第93話 スターウィッシュ

「フン……全く使えない奴等だ」

 シンドウ・アルクは酷くイラついているが、そう思いつつも軽い優越感に浸っていた。

 やはり真打ちはラストに登場して活躍をかっさらうものなのだと、心の中で思いながら戦場を見渡す。

 あちらこちらで派手な花火が咲き乱れているが、それは全て味方であるので喜ばしいことではないが、確実に敵は消耗している。

 所詮は有限の生命体でしかない人間である、と余裕を見せるアルクは不思議な声を聞く。


「……何なんだ、歌が聞こえる?」

 アルクは耳を済ませながら歌の方角へ顔を向けた。



“墜ちていく星に僕らは どんな願いを込めるのだろう”

“墜ちた星は託されても 消えゆく運命(さだめ)だというのに”



 戦火の渦巻く戦場でポツンと目立つピンクのSV。

 虹浦セイルの《ハレルヤ》は戦闘宙域を見渡せる位置で、か細い声を発しながら一人で立ち尽していた。


「光が……消えていく」

 戦い集中して味方も敵も、誰もセイルの歌に耳を貸そうとはしない。

 誰の心にも響いてはいない歌声は漆黒の宇宙に溶けて消え去っていく。

 そうだとしてもセイルは歌うのを続けた。



“夢を叶える為には 何をすればいいの”

“誰かに頼んでも それは叶ったと言えるのかな”



 ツルギの《黒剣》が《ガーデッド》の軍団に囲まれながらも怯むことなく攻め進んでいく。

 その戦い方は鬼神の猛攻だ。容赦ない近接格闘戦術で《ガーデッド》を屠っていく。

 敵のSVに乗っているはイミテイトではなく人間であった。

 それも全てクローン人間。自分にそっくりな見た目をした虹浦アイルのクローン達。《ハレルヤ》の〈セミ・ダイナムドライブ〉を通して見る彼女らは、生命の光はあるものの感情の暖かみ感じられない。


「お前、歌を止めろ」

 突然のアラート。こちらに近づき銃を向けるのは、宇宙迷彩カラーの人型戦車SV、《パンツァーチャリオッツ》を駆るユングフラウだ。


「ユング……フラウなの……?」

「私はヤマダ・セイル。貴様民間人か? 即刻歌うのを中止しろ!」

「嫌だ。この歌で下らない争いを止めてみせるの!」

「そんな事をして何になる? 歌で戦いは止まらない、歌じゃ命は救えない」

「絶対できる! 自分の歌を信じてるから、自信があるから」

「なら目の前の戦闘は何故止まらないと思う? お前の歌など誰も耳を聞こうとしない!」

 威嚇射撃をする《パンツァーチャリオッツ》だったがセイルは怯まず戦場へ目を向ける。


「聴かせてみせるもん! セイルは……その為に来た」

 鉄の翼を広げると《ハレルヤ》の胸部装甲が小さなステージへと可変した。そこにきらびやかな衣装を身に纏ったセイルが上がり一礼する。


「STARWISH(星に願いを)」



“墜ちていく星に僕らは どんな願いを込めるのだろう”


“墜ちた星は託されても 消えゆく運命(さだめ)だというのに”


“夢を叶える為には 何をすればいいの”


“誰かに頼むのは楽だけど それは叶えたと言えるのかな”


“待っているだけな人に 明日など来ない”


“真似をするんじゃなく オリジナリティを磨け”


“流行りに惑わされないで 誰かは自分じゃないから”


“一番を目指して 僕が星になる”



 セイルの感情が高まっていく程に《ハレルヤ》は自身の輝きを増す。

 正に暗い闇夜を照らす一番星だ。



「これってチミッ子の歌か?」

「セイル、成長したのね」

「ボクだってこれくらい歌えるよ!」


「夢、ね……そんなのもあったわ」

「センチメンタルに浸ってもいられないさ、大人は」


「男なら、それでも諦められない事もある」


「一番はオレだ」


「ぅう…………ユリー……シア」

「ハイジ……ハイジ!」


「今すぐ止めろ」



 音が、歌が、本来あり得ることのない真空の宇宙に伝わり戦場へと響き渡っていく。

 暴れまわる模造獣が一瞬だけ行動を止め、《ガーデッド》のアイルクローン達は戦闘を止めてセイルの放つ光の元へ集まってきた。


「みんな戦いを止めて! 争う必要なんかない! 戦争の道具になることなんてない!」

 セイルの言葉が届いたのか《ガーデッド》は手に持つ武装を一斉に破棄し出す。


「お前ら、持ち場に戻れ! 上官命令だぞ!」

「ユングフラウこそ、もうこんな戦いは止めようよ!」

「私はヤマダ・セイルだ! ユングフラウなんて名前じゃない!」

「セイルは私、虹浦セイルだよ! 何を言ってるのユングフラウ!」

「煩い! セイルは自分だ! この世にたった一人だけだァーッ!!」

 ビームの刀を腰から抜いて《パンツァーチャリオッツ》は《ハレルヤ》に飛びかかった。自分を前面に晒しているライブモードの状態では《ハレルヤ》の機動力は落ちている。逃げる事が出来ない《ハレルヤ》を救ったのは集まった《ガーデッド》達だった。


「何故だ、何故止める!」

 数十機に羽交い締めにされ《パンツァーチャリオッツ》は身動きが取らない。


「何処だ、全部同じだ……歌の奴め何処にいるッ!!」

 機体に搭載された〈セミ・ダイナムドライブ〉の数値が異常な程に上昇している。今のユングフラウの見える景色は生命反応のみで、アイルクローン達とセイルの区別がつかないでいた。


 ──……。

 ──……。

 ──……。


 感情の無い視線達がユングフラウに降り注ぐ。


 ──見るんじゃないお前達! セイルは……セイルは自分だ。自分は……自分はぁぁぁ!


