第2話
2
「王立学園士官候補生」において、立月龍一の立ち位置は、一言でいうと「『ザコ以下』。『地味なモブ』を装った『小悪党』」だ。
もともと、そこそこ真面目な性格でがんばりはするが、要領が悪いのか才能が無いのか、大した成果を上げられず、目立たない。
だれてしまって成績も伸び悩む。成績ランクは、全体の中のあたりを上下していて、徐々に下がりつつある。
そんな人間が、異世界に召喚されて、これで勇者の一人として大活躍、と喜んだのに。
得た能力はどうひいき目にみても微妙。
異世界にきても、いてもいなくとも変わらない存在のままだった。
主人公たちには、どうやってもかなわない。
設定では、この挫折感と嫉妬につけ込んだのが魔王だった、とされている。
特殊能力を付与してやろう、という餌に目がくらんだ立月涼は、悪事に手を染めてしまい、以降、魔王の手先として暗躍する。
遂には、連続殺人を犯すまでになるが、主人公たちの名探偵のような推理と勇者そのものの活躍に完敗する。
魔王軍に逃亡を試みるも、用済みとして、裏切られ瞬殺される。
「暗躍」といっても、主人公に罠を仕掛けたり狙撃したりしても、あっさりとかわされる。
連続殺人の犯人ではあるが、「王学」は本格推理モノでは無いから、主人公たちのライバルにはなれない。
悪役でありながら、影が薄い。魅力も無い。それが立月涼だ。ある意味、不思議な存在。
「な、なんだってええっ」
馬車から降りて、門を見て。
思い出した瞬間、叫んでしまった。
コミック内の世界に転生?
そこは、まあ、いい。
本当はよくない、というか、あり得ない話だ。
だけど、まあ、それはひとまず、おいておこう。
よりによって、立月に転生?
ってことは、俺が立月?
ってことは、俺が連続殺人鬼?
ってことは、俺が逃亡先で瞬殺?
「あり得ねぇえ!!」
「大丈夫か」
不思議そうに声を掛けてきたのは、ここまで同じ馬車に乗ってきた、倉井というヤツだ。
思い出したけど、こいつは確かに「王学」に出てきたキャラだ。
主要キャラでは無い。
無いけど、性格が良く、人当たりの良さから人望もあって、まあまあの人気者、という設定だった。
各エピソードでもそれなりに活躍し、キャラ人気投票なんかでは、100位以内くらいに顔を出していたはず。
主要キャラだけで40人を超し、モンスターまで入れると200人がランキングに発表される「王学」では、人気がある方といえる。
立月の順位?
判らない。
発表される順位(200位までだ)には入っていなかったと思う。
連続殺人のエピソードで目立った時期のすぐ後に投票をやれば出たかもしれないけど。
「い、いや、その、思ってたより立派なんで」
俺は、とっさに、適当な返事をひねりだした。
護衛として馬車に付いてきた騎士たちも、こちらを見ていた。
馬車から降りて唐突に叫び出したもんだから、驚いたんだろう。
「確かに、見た感じ、鉄筋コンクリートっぽいし、日本にあってもそれほど違和感がないかもな」
「にしても驚きすぎだぜ。何が起きたのかと思った」
突っ込んできたのは、やはり、同じ馬車に乗ってきた安田だ。
こいつも、「王学」に出てきていた。
モブの一人だったけど、倉井とほぼ同じグループにいて、そこそこ目立つ扱いだった。
モブ代表の「その一」と「その二」ってところか。いや「その十」と「十一」くらいかもしれない。
「召喚されて内政チートでも企んでたのかい」と倉井。
「チートって、いや、そんなことは無いけど」
と俺は返して、学園の門を、というか正確にはその脇の通用口を、くぐった。
この門は学校が開いているときしか開けられない、という設定だった。。
今は春休みのため、通用口から出入りになる。
そう、この学校は、今は春休み中だ。
俺たちは今日から学園の寮で暮らすことになる。
明日の夕方には俺たち召喚者と、他の、つまりこの世界出身の新入生の入寮歓迎会が行われるらしい。
