第107話 ヘイト・アンド・エネミー

 漆黒の銀河に純白に輝く体躯が良く映える。

 大規模な戦闘があったらしいSVの残骸が浮かぶ宙域を通りながら《ゴーアルターアーク》は念願の地球へと降下しようとする。

 長き時間をかけてようやく帰ってこれたのだ、と喜びも束の間。一体の《尾張イレブン》が降下準備に入る《ゴーアルターアーク》へと接近してきた。

 中のパイロットは何やら怒鳴り散らしている様子だったが、そんな事は気にせず《ゴーアルターアーク》が無視して素通りすると、敵意を剥き出して《尾張イレブン》はライフルの銃口を向ける。


 ──。


 ほんの一瞬だけ《ゴーアルターアーク》が振り替えって睨みを効かせると《尾張イレブン》を一切触れず機能を停止させた。あれだけ吠えていたパイロットも戦意を喪失して大人しくなった。

 それも《ゴーアルターアーク》の身体からレーダーにも見えないフォトンの波動を一帯に散布させたせいだ。

 絶対にこちらには近付くな、と念を送り込むと誰も周囲には近寄れなくなった。その中にはセイルやユングフラウ、冴刃にシュウも居たが、歓迎ムードどころではなくなってしまった。

 邪魔者を退かして《ゴーアルターアーク》は大気圏へ突入する。空気抵抗による摩擦でボディが赤熱化するが、特別に何の問題もない。

 降下先は日本だ。降りるにつれて日本列島が大きくなっていく。分厚い雲を抜けると、自分を導く声が聞こえてきた。

 向こうからわざわざやって来たか、と思いその場所を目指して《ゴーアルターアーク》は落ちていく。

 そこは倒壊するビル群、爆発で出来たクレーターが点在する廃墟の街だった。交差点の真ん中で骸骨の様なSVが仁王立ちしていた。その肩部の段差に白衣の男が腰掛け、こちらを見上げ手を上げている。


「やァ久しぶりだねゴーアルター……そして、少年よ」

 骸骨SVとは少し距離を置いた所で《ゴーアルターアーク》は音もなく着陸した。


「案外、早かったね。五十年、百年……いや千年後に感動のオカエリナサイを期待してたかい?」

 白衣の男、ヤマダ・アラシは英雄の帰還に拍手を送る。


「見てごらんよ、この地球を……残存していたイミテイトの数は随分と減っただろ? スゴい頑張ったんだぜ? あぁ、ここは対イミテイトの戦闘指定区域……言わばバトルフィールドでね、違法滞在者以外に人は住んでないよ。今の土建屋の技術なら一ヶ月あれば一帯は元通りになるしね」

 聞かれてもいないことを勝手に語りだすヤマダだったが《ゴーアルターアーク》は仏頂面で睨むだけである。


「でもよ、今のゴーアルターならば一日も有れば完璧に直せるよなァ? 少年、どうする? 君はどうしたい?」

 ニヤニヤ顔をするヤマダの問いに《ゴーアルターアーク》は未だ沈黙して微動だにしない。その声は聞こえずとも視線から訴えかけるフォトンの波長で会話が出来ていた。


「つれないなァ? 君は世界を救った英雄なんだよ、もっと誇れよ。大団円、ハッピーエンドをお望みだろ? それも傷跡は戒めとして残すビターエンドってこと?」

 息も吐かせぬマシンガントークを続けるヤマダ。しかし、次に《ゴーアルターアーク》から送られてきた波長で、ヤマダの表情は笑顔から怒りへと変わる。


「あぁそうかい、そう来るかい……わかったよ、来いッ! ブライオーン!」

 天に叫ぶヤマダ。すると、空の彼方から雲を裂いて銀色の獅子が現れる。ヤマダがコクピットに乗り込むと《プロトゴーアルター》は空を駆ける銀色の獅子まで上昇する。


「こんなこともあろうかとー、こんなこともあろうかとォー! 用意しといたブライオンの二号機さァ」

 二機のSVをフォトンバリアーが覆う。その中で、銀色の獅子こと《ブライオン二号機》がボディを分離、変形させて《プロトゴーアルター》が鎧を纏うかの様に合体した。


「これが完成形。じゃ……早速ヤりあおうかァーッ!」

 銀色の炎を背部から噴き上げて《グレートプロトゴーアルター》は突撃する。胸部装甲の獅子から強力な熱線を放射すると、周囲は一瞬にして火の海と化す。だが《ゴーアルターアーク》は一歩も動かず仁王立ちしていた。


「プロト、試作型だからと言えどゴーアルターだからなァ! こいつが、真のゴーアルターだったモノ。変わりたかったモノの成れの果てだァ!」

 ボクシングの様な素早い動きで《グレートプロトゴーアルター》は殴りかかる。重い一撃を《ゴーアルターアーク》がまともに体で受け止めるが、後退りを少しするだけで防御の構えは取らない。

 端から見れば完全にサンドバック状態だったが、手応えの無さにヤマダはイラつき込める力を更に強くする。


「本当に不思議だよ。人の意思ってもんは単純な力じゃ屈服させられない。何がそんなに少年を駆り立てるのか理解不能だァッ!!」

 顔面に左ストレートがクリーンヒット。虚空を見詰めていた《ゴーアルターアーク》の視線が《グレートプロトゴーアルター》に向けられる。


「更にマニューバ・ファング!」

 ヤマダは続けざまに攻撃を行う。六本の鋭いき大きな爪の付いた右腕が爆煙を上げて《ゴーアルターアーク》を切り裂く。が、薄く傷が付くのみで、それも瞬時に直ってしまった。


「君はワガママだなァ!? その力は何の為にある? このヤマダ・アラシが少年に与えたんだぞ?! 君にしか出来ないことをやって見せろ!」

 大きくバックステップ、バク転をしながら《グレートプロトゴーアルター》は距離を取る。


「これはノアGアークにも積んだ、オメガ・グラビティミサイルを喰らえいッ!」

 腹部が開き、一発の弾頭が射出される。大陸を跡形もなく消滅させる程の威力を持つ悪魔の兵器が《ゴーアルターアーク》に襲いかかる。目の前で超重力の爆発が起こった、かに思えた。


「さすがァ……」

 色彩の反転したネガ色の膨れ上がった重力波のエネルギー球は、萎んだ風船の様に小さくなって収束し《ゴーアルターアーク》の掌に吸い込まれていく。それは吸収ではなく、掌の穴の向こう側には宇宙が広がっていた。そんな小型のワームホールにより〈オメガ・グラビティミサイル〉は銀河の彼方へと消え去る。


「何を求める! 何をしたい! 何が欲しい! 何が望みだ! 少年、君は力を手に入れて何を叶えるッ!?」

 自分をも巻き込むかと知れない超兵器を無効化されたのにも関わらず、ヤマダは臆する事なく《ゴーアルターアーク》に近接戦闘を仕掛ける。旧式の試作機であるのに通常のSVを凌駕する《グレートプロトゴーアルター》の高速の連打を《ゴーアルターアーク》は意図も簡単に往なす。


「獅子咆哮イレイザァァァーノヴァッッ!」

 ゼロ距離。吼えるヤマダに呼応して胸の獅子が口を開き、エネルギーを集めていく。発射された獅子を象ったフォトンのエネルギー弾は《ゴーアルターアーク》に直撃、巨大な爆発と衝撃波が《グレートプロトゴーアルター》と廃墟の建物を襲った。


「やったか!? って言ったらいけないな……」

 半径十数キロ、何もかもが跡形もなく吹き飛ぶ中で、爆心地で黒煙を上げる《ゴーアルターアーク》は尚も不動を貫いていた。驚くことに全身が土埃にまみれただけで損傷は軽微。眼光鋭く遠くの《グレートプロトゴーアルター》を睨んだ。


「来る……かっ?!」

 次の瞬間、直立の《ゴーアルターアーク》が虹色に閃光すると、ポーズはそのままに超光速で《グレートプロトゴーアルター》に“体当たり”をしたのだ。気付いた時には機体はバラバラに破壊され、ヤマダは何が起きたのかわからなかった。