 心に触れてみたのだが、実際は違うのだ。

 セイルにはわかる。ユングフラウの心に鍵の様なモノが掛かっていた。それがフィルターになり都合の悪いもの全てを遮断してしまう。


 ──これね、ユングフラウ?

 ──さ、触るな……ダメ…………父さん……っ。


 それを取り除けさえすればユングフラウは元に戻るだろう、と確信する。


「待って……直ぐに今それを」

「どうにかされる訳にはいかないんですよ」

 かなりの遠距離から高エネルギー反応。《ハレルヤ》と《パンツァーチャリオッツ》の間を強力な光の粒子が通過する。


「彼女は我々の大事な駒です。利用価値のある内は、まだまだ働いて貰わなければ困るので」

 氷の様に冷たい口調で《シュラウダ》に乗るライディン・ウェンサーが言い放った。


「急に……誰?」

「ここで消える貴方に知る必要はありません」

 機体を通常モードに戻した《ハレルヤ》を執拗に《シュラウダ》は狙い射つ。こんな事をあろうかと対光学兵器用コーティングを装甲に施してあるのだが、何度も食らっていては流石に持たない。そんなセイルのピンチを救うべく《ガーデッド》が《ハレルヤ》の盾になる。


「ダメだよ! そんな事をしたらみんな死んじゃうっ!」

「所詮は大量生産品です。ソレが死んでも変わりはいます……貴方もその一人ですよ」

「違う! セイルはセイルなの!」

「往生際が悪いという!」

 粗方障害を引き離した後、ライフルの銃口から流れ出す粒子を剣状に伸び固めた。

 自分より他人の心配をする迂闊なセイルの《ハレルヤ》へ、光のソードを携えて《シュラウダ》が突撃する。あまりにも隙だらけ、せめてもの慈悲に一撃で葬りさってくれよう、と振りかぶった。


「なん……だとっ…………ごふ」

 大量の血を吐くライディン。胸から下が大きな鉄製の物に貫かれていた。

 それは《パンツァーチャリオッツ》が放った捕縛用である〈ニードルワイヤー〉の尖端の部分である。

 ユングフラウがそれを引き抜くと、機体にぽっかりと開いた大きな穴が中の空気とライディンの上下を宇宙空間へと追い出した。


「ユングフラウ?」

 恐る恐る《ハレルヤ》は《パンツァーチャリオッツ》に近付いて様子を見る。


「な、何故だ? いや……どうして自分は、違うんだセイル!」

「あっ…………ユングフラウ!」

 ポロリと涙するフラウは思わず機体で抱き締めた。


「名前、呼んでくれたよ!?」

「呼んだ? 自分が……自分は」

「初めから分かってた。だって、本当に敵なら後ろから撃たれてたもん」

「おいおい、まだ戦闘中だぞ離れろセイル!」

「離さない! もう絶対に離すもんですか! いや、離すよ」

 得意の早着替えでアイドル衣装からパイロットスーツに早変わり。セイルは《ハレルヤ》を飛び出した。


「受け止めて!」

「本気か!」

 ユングフラウも急いでハッチを開け、無重力でクルクル回転しながら飛んでくるセイルを抱き止めた。

 そればかりか生き残った《ガーデッド》のクローン達からもセイルを真似して《パンツァーチャリオッツ》に突っ込んでくる始末。

 ユングフラウは受け止めきれず、機体の中へ大量に雪崩れ込んでしまいコクピットがパンパンになってしまう。


「「「ユングフラウ」」」

「「「ユングフラウ」」」

「「「ユングフラウ」」」

 四方八方から同じ声で名前のコール。


「お……重い」

 シートに押し付けられ苦しさで誰かの背中をタップする。しかし、何故だか心が満たされ幸せに思うユングフラウ。

 だが、それも長くは続かなかった。

 ハッチの隙間から覗く紅い眼差しにユングフラウは凍りつく。


『よかったな、もう一人じゃないよ。お前が殺した親父さんの穴埋めが出来て』

 紅眼の黒巨神、《ゴーアルター》が囁いた。まるで蛇に睨まれた蛙のようにユングフラウの体は謎のプレッシャーに押し込まれ、動かそうにも石のように硬直してしまった。


『代わりに《晴邪(ハレルヤ)》は戴いていく。これは少女の玩具などではない』

 細い腰をした《ハレルヤ》を《ゴーアルター》の巨腕が掴み、そのまま何処かに去っていく。

 圧倒され何も出来ずにユングフラウとセイル達は、恐怖のあまりしばらく動けずじっと佇んでしまうのであった。

 

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