第90話 決戦前夜

「進路上に敵影、後方からの確認されません」

「センサーに異常なし。全て正常です」

「このまま全速前進。目標はガードナーの衛生基地、〈アイギス〉だ!」

 前方モニターに映る漆黒の宇宙を指差して、艦長である冴刃が高らかに指揮を採る。

 トヨトミの地下研究所を飛び立ってから半日、敵からの襲撃もなく無事に艦は地球の大気圏を脱出して宇宙へと進出した。

 そんな歩駆達の乗る戦艦、《七曜丸》の中では決戦に向けて急ピッチに対宇宙用へ機体の換装作業がなされていた。

 マモルの《戦人》は元のスペックの高さから手は差ほど掛からなかったが、ガードナーに取り付けられた発信器を外して破壊する。

 セイルの《ハレルヤ》は背部ウイングの数を4つから6つへ増やし、両肩にあるスピーカーを脚部にも装着した。


「あと一時間で完成させろ! 時間に余裕は無いが、完璧に仕上げるぞ!」

「「「はい!」」」

 しかしながら、トヨトミの整備スタッフは馴れない無重力状態で四苦八苦しつつも熟練の手捌きで難なくこなしている。

 何時でも出撃出来るようにパイロットスーツに着替えていた歩駆は自室で精神統一をしていたが、いてもたってもいられずに格納庫で《Gアーク》の作業を眺めていると、ハンガーに並んぶ中に見慣れない黒いSVが一機だけ気になった。

