第59話 子
戦いは地球統合連合軍の辛勝で幕を閉じた。
数を半分以下に減らした艦隊は地球へと帰っていく。その中にIDEALの戦艦である《日照丸》の姿は無かった。では、何処にいるのかと言うと彼らはまだ月にいる。天涯無頼司令とヤマダアラシ博士が戻っていない──直ぐに戻ると言う通信はあった──から待っているのだ。
月基地の地下奥深く、隠し通路を通った先の小部屋。そこは最高司令官ですら知らない秘密の場所だった。小さな間接照明がいくつかあるだけで薄暗く、円形の部屋の中央に大人一人が入りそうなぐらいの大きな強化ガラスの透明な柱があった。その回りを囲むように三人の男達が立っている。
「…………今回、失敗か成功かで言えば……失敗だろう」
薄汚れた整備士の作業服を着た初老の男が、溜め息を吐きながらボソり、と呟いた。
「「どっちのだ」」
残りの二人が同時に返事する。
「この天才ヤマダに不備は無かったなァ、天涯し・れ・え?」
「……この程度の事なら修正は出来る。段取りが早まっただけだな」
悪びれる様子もなく平然と言ってのける天涯とヤマダに、男は軽い目眩がしそうになった。
「模造種(イミテイト)にどれだけのヒトが犠牲になったか……。それも統連軍人を大量にだと、この先やり辛くはならないのか?」
「……最初からIDEALは上の命令など聞かず好きにやっている。どっちにしろ我々は好かれちゃいない、変わらんのさ。むしろ、腐った軍を変える絶好のチャンスだと思うがな…………ちっ、煙草を落としたか」
一服しようと上着のポケットを弄(まさぐ)るが肝心の物が見つからない。仕方ないのでライターの蓋をカチカチと開閉して心を落ち着かせようとする。
「そ、そうなのか……ヤマダ・アラシ、君はどうだ?」
「どうだ、とは? どうせなら金だな」
「せっかく同志を集めて作ったヘルツハルバード。全く生かせてないではないか」
「それは作者の都合ってもんだなァ? もっと手軽に簡単に活躍、無双できる武器を作って、どうぞ」
無茶苦茶な事を言う。製作したのはヤマダから注文だと言うのに勝手だった。
「……ヤマダ、彼奴をexSVから降ろせ」
「少年を? それは」
「……アレにこれ以上の成長は見込めん。本来ならこの作戦で次のレベルに移行するはずだった。もう、ここまでだ」
「急ぎすぎちゃいけませんなァ? スパルタ式は流行らない、褒めて伸ばすが最近の子なんだよ」
「……お前が乗っても構わんのだぞ?」
その天涯の言葉にヤマダの表情が固まった。
「天涯、それは言わない約束だったろ」
ズカズカと近づいて、天涯のシャツの胸ぐらをヤマダは強く引っ張り上げた。
「……誰でも動かせるんだろ? それともまだ虹う……」
「おい、止めないか!? 味方同士で争ってどうするつもりか?!」
「相見は傍観者に撤するんだろうがァ。傍観者はポップコーン抱えて黙ってろやァ?!」
血走った目でヤマダが初老の男、相見に向けて激しく怒鳴る。空調の音以外聞こえない静まり返った部屋の空気が凍りついていた。
「……離せ」
「ヤマダ、天涯…………」
「………………ふん」
血管が浮き出るほど強く握った手をゆっくりと離すヤマダと、それで乱れてしまった服を天涯はキチンと正した。
「エヘンゴホン……と、まァまァ冗談はさて置いといてだね、そろそろだけど本題に移ろうかァ」
どの口が言うのか、円柱の側にある台座のスイッチをヤマダは押す。
地鳴りの様な音が部屋に響くと、中央の柱が緑色の光を放つ。底のシャッターが開くと中の液体が徐々に減っていく。
「天涯無頼、ここにガードナーは?」
「……入るには俺とコイツ、二人の認証が必要になる。ここの区画は核にも耐えるし、もし敵の手に落ちるようであれば自爆するようになってる」
「ハイハイハイ、そろそろ来ますぞォ?」
底から迫り上がって現れ出た物、それは虹色に輝く美しき巨大なクリスタルだった。
「原初のダイナムドライブ。イミテイトのコアを精製した作り上げた魂の塊……いつ見ても美しい。ラボにある粘土とは比べ物にならないなァ」
ガラスの柱にベッタリと顔を付けて、うっとりとした表情で覗くヤマダ。
「無事みたいで良かったよ」
「……じゃなきゃ困る。さっさと顔を退けろヤマダ」
天涯はヤマダの白衣の襟を掴んで強引に引き剥がした。
「人類と模造種(イミテイト)……いや、宇宙に住む全て生命の希望だ。正直な所、君達二人に任せて良いのかと私はまだ思っているよ」
クリスタルを眺めながら悲しい表情で相見がつぶやく。
「……」
「信じるも信じないもアンタ次第さァ。結果は最後のお楽しみって事で」
「君達と出会って良かったと思っている。だが、最近の君達を見ていると本当に信じるに値するヒトなのかわからなくなる」
「…………俺は神を殺す。それは初めから変わらない」
常識的ない馬鹿げた事を言う天涯の瞳は真剣そのものだった。その横のヤマダの目は覚めきっていた。
それから格納庫に向かい《日照丸》へ戻る為に小形艇に乗り込もうとする三人の前に、拳銃を持ったユングフラウが立ちはだかった。息が荒く肩を上下させ、かなり険しい表情をしている。
「どう言う事だ、説明をしろ……!」
