第106話 変える世界、帰る場所

 晴天。並みも穏やかな海の上に浮かぶ巨大な人工の島。

 かつて存在した巨大な建造物は影も形もなく更地となっている。

 ここは対模造対策機関IDEALの基地だった。

 司令官である天涯無頼の失脚により統合連合軍が接収。その後、日本政府が島の領地を買い取り、新たな都市を建設しようと工事の真っ最中である。

 国内外からスポンサーを集め、東京都を越える日本の中心を創る。

 そんな国家の威信を賭けた一大プロジェクトの完成予定日は2051年。

 現在の建築技術ならば不可能ではないのだが、構造上の問題が多々あるために作業は難航していた。

 その中で特に問題となっているのは地下施設だ。島全体を沈まぬよう海底深くまで伸びる七つの支柱の一つ、中心の0番塔にどうやっても進入することが出来ない区画があった。

 特殊な合金製の壁で覆われたその場所はIDEALの隠された最高機密情報が眠っていると言われ、入口はパスワード、静脈認識、網膜認識によりロックされ、登録しているトップの人間──死亡した天涯司令、行方不明の時任副司令、ヤマダ博士──以外が入ることは出来ない。

 軍や政府の者達が無理矢理にでも入ろうと、あらゆる試行錯誤を繰り返すも失敗。思いきって区画ごと爆破しようと考えたが、この0番塔は島を支える重要な柱であるので崩壊を招きかねない、ということになり中止。

 今では関係者以外立入禁止と言う名の物置倉庫となった。



 ◆◇◆◇◆



 暗い地下倉庫に女が一人やって来た。スーツに身を包み、関係者用のIDパスを首にぶら下げているが、女は島に来た建設会社の職員ではない。

 誰も掃除をしないため埃まみれの重い資材を退かして、ここに来た目的である扉を見つけた。

 資材と壁の隙間に入り込み、扉の埋め込まれた機械に数字を打ち込んで、小さなカメラレンズに目を、小さな四角い隙間に手を入れる。

 数秒して「チンッ」とベルが鳴ると、扉が鈍い音を立てて、ゆっくりと自動で開いた。埃だらけになったスーツを払いながら女は辺りを警戒しつつ中へと入っていく。

 短い廊下を抜け、下へ下へと階段を降りる。再び廊下を進んでいき、鍵の掛かっていないドアを開くと大きな広い空間に出た。明かりは足元を照らす微かなライトのみで真っ暗だ。


「あった……」

 少し前に進むと目の前にガラスの割れた割れた巨大水槽。その中で照明が中央の台座を下から照らしている。そこに鎮座していたのはフレームだけで装甲の付いていない、骸骨の様な姿の不気味な大型SVだった。


