第89話 ブレック・ファースト

 朝。

 小鳥がさえずり、まだ外はうっすらと暗くて霧の様な靄が立ち込めている。

 打って変わり地下の冷たい鋼鉄の研究所では、ほのかな暖かみのある薫りと響く軽快な音に男達は目を冷ました。

 着替えをしてから各々が廊下に出ると、全体的に埃っぽかったのが一夜にして、塵一つも無くピカピカで綺麗になっているのに驚く。

 寝ぼけ眼で廊下をさ迷う歩駆、ヤマダ、龍馬の三人は、漂う良い匂いの先へとゾンビの様にフラフラと進んでいった。


「ほらほら、もう起きてよぉ! 朝御飯だよぉー!」

 甲高い声でセイルはお玉で空の鍋をガンガン、と叩く。


「おはようございます。皆様テーブルへご着席ください」

 メイド服を着たアイルは各席のコップに飲み水を注いでいる。


「歩駆様ぁ! この目玉焼き竜花が焼いたんですのよ? ちょっと焦げましたが愛情はたっぷりですわー!」

 テンションの異様に高い竜花が、皿に乗った謎の黒い物体を嬉しそうに見せつけてきた。


「そんなダークマターをアルクが食べるわけ無いだろ! ねぇ、アルクはボクの玉子焼きを食べるよね?」

 何故かベッドの拘束が解かれていたマモルは、四角いフライパンの半熟玉子と格闘している。

 朝っぱらから騒がしい少女の声に、寝起きの男達の頭では状況がよく理解できなかった。



【朝食のメニュー】

・ご飯(のりたまご、おかか等、ふりかけはお好みで)

・ネギ入り玉子焼き

・スクランブルエッグ(の残骸)

・アジの開き(みりん干し)

・シーチキンとレタスのサラダ

・アサリの味噌汁(赤だし)



 アイルが夜中の内に給湯室を改良した食堂で、朝食を食べた一同は今後の予定を話し合った。

 IDEALが軍により壊滅させられしまい、敵は歩駆達が豊富インダストリーに居る事も知られている。

 この事態を打開するには、こちらから打って出るしか道は無い。

 尋問で──と言うより歩駆が聞いたら一発で──ガードナーの居場所を吐いたマモルの言葉を信じ、一同がこれから向かう目的地は宇宙に決まったのだが、


「しかしだァ……どうやって宇宙(そら)に上がる? さすがの天才も一から船を作るのは時間が掛かってしまうし、トヨトミも宇宙用の船は無いだろう?」

 食べ終わった皿をフォークでカンカン、と叩く行儀の悪いヤマダが龍馬に尋ねる。コーヒーを飲みながら、龍馬はパッド型の端末機で調べものをしている。


「陸路や海路ならどうにか出来ない訳じゃないが、ちゃんとした方法で宇宙へ行くには手続きに時間がなぁ」

「兄様の権限でも無理ですの?」

 画面を何度もタッチしたりスライドしているのを竜花は後ろから覗き込む。


「大企業の社長に不可能は無い……と言いたい所なんだけどな。日本航空宇宙局に問い合わせたが何故か音信不通だ。知り合いがいるんだが、そっちにも連絡が取れない、どうなっているんだ?」

