第104話 龍と竜、そして虎

 花畑が一望できる自宅の仕事部屋で、織田龍馬はパソコンに届いた一通のメールを見て愕然としていた。

 それは三日前。デスクワークに追われていた所に特定の人物からのメールに反応して強制的に画面が、その内容を音声で読み上げた。


『もう二度と会う事はありません。金輪際、連絡を寄越さないで下さい。月影瑠璃』

「…………ん?」

 目を疑った。目薬を注してもう一度見るが文面は変わらず拒絶の内容。

 間接的に拒否されて事は何度もあっても、ここまで直接的に強い言葉で断られたのは初めてだった。


「あ……あはは…………はは……つ、ツンデレ違いなッダバッ!?」

 パコーン、と軽快な音が鳴り、後頭部の衝撃で龍馬は机に頭を盛大にぶつけた。


「兄様、今日中に書類全部に判子を押して片付けてくださいまし!」

 机の上にうず高く聳える紙束の山脈を右手に持ったハリセンでバンバン、叩きながら妹で副社長である竜華が叫ぶ。


「とは言うがな竜華。トヨトミインダストリーは今回の仕事のメインじゃあないんだ。あくまでサポート役、日本の一流企業が、ぽっと出の会社に負けるなんて絶対に裏があるに決まってるよ」

 ここの所、業績が伸び悩んでいる。軍事、民間問わずSV需要が急激に増え新参の企業がトヨトミインダストリーに追い付け追い越せとばかりに急成長を遂げている。ギリギリまだ位置の座は保てているが時間の問題かも知れない。


「IDEAL基地の後には何を作るんですの?」

「街だってさ。何でも四十八番目の都道府県にするつもりだとか世間で噂されてるよ」

 地球統合連合軍が接収した基地を、日本政府が再び手に入れて新たな都市計画を実行している。なんてキナ臭いんだろう、と織田は気になってしょうがない。


「それはそうと、その左手のフルーツの盛り合わせは何だ?」

「兄様……今日が何の日か、お忘れですの?」

 信じられない、とまたハリセンを上に掲げながら困惑の表情の竜華。龍馬は慌ててパソコンの日付を確認すると何かをやっと思い出した。


「今日は大河姉様の八回忌ですわ」



 ◇◆◇◆◇



 ここは亜空間。

 時間と時元と時空が入り乱れた、生と死の狭間の世界である。


「見つけわタイガ! あれが、きっと弱点よ!?」

 後方の座席に座る少女──耳が長く尖り、動物の様な細い髭を頬に生やしている──アルフィーネが指を差す。黄金に輝くそのSV、名を《錦・尾張ゴルディング改3》は宙に浮かぶ巨大な深紅のクリスタルに触れる。


『待て待て早まるな! そうだ、世界の半分をお前にやろうではないか……悪い話じゃあないぞ、どうだタイガ・オダ?!』

 背後に禍々しい気配。仲間達が足止めしていたはずの禍々しい巨大な竜人型のマシン、アークゼン・マキシウェルの《邪帝神(イヴィルス=デウス=アウゴデイエス)》が超スピードでこちら向かってくる。操縦宮のアークゼンは必死で余裕の無い早口の台詞で捲し立てる。


「要らないわよ。私は元の世界に帰るんだから」

『帰還した所で貴様はただの鎧騎士(ガイナイト)乗りなのではないか? この真想界(イーディアル)にはタイガ、お前の言う異隣界(アナザード)には無い全てが存在する。王に成れば全てが思いのままに出来るというのに』

 甘い言葉で誘うが、そんなものはタイガには通じはしない。寧ろ、それが彼女の中にある怒りに火を付けた。


「何処までもゲスな野郎だよ貴方は。一瞬でも私は、あの時に……っ!」

 思い出す数々の出来事がフラッシュバックする。

 出会い、別れ、団結、離散……色々なことがあった。

 それもこれも男が引き起こした事である。

 感謝する部分もある。だが、それ以上にタイガ達を裏切り、魔に落ちたアークゼンの許せない行いの方が圧倒的に多い。


「……ねぇタイガ?」

 心配するアルフィーネ。心配させる様な表情をしたことを反省し、タイガは振り向き笑って見せる


「何でもない。これで終わらせる……これで、最後!!」

 ギシギシ、と操縦桿を強く握りながらタイガは《錦・尾張ゴルディング改3》は背部に差した剣を握る。


「止めろ、タイガ、止めろというに……キサマァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!」

 強襲する《邪帝神(イヴィルス=デウス=アウゴデイエス)》の〈毒爪牙〉が来るよりも前に、振り下ろしたタイガの〈神福音之大太刀(シンフォニックブレード)〉の光刃が魔王アークゼンの魂であるクリスタルを真っ二つに両断した。


『ゴフッ…………フフ、フハハハハハハ……ハハ……見事、である…………よくぞ…………タイガ・オダ』

 二つに別れた深紅のクリスタルが輝きを失い、後ろの《邪帝神(イヴィルス=デウス=アウゴデイエス)》とアークゼンは腕を伸ばしたままの体勢で土の様になってボロボロに崩れていく。


