第58話 グレートゼアロット
雄々しい鋼鉄の体躯が唸りを上げた。
戦国武将の鎧甲冑を思わせる堅牢な装甲に、背中に取り付けられたV字型の黒いウィング。大きさ約二十メートルと《ゴーアルター》や《エスクード》の全長を越えた、それはまるで少年向けアニメに登場しそうなデザインのSVであった。
まさに“スーパーロボット”と言うに相応しい、その機体の名は《グレートゼアロット》と言う。
「まさにグレート、うらやましいだろうシュウ? こいつは大型模造獣に対しての切り札的存在だ」
それは歩駆と《ゴーアルター》が真芯市で《ナナフシ模造獣》と対峙した時の戦闘データを元に開発が開始されたのだ。わざわざ支援機との合体するプロセスなのは戦場での連携や重力下で親機の移動手段としての役割を果たしている、等の表向きの理由は沢山あるのだが、本当は開発者の完全な趣味である。
「一撃必中の威力を持った武器を多く持っている……これを出した意味、それは私が君を確実に殺す気でいるから」
冴刃の声が一変、低く脅す様な声色を出した。しかし、玩具の様なSVに乗って言う台詞なのか、とシュウは苛ついた。
「遊びのつもりなら帰れ」
「大真面目さ。模造獣……イミテイトは人類の敵、地球の平和を乱す物を許すわけにはいかない!」
そう言って両腕を胸の前に構えながら《グレートゼアロット》は胸部装甲が左右にスライドした。
「バァスト……バルッカァァーンッ!」
叫びと同時に露になった二つのリングが光を放って、無数の弾丸を吐き出して《エクスード》へ襲いかかる。
「……守れ」
ぼそりと言うシュウの小さな声に合わせ《エクスード》の前を《アポロン》と《ガーデッド》の二機が盾となって弾丸の雨をその身に受けた。無惨にも蜂の巣になった両機は爆発四散する。
「味方を盾にするなんて卑怯だ……と、以前の君ならば言っていたのにね。何故、バリアを使わなかった?」
「彼等は命を賭けてくれる。俺は死ぬわけにはいかないからな……それにバリア張っている間は無防備だ。そこのゴーアルターのパイロット相手ならいざ知らず」
そう言って《エスクード》はノールックで光弾を、漂う岩石に隠れて〈ヘルツハルバード〉のエネルギーを充填していた《ゴーアルター》へ放つ。歩駆は途中までしか溜まってないエネルギーを、光弾を打ち消す為に撃つ事になった。光線と光弾が衝突して出来た凄まじい衝撃波が、此の辺り一帯の残骸など漂流物を吹き飛ばす。
「戦うのならば堂々と来い。それでもゴーアルターのパイロットか……情けない」
「う、うるさい! なら出てってやるから待ってろよ!」
そこまで言われたら黙っているなどいられない。〈ヘルツハルバード〉を棄てて近接戦闘を狙うべく《ゴーアルター》は宙を駆け抜ける。
「二人まとめて相手してやる、来い」
「なら、お言葉に甘えて……ワイヤァァードォ・ナッコゥッ!」
大きく振りかぶり《グレートゼアロット》の右腕が勢いよく飛び出しだされた。特殊な鋼鉄の線で繋がる拳が高速回転し《エスクード》を目指す。
「見え透いた攻撃か」
真っ直ぐと向かう単純な挙動のパンチに当たるわけがない、と《エスクード》が上昇すると、その先に《ゴーアルター》が立ちふさがって〈フォトンフラッシュ〉を撃つ。易々と避けられてしまうが、これは当てるつもりの攻撃ではなく、シュウを誘導する為だ。
「良いぞ歩駆君、さらにコイツを食らえェー!」
背部のキャノン砲が伸びて両肩に降り、青白い電気をバチバチと発生させながら〈ツインプラズマブラスター〉は発射された。漆黒の宇宙空間を二頭の稲妻龍が電光石火で駆け抜けて《エスクード》に食らいつく。が、即座にバリアフィールドを形成して難を逃れる《エスクード》だったが、その背後には《ゴーアルター》がフォトン粒子の虹色に輝いた左手を掲げる。
「貫く、イメージを……込めて!」
前後に迫られたシュウ。追い詰められて危機に陥っているのだが、何故なのかニヤリと笑った。
「ちっ……やる」
シュウは久しぶりの生死を賭けた戦いに興奮していた。顔がニヤけてしまうのは楽しくて仕方がないのである。
「さすがにお前でも堪えるだろシュウよ」
「あと、もう一発でお仕舞いだぞ! 大人しく降参しろよ!」
〈ブラズマブラスター〉の照射は続いているが《エスクード》のバリアフィールドは未だ耐えていた。
