最終話 GO―ALTER



 光の中をさ迷っていた。

 眩い光。

 明るすぎて何も見えない真っ白な光景を当ても無く進む。


 俺は、これで満足だったのか?

 これで全部、終わりなのか?

 ゴーアルターって何だったのか?


 答えは返ってこない。

 誰も俺に答えてはくれない。


 俺は求められていた?

 俺は上手くやれてた?

 俺はどうすればよかった?


 希望、夢。

 友情、愛情。

 明日、未来。

 無限に広がる可能性


 俺だけが真っ黒。

 腐った不燃の感情が溶け込んだドロドロの沼。

 何処まで潜っても大した物は見つからない。


 一体、何が正解だったのだろうか?

 俺は満足にやれたのだろうか?

 あいつは笑ってくれたのだったのだろうか?


 やはり疑問だらけ。


 いや、わかっているはずだ。

 何もわからない、としらを切っているだけだ。


 過程には何もない。

 結果も何も無かった。

 むしろ、マイナスだろう。


 損してるだけであった。


 本当に?

 本当にそんな風に思ってる?


 得たものは少なからず在ったはずだ。


 よく思いだせよ、真道歩駆。


 …………。


 ……。



 ◇◆◇◆◇



「シン……ん…………ドウちゃ……シンドウちゃんっ?!」

 肩を前後に揺さぶられて、真道歩駆は目を醒ました。

 革貼りの大きな椅子に座らされ、首周りには体が隠れるくらいの散髪用ケープを纏っている自分の姿が、目の前の大きな鏡に写っている。


「石の様に寝てたぞシンドウ」

 背後で年期の入った長椅子に寝そべり、タバコを吸いながら新聞を読むのはハイジ・アーデルハイドだ。


「フフフ……私のテクが良いからよ。ほら、髪を洗うから前へどうぞぉ」

 ジーンズに白いシャツ、髪を後ろに束ねたポニーテールのユリーシア・ステラかハサミと櫛をポシェットに仕舞いながら言う。


「あぁ、すいません……」

 ユリーシアが鏡台に付いた取っ手を引っ張ると洗面器が現れる。ホースを伸ばしてシャワーの温度を確認すると歩駆を洗面器へ誘導する。

 備え付けのボトルに入ったシャンプー液で歩駆の髪を洗うユリーシア。

 シャカシャカと頭を掻く音とシャンプーの匂いが再び寝てしまいそうになるほど心地良い。

 泡を洗い落としタオルで髪を拭く。温風のドライヤーをかけて乾かすと、と今度は顔剃りだ。椅子を倒して歩駆の体を天井に向けさせると、顔中に満遍なくクリームを塗る。その後、蒸しタオルで顔を暖め数分。顔の産毛が柔らかくなった所で丁重に剃っていく。