「タイガ、ヒビがっ?!」

 亜空間が《邪帝神》が崩壊したことにより消滅するようだった。うかうかしていたら亜空間と共に自分達も消えてなくなってしまう。


「帰ろう……皆のところへ」

 これで戦いは終わった。タイガは《錦・尾張ゴルディアス改3》の空間跳躍能力(アドジョインジャンプ)で亜空間を脱出する。



 こうして世界に平和が戻った。



 ビギニン村、中央広場。

 タイガの物語は全てはあの日、この場所から始まったのだ。

 帰ってきてから三日三晩、飲めや食えやの酒池肉林を仲間達と楽しむタイガだったが、そろそろお仕舞いにしなければいけない。

 

「異界へゲートは開いた。これで元の世界に帰れるハズ。あとは、アンタが帰りたい場所、人を思い浮かべて跳ぶだけだ」

 地面に複雑な文字や記号が並ぶ魔方陣を描き終えてローブを着たの狼顔の青年は言った。魔方陣の上には沢山の土産を入れた大きなリュックを背負うタイガと〈神福音乃大太刀(シンフォニックブレード)〉他、装備を外した《錦・尾張》が鎮座していた。


「本当に行ってしまわれるのですか?」

 タイガの両手を包み込むように掴み、純白のドレスを着た猫耳の姫は目に涙を浮かべる。周りの仲間達はタイガが決めたことだから、と口出しはしないが本当は別れを惜しみ、気持ちを堪えている。


「とても寂しいです。もうタイガに会えないなんて」

「うん。家族が待ってるんだ。妹を一人に仕手は置けない…………ごめん」

 タイガは姫を力一杯抱き締める。これが最後なんだ、と思うと姫も抱き返し涙腺も崩壊、人目もはばらず大声で泣いた。


「……ホント、寂しくなるわね」

「言ってやるなよ。アイツが決めた事だからな……チッ、湿っぽくて嫌いなんだよ、こういうのはな」

「本来なら相容れない世界の住人じゃからな。我々とは出会ってはならぬ存在じゃ」

 タイガの持ち込んだSVによって、この世界の巨大人型兵器である鎧騎士(ガイナイト)の技術は発展してしまい、多くの争いが起きた。

 紆余曲折あったが、タイガ達の活躍により世界を混乱に貶めた全ての元凶である魔王アークゼンは死んだ。

 だが、魔王軍討伐に協力した他国と停戦協定は終わり、新たな戦乱の世が始まる。

 その問題はこの世界の人達で終わらせる事なのだ、と国王に断られてしまった。


「じゃあ皆……サヨナラ、元気でっ!」

 がまんしていた涙を流しながらタイガは《錦・尾張》に乗り込む。

 皆の声援を受けて、魔方陣が目映い光を天空に放つと《錦・尾張》は浮遊し、一瞬で彼方へ吸い込まれる様に去っていった。



 ◇◆◇◆◇



 時刻は午後三時。

 祖父の代からある古びた柱時計が三度、鐘を鳴らす。

 竜華は姉の写真の前にフルーツを供え、龍馬は書類を何とか片付けて兄妹のティータイム。


「……それとお前な、会社の金を使って何かしてるようじゃないか」

「歩駆様発見装置、AHSのこと?」

 何とネーミングセンスの欠片もない名前だ、と龍馬は呆れる。


「やめとけやめとけ。ノアGアークの発信器に何の反応も無いんだろ? 無駄な物作って、これ以上会社を傾けるつもりか?」

「あら、フラれた腹いせを妹にぶつける気ですの?」

「真道歩駆が好きなのは、お前じゃないだろうに」

「まだ私は十代。人生半分も生きてはいないんですわよ。どうなるかはわかりませんわ!」

 兄妹喧嘩の勃発、かと思われたが竜華のポケットに入っていたスマホが激しいアラームを鳴らしてた。電話やメールに設定した音ではない。

 このメロディはAHS(アルクサマ・ハッケン・ソウチ)である。


「異常な高エネルギー反応? これは……え、兄様お庭ですわ?!」

 誤作動なのか、宇宙からではなく地上、それも目の前の庭に反応を示している。花畑が広がる手入れが行き届いたこの場所は竜華と、大河のお気に入りの場所だった。そんな庭に急激な突風が吹き荒れる。


「何ですの、これはっ!?」

 目も開けられないほどの強い風に花弁が舞って空から閃光が迸(ほとばし)る。雷の様な轟音と共に巨大な人型のシルエットが浮かび上がった。


「あれは何なんだ?」

 やがて光は弱まっていき、シルエットの形がはっきりを分かるようになる。

 それは間違いなくSVだった。黄金のボディに見慣れない変わった装飾品が所々、装着されているが織田兄妹はそのSVを知っていた。忘れられるはずもない。


「…………てて、ここは何処だ?」

 黄金のSVから人が出てくる。迷彩柄の“つなぎ”に赤いマントや宝石の付いたベルトに腕輪、ボサボサな頭に額当てを付けていたりと派手な装備をしている女性。そして、その人物の顔を見て織田兄妹の期待は確信に変わった。


「あ、姉様……?」

 しばらく見つめ合う三人。


「竜華? 君、竜華なのか?」

「これ尾張の二式って…………おいおいおい、そんな馬鹿な!?」

「大河姉様っ!!」

 震えながら竜華は走り出して、その女性に思いきり飛び付いた。

 八年前に起きた《ダイザンゴウ》の起動実験中に消えたはずのSVと姉が突然、目の前に現れて龍馬は驚きの余り固まってしまう。


「ただいま、竜華」

 その声を聞いて竜華は頬に涙を流して姉の胸に飛び込んだ。

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