最終章 真の道を歩き、駆ける少年
第103話 月と剣
あれから三度目の夏がやって来た。
月影瑠璃が訪れたのは真芯市の外れに設立された新しい自衛隊の駐屯地だ。
前に瑠璃が所属していた所と比べれば、こじんまりした広さであるが最新鋭の設備が整った立派な基地である。
昼前の十一時。演習場ではSV同士の模擬戦闘が行われていた。
コンクリートで出来たフィールドを縦横無尽に駆け抜ける二体のSVがペイントガンと盾を使った攻防戦を繰り広げている。
「攻めが消極的っ! ……アイツは減点だな」
瑠璃からフェンスを挟んだ向こう、フィールドの中に居る半機械の体を持つ男が機械式の採点票にマイナスを付ける。それに反応してか訓練機のパイロットは盾を投げ捨て相手に攻め入った、
「朝から精が出るわね楯野ツルギ隊長さん?」
「アンタか、月影瑠璃……今行く」
ツルギは二十メートルもある高さのフェンスを助走も付けずに軽々と飛び越えて見せた。
「オマエらサボるんじゃねーぞ!?」
「「「サー」」」
フェンス前で観戦していた訓練生達の一糸乱れぬ敬礼。よく教育されているな、と瑠璃は感心した。
「行こうか」
「えぇ」
後ろのざわめきを聞きながら二人は建物の中に入っていく。クーラーの効いた応接室の様な部屋に案内され、瑠璃は革張りの低いイスに腰掛けた。
「……暑くないのか、その黒い制服?」
「これが情報部のユニフォームなの。人とあんまり会う機会が無いから好きよ、この仕事」
「あぁ、どうりで化粧が薄いんだな」
「ナチュラルメイクなのっ!」
冗談を言い合って、ツルギは部屋の奥にある冷蔵庫から冷たい麦茶を瑠璃に振る舞う。
こうして普通に会話するのも一番最初の戦い以来だ。軽く世間話でもしながら例の話を切り出す。
「ふーん、それで……アイツは見つかったのか?」
「アイツ? 歩駆君ね、無人探査船からは何も反応無し。機体から送られてきたルートを辿っては居るんだけど結果は……」
「そうか」
ありとあらゆる手段を使って冥王星に旅立った真道歩駆の《ノアGアーク》を捜索しているが見つけられなかった。正直、瑠璃も半ば諦めてしまっている。イミテイター達の暴動、模造獣の活性化の原因は歩駆の敗北にあると推測されいていた。
「ねえ、その手……」
話題を変えようと瑠璃はツルギの姿を眺める。体脂肪の無い引き締まった肉体の上に着た迷彩柄のタンクトップ。その肩から鉛色をした鋼鉄の腕が生えている。
「今となっちゃ便利なモンだ。技術も日々進歩してる、痛みも無いし、感覚も変わらない……だけど許しちゃいない」
開いて閉じてを繰り返しながらツルギは両掌を見詰める。
「オレは…………ゴーアルターに乗りたかったんだ」
「貴方が? どうして?」
「毎日毎日訓練訓練、代わり映えしない日常に飽き飽きしてて……尾張十式なんて新型に乗っても気持ちは晴れない。そこへゴーアルターがやって来て、パイロットが死んじまって……オレがアレに乗ってやろうと思った矢先にアイツが……な」
そう言ってツルギは少しだけ照れた表情を見せた。
「乗らなくて良かったとも思っている。宇宙で、別のアイツが乗ったゴーアルターと戦った時、オレはビビっちまって何も出来なかった。そして、なによりもゴーアルターを作った、あの白衣の野郎は特に許せねえ」
「今や軍のトップに君臨してる技術者様ですからね。そんな彼の事を色々と調べて分かった事がある。その事で協力して欲しいのよ」
「何だ、それは?」
「……ヤマダ・アラシね、彼は」
言い掛けて突然、サイレンが基地中に鳴り響く。その数秒後に基地職員が瑠璃達の部屋に慌てて飛び込んできた。
「何事だ!?」
「緊急出撃(スクランブル)です! 模造獣が町に現れました!」
◆◇◆◇◆
戦闘の傷跡が残りながらも復興を続ける真芯市。
だが、未だ手付かずとなっている廃墟のエリアも数多く存在していた。
ここは一度、アルクの《ゴーアルター》によって修復された町。
しかし、冥王星へと行った矢先に町はイミテイターの巣窟となり、人類との激しい戦いを繰り広げていた。結果、統連軍日本支部の活躍により自体は終息し、安全が確保されるまで立ち入り区域となっていた。
『アンタは指揮車で見物をしててくれ。行くぞ、オマエら!』
『『『サー』』』
ツルギの黒い《尾張十式》を先頭に四機の《尾張イレブン》が左右、後方に展開。進軍を開始する。
『十字の方向、ビルの影よ』
対模造獣用レーダーを確認しながら瑠璃は各機体に情報を送る。
『反応はこちらでも見えている。最早、奴等が識別不明なんて事は無い』
ぶっきらぼうにツルギは返すと、各機からの秘匿回線で通信が入ってきた。
『隊長、あの女性は隊長のコレでありますか?』
『まさか彼女さんがいたなんて……私、立候補したかったのに』
『眼鏡美人とは何ともマニアック。フェチですね』
十代の若い新人隊員達が囃し立てる。
『……オマエら、今ここで風穴を開けられたいのか?』
左右の腕から伸びる槍状の杭打ち機、〈パイルランス〉をツルギの《尾張十式》が味方機に向ける。
