第60話 そして朝日は昇る
受け止められない事が一日で起き過ぎていた。
《日昇丸》が月から地球へ帰路、歩駆はずっと《ゴーアルター》のコクピットの中に居いて出ようとはしなかった。
今は色々と整理したい、考え事に耽(ふけ)る事にした。
まず、月影瑠璃の事。
凄まじく激しい戦闘だったにも関わらず機体の損傷は軽微で、瑠璃に怪我は無く無事との事なのだが様子がおかしい。
急に叫んだり喚いたりしたかと思うと何か小声で呟いたりする等、普段の彼女らしくない奇行をする様になったのだ。
きっと戦いに疲れてストレスが溜まっているのだろう。あの相手、サレナ・ルージェと言うパイロットから放たれる異様なオーラは、言い様のない寒気を感じる。《ゴーアルター》から見る瑠璃は、そのオーラを纏っている様に捉えた。それも、とてつもなく濃く底が見えない。
暴れる瑠璃は隊員複数人に取り押さえられ何処かへ消えていくのだった。
次に、ユングフラウと虹浦セイルの事。
この《ゴーアルター》は魂を見る事が出来る。その形や色は千差万別で同じ物は二つと無い。敵である《イミテイト》にも同様に、オーラには個性がある。
が、違う事もあるらしい。
フラウとセイル、姉妹だと仮定するとオーラの形がよく似ているのは当然なのだろう。しかし、今回の戦いでガードナー側の敵パイロットの一部が彼女らとそっくりなオーラを放つ者が居た。厳密に言うと、セイルに似ているのだが“柔らかさ”や“暖かみ”が敵パイロットには無い。
これらを踏まえると彼女らの出生の秘密が見えてきていた。そんなユングフラウも何処か変で、格納庫の隅でぼんやりとしているのが見える。
今はそっとしておこう、と思う歩駆だった。
そして、ガードナーと言う存在。
リーダーであるシュウ・D・リュークは〈イミテイター〉であり、《ゴーアルター》についての何かを知っている。半壊になった《エスクード》を回収し、艦へ帰投するまでの間に彼が知りうる限りの事を聞き出した。
それは、歩駆にとってIDEALへの不信感を更に高まらせる事実であったのだ。
「冴刃さん……迷うなってのが無理っスよ」
仲間の一人が目の前で死んだと言うのに涙が出ない。一ヶ月ぐらいの付き合いだったとは言え、好きなロボットアニメを一緒に見て語らったあの夜は一生忘れられない時間である。それなのに、悲しみが湧いて来ないのだ。
他人の死に直面する出来事は《ゴーアルター》と出会ってから幾度もあったが、思えば初めから関心が薄かったのかも知れない。
中学生の時、良くしてくれた従兄弟の叔父さんが亡くなり、その葬式でも歩駆は一切涙を見せなかった。悲しい気持ちはあると言えばあるのだが、どこか他人事だと思ってしまい心が動かない。決して薄情なんかではなく泣いた事が無いわけではないが、あまりに事が大き過ぎるとどうしていいのか分からなくなってしまうのだ。
最後に、歩駆は思い腰を上げてコクピットから出る。向かったは《ゴーアルター》の背部に装備されていた深紅の飛行ユニット《JF(ジェットフリューゲル)》だ。機体から取り外され、メンテナンス中で羽根部分が折り畳まれてコンパクトに変形している。
「……だってさ、そんなわけ無いじゃん? すっと肩の荷が降りたのは重かったからだって。人間が分身するわけないじゃないか」
もし、その様な事が現実に起きていたとすれば、原因は一つしかない。人間の魂までもそっくりそのまま再現する事の可能な現象。
「普通に喋ってたし、あのシュウって人みたいにイミテイターの使命がーとか、宇宙からの脅威がーとか、そんなバカげた事を言ったりなんかしちゃったりしてないじゃんか!?」
今は艦内が消灯の時間で格納庫には誰もいない。歩駆は《JF》のハッチを緊急時用の特殊コードで開けさせる。元々合体換装型の支援戦闘機だったのを無人機に改造しているのだが、コクピットの名残が存在する。そこに色々と積んでいるのだが、入っているのは機械だけではない。
「フフ……ハハハ…………アハッ…………はぁ」
情緒不安定だと自分でも思っている。
中に居たのは透明なケースの中、柔らかいベッドに寝かされた眠り姫。
透き通る様な白い肌に白い薄手のワンピースの彼女は死んだように横たわっている。だからと言ってキスして目覚めさせると言う王子的な行為が出来るほど、歩駆には度胸がない。
彼女を最後に見たのは昨日の昼過ぎ。気を失って倒れ、IDEALの医務室にいる、はずだったのだ。
あの時、前後に同一の気配を感じたのはこういう事であった。
「やっぱり、俺が殺してたんだ」
始まりの戦い、数十キロに渡る〈グラビティミサイル〉の悲劇に巻き込まれて生きているのも不思議であった。奇跡の生還では無かったのだ。
「……じゃあ、どうする?」
あちらは偽者だから、敵である〈イミテイター〉だから消せるのか。そもそも、消したとして眠っている彼女が生き返るのだろうか。もし、彼女が〈イミテイター〉としての意思が無くて、彼女として違和感無く生活が出来ているのてあれば彼女は彼女なのではないのだろうか。
歩駆はそっとハッチを閉じた。
見なかった、知らず存ぜず、目を背けていた方がよかったのかもしれない。しかし、歩駆がやらなければならない事が一つある。それはヤマダ・アラシの顔面に一発食らわせてやる、と言う事だけだ。
