第57話 ダミースレイヤー

 ユングフラウの《チャリオッツS》は、周囲に集まってきた《ガーデッド》の大群を次々に墜としていく。薬が効いているのお陰なのか、二機や三機同時に攻め込まれても冷静に対処が出来ていた。

 しかし、それも最初だけで長くは続かなかった。


「撃破……撃破……撃破……撃破……」

 《チャリオッツ》の特徴である顔面から伸びる砲身の形を頭部から光条が放たれ、連なる敵機の群れを横一線に薙ぎ払った。


「…………うっ」

 吐きそうになるのを懸命に堪え、ヘルメット内が惨事になる前に何とか吐瀉物を飲み込んだ。


「ガードナーはどうして……駄目だ、肝心な部分が思い出せん!」

  次々と現れる〈セミ・ダイナムドライブ〉のシステムを通して見えた、自分──虹浦セイル──と同じ顔をしたパイロットが襲ってくる。

 奴等には“生気”と言うものがを感じられなかった。何かの命令に従い淡々と実行する、無感情で無機質な人形の様である。それを、しらみ潰しに破壊していくユングフラウは今にも気が狂ってしまいそうであったが、その前に一本だけ精神安定剤を投与する。


「出生……自分の生まれ育った、砂漠。ガードナーに入ったのは……いつ?」

 見覚えのある戦艦が通り過ぎる。中に見えるは統連軍のジャスティン・テイラー少佐だ。右の手の色が反転し形がボヤけて見え、何故か彼はガードナーのSVを従えて味方であるはずの統連軍に攻撃を仕掛けている様だった。

 数ヵ月前、IDEAL潜入捜査を指揮していた彼に『虹浦セイルとユングフラウには出生の秘密がある』と聞かされ参加した作戦だが、未だに答えは見つかってはいない。

 ユングフラウは直接テイラーに問い詰めるべく《チャリオッツS》を急いで向かわせた。



 ほぼ人質の回収を終えた統連軍は攻勢に打って出る事にした。ガードナーは防戦一方で戦局はいよいよ大詰めだった。

 そんな中、裏切り者テイラーの戦艦である《アソシエイト》は、戦線を離脱すべく動いていたが敵の攻撃を受けて中々この宙域を突破する事が出来ないでいた。ブリッジのメンバーが全員イミテイターである為なのか、テイラーがキチンと命令しても行動にワンテンポ遅れが生じてしまっている。


「左舷の弾幕が薄いぞ、何をやっているんだ!?」

「……」

 皆それぞれ動いてはいるのだがピクリとも反応をしない。最新鋭の戦艦だと言うのに、これではいずれ艦が落ちてしまう。命の危機を感じたテイラーは脱出艇に乗り込む準備をしようとする。そこへユングフラウの《チャリオッツS》がブリッジの目の前までやって来た。


「テイラー艦長!」

「そ、その声は……ユングフラウか?」

「単刀直入に言う。自分と虹浦セイルの関係は何なのだ?!」

「関係? そんなものは知らん!」

「知らないだと?」

「私が知りたいのは二十年前の模造戦争で世界を救った女、虹浦アイルについてだ。ヤツは父を殺した! 原初のSVの《荒邪(アレルヤ)》とそれを作ったトヨトミ重工。一介の芸能人である虹浦アイルが、あの日を境に消えた謎。そして、その名を受け継ぐ《晴邪(ハレルヤ)》と虹浦セイル。そこに全ての真実が有るはずなんだ!」

 熱を帯びて語るテイラーの血走った瞳は怒りに満ちていた。


「私がガードナーと手を組んだのは、全ての謎を解き明かす為なのだ! ようやくわかったんだ。IDEAL……いや、地球統合連合軍とは」

 言い終わる前にテイラーは黒光りする丸いの渦に飲み込まれた。ブリッジがアイスクリームでも掬ったかの様な丸く抉り取られている。

 渦巻く球体はさらに拡がって大きくなり、戦艦を全ての飲み込んだかと思うと急速に収縮して消え去った。

 何事かとユングフラウは顔を上げる。月の方角より飛来する無数の小型ミサイルの群れが、こちらの戦闘宙域に次々と接近していた。


「グラビティミサイル、資料で見た……気がする。しかし、あの兵器はexSV(ゴーアルター)に搭載されていたと聞く。それが何故?」

 空間を歪ませるほど禍々しいオーラを纏ったミサイル郡は猛スピードは直進し、弾頭から解放された黒き光球が敵味方問わず闇の中に飲み込んでいく。


「ユングフラウ!」

「真道歩駆」

「ユングフラウ、そのミサイルを止めてくれッ! そいつは危険だ、全てを奪う!」

「全てを……奪う?」

 歩駆は《ゴーアルター》でミサイルを狙い撃つも、フォトンの粒子は本体を掠める事もなく直前で何故か反れてしまう。そうしている内に、ミサイルの一発が戦闘中の統連軍のSVに当たり、重力波の爆発が周囲を巻き込んだ。

 役に立たない歩駆を余所に、ユングフラウはレーダーを確認する。後方、数百メートル先の位置に《日照丸》と《量産型戦人》にセイルの《ハレルヤ》は無事であったが、敵機に周りを囲まれている。