 その正体はフォトンの残像だ。その場に立ったまま《ゴーアルターアーク》を象ったフォトンのオーラを《グレートプロトゴーアルター》にぶつけたのだ。


「ぐっ……ほ、本気を出してない……なんて事は無いだろう? その黙りは、ただのカッコつけだなァ?」

 コクピットを飛び出して強がりを言うヤマダ。コクピットの中で全身を強く打ち、骨が数本折れていた。


「ゴーアルターは、その名の通り“変わり往く者”って事。その気になれば地球を別の形に変貌させるなんて事も可能……でも、所詮は十数年しか生きてない人間の想像力だからね。個人じゃ不可能だァ……」

 ボディだけの残骸になった《プロトゴーアルター》の前に《ゴーアルターアーク》が自らやって来た。


「この先、どんな事が起こるか分からない、その覚悟はあるのかい?」

 ゆっくりと屈んだ《ゴーアルターアーク》のコクピットが開かれた。


「ゴーアルターとは一体何か? それは銀河の最果てで戦う虚無戦機か。それとも神話を謳った機鋼天使か……いや、ただの舞台装置だよ。

 でも僕は、神を信じてない。けどね、時に人類には理解することが出来ない存在があってもいいんじゃないかと思うんだ。その方がワクワクするだろ?」

 質問を煙に巻くヤマダ。


「……少年、最後に一つだけ教えてくれ……」

 装甲の上を這いつくばるヤマダの目の前に少年が降り立つ。


「君の夢は何だい?」

 歩駆は力を振り絞って、思いきりヤマダの顔面を殴った。



 ◇◆◇◆◇



 綺麗な月が廃墟を優しく照らす。ボディだけとなった《グレートプロトゴーアルター》の残骸の上で、ヤマダは《ゴーアルターアーク》が去ってからずっと腫れた左目を擦りながら夜空を見上げている。

 そこへ一人、宇宙服を着た少女がやって来た。


「クロガネの…………何号だっけ? 思い出させないや。ジェットフリューゲルに乗っていた奴か」

「…………アークン、もう気がすんだでしょ」

「冥王星は楽しかったかい?」

「それなりにね」

 少女は隣に座って同じ空を見る。


「君と出会ったのも、こんな月が綺麗で静かな夜だったなァ」

「太陽が照りつける真夏日だった気がするわ」

「……なぁアイル、僕は間違ったとは思わない。このまま進歩し続ければ行けば世界はもっと大変な事になる……第三次大戦だって夢じゃない。そんな時、世界には救世主が必要なんだァ」

「彼はその素質がある?」

「「無い」」

 ハモる二人。


「とことん普通の子だったわ」

「凡人だけど……だからこそ、変わりたいと願う力が強かったのかもしれない。夢があると思わない? ただの少年に世界を託してみた、とかさァ」

 肋骨を気にしながら力なく笑うヤマダ。


「もし選んだのが失敗だったら?」

「ゴーアルターの力が有ればリセットして、やり直す事だって出来る。使うか使わないかは任せる……使わないなら、それはそれで楽しい時代が来るよ、きっと」

 ごそごそとタイトなズボンのポケットから取り難そうに出したのは押しボタン式のスイッチである。


「僕の役目はこれで終わる……。けど僕の意思は未来へと永遠に続いていく、だ」

 ボタンに親指を掛けるヤマダと、少女はスイッチを取り上げて握り潰した。


「命の灯火が消えるまで足掻く事に意味がある。生きる理由なんて来週の漫画が気になる、なんて下らない事でいいんだよ……アークン」

「……僕は書き手だ。生産を止めた創作者に、価値は無い」

「一人じゃない。これからは私が居る。サポートするからボロボロになるまで続けて? 死に水は取って上げるから」

「アイル…………老けない機械嫁を貰って……本当に幸せだァ」


 その後、ヤマダ・アラシは齢百歳を越えても生き続け、世界の長寿記録を塗り替えたとか、いないとか。

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