第7話はらぺ子
「さて、今日は川の生き物を獲るぞ!」
「おー!!」
動くものを捕らえ、観察したがるのは子供の習性と言っても良い。
好奇心の塊のようなノエルの事だ。本人も楽しみながら俺の実益に貢献してくれるだろう。
「狙いはカニや貝だ。どんなものか分かるか?」
「……わかんない」
だろうな。
何も教わらずに川の生き物をとれと言われても、知識がなければ無理だろう。だが、この程度は織り込み済みだ。
水に浸かっている石を適当に数個ほど裏返したり、泥の中を探ると案の定貝は簡単に見つかった。
「これは……ムール貝に似てるな」
十センチ程の真っ黒な二枚貝だ。とは言え、川にすんでいる点からしても、そしてなにより異世界にいる時点で別物と考えた方がよさそうだが。
とはいえ、当然この日のために毒がある物はある程度把握しており、その中にはないので食べられない事もないだろう。
「とりあえず、これが貝だ。カニはこう……手がハサミみたいになってて横歩きする不思議な奴だ。岩場にいると思うが、見付けたら声をかけてくれ」
チョキを作って挟んだり開いたりを繰り返し、それとなく教える。
「かに! はさみ! 分かった!」
元気の良い返事と共に、ノエルは石の裏などを探しながら歩く。
「ちょっきんちょっきんかにさんかにさん、まっすぐあるかずどこ行くの~」
などとわけの分からない自作の歌をご機嫌そうに口ずさみながら、足元が濡れるのもお構いなしだ。
まあノエルの方は放っておいても問題なさそうだったので、俺は貝探しを再開する。
ここは貝が割と豊富にいるのか、適当に砂地を掘ればすぐに出てくるから良かった。しばらくはこれだけでも食いつなげるだろう。
「ま~えにいかないな~ら、いらないめだまはとっちゃうぞ~」
「!?」
怖えよ!
思わず勢いよく振り返ったからか、ノエルもその気配に気付いて此方を振り返る。
「どうかしたの、チェスター?」
なぜ急に振り返ったのか分からないとばかりに、いつも通りの能天気な表情。だから、何を考えているのか分からない。
冗談だよな? と言うかなに口走ったかも意識してないよな? そうだ、ノエルの事だから、きっと言葉の意味も理解していないに違いない。
「ああ、いや、なんだその……なんでもない」
「へんなチェスター」
釈然としないものを抱えながらも、何もなかったかのように、というよりなかったことにして採取を再開した。
「チェスター、チェスター! いた! なんかうごいてる!」
「ん、よしでかした! コイツがカニだ!」
それからしばらくしてノエルが叫ぶ。見たとこ十五センチくらいだが、沢ガニにしては大きい方だ。これなら最低限、身も詰まっていよう。
「いいか、こいつを見かけた時はそのはさみに挟まれないよう注意しろよ。捕まえる時は後ろの方からとるんだ」
手本とばかりに後ろ、それも下の方から掴む。その瞬間カニの一番上の腕、はさみのある腕がクルンと半回転し、的確に俺の指を挟んできた。
「いてえっ!?」
切断されるような事はなくとも、しかしギリギリと力を込めて強引に断ち切ろうとするカニ。
おかしい。たしかカニは先の捕まえ方で問題なかったはずなのに。チクショウ、これも異世界の洗礼か!?
「チェスター、ゆび! ゆびとれちゃうの!?」
「とれねえよ!」
慌てるノエルと痛みに呻く俺。
だがいつまでもされるがままだと思うなよ!