明後日が入学式。学園生活がスタートだ。
昨夜は召喚された場所(「女神の聖なる祈りの泉」とか呼ばれている所だ)の傍らに建つ石造りの寺院に泊まった。
で、今朝、馬車に乗せられて、ほぼ一日かけて、この学園まで移動した。
「これからは寮で過ごしてもらう。こっちだ」
馬車を護衛してきた騎士の一人(副隊長だったかな)に誘導されて、俺たちはぞろぞろと、寮に向かった。
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「ふう」
俺は寮の部屋におかれてあったベッドに寝転んで溜息を吐いた。
寮は学校の建物とはグラウンドの反対側、小さな林を抜けた、少し離れた場所にあった。
男女別で、三階建ての建物が、互いに少し離れてたっていた。
やはりコンクリートっぽい見かけだけど、内装とか柱には木材が使われているみたいで。
実際の構造は木造っぽい。
部屋は共同では無く一人部屋だった。この辺りは、当然だけど、コミックの通りだ。
2階の通路のつきあたり、奥の部屋を割り当てられた。
さすがにコミックでの立月の部屋の設定までは覚えていなかったけど、こっそり抜け出しても気づかれにくい、暗躍できそうな位置に思える。
部屋には、家具やら衣服やらが、一通り、揃えられていた。
タオルとか、布団もある。
日本製のモノと比べると、あきれるくらい質が悪いモノばかり。
タオルと言っても薄い布だし、このベッドも堅くて痛いくらいだ。
食堂と風呂とトイレは共同だったけど、まあ、これは仕方が無い。
寮にいるのは、俺たちのような召喚された異世界人だけではない。
学園は、勇者が召喚されていないときは、国王軍の士官学校として運営されているから、この世界で育った士官候補生も住んでいる。
ほとんどが貴族の子供だけど、平民出身の候補生も少しいる。
こぎれいな身なりで若いのが貴族の子供たちだ。
身分にこだわる無能も多いが、英才教育を受けてきた優秀なヤツも多い。
平民のほうは、軍に入ってから、才能を見いだされて、士官候補に選ばれた連中だから、少し年を食っているが有能なヤツらばかり。
こんな奴らの中でしごかれるんだから、一般の普通人にすぎない立月が挫折感にとらわれてしまったのも無理はないだろう、って俺自身の未来のことなんだが。
まあ、この辺はコミックの通りだったけど、玄関の門から、歩いて10分近くかかるとは少し意外だった。
校舎からだと、歩いて5~10分くらい。
コミックじゃ、寮から学校なんて、せいぜい、1コマはさんで切り替え、だったからなあ。
知っていたことが、体感として理解できてきた、という感じ。
だが問題は歩く距離ではない。それはどうでもいい。
問題は立月への転生だ。
コミックの世界への転生はともかく。
立月は無理だ。
余命は、あと三年。
いや、卒業式の前に瞬殺だから、正確には3年に少し足りない。千日とちょっとくらいか。
それで、終わりだ。
これは、まずい。まずすぎる。
とはいえ、こんな内容、相談する相手すらいない。
「コミックの世界に転生したみたいなんです」
「いや、君はこの世界に召喚されたんだよ、女神様に選ばれた勇者候補生なんだ」
「えーっと。だから、そういう設定のコミックの悪役になったんです」
「悪役?」
「ええ、魔王の手先で、連続殺人を」
「魔王の手先?詳しく聞かせてくれるかな?」
「あ、いや、手先と言ってもザコの」
「地下牢にご案内だ!拷問部屋のほうが気軽にしゃべれるかな?」
ダメだ。
これはもうダメだ。
「相談」ルートに出口は無い。
どうするか。
俺は、脳内で、関係者を全員(つまり俺だけだ)集めて緊急会議を開催して...いや、そうだ。
俺は気づいた。
今日は入寮日だ。
ということは。
そう。
そうだ。
今日は、俺が、最初の殺人を犯す日だ。
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