「……お前たちは俺が今、何を持っているのか忘れたのか?」
そう言ってシュウの《エスクード》は周りに十数基の小型ミサイルを呼び寄せる。それは先程停止させた〈グラビティミサイル〉であった。冴刃は急いで〈プラズマブラスター〉を何もない空間に射線を反らして照射を止める。間一髪、ミサイルに誘爆することはなかった。
「君は自滅したいのかい?! そんな物を盾に置いても意味はない……」
「意味はある。これだけ密集した場所で大量のグラヴィティミサイルが同時爆破した所を想像してみろ……重力崩壊を起こし、月の公転が狂って地球は大変な事になる」
「デタラメを……」
「やりたければやってみればいいさ」
シュウの言った事は嘘か真か。どっちにしても、ここからでは巻き添えを食らってしまうし、距離を離してしまえば向こうから〈グラビティミサイル〉を投げてくるだろうから、歩駆も冴刃も手出しは出来なかった。
それから三人のにらみ合い。沈黙は数分に及んだ。
「……シュウ、君がゴーアルターに執着しているのは知っている。だが、やる事が少々回りくどくはないか?」
口を開いたのは冴刃。このままではどうしょうもない、何とか説得は出来ないものか、それともシュウの隙は生まれないか、と語りかけてみる。
「ジン類は新たなステップへと上がらなければいけない。その為にはゴーアルターとIDEALには消えてもらわないと、なっ!」
音もなく《ゴーアルター》の背に近付く《エスクード》の球体兵器、〈スフィア〉が取り囲みフィールドを形成して閉じ込めた。
「なんだ、ぐっ……あぁぁぁーッ!!」
フィールド内の《ゴーアルター》に衝撃が走る。超高温と高圧電流がコクピットの中の歩駆を襲った。
「ハハ、フォトン障壁の閉鎖空間に焼き潰されるがいい!」
「あ、歩駆君ッ! グレートゼアロット、パラライズミサイルだ!」
「そうはさせる冴刃ぁッ!」
両者から同時に発射されたミサイルが激突する。冴刃の放った一部は間をすり抜けて《ゴーアルター》を包む〈スフィア〉を破壊したが、その他のミサイル群の衝撃は、空間を歪め重力の嵐を起こして漂う残骸を周囲に撒き散らした。そんな中で《エスクード》と《グレートゼアロット》は激しくぶつかり合う。
「貴様がIDEAL側に付く理由がどこにある? ヤマダ……彼奴は敵だ、危険な存在だぞ!?」
「だからと言って人間の肉体を捨てて、イミテイターなんかになる理由は無いよね」
「俺達は地球の守護者、ガードナーなんだぞ! 誰かを守る為には力が必要になる、その為に」
「その為に? ……地球を侵略しに来た宇宙生物の力を借りる、ってそんなのますます変だよなぁ?」
「イミテイトは助けを求めに地球へと来訪した。彼等と手を組む、それが地球を守る為の第一歩なんだ!」
「…………いつもの調子が出てきたなシュウ。やっぱり君は根っからのオタクだ」
「事実だ、お前もイミテイターになれば分かる」
「だから断ると、言ってるんだよ!
暗い重力嵐が吹き荒ぶ中を虹色の軌跡を描く二機のマシン。そこへ遠目から眺める身体の痺れと熱さにボーッとする手負いの歩駆も《ゴーアルター》で駆けつけようとする。
二機は鉄の拳を壊して殴りあいながら飛び、そのまま巨大な岩盤に激突する。状況は《グレートゼアロット》が《エスクード》を上から馬乗り状態で組伏せ、動かないように両手を押さえた。
「目を覚ませッ! 悪の力に屈するなッ! そんな男じゃないだろ、シュウ・D・リュークという男は!」
《エスクード》の頭部を何度も殴り付けながら冴刃は昔を思い出して泣いていた。本心では出来れば殺したくは無いし、何がシュウを変えたのかそれを知りたいのだ。
「お前は、皆を守る正義のヒーローのハズだろ? そんなお前だから私は」
一瞬だけ見えた小さな光線が、その先の言葉を遮る。前方を映すモニターの一部分に画鋲で開けた様な穴がある事に気付いた時、右胸が焼けるように熱かった。
「な、に……を?!」
「〈拍動停止弾(カーディオフェイラー)〉だ……ダイナムドライブに反応して自動追尾する。もっとも、こんな近づかなくてもいいんだけどな」
《エスクード》の胸の一点にキラキラと赤い光が見える。冴刃が胸に触れると、グローブを着けた手には赤い液体がベットリと付いていた。目線を下げると同じくモニターに出来た物と同じ小さな穴がパイロットスーツにあり、そこから鮮血が噴水の様に吹き出す。《エスクード》に馬乗りしていた《グレートゼアロット》の手足が力無く宙に浮き、機体は無抵抗に浮遊する。
