第56話 激昂の月光

 月影瑠璃にとって、サレナ・ルージェと言う人間は良い姉貴分だった。

 しょっちゅう彼女にからかわれたり、イタズラをされて嫌な思いはしたがSVのパイロットとして尊敬していたのだ。

 しかし、所属しているチームの仲間、特に隊長からとても可愛がられていた瑠璃をサレナは心底、恨んでいた。



 ──瑠璃さんは出来る良い子ですね。貴女になら私の席を譲ってもいいくらいだわ。これからも頑張ってくださいね瑠璃さん。


 ──了解しました隊長。精一杯、皆様のお役に立てるよう勤めます!


 ──それにしても……サレナ、貴女は瑠璃さんが来てから日頃の素行が悪くなっていますよ。先輩なのですから手本になるようしっかりしなさい。



 ──違う、全部月影のせいだ。隊長の横はアタシの特等席なンだよ! 隊長に好かれて良いのアタシだけ。それを後からテメェと言うヤツは……。お前はだけは…………。




「始めっからムカついてたンだよォー! 子供だからって、テメェばっかりチヤホヤされて、蚊帳の外食らったアタシの立場をォォ!」

 サレナの絶叫と共に、元あった質量を無視して伸びていく《ID・ガーデッド》の背部腕が襲いかかってくる。通常のSVでは真似する事できない、イミテイトから産み出されたID(イミテーションデウス)だから可能な芸当だ。


「何でだッ?! 愛か、愛され度が足りないのか?! なぁアタシは良くしてやっただろ月影ェ……だから居場所を返せよ!」

「その居場所だって言う隊長を殺したのも貴女でしょうに!?」

 掴み掛かってくる背部腕の三つ指クローを《戦人カスタム》は肩部から照射される拡散レーザー砲で焼き払う。だが、何度レーザーを撃ち込んでも再生スピードが早く、爛(ただ)れかけた機械の手からは逃げようにも休む暇も与えてくれない。


「そうッ!? 手に入らないならば要らない、アタシを愛してくれないならもう要らない! 月影ェ、お前と言うヤツは」

「余所見するんじゃないよ、この阿修羅モドキめ!」

 隙を突いて歩駆の《ゴーアルター》が追い駆けっこする二機の間に割って入った。


「オスガキはお呼びじゃねっつーのォ!!」

 邪魔物を追い払いたい《ガーデッド》は背部腕の掌から赤いビームを連続発射する。《ゴーアルター》は〈フォトンバリア〉を発生させ身を守る。


「くっ…持たない!?」

 最初はビームを弾いていた〈フォトンバリア〉だったが、全体に猛烈な攻撃を浴びせられて破られてしまい、その穴からバリアは崩壊して《ゴーアルター》に赤い粒子が雪崩れ込むよう。


「歩駆君っ!?」

「……だい、丈夫だ。こんなんじゃゴーアルターは……やられない」

「余所見せずにアタシを見ろってゆーのさ月影ェェー!!」

 ボロボロの《ゴーアルター》の横を通り、二本のナイフを構えてで突貫する《ID・ガーデッド》の強襲。キラリと光る刃によるラッシュを《戦人カスタム》は両腕のビーム杭打ち兵器、〈ペネトレイター〉で攻撃を捌いてゆく。

 勝負は互角。戦場の合間を縫うように駆け抜けながらの攻防。攻めては否退き、退いては攻めの繰り返しをする。そうこうしている内に二機は、いつの間にか月面に降り立っていた。


「月影ェ、何でアタシが“黒百合”を持ち出したか教えてやろうか?」

 黒百合とは某国が開発していた核兵器にも匹敵する兵器である。爆発の様子が真っ黒な百合に似ている事から名付けれ、サレナを敵味方が戦闘の真っ只中の場所で作動させてしまいら、両軍に多大な被害をもたらした。


「そんなのは知れたこと! 貴女の逆恨みでしょうが!?」

「勘違いするなよ、依頼主ってーことだっつーの」

 互いの武器で火花を散らして鍔迫り合い、肉薄する両機。白熱する瑠璃に対してサレナは妙に冷静を装っていた。


「ソイツは“黒百合”の威力を試したかったんだとよ。だけど、適当に空中で打ち上げても面白くねーから、偽の任務をアタシらに用意しても敵にも偽の情報をリークしてたンだ」

