第62話 ボクは変わった

「フォトンフラッシュからのマニューバァ……フィストォォォー!」

 真芯市へとやって来た歩駆。町の復興作業中であった作業員達が《信号機型模造獣》の軍団に襲われていた。


「空を飛ぶか? 全部まとめてイレイザーノヴァだッ!」

 IDEAL基地から参上した《ゴーアルター》は迅速にこれを対応、敵の撃退に成功する。

 現場に到着したのにかかった時間は約三十分。戦闘開始から決着に至るまで一分も掛からなかった。

 人工衛星を破壊してないか気にしていると足元に、現れた人々が正義のヒーローに感謝する為を寄ってきたが歩駆は見逃さなかった。一目見に集まったギャラリーの中には、人間にそっくり模造した〈イミテイター〉が混じっているのが“見える”のだ。

 その心の中は読めないが、彼等は他の人間達と同様に《ゴーアルター》に向けて笑顔で歓声を浴びせている。本当なら同類を殺した憎むべき敵である《ゴーアルター》に何故、奴等は好意を抱いている様に振る舞うのか。歩駆には分からなかった。



「お疲れ様です! これ、どうぞ!」

 学校跡地に作られ自衛隊の仮説キャンプ地。広々としたテントの中で一休みする歩駆に若い自衛隊員からドリンクの差し入れを貰った。


「ありがとうございます」

「私、あの白いSVに憧れて志願したんです。まさか、パイロットが年下なんて思わなかったけど」

「あぁ、そう」

「今って前に付いてた背中の赤い飛行ユニット付いてないんですね」

「整備中なんで」

「そうですか……でも、生で見れて感動です。テレビも規制で報道されないし、ネットの画像や動画なんかも削除されちゃうし……SNSには流さないんで撮っても良いですか?」

「良いんじゃないですか」

 素っ気ない歩駆の了承に隊員は感謝の言葉も言わず、自分のスマホを片手に去っていった。他の自衛隊の見知らぬSVと並ぶ《ゴーアルター》の周りには人集りが出来ており、パイロットである歩駆には誰も目もくれなかった。


「俺には興味無しか」

 人見知りで態度が悪かった事など気にせず愚痴る。そもそも操縦している自分が凄いのではなく、操縦しているマシンが凄いのだ。それはわかっているのだが、見せ付けられると悲しいものである。


「アルクのせいじゃないよ」

 背後から急に声を掛けられ、歩駆は座っていたパイプ椅子から立ち上がって振り向いた。


「あれは特別だもの。誰もが惹かれちゃう神様的なマシン……ヒトもイミテイトも」

「マモル……なのか? どうしてここに」

 基地に居るはずのタテノ・マモルがそこに現れた。この寒い季節だと言うのに白いワンピースを着たマモルが入り口の前に立っていた。


「カワイイ?」

「お、おう」

 あまり女の子っぽい服装を着たマモルを歩駆は見た事が無かったので面食らってしまう。


「フフ、そうでしょ」

 嬉しそうに顔を紅潮させたマモルは、その場でクルリと一回転して見せる。


「どうしてこんな所に?」

「あんな所にゴーアルターが立ってたら分かるよ」

 それはそうである。歩駆の場所を察知したのはマモルだけではなかった。


「歩駆様ぁ! 歩駆様ぁー!」

 誰かの歩駆の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。外へ出てみると、自衛隊キャンプには似合わないゴスロリ服の少女が遠くの方で歩駆を呼んでいた。