「まず主語がないなァ」
と茶化すヤマダ。
「これだよ!」
声を荒げてユングフラウがコンテナの陰から引っ張ってきたのは、ぐったりとして動かない一人のパイロット。ヘルメットを脱がせると、その顔はユングフラウ───と、虹浦セイル─に瓜二つだった。しかし、呼吸はしている様だが目の焦点が合っておらず、揺さぶっても返事一つしなかった。
「ここにある出撃してなかったSVの中に居た。全部そっくり同じ顔だ、自分と、セイルと……説明を求める!」
パイロットを手前に突き出すユングフラウ。
「……手短に終わらせろよ」
見向きもしないで天涯はボソッと呟くと、相見を連れてさっさと小型艇に乗り込んでいった。
「八つ当たりかなァ? 彼女を殺しかけたのは君のせいだろうになァ」
「それは……お前のせいだ! あんな物を機体に積んでしまったせいで下らん幻覚を見せられた!」
「幻覚じゃねーだろ。お前がそこに転がした物が証拠だァ……ワンワン!」
ヤマダはパイロットを人形の様に手足を持ち上げたりして弄ぶ。
「あれは感情(スイッチ)が入らないと起動しない。使いこなせてるんだ、正常に作動してて良かったよ……ソウダネ、ハカセはテンサイダァ! そうかい、そいつは照れるんだなァ…………グフフ」
「……や、止めろぉッ!!」
パイロットの下腹部を嫌らしく触ろうとするヤマダにユングフラウは発砲してまう。が、放った弾丸はパイロットの右太股へと直撃した。それでもパイロットは小さく呻くだけで表情は変わらず上の空なままだった。
「酷いなぁ君は」
「盾にした!?」
「この娘達はラジコンと一緒さ。命令通りに動く玩具に過ぎないのさァ」
「……自分達は、お前の玩具なんかじゃない!」
「そう、だから感情を入れたのさ。器には中身が無きゃ始まらないからね。それがイドル計画の第一歩だったァ……」
悲しげな口調でヤマダはパイロットを床に寝かせる。
「だけど気付いた、これスンゴイ面倒臭いなァって。感情の形成、それ即ち子育てが重要なのコレ。一人に数十人も任せられないし、数十人に一人づつ任せてたら人格も性格もバラバラなっちゃう。思った通りになりにくいな、と言うわけで中止にした……はずだったァ」
「意味がわからない。わかるように説明しろ」
やれやれこれだから凡人は、と言いたげな表情でヤマダは両手を上げる。
「はぁ……だからよ、後先考えずクローン大量につくり過ぎちゃったわけ。弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる、カッパの川流れ」
「それがセイルと自分だってわけか」
「そそそそ」
人工的に作られた存在である、と言う事実にユングフラウは困惑した。
「ん、自分? いや、お前は特別さァ。IDL(イドル)ナンバー1016なんかとは比べ物にならな」
「それ以上喋るんじゃない! 虹浦セイル、それが彼女の名前だ」
ヤマダの足元に一発撃った。こんな現実を信じたくはなかったのだ。
「おいおいおい、親に向かって何を」
「何が親だ。貴様は、創造主でも気取っているつもりなのか?!」
「創造主……ねぇ。そんなつもりは毛頭ないよ。この計画は破棄した物だし、それをガードナーが勝手に使っただけだもの。それで、お前はガードナーに所属してたのに気付かなかったのか?」
「……ガードナーの下級兵士──親衛隊と呼ばれていた──は素顔を隠してた、その中が何者か興味も無かった」
ユングフラウのおぼろ気な過去の記憶の中で、隊員達(カノジョら)は一糸乱れぬ動作で戦い、上官のどんな命令に忠実だった。背丈はユングフラウと同じ小柄な者達ばかりで、自分と同じ孤児か何かなのだろう、と勝手に納得していた。むしろ、顔を出して自由に行動できている自分は奴らよりも上の存在なのだ、と蔑んでさえいたのだ。
「そう、だから君は虹浦セイルに気付かなかった。奴らと同じ存在だから」
「違う! その言葉を取り消せよ、セイルは」
「違わないね。君は彼女の可能性……歌で全てが解決するんだ、と言う夢に耳を傾けようとはしない。君は表面でしか彼女を見てないから敵と間違って誤射してしまう」
間違っていなかった。全てヤマダの言った通り、図星である。心の内を看破され、ユングフラウは脱力して床にへたり込んだ。
「それと訂正が二つある」
ツカツカと近付くヤマダはその場にしゃがんで、ユングフラウの目の前にピースサインを突き付ける。
「君はクローンではない」
「そ、それはどう言う事だ」
「言葉通りの意味さ」
本人は満面の笑みを浮かべているつもりだが、それはユングフラウにとってはおぞましく恐怖の表情に思えて、さっと下を向き視線を反らす。
「このヤマダ・アラシは君の実の父親である」
「出鱈目をっ」
この期に及んで一体何を言い出すのかと顔を上げると、眼前にヤマダの顔があった。
「ひっ……」
「そして最後、君の名前だ」
額と額をそっとくっつけて、
「ユングフラウ、君の本当の名前は」
「……っ?!」
「虹浦セイルだ」
甘く囁くように言うと、ヤマダはユングフラウと唇を重ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます