第3話

 星が瞬いていた。

「知らない夜空、だな」俺は呟く。


 士官学校の校舎の屋上にいた。

 階段のあるところが、校舎の平たい屋上部に小屋のように出ている。

 俺はその裏の陰になる部分に蹲っていた。


 「最初の殺人」は、原作の中でもハッキリとは描かれることは無い。

 主人公たちが、王都にいる間に起こった事件だ。

 王にお目見えして、参加したパーティーで、貴族たちに紹介され、権力闘争の一端を垣間見るというエピソード。

 その翌日、夕刻、士官学校に到着したときに、前日の夜に女生徒が飛び降りた話を聞く。

 その時点では、女生徒の名前も、生死さえも曖昧で終わる。

 第一部の終わり頃になって、立原が連続殺人の犯人と判った時点で、とってつけたように、立原の起こした最初の事件だった、と説明される。

 召喚されて「俺は選ばれた勇者なんだ」と「ハイ」になった立原が女生徒に手を出して、拒絶されて凶行に及んだんだろう、という動機が、主人公達から語られる。

 それだけだ。


 正直いって、伏線としては、あまり出来が良い物では無いと思う。

 ザコ悪党の痛さ、みたいなのを示すエピソードなんだろうけど。

 女生徒と屋上にいた事になるわけで、いったい、どういう経緯だったのか。


 女生徒がどういう理由で屋上にいたのかは不明。

 飛び降りた、つまり殺された時間も不明。

 ということは、立原が何かを口実にして誘って連れてきた、という設定だったのなら、今夜は、事件は起こらないかもしれない。


 陰の中に座ったまま、俺は空を見上げた。


 事件(イベント)をスルーして、寮の部屋にいる事も考えたけど。

 詳細はともかく、「生徒の死」が生じる可能性を俺だけが知っているわけで。

 何が起きるのか、あるいは起きないのか。

 見届ける義務がある、という感覚が抑えられ無かった。

 そのため、寮を抜け出して、できるだけ人目を避けるように校舎まで来て、非常階段から屋上へと上った。

 

 屋上は、日本の学校なら、屋上はフェンスで厳重に囲われたり、立ち入り禁止として封鎖されている場合も多いけど、この世界では違う。

 魔法がある世界だし、召喚された勇者候補達は、屋上から飛び降りても怪我ひとつしないようなチート能力の持ち主が多いし。

 ...立原には、もちろんそんな能力は無いけどな。


 長い夜になりそうだった。

 

 待っている間に、今後の方針でも検討しておくか。


 目標は一つだ。 

 生き延びる。


 殺人犯として瞬殺される運命を受け入れる気はない。


 この世界が、原作強制タイプ、つまり登場人物の意図に関わらず、原作にあったイベントを避けられない世界になっているかもしれない。 

 その場合、あっさり退場するしか無いだろう。


 だけど、どうも違う気がした。

 イベントを避けられないのなら、そんな世界に転生させられる意味も必要も無いはずだ。

 

 この世界への転生、立原への転生がどうして起きたのかは判らない。

 ただの不条理かもしれない。

 朝起きたら芋虫になっていた、というやつかもしれない。

 だけど、そうであっても、何らかの変更を加えることは可能かもしれない。


 もちろん、ダメかもしれない。でも、やってみるしか無い。


 大目標が定まったら。

 次はとりあえずの目標、小目標だ。

 

 まず、しばらくの間、2年くらいは、この学園で頑張ろう。

 

 いきなり学園を脱走して世界を放浪、というのもあるけど。

 さすがにそれは厳しい。

 なにしろ、魔獣がうろついている世界だ。

 右も左も判らない異世界人が生き延びるのは無理だろう。

 チートな能力の持ち主なら別だろうけど。

 立原には無理だ。 

 

 2年の間で、この世界で生き延びていく能力を身に付ける。

 そして、3年目、連続殺人事件が起きてくる時期には、この学園を抜け出し離れておく。

 君子危うきに近寄らず、というやつだ。

 濡れ衣で処刑、なんて可能性もある。

 一番、犯人として処刑される可能性が高いのは俺だろう。

 

 できれば、被害者が出ないようにしたいけど。

 いやいや、それはフラグだろう。

 変なメッセージを残して誤解されるパターンだ。

 最後に誤解が解けて、という保障は無い。


 やはり、「2年の間にある程度の金を貯めて、経験値も貯めて、生き延びる能力を身に付けてから、脱出」がいいだろう。

 ちょっと曖昧だけど、これくらいが、「とりあえずの目標」でいいのでは。

 

 次は、具体案だな。

 どうやって金を貯めるか。

 どうやって経験を積むか。

 この世界に馴染むには、のんびりと学園生活を送っていては厳しいだろう。

 日本だったらアルバイトとかなんだろうけど。

 この世界では。

 やはり。 

 

 冒険者、だろうなあ。

 

 異世界モノの定番だ。

 原作にも出てきていた。

 依頼を受けて、村を脅かす魔獣を退治し、十年に一度咲くという貴重な花を秘境に探し出し、隠された古代王国の財宝を求めて洞窟に潜り込む。

 

 ...なんてのは無理だろうけど。

 とにかく、冒険者ギルドに登録だな。

 登録して、お使いクエストをこつこつと、だ。


 まてよ。

 制限があるんだっけ?

 原作では冒険者への登録は3年目からだった。

 学園の候補生は「学業に専念するため」、3年になるまで登録できない。

 日本で言う、バイト禁止、みたいな制限だ。 


 で、それをくぐる裏ワザも紹介されてたっけ。

 こんな方法もあるけど、という感じで。

 そう、そうだ。

 明日はギルドに駆けつけて、裏ワザで登録だ。

 初心者冒険者かっこ見習いかっことじ、というやつだ。

 そこから、やくそう採取とスライム退治。

 

 これで初級の治癒魔法が使えれば、完璧なんだけど。

 立原が得意なのは「闇魔法」。

 光魔法の反対で、一応、レア属性に分類される。

 すごそうに聞こえるけど、いや、実際にすごいんだろうけど、それは「極めれば」の話。

 立原の才能はしょぼい。だから初級魔法しか使えない。


 たしか、ダーククラウドとダークサイレンスだっけ。

 闇魔法だからって、何でもダークをつければ良いってもんじゃ無いんだけど。

 

 ダーククラウドは、黒っぽい、もやというのか霞というのか、雲のようなものを作り出す魔法。生物に害は無く、まあ、隠れるのに使える程度。

 もちろん、昼間は、「妙な陰がある」と判るのであまり効果は無い。 


 ダークサイレンスは、これも黒っぽい、もやというのか霞というのか、雲のような波動を送って、相手の言葉を封じる。成功すれば、しばらくの間、しゃべれなくなるので、魔法封じにもなる。ただ、無詠唱で魔法が使えるような相手には効かない。

 

 あと、名前だけ出てくるのがダークスリープ。(闇魔法だからってry)

 これも、ダーククラウドに似た雲のようなものを作り出して、相手を包み込んで眠らせる魔法で、集団にも効果がある。結構有用に思えるけど、ほとんど使われない。 初級レベルにしてはMP消費が厳しい、という設定らしい。 

 

 原作では、追加で、魔王軍の将軍あたりから、いくつかスキルをもらってたけど。

 今回、そっちの選択肢はない。

 

 階段室の陰で、考えこんでいた俺の耳に。

 階段室の中から、かすかな物音が聞こえてきた。

 

 誰かが、階段を上って来ている。

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生き延びてやる!~召喚学園と勇者のコナンドラム~ あいあい あい @not-a-monkey

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