第十一章 いつも側にいた君は

第61話 変化する者、しない者

「ねぇ、ボクも入っていい?」

 これは歩駆が小学生の頃である。

 近所の公園のブランコで誰とも交わらず一人、玩具のロボットで遊んでいた所にやって来たのが楯野マモルとの始まりだった。

 初めは無視していたが、何度も何度も話しかけてくるので遂に根負けしたのだ。


「……いいけど、持ってるのか?」

「うん、持ってきた。タイガーヴァイスだよ、変形するの……尻尾の銃、無くしたけど」

「俺のは龍星号。レッドの」

 赤いロボットの腕に持つ如意棒を、指でグルグルと回転させながら掲げてみせる。


「それ結構の前の特撮ロボだよね。確か合体する奴じゃないの? 他の四つは?」

「こっちがいいんだよ、動きが違う」

 無くした事は言わなかった幼い歩駆は自分の赤いロボットを人型から龍の形に変形させて見せた。


「おおーいいね」

「いい、赤だからな」

 互いに自慢の玩具を見せて、どっちが強いか、どっちがカッコいいかを比べ合う。

 そこから意気投合した二人の仲は中学時代まで続いた。



「歩駆、昨日の見たかMEGA戦士弾童。ペガサスランサーとライオリングが融合したぞ……って何書いてんの?」

「考えてるのさ、俺だけのスーパーロボットをな。最近のはツマラン、だから俺が自分でオリジナルの作品を書く事にした」

 必死に鉛筆を走らせる歩駆のノートをマモルが横から覗く。そこに書かれていたのは1ページに長々と並べた設定と、お世辞にも上手いとは言えないロボットらしき落書きがあった。


「超力閃光ブライトス、か……ふーん、ステータスがもろゲームの影響ね。そんでデザインがウェブジャンパーのグラジオンじゃん!」

「うるさいなぁお前、まずは真似なんだよ。初めはみんな素人なのだ、模倣する事から始めるんだよ。それに設定は全然違うんだぞ、例えば……」

 熱く語る歩駆に半ば呆れるマモルだが、彼の向上心、無ければ自分で生みだそうとする独創的な所が好きなのだ。

 そこから先はと言うと、




「……くん…………ねぇ、あーくん起きて……ねぇったら」

 自分を呼ぶの声と体を揺さぶりのせいで歩駆は夢から覚めた。開けたハッチからコクピット内に差し込む光が眩しくて仕方がなく、左手で隠そうとしたが押し退けて眼前に誰かの顔が近付く。


「礼奈…………眼鏡掛けろよ」

「はぁ?」

「本当にお前、渚礼奈なんだよな?」

「あーくんってば寝ボケてる、こんなイスで寝るからだよ?」

 ポケットからティッシュを取り出した礼奈はそっと歩駆の顔に付いている目脂を取ってあげた。


「んあーもう、起きる起きてるってのさ!」

 とは言いつつも、されるがままの子供の様にじっとする歩駆である。


「ん、よし。もういいよ」

「ふん……朝御飯食おうぜ。ほとんど何も食ってねぇわ」

「もう、お昼よ」

 本当は先にシャワーを浴びたかったが礼奈が「早く、早く」と急かすので仕方なく歩駆はパイロットスーツのまま、二人揃って食堂へ向かって行った。

 食券を販売機から買い、注文した物は歩駆【長崎名物皿うどん】と礼奈【生みたて新鮮玉子の親子丼】である。


「ねぇ、セイルちゃんは?」

 スプーンで一口食べながら正面に座る礼奈が問いかける。しかし、その名を聞いて歩駆は固まった。サクサクに揚げた麺が口内に刺さって痛い。


「怪我をしたって。私が寝てた所とは別で治療してるって……何処に行ってたのよ?」

「……月」

「つき、ツキって月の事? それで何でアイドルの子が怪我するのよ!?」

 大声を出す礼奈に食事をしていた職員が一斉に振り向く。虹浦セイルが、あの後どうなったのか歩駆も知らない。帰艦した時には無惨な状態の《ハレルヤ》が置かれている見たきりだ。ユングフラウの《チャリオッツ》が切断した傷はコクピットの中を露にしている程だ。


