第88話 リスタート
「……俺は、何をやっている?」
ハイジ・アーデルハイドは作業的な操作で最後となる敵機を握り潰した。
ここは宇宙の墓場。
戦闘や実験で使われたSVや戦艦の残骸が数多く漂っているゴミ溜めの様な場所だ。
「何をやっているんだ、俺は……?」
久しく地球へと降りていないせいなのか頭痛が酷い。足元からボトルの水と一緒にシートの中のケースに入った薬を取り出し飲み込んだ。
「十五体で一分ちょっとか。これがイミテーションデウス《ヨーセフ》の力なのか」
黄土色の大型マシン、《ヨーセフ》は両肩に手の形をした巨大な翼を拡げながら周囲を見渡す。
頭部や脚などのパーツを残して、握り潰されたかの様に“ひしゃげ”ているSVが散乱していた。
『お見事です、アーデルハイド様。今日はこのぐらいで帰投して下さい』
基地から通信、感情の籠っていない声でライディン・ウェンサーが賞賛する。指示に従い《ヨーセフ》はフォトンの光で軌道を描きながらガードナーの衛星基地まで飛んでいった。
機体から降り、パイロットスーツから制服に着替えを追えたハイジは自室へと駆け出した。
薄暗い通路は重力制御が効いているので軽く浮遊しながら楽に前へ進めるのだが、未だにこのフワフワ感に慣れないハイジは靴に重りと磁石を仕込んで浮かない様にしていた。
「止めてくれないスかね? 宇宙なのに暑苦しくて」
横路から現れたのはシンドウ・アルクである。このガードナー基地でイミテイター達のリーダー役をしている少年だ。その後ろにはアルクと一緒にやって来たクロガネ・カイナと言う少女が付いている。
「……アルク」
「古いんだよなぁ。今時、そういうのは流行らないんですよ。脳ミソまで筋肉なんです?」
嫌味を言われるがハイジは無視をして立ち去ろうとする。
「無視は酷いんじゃないかな? 居候の……いや、婿養子的な? 置いてあげてるんだからさ」
「…………来たのはお前が後だろ」
ハイジは足を止めて振り返りながら言った。
「この前から、ここは俺の城になりました。スゲー日当たり良好だし……ホラ、この大きなガラス窓から見える星の眺めも良い」
「一体、何を企んでる? お前、本当にあのアルクなのか?」
「シンのアルクですよ、これがね。それが何か?」
その場でクルリと一回転して見せるアルク。
「お前……俺が昔、お前と始めて出会った時に言った事、覚えてるか?」
「何ですか、気色悪い」
「答えろよ」
「…………俺が何の為にゴーアルターに乗っているか、でしたっけ?」
壁に寄り添ってアルクは暫し頷きながら考えた。
「自分の為ですよ。誰の為でもない己自信の為ですよ」
アルクは満面の笑顔で答える。
「……そのせいで周りに迷惑を掛けても、そう言えるのか? 強い、絶対的な力を持つ者の責任は」
「そんなの無い。結局、これまで戦ってきてわかったのは自分の事で手一杯だったってことなんすよ」
「お前……それでもGA01のパイロットか!?」
「そうですよ。俺が選んだ、そしてゴーアルターに適正があった。だから乗ってる。それよりもアンタはどうなんだよ」
「お、俺……か?」
「俺が地球で活躍してる間、アンタ宇宙で高見の見物……いや恋人のヒモしてたじゃん」
「くっ……!」
思わずカッとなりハイジは腰のホルダーから銃を取り出してみせた。
「えぇー?! それは無いんじゃないですかぁ」
呆れるアルクだったが、そんな事はハイジ自信もわかっている。しかし、やってしまった以上は後には引けない。
「煩い、この裏切り者が……!」
「先に裏切ってんのはアンタの方っしょ。それに裏切りとはちょっと違うんだな」
パチン、とアルクは指を鳴らす。背後に居るクロガネが何かするのかと身構えていると、天井から落ちる小さな黒い影にハイジは銃を持った腕を後ろ手に回され床に組伏せられてしまった。
「がぁ!? ……ゆ、ユングフラウっ?!」
「……」