「クッ、この野郎!」
一瞬挟む力が緩んだ隙にカニを全力で足元の石に叩きつけ、トドメとばかりに踏みつぶす。
「あー! なんで! なんでかにさんふんだの!!」
「うっせえ! このカニ俺を挟みやがって! カニの分際で! しかもそれを目玉とるとか言うやつに言われたくないわ!」
生存を賭けた戦いに勝利したものの、勝利の余韻などあるはずがない。
むしろ手痛い敗北を喫した気分だ。
ノエルが横で何やら喚くが、放っておいては逃げられるから、どの道こうする予定ではあった。
甲羅が割れ、足が数本折れ、無残な姿になったカニだが、捕獲しておくための籠の類がないのだから仕方がなかった。
「食うためだからどの道こうするつもりだったんだ。いいからお前は黙ってろ」
「もう知らない。チェスターのばか……」
若干拗ねたように、だが特別離れる事もなく今まで通り探索を開始した。
とはいえ、あからさまに機嫌を損ねている今度のノエルは無言。
「…………」
「…………」
「なあ、ノエル……」
「…………」
ただ黙々と作業を継続している辺り、ノエルなりの反抗の意思を感じる。
黙ってろと言ったことへの当てつけなのかは知らないが、ノエルなりの抗議のつもりなのだろう。
まあ俺としては静かで助かるのだから、むしろご褒美だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………(ちら)」
それとなくノエルを観察していたら、やはり自身でその行動に耐えきれなくなったように、横目でそれとなく俺の動向を探る。
だが俺はそれに気付かないふりをしながら、やはり淡々と自分のすべき事に取り組む。
「ううぅ……」
それにどの道、ノエル自身がそれに耐えられない。だからご褒美と言っても、ボーナスタイムは短時間でしかないのが残念だ。
今も呻くような唸るような何とも言えない声を出し、ついにはもはや取り繕うことさえ忘れて俺をガン見してくる。
それでも敢えて気付かないふりをして無言を貫いていたら、とうとうノエルが怒った。
「なんで!」
「なにが?」
「なんでなにも言わないの!」
「いや、特に言う事ないし」
「あるの! チェスターあたしにごめんなさいは!」
「なんでお前に謝んなきゃいけねぇんだよ」
「カニさんふんだ!」
「早いか遅いかの違いでしかない。むしろ、一思いに殺してやった方がよっぽど優しいとさえ言えるな。ああむしろ、俺を挟んでおいて一思いにやってやったんだから、慈悲に心に満ち溢れているとさえ言える」
「うぅ……、だ、だったら……だったら……」
「だったらなんだ? お前が何言おうと、俺は自分が間違ったとは思わないぞ」
しぼむ声は、糾弾するだけの材料を碌に持ち合わせていない事を如実に示す。毎日のように接していれば、どうなるかくらいは予測出来ている。
そこに畳みかけるように追い打ちをかけ、この面倒な茶番を終わらせる。
実際、ノエルが何を言った所で無駄なのだ。
俺の意思は依るべきものを持たない、感情で動く子供と違ってとっくに固まっているし、どうすべきか、どうなるか考えた上で行動に出ているのだ。
議論をするための時間なんてものは最初からない。
「…………なんで……なんでちぇすたーはいつもいじわるゆうの……」
「…………え? あ、いや……」
……言い過ぎた。
両手を強く握りしめ、気丈に堪えているから涙こそ流していないものの、その瞳の端にはじわりと涙が浮かぶ。
今にも泣きそうな震える声が、いつ零れてもおかしくない涙が、それでも気丈に堪える姿が、ノエルは全身で俺の罪悪感を強く刺激する。
どうなるか予測していたつもりだったが、さすがにこればかりは予想外。
自分のために合理的な行動ばかりをしていたからこそ、子供に対する配慮を忘れていた事を痛感させられる。
あの行動、感情的な部分を除いても自分自身の目的のために動いた事は胸を張って何も悪くないと言えるが、コイツに対し、というより、子供に対しての態度としては問題だっただろう。
もう少し言い方なり態度なりあったはずだ。
幾ら本人が日頃図々しく、天然からくる図太い性格をしていて、俺の気持ちとしては特別気を使いたくはないにしてもだ。
「いや、まあなんだ、その……泣くなよ」
気まずい。
日頃こんな事くらい比べ物にならない程の理不尽な迷惑を被っているのに、泣かせた方が、というより大人だからこそ俺の方が悪者になってしまったと自分自身でさえ思ってしまう。
「あと……その、俺が悪かった。いいから泣きやめ」
だからそんな捨てられた子犬みたいな目で俺を見るな。
配慮が欠けていた辺りは本気で悪いと思っているから。
「…………泣いてない」
「いや泣いてただろ……」
「泣いてないもん!」
「いや、だけど……」