しかし、今日はもう遅い。疲れた体を癒す為に眠りに付きたい。部屋に戻るのも億劫なので、再び《ゴーアルター》の中へと入り、歩駆は瞳を閉じた。
目覚める頃にはIDEALの基地に着いているだろう。彼女の様子も気になる。行動を起こすのはそれからにしよう、と心の中で決意した所で歩駆の意識は途切れた。
礼奈は医務室のベッドを抜け出した。窓も無い部屋にいつまでも居たら窮屈で仕方がないからだ。一応、見回りの警備員には「トイレに行くだけ」と告げたが、外の空気も吸いたくなって出口を目指す。
「……すぅ……はぁ。潮の香りかしら」
ガラスの扉を開けると吹き抜ける冷たい潮風が鼻孔をくすぐり心地良い。遠くで真っ暗な海が夜空の星に反射してキラキラと輝いている。都会では味わえない夜景に感動を覚えるも、今自分が置かれている状況を考えると素直に喜んでいる場合ではない。
「また、ここに来ちゃったんだ」
景色は好きなのだが、海のど真ん中に一棟の巨大なビルが天まで伸びる鋼鉄の島。この不自然さが礼奈は嫌いであった。絶対何か良からぬ事をしているに違いない、と前に【IDEAL】をインターネットで検索してみたが、この基地に関連する事はわからなかった。
「あれは……誰」
ベンチも無いバルコニーの様なスペースを礼奈が適当に歩いていると、鉄柵の前で月を眺める一人の少女に出会す。IDEALの制服に身を包んでいるが丸い童顔のせいか着せられている感があって全く似合わない。
「楯野守君」
「………渚礼奈」
名前を呼ばれ、マモルはあからさまに不機嫌な表情をする。その目は、まるで親の仇にでも会ったかの様にこちらを睨み付けていた。
「またか」
「…………はい?」
「また、君(くん)って……言ったなキミはっ!?」
「昔から嫌いだった! いつもいつもお節介風吹かせる癖に、相手の気持ちなんて考えてもいない。それで、どれだけアルクもボクも傷付いたか分かっているのかい?!」
早口で捲し立てるマモルに礼奈は困惑した。
「ち、ちょっと……一体何を言ってるの?」
「キミこそ……くっ」
急に怒りだしたと思ったら、今度は頭を押さえて踞(うずくま)るマモル。息が荒く、苦しそうに喘いでいる。
「え、大丈夫?!」
「ふれるなッ!」
駆け出して小刻みに震えるマモルの体に触ろうとする礼奈だったが、差し伸べた手を強く弾かれてしまった。
「くぅ……キミみたいなイミテーションに、アルクは渡さないぃ……キミは聞こえないのか、この“声”がッ?!」
「声、声って?」
「煩い煩い、うるさいうるさいうるさいっ、ウルサイウルサイウルサイルサイッ! ボクは、ボクのモノだ……コレはボクが望んだ姿だ、オマエラの言う事に従うものかッ!」
礼奈の声なの聞いていないかの様に、何かに向かって狂った様にマモルは泣き叫ぶ。しばらくして、言いたい事を全て吐き出したのか、涎(ヨダレ)と涙にまみれの顔を服の袖で拭うと、視点の定まらない目で礼奈を見つめた。
「レイナちゃん……」
マモルは体をフラフラさせながら礼奈の方に近付き、胸に飛び込んできた。しっかりと優しく抱き止める礼奈だったが、
「甘いなぁ」
ニタリと笑うマモルは、右手に隠した小さな折り畳み式のナイフを振りかざした。
「渚ちゃん!」
声と共に鳴った銃声に礼奈とマモルは離された。何事かと思って音がした方を見ると、そこに居たのは時任久音だ。
「離れて、こっちに来なさい」
彼女は銃を構えていた。微かに煙が出ている事から何を撃ったのだろう、と礼奈はマモルの方へ向く。
「ッ……う、撃ったな。ボクを撃ったァー!?」
赤く血塗れの右手を左手で押さえながら、マモルは怒りの形相で時任に叫んだ。
「貴方が本性を出すからでしょマモルちゃん」
対して時任は冷静だった。普段から喜怒哀楽の感情がわかり辛い顔だが、この時だけは氷の様に冷たく感じる。
何がどうなってるのか、と礼奈は二人を交互に見つめる。撃った理由、撃たれた理由も礼奈には分からなかった。
「彼女に近付かないで。それ以上、一歩でも来るようだったら」
苦悶の表情で礼奈へにじり寄るマモルに向う先の地面に威嚇の発砲をする時任。マモルは二人を睨みながらすっくと立ち上がって、鉄柵の方へと後退りする。
「またボクの場所が奪われた……許さない、絶対に許さないからな。ナギサレイナ」
吐き捨てる様に言うとマモルは鉄柵を飛び越えた。あっけに取られた時任は急いで駆け寄るが、落ちた先にマモルの姿は見えなかった。
「死んじゃったの?」
「まさか、二階よココ。彼女ならこの高さでも……まだ基地内に居るかもね…………私よ、至急に捜索部隊を編制して……ええ、そうよ……生け捕りにして……死なない程度だったらいいわ……お願いね」
通信機で何処かへ連絡する時任の言った台詞に礼奈は恐怖を覚える。
「行きましょ、十二月の寒さは冷え性の女子にはキツいわ」
時任に手を引かれて屋内へ連れていかれる礼奈だったが、平気で人を撃つ彼女を信用していいのか、と悩んだ。
「歩駆……あーくん」
礼奈は祈り、彼の帰りを待つ。
そして、朝日が昇った。
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