「これがプロト・ゴーアルター。十二年前に消失した初のダイナムドライブ搭載機……でも」

 ポケットから出したデジタルカメラで写真を撮りながら女は歓喜する。後はコレを外へ持ち出すだけだった。


「…………手を、上げなさい」

 背後から息も絶え絶えな声で自分を呼ぶ声がした。


「ゆっくりと……こちらを向きなさい」

 言われるがまま手を上げて振り向くと、手や足から血を流した眼鏡の女が銃を持ち立っていた。


「あら、お久しぶりね月影瑠璃さん」

「そうね、時任久音。私も……会いたかったわ」

 笑顔の時任とは対照的に、瑠璃の表情は強ばっている。


「まぁおかしいわねぇ。パーソナルデータは全て別人に書き換えたはずなのに足がつくなんて」

「軍がゴタゴタしてるからって何度もデータ変更してたら、いい加減わかるわよ」

「暇なのね貴女。そっちの趣味のストーカー?」

「生憎、男は引く手数多なのよね。本当なら連れてきたかったけど……ね」

 冗談を言いつつも全身の苦痛に顔を歪める瑠璃を、時任は舐めるように見つめる。黒のスーツが所々破れ、穴が開いた場所から血が滲んでいた。


「来るまで苦労したでしょう? ウチのメンズ達、腕利きのエリートだったのよ? それとも、まだ“彼女”は貴女の中に居るの?」

「さすがに成仏したわ、多分。白兵戦もやれるって所を見てもらわないと……」

 満身創痍で鼻息荒く瑠璃は、時任の背後にある謎のSVを眺める。


「で、何なの……コレ?」

「ゴーアルター、exSVの雛形となった機体よ。この骨を持ち帰って新しいIDEALを再建するの。そして今度こそ、あの人のイドル計画を完遂してみせる」

 水槽の割れた強化ガラスの縁を乗り越えて時任はSVに近付く。大きさは一般的なSVの倍、二十メートルぐらいはあろう《プロトゴーアルター》は瞳の無い顔面で虚空を見つめていた。


「でもね、ここにはダイナムドライブが無いの。空っぽの器には魂を入れなきゃいけない……そうよね博士」

「やっ、呼んだかなァ?」

 時任が呼ぶと物陰から白衣の男が飛び出してきた。タップダンスの様に床を鳴らしてヤマダ・アラシは躍るに瑠璃は銃を向ける。


「……好都合、一石二鳥ね。二人とも捕まえる手間が省けたわ」

「満身創痍で何を言ってるのかしら?」

「この女はまだしも天才の自分が捕まえられる謂れは無いなァ?」

 痛みで狙いが定まらない瑠璃を二人が嘲笑う。


「そう言うなら博士、時任を捕まえるの手伝ってくれない?」

「うーん、いやぁ袖の下をイーッパイ貰ったからなァ。今は資金が足りなくて、助かってるんだがね」

 お金のハンドサインを出して戯けるヤマダ。瑠璃は今にもこの男に発砲したかった。


「まだまだヤマダさんには働いてもらわないといけない事が沢山あるの。私の復讐のためにも」

「……復、讐?」

「そう、天涯司令……私は無頼さんの意思を継いで統合連合軍に復讐するのよ。今の統連は疲弊している、だからイドル計画を阻む者は誰もいない。私が世界を変えてみせる……ふふふ、楽しみね」