『『『『ノー、サー!』』』』
『無駄話してる暇はなー、来るぞッ!!』
数十メートル先、敵の反応があったビルが爆発する。全機、飛んでくる破片を近くの建物に隠れたやり過ごした。
『デカイですよ、またビルですかアレ?!』
素っ頓狂な声を上げる隊員。崩れたビルの中から更に長く黒い柱が延びていく。二、三十メートルもある黒柱からイミテイトとパイロットのイミテイターの反応が確認される。
『模造獣って奴でしょうか?』
『人間のイミテイトがコアに乗ってるからID(イミテーションデウス)とか言う奴じゃないの』
『名称なんざどうだっていい! 全機散開、包囲して叩くぞ!』
『『『『イエス、サー!』』』』
合図と共にツルギ達は《黒柱》の周囲を取り囲んだ。
『ファイア!』
コアが反応するポイントにライフルの標準を定めて一斉射撃を試みた。
五方向から来る弾丸の雨を《黒柱》は微動だにしないて受け止める。その効果は今一つであった。
『効いてないじゃん!?』
『いや、違う。コアが移動した』
レーダーを確認。中心部分にあった弱点のコアの場所が頭頂部まで上っていた。攻撃を受けた中心部は体内の弾丸を吐き出すと、その部分から五つの脚の様な物が生える。しなやかながらも超硬度の《黒柱》の脚が襲ってきたた。ツルギはすんでの所で回避するが、まだ経験の浅い隊員達の《尾張イレブン》は、まともに攻撃を食らってしまった。
『大丈夫か、オマエらッ!?』
ツルギは叫ぶ。幸いにも撃墜された者は居なかったが、かなり機体にダメージを負ってしまった。
また来るか、と身構えたが《黒柱》はツルギ達を無視して、その場所から移動を開始した。まるでタコの様に六本の触脚を器用にくねらせながらも早いスピードで動いている。その向かう先には人の済む市街地であっだ。
『隊員、アレを使う許可を下さい!』
『それはダメだ、復興計画が遠退く。始末書を書くのはオレなんだぞ?』
『黒タコやろを止めないと、もっと大変になりますよ!?』
『……くっ、許可する』
ツルギは渋々、承認すると満身創痍な隊員達の《尾張イレブン》は最後の力を振り絞って先行した。互いの距離を十分取りつつ、先回りを位置に着くと《黒柱》へ再びロックオンする。今度は狙う場所を一人一人変えて撃つ。
『マイクログラビティミサイル、セット』
『『『ファイア!』』』
四発の弾頭が《黒柱》へ命中すると小さな黒い玉の様な爆発が起こる。それは周囲の物質を吸い込み《黒柱》の各部を次々とぺしゃんこに潰していく。その中で内部のコアは上へ下へ、右へ左へと安全圏まで移動するが次第に道を絶たれて行き場を無くしていく。
『今です楯野隊長!』
『うぉぉりやぁぁぁぁぁぁーッ!!』
行き場を失ったコアに向かって《尾張十式》はブーストを最大出力で噴射し突撃する。両腕の〈パイルランス〉の切っ先が、その一点に向けて射出、中心を貫き砕いた。
そして、四散。表面が泡の様に膨れて、黒い飛沫が全体から吹き出して、崩れ落ちた。
周辺を警戒するが敵の反応も無い。
作戦終了、ツルギ達の勝利だ。
『皆お疲れ様、怪我は無い?』
『ボロボロですけど問題ないです』
『まだ走れますよ。たぶん』
隊員達に労いの言葉を掛ける瑠璃。
『月影瑠璃……オレはアンタに言いたいことがある』
『何?』
改まって、ツルギはある決心をして瑠璃に言う。
『オレと、その……付き合ってくれ!』
『お断りよ』
即答である。勇気を出して初めて女性に告白したと言うのに、ツルギは開いた口が塞がらなかった。
『何でさ? やはり織田の奴か。それとも他に居るって事か?』
『うーん、えーっと……軍人は無いかな?』
『…………』
言葉を選んだつもりがダイレクトに言い放ってしまいツルギは固まる。メンテナンスはしてあるのに手足のギアが噛み合ってない様な感覚があった。
『隊長隊長、俺達が居ます!』
『小隊は家族、運命共同体なんて言いますし』
『おーし、今日は久しぶりの出撃アンド大勝利ですし何処か食べいきましょう!?』
小隊一同は笑い合いながら、のんびりムードで帰路に就く。
その晩、瑠璃は任務があると帰り、ツルギ達は基地の近場にある焼肉屋で祝賀会を行った。小隊全員がフラれたツルギを慰める学生のノリであるが、ツルギはそれが逆に新鮮であった。
両親が死んで、その後に唯一の肉親だったマモルも事故で亡くなり、独り身となったツルギは軍に入って、青春真っ盛りの十代をSVパイロットになる為に全てを費やした。
順風満帆に自衛隊員をしていた時に《ゴーアルター》が現れ、今場所を奪われ、手足も失った。
一時は復讐に駆られた時期もあった。
しかし、それを経てツルギは今が充実していると感じていた。
もう絶対に壊させはしない。
ツルギの制服の胸ポケットには、家族と隊員達と撮った集合写真の二枚が入れられていた。
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