第92話 愛、死、逢う彼ら

 ユリーシア・ステラは人を愛した事がなかった。

 その美貌ゆえに言い寄る者は沢山いたが、どれも自分の上っ面だけを見て中身に興味の無い連中ばかりだからだ。

 その点、ハイジ・アーデルハイドと言う男は他の者達とは違う。

 同僚以上、恋人未満。

 ベタベタし過ぎず、離れ過ぎず、かといってコミュニケーションは適度に

、丁度いい距離で自分に接してくれている。

 本当に好きになりかけていた。


 しかし、ユリーシアはハイジを殺されてしまった。


 元々、ユリーシアは統連軍から独立した天涯無頼の私設部隊と成り下がったガードナーの工作員で、組織を裏切ろうと企むヤマダ・アラシ博士から、新型SVに関する機密文書のデータを手に入れる事が目的で軍に潜入したのだ。

 死で薄れ行く意識の中、朧気な記憶に深く印象に残っているのが、ハイジが自分の亡骸を抱いて悲しむ姿である。


 その時のユリーシアは任務が失敗して彼に殺された憎しみよりも、ハイジに対して深く反省の念を抱いた。

 彼を騙していた罪悪感、表面上は互いにクールを装っていたが実はこんなにハイジが自分を愛していたなんて思わなかった。

 だから、〈イミテイター〉として生き返った時に先ずしたかった事、それはハイジに謝罪する事だった。

 誰よりも仕事熱心で規律を重んじる人だから、きっと罪悪感に押し潰されながら今日まで生きていたに違いない、とユリーシアは思った。



「彼と生きるのよ! 彼の命が尽きるまで、私は最期まで私で有り続ける! ハイジを守るわ、誰にも邪魔はさせない!」

 ユリーシアの《アルミューレ》の装甲が縦に大きくヒビが入る。元が球体型のボディであるからして、それ正に卵の孵化の様だった。


「彼のお爺さんになった姿も見たいもの、イミテイター何かにはさせないわ! 私は変わらず、ハイジの隣にずっと居るのよ!」

 ヒビの隙間から光輝く粒子が止めどなく吹き出す。それは《アルミューレ》全体を包み込み姿を見えなくしてしまう程に眩かった。

 何が起きたのか分からないが瑠璃の《戦崇》とシュウの《エスクード》は距離を取って遠距離から攻撃を仕掛けてみる。


「ムダよ、ムダムダァ!」

 攻撃は全て吸収され光弾となって跳ね返された。

 瑠璃達は何とか光弾を避けきると《アルミューレ》の装甲は塵となって消え去り、その中から髪の長い女性のシルエットが浮かび上がる。


「さぁ……ここからが私の本気、フルパワーって所かしら? この《ヴィエルジュ》は元は尾張六式なのよ。面影は無いけどね」

 しなやかなボディ、輝くロングヘアー、スタイルの良い巨大な女性型IDである《ヴィエルジュ》は、ブロンドの髪を触手の様に伸ばして攻撃した。

 高速で突かれる毛髪は特殊合金の様に硬く、逃げる《戦崇》が盾にした岩を穴だらけになり《ヴィエルジュ》の飛び蹴りで容易く砕け散らった。


「くっ、しつこい!」

 瑠璃は《戦崇》の〈フェアリー〉を全基、機体の周囲に展開させる。相手の接近に合わせて〈フェアリー〉からの射撃攻撃を仕掛けるが、毛髪は放たれたビームを弾いた。


「アハハ、貴方の輝きじゃ私には届かない」

 シュウとハイジを残して女二機は戦闘宙域を離れていく。


「向こうは向こうでよろしくやってる……俺達はどうする?」

 残された男達。初の対面であるし、互いに戦う理由は無い。ハイジの《ヨーセフ》は攻撃する気配を見せずシュウの《エスクード》を通り過ぎる。


「無視する事は無いんじゃないか? 後ろから撃たれたいと見た!」

 掌から飛び出したソードで《エスクード》は背後からの不意打ち。それを振り向きもせず《ヨーセフ》の背部右腕が切り払い、左腕で殴りかかった。


「おっと、離れればどうと言う事はないかな」

 危うくソードを捕まれそうになったがギリギリで手を引っ込める。


「ハイジ・アーデルハイド。君は何がしたい? 何が望みだ? 何故戦う?」

 シュウが問う。


「意味をお前に言ったところで」

「重要さ、戦う相手を知る。誰だか知らない者を倒したって面白くないからな。君がモブで終わりたいならココで引導を渡してやる!」

 《エスクード》の両肩に装着された球体状のパーツ、〈スフィア〉が発光しながら射出される。《ヨーセフ》の周りをグルグルと回り隙を伺っている。


「俺はユリーシアと添い遂げる。それだけだ、それだけが望みだ!」

「イミテイターの最終目的はシン人類を作り上げる事だ。その世界で君は生きていけるのかい? 自分だけが老い、周りが歳を取らないなんて気持ちが悪いだろう?」

 感情的になるシュウ。高速で動く二つの〈スフィア〉は《ヨーセフ》に突撃する。執拗にぶつかりながら《ヨーセフ》は、どうする事も出来ずにガードに専念するのがやっとだった。


「煩いッ!! なら俺だって……!」

「自分で実感して分かったんだが、不老不死と言うのは案外キツいぞ? 家族や友人には逢えない。こんなの化物だからな」

「そんなの……自業自得だ」

「好きでこんな体になった訳じゃないからな?!」

「元はと言えばお前らが地球に来たせいで!」

「そのお陰でユリーシアが生き返ったんだろ、感謝しろよ」

 堂々巡りが続く。

 そこへ《戦崇》と《ヴィエルジュ》が戻ってきた。

 一進一退、互いに射撃とガードを持ち前の武器で行っていて、決定打になる攻撃に欠けていた。


「ハイジ、遊んでる暇は無いのよ? 貴方なら彼ぐらいの男やれるでしょ」

「元上司にそれは無いんじゃないのかユリーシア?」

「そんな事はどうでもいいの。私は私のしたいことが叶う場所であるなら上は誰だって良い」

 《ヴィエルジュ》の髪が逆立ち渦を巻く。両腕を広げて左右に揺さぶる動作をすると、機体は勢いよく回転を始めた。


「永遠の美貌、理想の自分を永久にする為に!」

 宇宙に起こる竜巻が周りの残骸を巻き込んで勢力を増していく。中心である《ヴィエルジュ》に触れたが最後、ミキサーにかけられた様に粉々になるのだ。


「逝ってしまいなさいっ!!」

 巨大旋風は《戦崇》と《エスクード》に目掛けて直進する。

 全力で避ける二機だったが圧倒的な風の吸引力で離れる事が出来ない。

 逆に攻撃をしてみるも、やはりビームもミサイルも《ヴィエルジュ》を回転を止めることは出来なかった。

 万事休すかと思われた、その時だった。


「もういい! 止めろユリーシア!」

 瑠璃達の前に《ヨーセフ》が《ヴィエルジュ》の渦に飛び込んだ。

 四つの腕で高速回転する《ヴィエルジュ》を止めようと掴むも、その手が火花を散らして削られていく。


「何をしているのハイジ、そこを退きなさいッ!」

「お前が止まるまでは止めないぞ! もう十分だろ、これ以上に何の意味がある!?」

「新しい世界に変える、その為には古い人類は必要ないのよ」

「なら俺だって古い人類だぞ」

「貴方はいいの。私はありのままのハイジが好きだから」

「そうか、なら仕方がないか……月影瑠璃!」

 苦悶の表情を浮かべてハイジが呼ぶ。


「先に逝く、歩駆に謝っといてくれ」

「え? どういう事よ、それ……」

 ハイジは答えず、通信回線を切られた。


「…………ダイナムドライブと同じ、俺の感情で力を出せるなら」

 覚悟を決めるハイジは全身の力を《ヨーセフ》に全て分け与えるつもりで解放した。目映く光輝いた《ヨーセフ》は《ヴィエルジュ》を掴んだ四つ腕に、より一層力を込める。


「ユリーシア! そういう頑固な所は嫌いじゃない! だけど、お前にも失う事の辛さを味わわせてやる! それでどうするかはお前の好きにしろ!」

「何をするの? 止めなさいハイジッ!!」

「……愛してる、ユリーシア……」

 愛の言葉を最後に残してハイジ・アーデルハイドの《ヨーセフ》は跡形もなく自爆した。


「う、嘘よ……ハイジ…………う、そ……いやぁぁぁ!」

 絶望で涙を流すユリーシアの《ヴィエルジュ》に何処からか現れた紅いクリスタル、《素体イミテイト》達が取り囲む。その狙いは死んだハイジの魂だ。


「……くるな…………来るなぁぁぁぁーッ! アンタ達にみたいな有象無象がハイジに群がるなァァァァーッ!!」

 ユリーシアは叫びながら《ヴィエルジュ》の怒髪天で《素体イミテイト》の群れ全てを攻撃する。コアの中心を正確に貫き、一撃で破壊した。


「ぁあ、ハイジ……ハイジぃ…………何でなの?」

 機体を通してハイジの魂がビジョンとなって目の前に映っている。


 ────、────────。

 ハイジは安らかな笑顔を見せ、ユリーシアに背を向ける。


「行かないで、ハイジ……駄目…………行かないでぇ!」

 魂が天に昇っていく。

 このままでは完全にハイジの存在はこの世から消え去ってしまい、イミテイトの力を以てしても生き返らせるのは不可能になる。

 それは絶対に嫌だ、と思うユリーシアだが《素体イミテイト》は全て倒してしまったのでどうしようもないのである。


「……ハイジ……」

 最後の手段、ユリーシアは《ヴィエルジュ》から降りた。


「待っててね。今、何とかするから」

 機体に触れ念を送ると突如、《ヴィエルジュ》の装甲が溶け出していく。手足が蒸発し、ボディの中から現れたのはイミテイトのコアである。

 コアは天高く舞い上がると花火の様に閃光を始めた。角張った形状のコアが次第に縮小し、人の形となって透明から肌の色へと変化する。

 そして出来上がったのはハイジ・アーデルハイドだった。


「ハイジ……ハ、イジぃ……」

 ユリーシアは愛おしそうに生まれたままのハイジを抱きしめている。胸に耳を当て、力強く鳴る鼓動の音に安心した。


「………………行きましょうか、シュウ」

 もう彼等に戦闘の意思は無いだろう、と確信した瑠璃達は二人から離れ、先を急いだ。

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