 ──彼女は生きている。


 あの時、冴刃はそう言った。だがしかし、仮に生きていたとしても虹浦セイルは元通りの彼女に、アイドルとして復帰可能な程に回復する事が出来るのだろうか。


「心配すんな、大したことはねーよ。専属のボディガードも付いてんだ、安心しろ」

 誤魔化しの嘘を歩駆は吐いた。


「そ……じゃあ、ハイジさんは?」

「ハイジさん? あー…………あぁ見てないな」

「一緒じゃないの?」

「途中までは一緒だった。多分、どっかに居るか、艦を違うのに乗ってるかだな、多分」

 全て憶測である。ハイジの消息がどうなったかは歩駆を含めて誰も知らなかった。


「ふーん……それで、あと瑠璃さんは?」

「何だよ、全員の安否確認しないと気が済まないのかよ!?」

 一々答えるのも面倒臭い。だが、そんな所が世話焼きの礼奈が礼奈であると言う証拠だ。

 ホッとひと安心する歩駆が食事に戻ろうとすると、後ろから突然誰かが首を絞める様に抱きついてきた。


「んぁ歩駆ゥーッ!!」

 噂をすれば、それは月影瑠璃であった。顔が赤く、視点も何処か定まらない。こちらを見付けると走り出して、歩駆の背後から急に抱きついてきた。


「ンふふゥ~」

「どぅわっ酒臭ぇッ!!」

 二つの柔らかな感触、年上の女性からハグされるのを嫌がる男子などはいない。しかしながら、耳に掛かっている彼女から吐き出される吐息は強烈なアルコール臭。思い描いていた幻想をぶち壊すものだった。


「ナニ食べてンのコレ、歩駆ゥ……お菓子に野菜炒めブッかけちゃダァメよォー?」

 唇に触れるか触れないかぐらいに、頬と頬を擦り合わせて瑠璃は歩駆の皿うどんを指差してケタケタと笑う。


「る、瑠璃さん? 何かキャラが違う?!」

「んー、礼奈ちゃん今日も可愛いミツアミ……ってミツアミがかいッ!」

 一人でボケて一人でツッコム。普段、クールな印象の彼女からは想像が付かないハイテンションぶりである。


「ねェン、今朝SVが一機盗まれたらしいンだけど知らなァい?」

「はい?」

「泥棒はダメよねェ? そんなヤツは死刑よ死刑ッ! わかる? 借りパク絶対ダメッ!」

 そう言って他の席に座る職員にも絡み出す。皆一様に食事の手が止まり、瑠璃の奇行を見て口をあんぐりとさせていた。


「あ、泥棒と言えばさ……これ返すわ歩駆ゥ。なんかねェ付けてると鼻が痒くなッちゃッたからイランのよねッ!」

 再び歩駆の方へと振り替えると、胸元に引っ掛けた赤い縁の眼鏡を投げ渡した。

 その眼鏡というは、かつて歩駆が礼奈の誕生日にプレゼントしたもので、数ヵ月前の《ナナフシ模造獣》との戦いで礼奈が眼鏡を無くした瑠璃に上げた物だった。戦うのに目が悪い状態じゃ不便であるから、と理由は分かるが歩駆はずっと納得がいってなかった。金額も安くはないし、何より初めて自分で選んだ品なのだ。