「冴刃さんッ!」
歩駆は冴刃の生体反応が弱まっているのを《ゴーアルター》の目で確認した。その光は段々と消えつつあった。
「……ゴーアルター」
拘束を解かれた《エスクード》は《グレートゼアロット》の事は無視して《ゴーアルター》と対峙する。
「次、やろうか」
「くっ……」
正直に言えば歩駆は勝てる気がしなかった。シュウから発する“意思”の力に気圧されてしまっている。それに対して歩駆は弱気だ。勝たなければ死んでいった人達が報われないし、敵であるガードナーを見逃してはおけない。
だが、実力の差が有りすぎる。勝てるわけがない、と思ってしまい〈ダイナムドライブ〉のレベルは減少していて操作も鈍くなっている。
そんな時だった。
異常な程の生命エネルギーが〈グレートゼアロット〉から湧き出ているのを感じ取った。弱々しかった冴刃の生体反応も活発化している。
「何だ!? 何故、まだ動ける?!」
突然の事にシュウは驚きを隠せなかった。〈拍動停止弾(カーディオフェイラー)〉はマイクロレーザーが装甲を貫通し直接パイロットの心臓を撃つ一撃必殺の武器である。《ゴーアルター》と同じく生命を感知する事が出来るID(イミテーションデウス)だからこそ可能な芸当だ。それなのに冴刃は何事も無かったかの様にピンピンしている。
「これが人間の、人間だけのなせる技……なのさ。ズルも有ると言えば有るがね」
吐血した口でニカリと笑って見せる冴刃。
「なぁ歩駆君……君は、もっと馬鹿になった方がいい。難しく物事を考え過ぎなんだよ。もっと自分に正直に生きろよ。じゃあ」
フォトン粒子が金色に輝くオーラとなって全身に纏うと、再び《グレートゼアロット》は《エスクード》に向かっていく。シュウは二回目の〈拍動停止弾(カーディオフェイラー)〉を放つがオーラに弾かれてしまい、また組伏せられてしまった。
「一体、何をする気だ? この腕を離せ……止めろ冴刃ぁ!」
「……この命を燃やす時が来た。ニア・ダイナムドライブ、リミッターを解除する」
二機は回りに何もない空間まで急激に上昇していく。抵抗する〈エスクード〉だったが大きな《グレートゼアロット》の手に完全に体を固定され脱出は不可能だった。
「冴刃さんッ!」
「歩駆君」
モニターに映る冴刃の顔はマスク越しではあるが安らいでいる。そして、それは別れの言葉だった。
「君は道を迷わないで欲しい。君ならば出来るさ、本当の」
最後に言おうとした台詞は聞き取れなかった。
視界が真っ白に染まって、目を開けていられない程の極大な閃光が宇宙を照らす。かなり距離は遠くのはずなのに衝撃波が《ゴーアルター》の装甲を震えさせる。
一分間の短くも長い間、冴刃の命は輝き続けた。
「……あ…………ッ?!」
視力がまともに回復するまで数分。ゆっくりと瞼を開けて、歩駆が見たのは驚きの光景だった。
「やってくれる……コフィンエッグが俺を守ったか。冴刃め、無駄な事を」
灰色の残骸、《エスクード》のシュウは生きていたのだ。コクピットだけは何とか無事でシュウ自体は骨にヒビが入ったくらいで済んでいる。
「機体がイカれた、修復は時間が掛かる……」
ほぼ胴体だけが残っている状態だった。冴刃の《グレートゼアロット》の爆発で放出されたフォトン粒子が再生の障害になってしまい、《エスクード》は成す術がなかった。
「だが、イミテイターとしての作戦は既に成功した。悔しいが今のエスクードに戦う力は無い……好きするがいいさ」
「うるさいッ!」
歩駆は叫んだ。心の中で押さえていた感情が爆発する。
「何なんだよ皆、自分勝手して話をドンドンドンドン先に進めやがってさ! 俺だけ除け者にして知った風に、さっきから蚊帳の外だぞ……あぁわかんねぇよ、わかるように説明しろよォーッ!」
《ゴーアルター》は《エスクード》に近づき、ボロボロの機体を乱暴に引っ掴む。だが、無抵抗の人間を攻撃するなど歩駆には出来なかった。
「…………」
「……ッ!」
長い沈黙が続く。
「……」
「…………ッ」
「ゴーアルターはイミテイトだ」
シュウは真相を話した。
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