「んー…………これで、よし。マッサージはしますか?」

「……お願いします」

 ユリーシアは手をパキパキと鳴らすと、歩駆の両肩に触れる。時に強く、時に早く、絶妙な力加減で揉んだり叩いたりを繰り返して溜まりに溜まった疲れを解した。


「あっ、ちょろっとココ切るわね、最後の修正っ…………はぁい、これでお仕舞い」

「やっと終わったか。一時間ぐらい掛かったな」

「それにしてもスゴい量ねぇ。バケツが髪で一杯になっちゃったわ。フフフ……これで人形が作れそうね」

「気持ちわりぃよ、アフリカの人形か!」

 歩駆からケープを外し、道具を片付けながらユリーシアとハイジの夫婦漫才をする。

 二人はイミテイターである。だが、宇宙で戦っていた時のピリピリとした感覚は完全に浄化されている様だった。


「そろそろ昼メシの時間かぁ……それにしてもシンドウ、次からは普通に来いよな。床屋にSVで来るバカが何処に居るんだ? ただでさえウチは田舎でひっそりとやってんだ」

「いいじゃない? ハサミさえ有ればどこでも出来るわ」

 ユリーシアは手に持った鏡で歩駆の“うなじ”を鏡台との鏡越しで写す。腰まで伸びたバサバサで艶もない髪が綺麗に短くすかれ、潤いまでも戻っていた。


「こんな感じで良いかしら?」

「はい……ダイジョブっす」

 とは言ったが前髪にしても短すぎて気に入らない、と心の中で思う歩駆だったが言い淀み黙っておく。


「ねぇシンドウちゃん。髪の毛を切るってね、過去の自分を断ち切る事だと思うのよ。これから会いに行くんでしょ? 変わった自分を見せなくちゃ!」

「……はい」

「それじゃあ代金五千円な」

「いいのハイジ、今回はサービスよ。また髪伸びたらいらっしゃい。今度はナギサちゃんも一緒にね?」


 二人に別れを告げてを歩駆は店の裏の雑木林に寝せていた白き巨神、《ゴーアルターアーク》に乗り込む。

 先ずは着替えだ。シートの下から取り出したのは一張羅の学生服だ。歩駆はパイロットスーツを外に投げ捨て、着替え始める。首がスースーして違和感があるが、嫌いではない。


「もう行くのか? メシぐらい食ってけよ。ウチのカミさんの作るトマトパスタは最高だぞ」

 開けっ放しのハッチからハイジが覗いてきた。


「大丈夫っす。腹はもう減らないんで」

「イミテイターだって腹は空くぞ。うーん、そうか……なら、その前に一つだけ質問良いか?」

「……何ですか」

「今の俺が言うのも何なんだがな……彼女に会いに行って、それからどうする? その力で正義のヒーローでもやるのか?」

「ヒーローか…………そんなもの何処にも存在しませんよ。漫画じゃないんですから」

 歩駆は冷めたように返答する。


「じゃあコイツは何に使う? こんなもん普段使い出来るしろもんじゃないぞ」

「それは、決めてません」

「今、統合連合軍がIDEALのあった痕跡を消そう躍起になってる。イロナシ……exSVは格好の的だ。必ずお前の所にも来る」

 睨むようなハイジの視線を逸らさず真っ直ぐ見つめる歩駆は、少しだけ考えると無表情で答えた。


「来たら追い返すだけです。それでも執拗に来るなら、俺は……容赦しない。俺はゴーアルターを自分の為に使わないし誰にも使わせない。来るべき時になったら破壊します…………本当の平和になったら」

 そう言う歩駆の目からハイジはただならぬ物を感じた。初めて会った時の弱々しさは感じない。だが、その強い信念が見据えるのは一年や二年じゃない。想像も付かない遠い未来の話だ、とハイジは恐怖で鳥肌が立つ。


「そうか……頑張れよ」

「はい、今日は朝からありがとうございました。それと奥さんの体、大切にしてくやってください。奇跡ですよ、それも双子なんて」

 そんなまさか、と店の方に慌てて飛んでいくハイジを見送りながら、歩駆と《ゴーアルターアーク》は空の彼方へと消えていった。



 ◇◆◇◆◇



 皆がそれぞれ幸せのゴールを迎えた。

 俺の安息の場所は、そこまでは来ている。

 果たして彼女は俺を待っていてくれるのだろうか?


 彼女の魂は地球に着いているのは分かる。

 だが、俺はどんな顔をして会えばいいのか分からない。


 そもそも何故、俺は彼女の元へ帰る資格はあるのか?

 俺は何かを成し遂げたのか?