「泣いてないって言ってるの、チェスターのばか!」
「ああもう分かった。泣いてない泣いてない。だけど俺が悪かったよ」
「…………うん」
そう言ってごしごしと目元を拭う所を、俺は見て見ぬふりをする。
「それでどうする、まだ遊ぶか? それともなんかしてほしい事とかあるか? ほら、今ならなんでも言う事聞いてやるから」
先ほどの件はさすがに俺が悪い。
だから謝罪の意味も兼ねて、今日くらいはままごとだろうとなんだろうとコイツの希望に付き合ってやるつもりだ。
「…………ん」
「はい?」
「ん!」
ん、と言われた所で、一体何が、ん、なのか分からない。
だからじっとノエルを凝視すると、再び同じ言葉と共に頭が突き出された。
「はいはい、これでいいか?」
「…………」
多分……、これが以前のような頭突きをするぞ、という脅しや頭突きの練習のサンドバッグになれ、と言う類のものでなければ多分だが、頭をなでろということなのだろう。
だから俺としては珍しい事に優しく、労るようにノエルの頭をそっと撫でる。
ノエルは無言だったが、しかししかめっ面が徐々に和らいでいる所を見るに、効果はあるようだった。
そのまましばらくし、ノエルの表情が完全に弛緩したいつもの能天気な表情に戻る。
だが、なぜか急に笑顔を抑え、無理に怒っているような顔を作っているせいで奇妙な顔になっているノエルが口を開く。
「……チェスター、ほんとにわるいと思ってる?」
「ああ、俺が悪かった」
「うん、だったらあたしがおねーちゃんだし、ゆるしてあげる」
「そうか、ありがとうな」
「いいよ、でももうあんなことしちゃダメだからね!」
「ああ、分かったよ」
まあノエルの言うあんなことを守るつもりはないが。
今回ノエルを怒らせたのは、カニを踏んだことよりもその後の対応のまずさが原因だ。実際、今回はあのままはぐらかせば良かったものを、わざわざ火に油を注いでしまったのがいけなかった。
今はカニを殺した事を怒っていたノエルだが、いずれは生きていくために他の生き物の命を奪わなければらないため、成長すればその辺り、食物連鎖の概念も充分に理解しよう。
そして何より俺自身が、今後僅かでも生活水準を向上させるために必要な事として、ノエルにその辺りも理解させないといけない。
その辺りは本来親の仕事のはずなのだがと思うと心底面倒だが、それも自分のためなのだから仕方がないと内心で溜め息をついた。
「それじゃーあそぼ!」
「へいへい、そんで何して遊ぶんだ?」
「うーんとね……おにごっこ! ……はチェスターだとおそいし――」
「おい……」
お前と比べんな。
いや、まあ否定出来ない立場ではあるが、お前身体能力だけは無駄に高いんだからしょうがないだろ。
「かくれんぼ!」
それ無理ゲーだからな? お互い勝負になんないからな?
どれだけ知恵を振り絞って隠れてもその嗅覚で発見される俺と、常に俺が見える距離にいたがる、俺から一定以上の距離を置きたがらない馬鹿。
その二人がかくれんぼなんてしても、かくれんぼにならない。
以前一度だけ隠れるノエルを放置したが、ものの数分でノエルが耐えきれなくなって自分から姿を現したせいで、そもそもまともなかくれんぼが成立しなかった。
「それでね、あしたは……またボール投げて!」
「へいへ……っておい、なんで明日もなんだ!」
「だってチェスターさっきなんでもゆうこときいてくれるって言った!」
「いや、それは言葉の綾と言うかなんと言うか……ん? いや、待て。俺は確かに今ならって言ったはずだ。つまり一回キリだ!」
このバカ、なんて都合の良い耳してやがる。危うく頷いちゃうとこだっただろーが!
「やだ! あしたもあそぶの!」
「俺もやだよ! 何が悲しくてお前といなきゃいけないんだ!」
そうなりそうな予感がしなくもないが、だからと言ってそれを認めるわけにはいかないのだ。
抗う事をやめてしまえばそれこそ相手は増長し、言いなりになるだけである。
ここは断固たる決意と意志を示さなければならないのだ。
「チェスターはおとーとなんだから、おねーちゃんの言うことききなさい!」
「お前もあくまで姉だと言い張る気なら、たまには弟の言う事くらい聞け! 認めねーけどな、認めねーけどな!」
「むううー」
むくれるノエルは完全にいつもの調子を取り戻したようで、先程の事など忘れたかのようだった。
「とにかく、さっさとかくれんぼを始めるぞ」
これ以上余計な約束を交わす前に、話を打ち切るためにもかくれんぼを開始する。
ノエルが逃走を開始するのを確認し、俺は明日どうやってノエルから逃げるかを考え始めた。
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