第十章 決着!月奪還作戦

第55話 善意と悪意

 それは今から十年前の事。


 格納庫の角では新型SVのお披露目会がささやかに行われていた。整備スタッフが作業に勤しむ中、大きな布を掛けられた機体の前で三人の男達がクラッカーを鳴らす。


「「3、2、1!」」

 三人の内、二人がカウントダウンの声を上げて布を引いた。


「博士、これが……このマシンが例のexSV(イクスサーヴァント)って奴なんですね?!」

 シュウは瞳を輝かせながら真新しい機体の脚に思わずしがみつく。その機体は現存するどのSVよりも“人型”に近い。だが、軍用と言うよりも特撮ドラマやアニメに出てきそうなデザイン重視の機体といった感じだった。未塗装で真っ白だが、装甲はピカピカに磨かれている。


「止めろシュウ、恥ずかしい。他の奴等が見ているぞ」

 黒髪で長いポニーテールの男は子供の様に騒ぐ同僚に呆れ果てる。同じガードナーのエースコンビとして恥ずかしくて仕方がなかった。


「いいじゃねーか、固いこと言うな」

 ブーブー言いながら唇を尖らせてシュウは文句を垂れる。


「良くはない。お前がそんなんじゃ隊の部下に示しがつかない。それにこんな派手な機体では我らの任務に支障を来(きた)す」

「カッコよさは優先、俺たちゃ正義をやってるだから。なっ博士、これもう出せるのか?!」

「いや、コイツはまだプロトタイプだァ。完成には時間がかかる……」

「何だそうなのか、残念だ」

 ドサッと床に倒れ、ふて寝をしだすシュウ。


「今日は試験運転も兼ねて少し乗って欲しいのだが、どうだね?」

 その言葉を待っていた、と言った様にシュウは鼻息を荒くして飛び起きた。現金な奴だ、とポニテの男は深い溜め息を吐いた。


「本当か? マジ! それ俺からで良いですよね?!」

「あぁ、コイツは熱いスーパーロボット乗りを希望する。若人よ、君に任せたァ!」

 博士と呼ばれたビジュアル系な男とシュウはがっちり握手する。意気揚々とコクピットに乗り込むのだったが、それから数時間後の事だ。

 ガードナーの基地があった某国の孤島は地図から完全に消滅することになる。

 表向きに新型SVの暴走によって島ごと蒸発する。

 その海域は異常な現象が見られ、今現在も人が近づく事が出来ない立ち入り禁止地区になった。


 しかし、その真実は違う。

 それを知っているのは島の生き残りであるヤマダ・アラシと冴刃・トールの二人。

 そして、イミテイターとして甦ったシュウ・D・リュークだけだった。





 統鏈軍とIDEAL対ガードナーの月面戦争が火蓋が切って落とされた。

 複数の“イミテイト”を鋳造(ちゅうぞう)して完成させた灰色の魔神、ID(イミテーションデウス)であるシュウの《エスクード》は《ゴーアルター》の斧槍から放たれた虹色の光をヒラリと楽に回避する。


「速度が甘い。臆したかパイロット!」

 彼方へと消える光を見送りながら《エスクード》は腕を広げて挑発して見せた。鋭く紅い瞳が輝き、鉤爪の両手を握ったり閉じたり、上下に振って余裕の態度を取る。


「俺はここだ。ちゃんと狙え」

「……言われなくても」

 身丈ほどある白銀の斧槍、〈ヘルツハルバード〉を構える純白の巨神、《ゴーアルター》から発せられていたパイロットである真道歩駆の精神エネルギーは至極、乱れていた。

 自分から攻撃したにもかかわらず、歩駆からはそれほどシュウに対する敵意は感じられない。だからと言って戦意を喪失していると言う訳でもなく、 心の中の迷いや葛藤が精神の安定性を欠いている原因なのかも知れない、とシュウは判断する。


「ゴーアルターは……そのマシンは悪魔の機体だ。その存在は決して許されない!」

「テロリストの分際で何を知っているんだよ!」

 真紅の背部ブースター〈ジェットフリューゲル〉から炎を吹き上げて、《ゴーアルター》は突撃する。真正面から勢いに任せて振り回す斧槍は、刃は空を切るばかりで、《エスクード》は腕組みをして子供の遊びに付き合っている様な感じに端から見えた。


「我らがテロリスト? それは間違っているな、パイロットよ」

「アンタこそなぁ、俺はパイロット何て名前じゃねぇ!」

 野球のバットの如く握り、斧槍を振りかぶった。


「俺は、真道……歩駆だッ!」

 虹色に閃光するフルスイング。フォトン粒子がバットの軌道に沿って扇状にバラ撒かれる。射線上に滞在するガードナーの《アポロン》と《ガーデッド》を一網打尽するが肝心の《エスクード》には掠りもしなかった。


「ならば言わせてもらう真道歩駆よ。ガードナーはテロリストなどではない。発足された時から我々は地球の守護者である……言わば正義だ」

「俺にはどう見ても正しい事をやってるように見えないけどな!」

「それではIDEALに正義があると言うのか?」

「IDEALに……それは」

 歩駆は口籠ってしまう。一瞬考えてる隙が油断を生み、《エスクード》の縦回転蹴りが《ゴーアルター》の頭部を直撃し、真下に吹き飛んで激突した岩石を粉々に砕く。


「真道歩駆、君は何故IDEALに所属しゴーアルターに乗る?」

「ぐっ…………それは、イミテイトのせいだ! 奴等が宇宙から攻めてくるからに決まってるだろが!」

「違うな」

「何がだよ!」

「君は自尊心、自己満足の為だけにゴーアルターを乗っている」

「違う!」

 そうだ、違うの問答を繰り返す。

 否定をしている歩駆だったが、自分が本当は正義のヒーローをやっていと言う事に間違っていなかった。と言うよりも最近の活動が自信を持って正義をやっているんだよ、と胸を張っては言えない。惰性でやってると言っても過言ではないし、だからと言って《ゴーアルター》を降りて学生に戻るなんて事は絶対に嫌なのだ。


「ゴーアルターは心を惹き付ける、君はアレに囚われているに過ぎないんだ」

 シュウは諭すように言った。まるで歩駆の知らない《ゴーアルター》を知っているかの様だった。


「そのマシンが、ただのSV(サーヴァント)でじゃないと言う事を今の君はよく知分かってるハズだ。この時代においても明らかなオーバースペックの性能。精神、心、魂などと言う不可視な物をエネルギーにするダイナムドライブ。まるで空想や妄想の産物が具現化したような人型兵器が現実に存在している。手放したくは無いよな」

「だから何が、言いたい?!」

 上から目線で勿体振っているシュウに歩駆はイライラして声を荒げた。


「それに乗り続けていれば、いずれ君は……」

 その先のシュウの言葉を遮ったのは小型ミサイルと弾丸の雨だった。《エスクード》の下方、月から上がってくるのは青紫色のスマートなSV、瑠璃の《戦人カスタム》である。


「歩駆君っ!」

 砲身が短い二丁のライフルを《戦人カスタム》は乱れ撃ちながら突撃する。


「スフィア」

 対して《エスクード》は両肩に填められた球体四つを射出して機体周囲に配置する。すると、球体同士がエネルギーを発して繋がり、膜を作りだしてピラミッド状にバリアフィールドが出来上がる。ミサイルや弾丸がフィールドにぶつかり消滅、中の《エスクード》にダメージは与えられなかった。


「なるほどな、彼女が“月明かりの妖精”と呼ばれた……」

 シュウはバリア越しに自分を攻撃してきた瑠璃の機体を興味深そうに眺める。


「歩駆君さっきからずっと止まりすぎ、死にたいの?!」

 機体を密着通信させてコクピットに怒鳴り混む瑠璃。


「あのグレーのSV……親玉って訳ね?」

「瑠璃さん……」

 謝ろうとする歩駆だったが、そこへ更に邪魔が入る。


「死にたいのはオマエだらぁぁぁー!」

 さらなる乱入者。それは、サレナ・ルージェの《ガーデッド》だった。

 無茶苦茶な軌道で飛び回り撹乱(かくらん)、胸部のアンカーを《戦人カスタム》に巻き付けながら体当たりすると、二機は月の大地へ落ちていく。


「…………ちっ」

 余計な人物の出現に興醒めしたシュウは《エスクード》の周りのバリアを解除して場を離れる。


「あっ、おい待て! 逃げるのか」

 追いかけようとする歩駆だが、瑠璃が叫ぶ。 


「歩駆君、一人で行ってはダメよ!」

「イかせてやるよォ月影瑠璃ィィィー!」

 落下しながらサレナの《ガーデッド》は脚部で身動きの取れない《戦人カスタム》を馬乗りで腕ごと蟹挟みしてホールド。両袖からナイフを取り出して降り下ろす。


「イケっ♪」

「届け……マニューバ・フィストッ!」

 瑠璃に気を取られ警戒を怠った《ガーデッド》は《ゴーアルター》の右腕に上半身を吹き飛ばされる。固定されていた脚が開かれ既に地面に激突しそうな《戦人カスタム》を左腕がすんでタイミングで掴んで上へと引き上げた。


「大丈夫です瑠璃さん!?」

「えぇ、ありがとう。助かったわ……そろそろ離して? 猫じゃないんだから」

 腕と機体を取り戻し二人が安心しているのも束の間、敵の反応は消えてはなかった。


「急所(アタシ)からは外れてんのよ……それにしても、手懐けられてるじゃなぁい?」

 声の方に振り向くとバラバラに砕けたはずだった《ガーデッド》がそこに居た。離れた腕やパーツが元の場所に戻り、ヒビの入った装甲が治ってく。映像を逆再生で見ている様に《ガーデッド》は完全修復された。


「てゆーか腰は大事なのよォ? つー事で今度はこっちが足腰立たなくしてあげらぁッ!」

「そうやって何時も邪魔ばかりして。貴女と言う人はどれだけ迷惑を掛ければ気が済むの?」

「かけられるものは何でもぶっかける! 金でも命でも!」

 サレナはそう言って《ガーデッド》の頭部のバルカン砲を放つ。瑠璃は《戦人カスタム》を右上に飛ばし、歩駆は《ゴーアルター》の〈フォトンフラッシュ〉で振り払い、向かってくる弾丸を相殺した。


「本当に、下賤な人……最低」

「雑魚の相手は飽きた所だ。今回は本気の殺試合(コロシアイ)と行こうじゃないか、三人で殺りまくろうよォォッ?!」

 狂乱するサレナ。すると《ガーデッド》が背負う大型ユニットが突如として変形し大きな腕となった。先端、三つ指のクローが獲物を求めてさ迷いうねる。


「亡霊め、人間じゃない」

「ヒヒヒ……そう! ヒトじゃない、ヒトをォ捨てたからこそォーハハッ達しちゃったんだよネ!」

 とてつもなく奇妙なサレナの振る舞いに瑠璃はヘドが出そうだ。


「さあて第二ラウンド、イッて見よーかッ!」

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