「ありゃあ、織田妹じゃねーか?」

 歩駆に自分の知らない女の知り合いが居る、と言う事にマモルが露骨に嫌な顔をして織田竜華の方を睨んだ。。


「見てくださいまし! 織田インダストリー製の新SV、《尾張イレブン試作型》を! 私(ワタクシ)がデザインしましたのよー!」

 まだこちらには気づいてはいなく、大きな声で竜華は叫ぶ。


「何してんだよアレ? オー……」

 向こうに居る竜華を呼ぼうとすると、マモルに肩をグッと掴まれ阻止されてしまった。


「何だよマモル」

「ねぇアルク、ちょっと付いてきて?」

 ヒラリとスカートが風に舞わせて、急にマモルは走り出した。一体どういう事なのかと困惑する歩駆は、竜華の事は放ってマモルの後を追う。

 敷地の外を出てて、二人は路地へと入っていく。


「こっち、こっち!」

「待てって、どこに行く気だよ?!」

「忘れてた事、本当の事、全部教えてあげる……さぁ、早く!」

 右へ左へ、上へ下へ。迷路の様に入り組んだ道の先を行っては手招きを繰り返すマモル。それを歩駆は導かれるままに進んだ。


「……ここだよ」

「……おい、ここって」

「そう……あの人も来てるみたいだね、入ろうか?」

 二人が足を踏み入れた地、そこは名の刻まれた石碑が幾つも並び立っている厳かな場所、“霊園”だった。


「地縛霊みたいな土地に定着してる魂ってのは向かないんだ。空間に固着しちゃってて引き剥がす事が出来ない」

「怪談か何かか?」

 この手の話を歩駆は基本的に信じていない。宇宙生物は存在してもオバケや妖怪などの非科学的だ、と学の無い頭で思う。


「宇宙……いや、生命の神秘かもね。魂と言う目に見えない不確かな存在を如何にして操る事が出来るのか…………先客が居たね」

 マモルが立ち止まると、その背に歩駆はぶつかった。


「……あ」

 そこには墓前の前で手を合わせる怪しげな風貌の男が居た。脱色された艶の無い白髪でゲッソリとした顔をしているが眼光は鋭い。全身を灰色のマントで身を包み、そこから延びる両腕は鋼鉄の様に鈍く輝いていた。


「真道、歩駆と…………お、お前は?!」

「久しぶりだね、兄さん」

「アンタ生きてたのか……」

 その男はマモルの兄、楯野ツルギである。数ヶ月前のIDEAL襲撃事件で海に投げ出され消息不明となった、はずだった。


「殺されに来たのか?」

 マントの中から取り出した小型ライフルを向けられて歩駆は思わず両手を上げた。


「おい待てよ、コイツはアンタの」

「アンタ、何だ? オレの家族も親友も、皆この下だ。それもこれも全てキサマが……キサマのせいでなぁ」

 眉をピクピクと痙攣させながら、ツルギは言う。今にも発砲寸前の銃口の前にマモルが立ち塞がった。そのマモルの顔を見るなりツルギの顔は一層険しくなる。


「アルクは悪くないよ。アルクは世界を救うヒーローになるんだ」

「その声、その姿で語るんじゃない、偽者め!」

「偽者なんかじゃない。これがボク、タテノ・マモルの菅田さ。ツルギ兄さん」

 艶かしい手付きで銃身に触れてくるマモルに、ライフルを引いて後退りするツルギは睨む。


「二人で話を進めるなよ。わかるように説明しろ!」

 歩駆の認識では二人は仲の良い兄妹のハズだ。それが何故、急に兄弟喧嘩て言い争いを始めたのか意味が不明である。


「じゃあ言う。楯野守は……アイツは、中学生の時に事故で死んだんだよ!」

 絞り出す様に叫ぶツルギ。その台詞に歩駆は理解が出来なくて首を傾げた。


「は? いや、待て。待てって、おい。死んだ……って? コイツはここに居るだろが…………なぁマモル、お前は……マモルなんだよな」

 歩駆の問いに振り向くマモルは微笑んだ。


「ボクはボク。それに間違いは無いよ。そして歩駆は知っているハズだよ。ヒトであってヒトに非ずの存在を」

「それってイミテイター……って事かよ?」

「そうだね」

 正解である、とマモルは指で丸の形を作る。


「いやいやいやいや。オカシイってよ? 中学ん時ってーと二、三年前って事だよな? それだと模造獣は来てないし、最後に現れたのが2015年内だから計算が合わないだろ?」