 自分とした事が敵の進軍を許すとはなんたる失態だ、とユングフラウは足下のペダルを思い切り踏みつけた。


「くっ」

 鉄の羽を広げて《チャリオッツS》は舞い上がるが、ユングフラウの前を複数体の《ガーデッド》達が前を阻んで来た。


「邪魔をするな!」

 ブレーキなど不要とばかりにノンストップで突撃。近接戦闘をすべく腰のビームカタナ《シラヌイフレード》を抜刀、勢いに任せて《ガーデッド》を斬り伏せていく。


「セイルは自分が守るんだ」

 二つ、三つ、四つと両断。〈セミ・ダイナムドライブ〉の感度が上昇していくにつれて《ガーデッド》のパイロット達の操作を目視で捉える事が出来てしまい、操作の動きで機体がどの様に行動を移すのかユングフラウには手に取るようにわかった。


「模造品は散れ、散ってしまえ!」

 最早、機体が何かは関係がない。今のユングフラウには中のパイロットだけが見えている状態だ。並み居る自分達のコピー軍団を殺していく奇妙な感覚はもう薄れていた。

 ただ消すのみ、自身を映す鏡に鏡はセイル以外に必要ない、とユングフラウは敵を定めてトリガーを引く。

 あとは一瞬の出来事、向かってきた敵の反応は全て消え去った。


「フフ……ハハハハ…………アハハ」

 集中力が途切れユングフラウは思わず笑ってしまう。気が抜けてしまったと同時に〈セミ・ダイナムドライブ〉の出力が下がっていた。


「やった…………セイル、なあ?」

 ふと周りを見渡す。今まで何処に居たのか《ゴーアルター》がこちらに飛びかかってきた。


「何やってんだよ、お前はッ!?」

 機体に衝撃、ユングフラウの肩を揺らして歩駆は怒鳴り散らした。そんな顔をして一体何事なのかと疑問に思うユングフラウだったが、ある物を見つけてしまい血の気が引いた。

 

「嘘だ……」

 SVの死体が漂う宇宙空間、その中に光輝く物が一つ。四肢を切断され胸部を斜めに切り裂かれたセイルの《ハレルヤ》だった。


「……あ……あ…………っ?!」

 口をパクパクさせるユングフラウ。いつの間に、どうしてこうなった、と考える内に思考が完全に停止した。ユングフラウの目の前が真っ暗になる、もうどうでもよかった。

 そうこうしている内にも戦いは続いている。歩駆はどうにかしてミサイルを止める術は何か無いかと考えていると、

 

「ぐ、グラビティミサイルが……?!」

 突然、進行する全てのミサイルが一斉に静止していた。何がどうなっているのかと思ってレーダーを確認すると、一際強い反応を示す敵機体がミサイルの中心に立っていた。


「無粋だったなサレナ・ルージェ。これでは作戦の意味がない」

 手をかざしミサイル群を周囲に集めるのは灰色のマジン、シュウ・D・リュークの《エスクード》だ。


「ゴーアルターの前に、そのイミテーションのダイナムドライブ搭載機を破壊する」

 呆然と立ち尽くす《チャリオッツS》に向く《エスクード》は一基の〈グラビティミサイル〉を飛ばす。今のユングフラウに回避する程の気力は無かった。そこへ、


「セイル君とユング君はやらせないぞ、シュウ!」

 どこからともなく声と共に、ミサイルをシャボン玉の様な虹色の膜が包み込んだ。更に、派手なカラーをした戦闘機が底部のアームで《チャリオッツS》と《ハレルヤ》を拾っていく。そして戦闘機は急速に離脱、《日照丸》の方へ飛び去った。


「彼女は生きている、間一髪だったな。これは捕縛のフォトンフィールド、重力波は消し去らせて貰ったよ」

 駆けつけたのは赤青白のトリコロール色の機体、冴刃・トールの《ゼアロット》だ。


「冴刃か……戻ってくる気になったか?」

 とシュウ。


「お生憎様、中二病患者のリーダーに付いていく気はないんだよねぇッ?!」

 SV用リボルバーガンからフォトン粒子を纏った弾丸を放ちながら《ゼアロット》は《エスクード》に向かう。近付かれては《グラビティミサイル》を使う事も出来ないシュウも接近戦に応じる為、掌から剣を形成する。


「シュウ、君は前ほど素直じゃ無くなったよ。昔はもっと熱血漢で、正義を愛する真っ直ぐな男だったはず!」

「いつまでも理想を夢見る甘いガキじゃないんだ……お前も氷の様に冷い冷静沈着な性格だと思ったが?」

「斜に構えるのって今時流行らないよ!」

 あちこちに残骸が宙を漂っている中で《ゼアロット》と《エスクード》が激しくぶつかり合う。だが両者の実力はほぼ互角で戦いは拮抗していた。


「今の君に出来ない事をやってのけよう。戻ってこい、ゼアロライザー!」

 ユングフラウ達を《日照丸》に送り届けた《ゼアロライザー》が冴刃の声に反応し、主である《ゼアロット》の元へ舞い戻ってきた。


「刮目せよ“人装合神”!」

 掛け声と共に二機が輝きを放って高く上昇する。


「……ちっ」

 攻撃の構えを取る《エスクード》に《ゴーアルター》が背部翼からの追尾レーザーを幾度も放つ。しかし、《エクスード》の肩から分離する球体兵器の〈スフィア〉がバリアフィールドを張り、赤い光条の雨は全て弾かれてしまった。


「合体中の攻撃なん無粋じゃないのか!?」

「戦争をしている。お前達の遊戯に付き合っている暇などはない」

 歩駆がシュウを足止めして時間を稼いでいる間に、二機のマシンが合体準備に取りかかった。

 機体の大きい《ゼアロライザー》が翼、上半身、下半身の三つのパーツに分解され《ゼアロット》のボディと一体化して巨大なマシンへと変貌する。


「さぁ、これが対模造獣用短期決戦型マシン。hSV(ヘビィ・サーヴァント)……《グレートゼアロット》だッ!」


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