「それはイミテイターのせいだね」

 水を一杯飲み干してマモルは言った。


「フッフッフッ……奴等は既に様々な機関に潜り込んでボクらを倒す準備をしてるのさ。日本、いや世界の人類達は徐々に支配されていくんだよ、痛いっ!?」

 悪い顔をしていたマモルの頭を隣の席に座る歩駆が拳骨で打つ。


「何、嬉しそうに言ってんだバカマモル! もっかい縛り付けるぞ、この野郎!」

「あぁん、アルクぅ……そんな頭打つことないんじゃんよぉ。何でも言うこと聞くからさぁ」

 クネクネと身体を動かし、歩駆に擦り寄るマモル。


「お前はどうやって地球に降りてきたんだよ?」

「SV単機で来たさ。ボクの《戦人》には大気圏突入能力がある。それにしたって日本の制空権の防衛、今ガバガバだからね……あ痛ぁー?!」

 取り合えずムカつくので再びマモルの頭をポカリ、と叩く歩駆。


「逆に言えばですね。我々だけで向かえば敵に簡単に見つかってしまう、と言う訳ですね」

 龍馬が飲み終えたカップにコーヒーを注ぎながらアイルが言う。


「でも、船が無いんじゃそもそも無理な話ですわ」

「この間みたいに軍の新型SVが我が社に直接に襲いに来ると言うのもあるぞ」

「じゃ、どーするんだァ!?」

「お困りの用ですね」

 一同が声の方、食堂のドアに向かって振り向いた。


「あっ、この前の仮面のお方ですわ!」

「やぁお嬢さん。Gアークは上手く完成したかい?」

「冴刃さん! 一体、何処で何してたんだ?」

「何って……そりゃあ君達を助ける為に動いてたに決まってるでしょ? あっ、コーヒー自分にも貰えるかな?」

 歩駆達が歓迎ムードの中、ヤマダだけは嫌な顔をしていた。


「お前ぇ……」

「やぁ博士。直接対面は何時振りだっけかな?」

「ブッコロがすッ!!」

 一触即発な沸点の低いヤマダの背に、コーヒーカップを用意していたアイルが一瞬で背後に近寄る。


「当て身!」

 トトン、と軽い打撃を首にヒットさせるとヤマダは共に床へ突っ伏した。

 見事な早業に拍手が起こる。


「何で二人はそんなに仲悪いんだ?」

 何気に気になっていた事を歩駆は冴刃に質問した。


「聞きたいかい?」

「手短に」

「それはだね、元は正義のガードナー隊をヤマダはゴーアルター開発の為に犠牲にしたからさ」

「博士が悪いのでしたら仮面の方に怒るのは筋違いではありませんの?」

「出会った時から意見の食い違いで衝突ばかりだったからね……セイルちゃん、ユングフラウ、君らの事は試験管の頃から知っていたよ」

「しけんかん……まだセイルお受験はしてませんですよ?」

 勘違い、伝わっていなかった。


「こいつとシュウ・D・リュークは、この天才の計画を邪魔しようとしたァんだよ」

 急に起き上がり復活するヤマダ。怒りはまだ収まっていない。


「だからゴーアルターの起動実験で消してしまえ、と……なのに生存してやがったァ! シュウはイミテイターとなっているのに何故、お前は人間なのかァ?」

「あの時、とっさにシュウが守ってくれたのさ。君も好きだろ、ご都合主義は?」

 お互いに睨んだまま、ヤマダはゆっくりと食卓のフォークを握る。これは血を見る事になるのでアイルが二人の間に割って入った。


「はいはいはい、もうこの展開は昨日見ましたんでいいですから。アラシ、ステイ」

「……ちっ、シャワー浴びてくらァ!」

 ばつが悪くなったヤマダは、そのまま退席して何処かへと消えていった。


「すまないね君達。朝食後のくつろぎタイムに騒がしてしまって」

 謝る冴刃。


「それで、助けに来たって具体的に何をしてくれるんです?」

「あぁそうだったね。皆、外に出てくれ!」

 冴刃に先導されて一同は食堂を後にする。長い廊下とエレベーターで地上へ行く。

 入り口兼出口であるプレハブ工場を出ると、昼前だと言うのに何故か外が暗かった。それは日が曇に隠れて影になっているのではない。


「あれは……っ!」

 歩駆達は一様に空を見上げて驚いた。空を覆い隠すほどの巨大な飛行体が今、着陸しようとしている。


「かなり大きい。日照丸よりも大きいんじゃないのか?」

 龍馬はポケットから出した携帯電話を掲げてカメラ機能をオン、連写をして人目も憚らずバシャバシャと撮影する。


「最新鋭の宇宙戦艦、その名も《七曜丸》さ!」

 空に浮かぶその艦は、戦艦と言うには余りにも派手な極彩色の船体をしていた。形は流線型で鳥の様。見た目といい、正に孔雀と言うべきだ。


「あの戦艦、ダイナムドライブを使っていますね?」

 ある一点を見つめてアイルが呟く。


「ゼアロットが艦に組み込まれている。だから、自分は戦闘に参加できないよ、艦長だからね」

 冴刃はいつの間にか手にした白い軍冒を目深に被り号令した。


「さぁ行こう、宇宙(そら)へ!」




 着艦した《七曜丸》にトヨトミのスタッフが集まって、機体の搬入と同時に機体を宇宙仕様への換装作業が行われた。

 あれだけ文句を言ったヤマダもSVの事となれば渋々ながらも手伝っている。

 周辺の警備も行いつつ、出発に向けて準備をする一同。


「あ…………アルク、礼奈は設備のある病院へ送るって。ボクは別にどうでもいいんだけど……行かなくて、いいの?」

 二人が居るのは地下研究所から差ほど遠くない場所にある墓地だ。

 歩駆は名前も刻まれていない真新しい墓石に手を合わせている。


「……ボクのお墓には行きもしなかった癖に」

「お前が生きてる様に見せかけたんだろ」

「ボクはこの通りさ。でも、彼女は……」

 この名もない墓石は〈イミテイター〉であったナギサ・レイナのもの。《ゴーアルター》との戦闘後、歩駆の頼みで龍馬が建ててくれたのだ。と言っても本当の礼奈は現在、仮死状態にある。あらゆる処置を施しても目覚める事はなかった。


「まだ礼奈は死んじゃいない……俺にはわかる。アイツの覚悟を無駄にはしたくない。俺がやらなきゃ」

「でも、もしも礼奈が起きなかったら? イミテイターのままだったらこんな事には……」

 マモルは歩駆の目を見て、それ以上の台詞は口をつぐんだ。


「歩駆はボクの事、要らなって思ってる?」

「そんな事は無いが……お前はマモルであって、俺の知ってる衛じゃない」

「でも」

「お前は俺と、あっちの俺……どっちを選ぶ?」

「それは……その」

 決められず口ごもってしまうマモル。


「自分にとって都合の良い方を選ぶだろ。俺だって、そうしたかったさ。けど、駄目なんだよ……俺は」

 墓地に響く歩駆の声。墓石に拳を思いきり打ちつけていた。


「全部きっちり終わらせてやる。アイツも倒して、礼奈を目覚めさせる」

 血が滲む手を沈みゆく夕日に掲げて宣言する。

 これが最後の戦いになるのだ、と。


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