黒服の少女は無表情でハイジの上に乗っかっている。体格差も力もハイジの方が断然上だと言うのに起き上がれず、絞められた腕は全く外せない。それどころか抵抗すればするほど力は更に強くなり、ハイジは苦悶の表情を浮かべた。
「いいかいハイジさん。ここがガードナー改め、新たなIDEALなんだよ。だから、いいんだよアンタが居てもね……フラ、セイルもう離してやれ」
「……イエス、マスター」
銃は没収し、少女はハイジの腕の拘束を解く。右手が後ろになったまま動かせなかった。
「カイナ、彼を医務室に案内してやれ」
「わかりました、シンドウ総帥……貴方、大丈夫ですよ。肩がちょっと外れただけですからね? えいっ」
「ぐっ…………アルク、お前は」
「人を装う神の器、もっと大きくなりますよ。それこそ、この星を丸ごと容れられるぐらいにね、フフフ……ハッハッハッ」
そう言ってアルクは地球を指差し高らかに宣言した。
床に突っ伏したままのハイジは己の存在意義について自問自答するのだった。
それからしばらくして、場所は同じく衛星基地。
ここは疲労した身体を癒すリラクゼーションルーム。
哨戒任務を終えた少女は酸素カプセルに入り休息を取っていた。
起床のタイマーは三十分後にセットされている。それだけ有れば充分であるのだ。
(ユングフラウ?)
数時間前、ハイジに言われた台詞が頭に繰り返し響いて離れないでいる。
(自分はニジウラ・セイル……セイルは守る…………誰を?)
何かが引っ掛かるが思い出せない。思い出そうとすると痺れる感覚に陥る。
例えるなら、名前の書いた表札のある扉には鍵が掛かっている。無理に開けようとすると電気が走って中に入れない、そんなイメージだ。
それも一つや二つじゃなく沢山あって、ここに来る前からそうなのだ。
(前? 前ってなんだ……いつからいつの前だ)
扉の前でうろうろする。過去に遡れば遡るほどに表札の文字は薄れ読めなくなってくる。
(…………ユングフラウが開いている)
行ったり来たりを繰り返している内に、薄汚れた古い扉を発見する。
さっきまではこんな状態ではなかったはずなのに“ユングフラウの扉”はノブごと壊され半開きだった。
少女は意を決して記憶の扉の中へ進入する。
真っ暗な道を光に向かってひたすら歩いた。
気が付くと少女は砂漠の上に立っている。
何処までも続く黄色の山、風が強く砂が舞って視界も悪い。
少女は、この光景に見覚えがあった。
「おい! どこへ行くんだ、待ちやがれ!」
野太い男の声に驚いて少女は飛び退き、武器を取ろうとするが体の何処にも身に付けていなかった。
「待て待て! 悪かったよ、もう今日の訓練はお終いだ……あーっと」
その声の主はちょこまかと動き回るボロ布に語りかけた。
褐色の肌で坊主頭、眼帯を付けていて体は至る所に傷だらけの大男。汚れた軍服らしき迷彩の衣服を着ているが、いわゆる軍人とは少し違う粗暴な雰囲気があった。
「……名前だ。いい加減に名前を教えてくれよ。じゃなきゃコミュケーションも取れねーぞ?」
「…………かえりたい」
ボロ布から顔を出したのは幼い子供だ。その小さな手には似つかわしくない小型の拳銃が握られていた。
「それは無理だな。今日から俺が父親だ」
「……ちがう!」
「向けても駄目だ……射ち尽くして弾切れだしな。そもそも、お前は親無しで知らないだろ」
言われて涙目になった子供は、睨みながら拳銃を男の膝に向かって投げた。
「……っ」
「その目だ。そういう目が傭兵には必要だからな。隙が有れば何時でも俺の寝首を掻けばいいさ」
「……」
「……ユングフラウだ」
「……?」
「お前の名前だ。髪が短くて男みたいだからな。名前だけでも女の子っぽい名前にしてやるぞ、ドイツ語で“乙女”って意味だ。ホラ来い、さっさと来いユングフラウ!」
男の武骨で大きな手に引かれてユングフラウと名付けられた子は無理矢理に連れて行かれた。
あぁ自分は異国の地に捨てられたのだ、と何となくは理解していたが誰か助けに来るんだと思い理解するわけにはいかない。