 これから起こるであろう事を想像して時任は微笑する。


「そんな事をさせるわけないでしょう?」

「止められるかしら、貴女に? そんな状態で随分と強気なことを言うのね?」

 時任も隠していた拳銃を取り出して瑠璃へと向ける。


「それも二対一だしね?」

「そそそそ。 ……そうだ」

 何かを思い出してヤマダが時任に近付き、左手を前につき出す。


「どうしたのかしら?」

「袖の下には袖の下で返すわ」

 一瞬、白衣の袖の中が光が見えたと思った時には、時任の右胸に鉄の矢が刺さっていた。


「どうし、て?」

 服に広がる鮮血を驚きの表情で見る時任から、隙を見てヤマダは拳銃を取り上げる。


「裏切ったの……くっ」

 床に崩れるようにして倒れる時任。喉から込み上がってくる感覚で咳をすると、口を押さえた掌に吐血していた。


「はぁはぁ……はぁ……わ、私が今まで貴方を、どれだけ援助してきたか忘れたの?」

「はァーッ! そりゃありがとござんしたァ。 ……いやでもねぇ、ここに来て『私の復讐なのよー』っとかショーモナイ理由で裏ボス気取りとか、マジ絶望的にウケルわ……」

 無表情で捲し立てるヤマダを時任は睨み付ける。


「な、何が……おかしいのよ!?」

「いや、マジでないわァ。最期がコレとか残念の極み……さっさとモブはさっさと退場しろよ」

 ヤマダが指を鳴らす。パチン、と渇いた音が広い部屋に反響すると《プロトゴーアルター》が突然、起動し歩き出した。台座から降りて、ゆっくり進んでいく先には時任が居た。


「どう……して、なのよ! 動かないはずじゃ、なかったのっ!?」

「さァ? 知った所でもう遅い」

「い……いやぁ、やめッ」

 踞り動く事の出来ない時任を《プロトゴーアルター》は躊躇無く踏み潰した。瑠璃は息を呑む。《プロトゴーアルター》の足の隙間からは鮮血が染みだしていた。


「さァ。月影瑠璃嬢、仰せのままに邪魔物は片付けましたでございます。悪は去りました」

 お辞儀をするヤマダ。


「狂ってる……あなたって人は!?」

「結果的に処分される女だったんだろ? いいじゃないかァ……ダメ?」

 悪びれる様子もなくヤマダは言う。再び沈黙する《プロトゴーアルター》から瑠璃は距離を取った。


「それにしてもね、人類の技術進歩は目覚ましいと思わないかァ?! それもこれもイミテイトが地球にやって来てからさァ、SVと言う巨大人型兵器の誕生。その中でもダイナムドライブとゴーアルターは世紀の発明だよー?」

 遠くに離れた瑠璃にも聞こえるようヤマダは大声で叫ぶ。


「ダイナムドライブが賢者の石ならゴーアルターはデウス・エクス・マキナ。どちらも空想上の産物さ、この世には存在しない……だけど、それを造れてしまったァ。この天才ヤマダ・アラシ様がね!」

「本当にそうだと言えるの?」

 瑠璃が反論する。


「私は全ての戦いを、あなたの……IDEALの自作自演だと思っている。宇宙の彼方から来たなんて真っ赤な嘘よ。そうすれば辻褄が付くことが多い」

「その根拠は?」

「それを確かめるために自白剤でも使って全部、洗いざらい喋らってもらおうかしら?」

 と、さらっと恐ろしい事を瑠璃は言った。


「おいおいおい、全ては地球人類の為に働いてるのに、そりゃあないんじゃないかァ?」

「……本当にそう思ってる?? あなた人類のは敵? それとも味方?」

「正義か悪かで言ったならば正義さァ」

 ヤマダは《プロトゴーアルター》の足に腰かける。


「悪って言うのは相手を否定するのに使うのさ。だから、正義のヒーローって矛盾してると思うのよ。誰かの為でなく自分の心を安定させる為でしょ? 結局は否定するだけの思想だよヒーローはなァ」

 語り終えると《プロトゴーアルター》がしゃがみ、ヤマダは肩までよじ登る。


「そろそろ少年が帰ってくるよ、お迎えに行かなきゃなァ」

「待ちなさい!」

 発砲。しかし、弾丸は空中で静止し波紋が起こる。《プロトゴーアルター》は見えないフォトンバリアーを張っていたのだ。


「アーッハッハッハッさァらァばァだァーッ!!」

 ヤマダの叫びと共に《プロトゴーアルター》が目映い閃光を放つ。一瞬、強い突風が起きたかと思うと、ヤマダと《プロトゴーアルター》は空間から跡形もなく姿を消していた。


 静寂に包まれる空間。

 残された瑠璃は深い溜め息を吐き、その場にへたり込んだ。

 瞬間移動の衝撃で、僅かにあった照明が全て落ちてしまい、何も見えない完全な闇に覆われる。


「……」

 瑠璃は無心だった。

 思えば、あの頃の自分は誰よりも光を求めていた。

 自分を良く見せたい。誰からも愛されたいし誰にでも慕われたい、と熱望していた。クロユリ事件があるまでは。

 闇が怖かった。一人になるのが怖かった。自分が自分でなくなりそうで怖かった。

 パイロットをやっている時は様々な人に囲まれて楽しかった。しかし、今やっているスパイまがいの仕事もスリルがあっていい。

 裏の仕事。あれだけ恐れていた孤独、闇が今はとても心地いい。

 自分が影に染まり、一体となる事で自分というものをしっかりと感じられる。


「……くっ」

 任務が失敗して、これからどうすればいいんだろう、と不安を覚えるが体が重くて動かない。かなりの重いペナルティが課せられると思うと恐怖である。

 そんな事を考えるのは後にしよう。焦ったって仕方がない。

 それに真道歩駆が帰ってくるらしい。自分には帰る場所無いけど彼が戻ってきて本当によかった、と心から安心する。

 一眠りしたら会いに行こう。


 月影瑠璃は瞳を閉じた。


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