
何よりこのまま続ければ、下手をすれば気絶さえする可能性がある。それではこの貴重な時間を無駄にしてしまうのだから、そんな勿体ない事はできない。だからその代わりに質問攻めをする。
「新しい魔法はどうやったら作れるんですか?」
「…………え?」
この手の知識を吸収出来る機会なんてこの先そう何度もあるとは思えない。
ならば今の内に体裁など捨て、貪欲なまでに求めるべきだ。そして、そのために既に質問すべき事はこの日の為にまとめておいた。
世の中にあるもの全て、誰かが一から作り上げたものなのだ。無論魔法とて例外ではないはず。だと言うのに、その瞬間何を言ったのか理解できないという表情をし、すぐに我に返ったように慌てて喋り始めた。
「あ、ええ、そうね。それは良く料理に例えられるのだけど、呪文が素材、火を通すのが魔力、最後にくる言葉が完成形という流れになるとは言われているけど、そもそも完成形と素材の一致が困難だから、新しい魔法一つ作るだけで世に名を残す事が出来る程なの。そ、その……この私でもさすがに無理だし? きっと君も無理だと思うわよ? だから、そんな事に時間を使うくらいなら、基本的な訓練に集中した方がいいわね」
「そうですか、ありがとうございます」
これはとても良い事を聞いた。
科学の知識があるのだから、きっと新しい魔法も幾つかは生み出せるはずである。
わざわざ世に発表して有名になるつもりはない。
これは新しい魔法を使えればそれだけで相手の意表を突く事が出来ると言う事だ。対処方法も実際に発動するまで相手は分からない。そして、分かった時には勝負の大勢が決する。
その有用性が、分からないわけがない。
間違いなく、命を繋ぐ為の保険になる。
……まあ利権でがっぽがっぽ出来るならその限りではないが。
「あと自分の強さを測るにはどうすればいいんですか?」
教師役なんてこの村にはいないのだから、此方の用が済むまでは離さないとばかりに質問攻めを続ける。
「うーん、自分の強さは数値化出来ないから、結局相対的に見て自分はアイツより強い、という風にしか見れないわね。例えば、オークを無難に倒せるからD級といった所ね」
「そうですか、お姉ちゃんありがとう!」
「お、おねっ!? ……ま、まあでも悪くはないわね、ええ、そう呼ばれるのも悪くないわね!」
本音を言えばこの後も魔法の訓練に付き合ってほしかったが、自身の魔力切れを始めとし、そういう次元の話はできないようだ。だけど足がかりは出来た。
それに、残念な事にもうすぐ村長の家だ。タイムアップということだろう。
「それじゃ最後にかわいい弟、兼弟子に一つだけ教えてあげるわ。大気よ集いて焔と成せ、『ファイアーボール』」
杖を掲げ、詠唱を開始。
そして呪文を唱え終わった時、人の頭ほどの大きさをした火の球が、杖の先端で指し示した空へ向かって飛んで行った。
そして爆発する。
決して大きくはないが、お腹の底に響くような震動。至近で喰らえば、ひとたまりもなく人間一人くらいは死んでしまう程の威力。そして――
「な、何事だあっ!?」
慌てて顔を出した村長が俺と冒険者の二人組を見て、しばらく固まる。
それに慌てて事態を説明した魔法使いのお姉さんはこっぴどく叱られたが、ある種自業自得だと思う。
まあ色々教えてもらったのは事実だし、最後のだって気を遣ってくれたのは分かっていたから、子供らしくも全力でフォローくらいはさせてもらうとしよう。
「チェスターおそい!」
「…………あ」
村長の横からひょっこり顔を出したのは、先程まで一緒にいた幼馴染だった。
冒険者達から知識を吸収するのに夢中で、その存在を完全に忘れていた。
「なんでチェスターこなかったの!」
……どうやら叱られるのは俺も同じらしい。
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