 人類を救う英雄、ヒーローにもなったなどと自覚は無い。

 戦いは未だ終わりを告げてはいないのだ。


 何もかもどうでもいい。


 だけど、それでも地球に帰ってきたのは彼女に会いたいが為だ。


 こんな自分を見てたらガッカリするだろう。


 やはり……。



 ◇◆◇◆◇



 光速の早さで《ゴーアルターアーク》は目的地に到着する。遥か上空から彼女の居る病院を真下に捉えるも歩駆の体は動かない。緊張で足が竦み、シートから動けずにいる。

 建物を上から眺めるだけで終わりなのか、と歩駆はおもむろに学ランのポケットに手を突っ込むと何か入っているのに気付いた。

 くしゃっとなっている紙の様な物。開いてみると、それは手紙だった。

 日付は去年、時任久音の率いるガードナーとの決戦前日である。



“口に出すのは絶対に言えないから、こうして文字で書いておく”

“歩駆、君は悩みすぎるのが欠点だよ”

“やりたいことがあるなら迷わず真っ直ぐ、自分の信じた道を行け”

“自分に嘘を付かずに、ひたすら歩け、後ろへ逃げず前に駆けろ!”

“そして、必ずあの子を救いだせ”

“それが出来るのは歩駆しかいないんだからな”

“一番の親友 楯野衛より”



「親友か……マモルめ、いつの間に」

 手紙を綺麗に折り畳み、歩駆は学ランの胸ポケットへ大事に閉まった。


「…………行こう!」

 マモルのお陰で決心がついた。立ち上がる歩駆はコクピットのハッチを開かせると、躊躇する事なく《ゴーアルターアーク》から飛び降りた。高度数千メートル、パラシュートなども装着せず生身のままでた。 


「聞こえるだろうゴーアルター! お前は空の上で俺達を見守ってみせろ!」 猛スピードで落下ながら歩駆は《ゴーアルターアーク》の方へ向かい叫ぶ。


「俺はもうお前を頼らない。俺が、俺の力でアイツを守る。守ってみせるさ! だから、そこで見ていてくれ!」

 歩駆の決意を聞いて《ゴーアルターアーク》の表情が一瞬だけ綻んだように見えた。

 こうして少年は地上へ、白き巨神は宇宙へ。

 二つは分かたれた。



 上空、数百メートル地点。激しい突風を全身に受けながら歩駆は急降下する。

 普通の人間なら自殺行為に等しい行動であるのだが、今の歩駆に恐怖感などは無い。寧ろ、こんな事やれてしまうのが当たり前だ、と自然に思っていた。

 風に流され病院から少し離れた公園の方に落ちていく。道行く人の何人かが歩駆に気付いて指を差したり悲鳴を上げるのが聞こえるのが分かってきた。

 大丈夫、などと歩駆が心の中で思うことはない。頭の中では数分ぐらい空中で彼女に会った時の事を思考している感覚であるが、実際は数十秒も無い。

 少年が叩きつけられるトマトになる姿を想像して、通行人達が目を伏せ叫んだ。しかし、


「……っ」

 何十回転と道に転がっていく歩駆は花壇に入り込み、体を大の字にして漸く止まった。通行人達が恐る恐る近付くと歩駆が直ぐに立ち上がるので驚いた。


「病院はあっちですか?」

「え…………あ、そうだけど……」

「ありがとうございます」

 歩駆は学ランに付いた土や花びらを手で払いながら、教えてくれた男性に一礼してから何事もなかったかの様に走り出した。

 自分に向けられる言葉や視線など気にせず、彼女の元へ持てる全ての力を出して疾走する。



 ◇◆◇◆◇



 欲しかった。

 自分の正義を通せる力が。

 神にも悪魔にも成れる、誰にも負けない絶対的で唯一無二の力が。


 力を手に入れて何がしたいかって?


 それは……。



 ◇◆◇◆◇



 ついに歩駆は彼女の居る部屋の前までやって来た。

 鼓動が外に聞こえるんじゃないか、と言うくらいに大きく激しく高鳴っている。

 ここまで来るのに長かった、永遠と思えるくらいに長過ぎたのだ。

 今こそ、この気持ちを伝えなければいけない。

 その為に今日を生きたのだから。

 緊張の一瞬。歩駆はドアノブに触れ、ゆっくりと扉を開ける。


「……──っ!」

「──……?」

 少年は涙を流した。


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