「そんな身勝手……私達を実験体にしたって言うのっ?!」

「ハッ、そりゃソイツに取ってはそーなンだろうさ! アタシも鬱憤が晴れるって協力したわけだってーの!」

 頭部のバルカン砲を撃って《ID・ガーデッド》は近付いてくる《戦人カスタム》から距離を取らせる。


「そして今、フフ……このガーデッドには“黒百合”をガードナーで独自に小型化した改良版がある! その名も、マイクロ・グラビティミサイル」

 瑠璃はその名前に聞き覚えがあった。それは《ゴーアルター》に装備され、真芯市一帯を吹き飛ばした。それをサレナの《ガーデッド》は搭載していると言う。


「青ざめたかな月影ェ? アタシは今からアソコにソレを撃ってみたいと思うがどうするッ!?」

 捲し立てるサレナが指を差す先、そこは人質乗った脱出艇を収容している真っ最中の統連軍艦と、それを守るSVがガードナーのSVと戦闘を繰り広げていた。


「晩飯を賭けてスコアを競った事もあったな、懐かしいよな月影ェ」

「貴女にとって味方も居るというのに……何処まで外道なの!」

「ハッハッハッ、笑わせるんじゃあないよォ?! 名無しの雑魚の変わりはいくらでも居るのさ。戦場で兵士を使い捨てるのの何が悪いってんだよ、あぁ!」

 最早サレナに返す言葉もなく瑠璃は激昂する。その怒りに呼応したか《戦人カスタム》が虹色に発光、〈セミ・ダイナムドライブ〉が動力モードから戦術モードに移行した。


「カウントダウンはしない、ノーモーションで撃つ……止められるもンなら止めて見さらせ、この○○野郎がッ!」

 口汚い言葉をサレナは吐き出しながら、どす黒いオーラを放った《ID・ガーデッド》は全身の装甲が開いて〈マイクロ・グラビティミサイル〉を目標に狙いを定めてロックオン、宇宙空間にばら蒔かれて一斉に飛んでいった。


「サレナ・ルージェェェェーッ!!」

「来い、月影瑠璃ィィィィーッ!!」

 衝突する両機。その瞬間、目映い閃光が瑠璃とサレナを包み込む。

 二人の心を〈セミ・ダイナムドライブ〉による虹色の粒子が強制的に開かせる。




(月影瑠璃)


(……)


(本当の事を言うと、アタシは羨ましかったンだ)


(……)


(好きな子ほど苛めたくなるって、よく言うだろ?)


(……)


(だからさ、月影の事がもっと知りたい)


(…………嫌)


(……)


(……)


(嫌だね)




 統連軍とガードナーの両軍が争う戦場に、月から放たれた〈マイクロ・グラビティミサイル〉が向かう。それを止めるべく《ゴーアルター》の歩駆は追いかけるのだったが、瑠璃の事が心配で堪らなかった。しかし、それよりも今先決すべきは〈マイクロ・グラビティミサイル〉を何とかする事に他ならない。心の中で歩駆は瑠璃に謝る。


「弾速が速すぎる! フォトンネットも届かない!」

 戦闘中にサレナが発言した台詞。その前のシュウが言った言葉が頭の中でパズルのピースとなり、自分なりに正解の形へと嵌め込んでいく。


「ゴーアルター、グラビティミサイル、黒百合……裏切り」

 こうなってくると誰が正義で、誰が悪なのか、自分は誰の為に戦っているのか分からなくなっていく。

 そんな難しい考え事をしてるだけで《ゴーアルター》の移動速度や自動修復の治りが遅くなっている様に感じた。さっきの攻撃も中の自分は無傷で無事、確かに無敵のスーパーロボットなのだが、肝心な時に不便で融通が利かないのが不満である。


「一発殴る、絶対殴るぞクソ博士!」

 無理矢理にでも感情を昂らせて、歩駆は戦禍の渦く戦場へ飛び込んでいく。あの悪魔の兵器で人が大勢死ぬ被害を出す訳にはいかないのだ。




「イクサリーダーより各機へ。これから日照丸は月の地表へ降りて人質を収容する間、敵を近づけるな。基地からは脱出艇も発進されているが、それらは統連軍の救出部隊に任せる。もし可能であればそちらも守ってくれ、いいな!」

『『了解!』』

 敵機を退けながら《日照丸》の《量産型戦人》部隊が人質脱出の時間を稼ぐ。

 幸いにも敵の強さはそれほど大した事はなかった。

 艦の上でサボっている《ハレルヤ》と《パンツァーチャリオッツ》を抜いても自分達で対処できる、とイクサリーダーは過信してしまった。


『何だコイツら、さっきのと動きが違……うわっ!?』

 背後での爆発と共に味方機の反応が一つ消える。イクサリーダーが振り替えると三機の《ガーデッド》が残骸と化した《量産型戦人》の手足を弄(もてあそ)んでいる。


「くっ、よくも味方を!」

 とは言うも一対三では勝てるはずもない。しかし、下がる訳にもいかずの絶体絶命だった。


「……下がれっ!」

 下方から三つの白い火球が《量産型戦人》の足元を掠める。火球はそれぞれの《ガーデッド》達を狙いに定めて直撃、寸分狂わずコクピットを一撃で破壊した。


「お前は艦を死守しろ……敵は自分がやる」

「す、すまない。ここは待たせたぞ!」

 交代でユングフラウの《チャオッツS》が宇宙へ上がる。イクサリーダーの《量産型戦人》は補給も兼ねて《日照丸》へと帰艦した。


「このダイナムドライブとか言うものは幻覚を見せるのか……? 冗談じゃないぞ」

 あの《ガーデッド》の中身、黒いパイロットスーツの人物がユングフラウには透けて見えた。一瞬、鏡でも見ているのかと思ったが、それは紛れもない現実の様だ。月基地(クレーターベース)に近付くに連れて、同じ顔をしたパイロットが増えていた。それにまだ虹浦セイルが気付いてないのが救いである。


「セイルは一人だ。お前らの様な偽物なんぞに手を出させてたまるものか!」

 ユングフラウは手の震えを抑える為に精神安定剤を射った。

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