しかし、願いが叶う事は無く五年と言う歳月が経った。
傭兵の男達に紛れて戦いの日々。
(そうだ、この中で自分は生まれ育ったんだ)
辛く苦しい事ばかりで逃げ出そうとした事はしょっちゅうあるが、その中で得た経験はとても有意義な物であると誇りに思う。
しかし、
「父さん……機体の整備終わったよ」
汗と油まみれになりながらユングフラウが呼び掛ける。年期の入った旧式のSV、人型戦車の《パンツァーチャリオッツ》は新品同様に輝いていた。
「ん…………うん、あぁ」
「……」
男はユングフラウの働きに見向きもしないでハンモックの上で横になっている。
腰を悪くしてしまったせいか自ら依頼地へ行く事はなく、はユングフラウに任せきりにしている。ろくに働きもせず家で酒を飲んでは寝て飲んで寝て、の繰り返しだった。
「……」
「どうしたぁ。早く行かんか」
「父さんは本当の父さんじゃ無いんだよな」
「だから……どうした?」
「自分、スカウトされたんだ。軍から」
「……何?」
軍、と言う単語に反応して男は起き上がる。
「軍に入れば収入が安定するし、こんな缶詰ばかりじゃなくて良い食事も食べられるんだ」
「駄目だ」
「ど、どうしてさ?」
「駄目なもんは駄目だ! 奴等は俺達を都合よく使い捨てられる消耗品としか見ていないッ!!」
「だけど……っ」
ユングフラウは一瞬だけ躊躇ったが勇気を出して、言えなかった言葉を口にした。
「自分の、本当の家族の事を教えてくれるって」
男の平手が飛ぶ。力強い一撃がユングフラウを土の床に叩き付けた。
「お前の父は俺だ、俺が買ったんだよ! 東洋の優秀な遺伝子が入ってるお前を!」
「……父さん」
「だが、お前が優秀に育ったのは俺の教育のお陰だ! それなのにお前は!」
戦場でも見た事がない形相でユングフラウに迫り来る。
これは何だ。尊敬するあの父か、それとも自分を襲う暴漢か。
ユングフラウの脳がフル回転して最善策を考えるが、答えを出すよりも先に体が行動してしまった。
それは最悪の決断である。
(何かあったはずなんだ。他に方法があったかも知れないのに……でも、この先は)
目覚めると見知らぬ病室に居た。
頭には包帯と酸素マスクの様な機械を付けられ、身体も痺れて身動きが取れない。ベッドの前には二人の男が立って話をしている。
「本当に……本当にこいつが虹浦と関係しているのか、ライディン・ウェンサー君!」
「えぇ、テイラー少佐。ナンバーも確認しましたし、天涯総司令の言った通り間違いは無いですよ」
金髪の軍人の問いに黒い制服の男が淡々と答える。その喋り声の煩さにユングフラウは身体を起こした。
「……気付いた様ですね、心配しましたよ? 貴方を迎えに行ったらテロリストに襲われているんですから」
「テロ、リ……スト? うっ……思い出せない」
「貴方が壊滅させた組織の生き残りがやって来たようです。奴等はこちらで処理しましたので安心してください」
この暗い雰囲気をした黒い制服の男にユングフラウは見覚えがあった。
「あの、スカウトの……人?」
「傷は軽傷らしいので、治り次第に我が隊に入ってもらいますが構いませんか?」
「あ、あぁ。よろしくお願いする」
ユングフラウとライディンは握手を交わす。
「ようこそ、ガードナーへ。新たな地球の守護者」
リラクゼーションルームに入った人影は、稼働中の酸素カプセルの前で何やら作業をしている。
中で眠る少女は涙を流しながら偶に嗚咽を漏らすが起きる気配は無い。
「……苦労を掛けますね」
悲しい気分ではあるが、その人影は人では無い為に涙は流さない。それも、仮初めの体だからでもある。
「あっ、ここまでの……様、ですね」
作業の手が止まり人影の全身が震えだし、ガクンと頭を垂れる。
数秒後、目が見開かれ点滅する光を放って電子音声が流れはじめた。
『再起動中、再起動中、リスタート、リスタート』
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