「どうも、瑠璃さん」

 投げて返すなよ、と内心イラっとする歩駆。瑠璃はヘラヘラと笑っている。


「イイってイイって! フフフ……アハハ…………ヒヒ……っ」

 突然、瑠璃の表情が一変して真顔になる。先程までの奇行が嘘の様に静かになって、そっと歩駆の横の席に座り出す。


「ねぇ……お水頂ける?」

「あっはい、まだ飲んでないので」

 礼奈が自分のコップを渡すと、瑠璃は黙って水を一気に飲み干した。


「んぐっ……っうぐ…………ぷはぁ、ありがとう…………はぁ」

 コップを返し、手で顔を多いながら深くため息を吐く。微かに肩も震えており、具合が悪そうだけでは無いんだな、と二人は感じた。


「あのぉ」

「ごめんなさい、大丈夫だから。ごめんね、ランチ邪魔しちゃって……じゃあこれで」

 瑠璃は無理して笑顔を作ると、席を立って食堂を出ていく。フラフラになりながらブツブツと小さく何か独り言を呟いて歩く瑠璃を、職員たちが一様に避けていた。


「全然大丈夫じゃ無さそうよね?」

「そっとしといてやろう。疲れているんだ……て言うか俺だって疲れてるんだからな」

 言いたい事は沢山あるが今まだ、その時ではない。全てを吐き出すのはヤマダ博士と直接で対面してからだ、と歩駆は決めている。だから、今は腹一杯にして来る時に望む為に、皿うどんを掻き込んだ。


「ごっそさん……逆に聞くけど礼奈、マモルの奴は何処に行った? いつもなら俺が帰ってきたらスッ飛んで来そうなのに」

 おしぼりで口を拭きながら周りを見渡す。ランチタイムで賑わう食堂の中にマモルの姿は無い。そもそも互いにバラバラで食事をしたことはない。いつも隣にはマモルがいるはずなのに、そこに今はいないのだ。


「礼奈?」

「ううん……えと、あの子なら家に帰ったって」

「家?」

「家?」

「何でお前も過去形なんだよ!」

「えっ、私今家って言った?」

 天然なのか嘘なのかキョトンとした表情をして礼奈は首を傾げる。なんだか会話がおかしい。


「家か…………そろそろ一旦、親に顔を合わせるかな」

 電話だけなら連絡は月に二、三度している。最後に対面したのは最初の戦闘の後、歩駆に取って必要な荷物を半壊した家の中から持ってきた時だった。


「本当に? じゃあ」

「いや、一旦だからな。すぐここに戻るぞ」

「むぅ、なんでぇ?」

 口を尖らせる礼奈は丼のご飯を勢いよく掻き込み、全て平らげた。


「もうすぐ冬休みだろ。こっち居ろよ礼奈」

「あのねぇ、二年の冬って大事なのよ? 来年に向けて受験生は遊んでる暇なんて無いの」

 勉強の事など歩駆の頭には全くなかった。ある意味、IDEALに就職した気になっていたが、元の学校も無くなっているから自分の職業は何になるのだろうか、などと一瞬考えた。


「遊びじゃねーよ、命賭けてんだよ」

「…… だって、本気じゃないじゃない」

「あぁ?」

「手を抜いてるってわかるもん! あーくん、ロボットに乗ってるのに本当は全然嬉しくなんかないでしょ?!」

 その叫び声に反応し、歩駆を含め食事中の職員達までもが礼奈に注目する。重たく不安な空気がテーブルを包み込む。


「う、嬉しいし楽しくやってるよ! 念願叶ったんだから当たり前だろ」

「軍人になんてなりたくない、って言ってたよね?」

「軍隊じゃないよ秘密組織だよ」

「意味わかんない。私は」

 言いかける礼奈を歩駆の腕から鳴っている、けたたましいアラームが邪魔をした。腕時計型通信機には“出撃”の文字が赤く点滅している。


『真道君、食事中の所で悪いんだけどチョッチ出てくれない? 出撃よ』

 その声の主は時任久音だった。“出撃”と言う単語に歩駆の顔が赤く自信に満ちた表情をする。


「ほれ見たことか?! はいはい~何でしょうか時任副司令官殿」

『渚ちゃん、彼借りるわね?』

「べ、別に歩駆は私の所有物じゃ無いんですけど?! 勘違いしないでください時任さん!?」

 からかわれた礼奈は真っ赤にして否定する。そこまで言わなくてもいいだろ、と歩駆は心の中で憤慨した。


「それで、出撃って何処にです?」

 ワクワクしながら歩駆が聞くと時任は行き先を告げる。


『場所は、真芯市よ』

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