 小型でシンプルな外観のそれは、楯野ツルギのSVである《黒剣(ヘイジアン)》だった。 

 何故こんな所にあるんだ、と口を開きっぱなしにして歩駆は驚愕する。


「私がお誘いして彼を艦に乗せました。戦力は多い方が良いですよね。もちろん艦長には許可取ってますから」

 極めて薄手なコスチュームに身を包んだアイルが言う。

 機体の脇には相棒を整備スタッフ等に任せて、機械である自分のボディを念入りにメンテしているツルギがいた。


「真道歩駆、オレはオマエを許した訳じゃない。勘違いするなよ」

 ツルギは目線だけ一瞬こちらを見つつ工具で器用に脚部を補修する。


「だからよ……ゴーアルターを撃破するのはオレだ。オレが奴を止めて見せる。倒すのはオレだ」

 自分に言い聞かせる様に繰り返してバチン、と脛当てを填めるツルギ。今ここで騒動を起こす気は無いらしいので歩駆は安心した。


「兄さん、ボク……ボクは兄さんに言わなきゃいけないことがある」

 歩駆の背に隠れながらマモルはツルギを呼んでみる。しかし、ツルギは怪訝な顔を見せて、


「オレを勝手に兄と呼ぶんじゃない……そこから失せろ」

 拒絶だった。


「あ……う…………ごめん」

「……」

 数時間前に歩駆にも自分を否定され、実の兄にも蔑む様な目で見られてしまったマモルは酷く落ち込んでしまった。戦いの前だと言うのに余りにも彼等の反応は冷た過ぎである。


「……真道先輩は、彼と同じですもんね」

 壁際に行って一人項垂れるマモルを眺めながら、アイルは歩駆に向けて言った。


「何だよ黒鐘、急にどうした?」

「私は真道先輩にとっては黒鐘佳衣那ですか? それとも虹浦アイル? もしくは、ただの機械人形?」

 いきなり何の質問だ、と歩駆は困惑する。アイルの機械式の目は真剣そのものだ。


「今しなきゃ行けない事か、それ? 俺にとっちゃ、お前は黒鐘以上の何者でないよ」

 歩駆はストレートに答えてみた。


「そうですか……そうでしょうね」

 落胆、と言う表情でアイルは歩駆から背を向け《ハレルヤ》の方へ呼び掛けた。


「おーい、セイルぅ!」

 アイルが対向のハンガーで片耳でヘッドホンから音楽を聞いてメモを読み込んでいるセイルを呼び出す。


「はい、なんでしょう?」

「こんな人はほっといて行きましょうか。最後になるかも知れないから、いっぱいお話ししましょう。アイルの事を、色々とね?」

「あ、はい! …………あの……おか、お姉さんっ!」

 嬉しい様な恥ずかしい様な複雑な気持ちを抱いて、セイルはアイルの手を繋いで格納庫を出ていく。

 残された歩駆は《Gアーク》の方へ向かった。

 初戦闘、マモル戦の時と比べると多数の改修箇所が見られた。

 単純に宇宙戦闘用に追加されたバーニアやスラスターの他に武装の方も強化に余念がない。それもこれもヤマダが手を加えたと言うのが大きい。

 何やかんやで頼りになる人物だが、今までのそれと今良くしてもらっているこれとは話が別である。


「これで勝てるのか……ゴーアルターに?」

 未だ不安が残っている。機体は万全、後は自分自身の問題だ。


 ──もう決心はしたのだ、これぐらいで揺らいじゃってどうするよ?

 顔を両手で叩いて、歩駆は気合いを入れた。





 その頃、ガードナー衛星基地。

「通信衛星に反応、地球から上がってくる艦有り。数は二隻」

「ようやく彼等が動き出したようね。先手を打ちます、各員戦闘準備。向こうから来る前に攻撃を仕掛けます」

 ガードナーの副司令となった時任久音がオペレーター達に指示を出す。

 もうすぐ敵が迫って来ると言うのに管制室は異様な程に静まり返っていた。全員が黙々と自分の仕事に没頭している。


「……どうなってます奴ら?」

 シンドウ・アルクがクロガネ・カイナを従え入室してきた。


「彼女、送ったのではないの?」

 時任の言う彼女とはマモルの事である。先行させてトヨトミインダストリーを攻撃する様に向かわせたが、マモルからの連絡は無い。《戦人》に仕掛けられた発信器は、こちらに向かってくる戦艦の中に反応があったが突然消えてしまった。


「マモルめえ、本当に足を引っ張る役立ずだな」

 イライラして舌打ちをするアルク。


「……そこまで行ってしまうの?」

「ベタベタされるのは嫌いなんですよね。口だけ達者さ」

「それに比べてアルク君、貴方はリーダーとしての器があるわ。どうか、頑張ってね」

「当然! この戦いの先にある栄光の未来。それを手にするのは我々だ……いくぞクロガネ」

「はい、シンドウ総帥」

 踵を返してアルクとクロガネは立ち去った。

 

「ふう……本当に、あの子」

 使いやすい、と思う時任だった。



 格納庫の最下層、その最奥にある椅子の様な特設台に《ゴーアルター》は鎮座する。主の搭乗を待ちわびる巨神をアルクは見つめていた。


「時任が何を考えてるかなんて筒抜けなんだよ……」

 道化を演じるのも楽ではない。

 今年からの《ゴーアルター》に乗って行った活動、誰からも認められるスーパーヒーローをやってきた事が楽しくなかった訳ではないのだけれど、誰かに求められる事と自分が求めたい事は違う。

 しかし、もうする必要は無いのだ。

 全てを解き放って計画は最終フェイズへ移行する。


「ゴーアルター……モード〈アルターエゴ〉起動」

 アルクが呟くと目の前の空間が歪み、色彩が反転して純白の巨神は漆黒の色へと体を染めていく。


「変わるってのは、こういう事さ……歩駆。いつまでも後手に回って燻っているオマエとは違うっての」

 フワリ、とアルクの体が中に浮く。真っ直ぐと《ゴーアルター》の黒く光っている胸部へと吸い込まれていった。


「夢を見よう。そして、夢から覚めた時……全て現実になると願って」

 闇に包まれながら、ゆっくりとアルクは目を瞑る。

 黒き姿の《ゴーアルター》は赤い瞳を見開いて咆哮した。

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