 時系列がこんがらがっている。歩駆は頭の中で整理するも、どう考えても納得がいかなかった。


「どうだって良いんだよ、そんな事は」

 割って入るツルギ。


「守は死んだんだ、もう存在しない。死んだ人間は生き返らないんだ……それを侮辱して」

「でも、コイツはマモルだろう?!」

「オレの人生は模造獣と真道歩駆に狂わされた。赦すわけにはいかねぇんだよ! 守るが死んだのはオマエのせいなんだからな、真道ッ!」

「俺の……せいだって?」

 歩駆の中に記憶は全く無い、寝耳に水だ。しかし、ツルギは険しい形相をして今にも発砲しそうだ。そんな時、地面が大きく揺れると共に遠くで何かが爆発した様な音が墓地に鳴り響いた。


「敵が来た」

 マモルが音のする方を見つめる。すると、おもむろにスカートを捲り上げて腰に巻いたベルトの様な物から掌サイズの大きさをしたカプセルを取り外した。


「兄さん、ボクらまだ死ぬわけにはいかない。やる事がある……だから、さよなら」

 カプセルを地面に叩き付けると、割れた所から大量の煙が噴出して辺りを包み込んだ。ツルギはマントで口を塞いで見渡すが、視界は悪く何も見えない。


「ちっ、煙幕…………ふざけるのも大概にしろォォォォォォォォォーッ!」

 適当に乱射するツルギだったが墓石を破壊するだけで二人を完全に取り逃がすのだった。




 ツルギから逃げる二人は林の中を走っていた。

 墓地から自衛隊のキャンプ地へ向かうべく、道のショートカットする為に公園を通っていた。本当なら森と言えるほど木々が生い茂っているのだが、根っこから吹き飛んでいたり黒く焼けていたりで数は少ない。


「ねぇアルク。ボクはね、この体になって嬉しいんだよ。アルクのおかげだもの」

 全く息切れる様子も見せずにマモルは感謝の言葉を述べる。


「だってさ、ボクはアルクの事を」

 言いかけたマモルの右腕を突然、歩駆は掴みだす。そのせいで体勢が崩れて二人は地面に倒れ込むと、歩駆はマモルに覆い被さった。


「アルク……いいよ」

 体を縮こまらせ顔を赤らめながら目を閉じるマモル。だが、待っていたのは口付けでは無く平手打ちだった。


「え」

 女の子にする威力じゃなく、割りと本気のビンタにマモルは逆に快感に感じてしまった。


「隠してる事、全部言えマモル」

「何の事かな?」

「トボけるんじゃねーよ、何かしたのか俺に」

「……ボクが好きになっちゃう呪(おまじな)い、かな?」

「はぁ?」

「こうやってね」

 顔を近づけようとするマモルの肩を掴んで地面に押し付ける。


「だぁからっ!」

「嫌なの?」

 マモルは尖らせた唇に指を当てる。


「そういう関係じゃないだろ」

「そう思ってないのはアルクだけかもよ……アイツも」

「アイツ?」

「そう」

 マモルは両手を伸ばし、歩駆の背に回して抱きついた。


「アイツ…………レイナはアルクを騙しているよ」

 まだ痛む頬を擦り合わせながら耳元で囁くマモル。


「イミテイターなんだ彼女も。けどね、それを隠してるんだよ。酷いヤツだよねぇ?」

「マモル」

「何?」

「お前だって騙してただろ」

 歩駆の言葉にマモルは黙って目を逸らした。


「案外アレなんだな、イミテイターって」

「皆が皆が同じじゃないよ。ボクはアルクと一緒に居られればそれで良いんだよ」

 離れないマモルを掴まらせたまま歩駆は踏ん張り立ち上がる。


「礼奈がそうなんじゃないかとは気付いてたよ……だけど、何かが違う」

 この数日に彼女から感じ取った物はイミテイターから感じる違和感出はない。しかし、人間から感じる暖かさとも違う。歩駆はいい加減、マモルが邪魔臭くなって体から引き剥がした。


「普通とは違うんだ、説明は上手く出来ないけど。もしかしたら、戻れるかもって」

 喋っている間にも地響きは酷くなっていた。歩駆は自分のパイロットスーツとマモルのスカートに着いた土を叩き払ってやる。


「急がないと……お前は安全な所に隠れてろよ? こういうのはじっくり時間がある時に話そう、待ってろよ」

 そう言って歩駆は駆け出す。残されたマモルは彼の後ろ姿が消えてなくなるまで見送り続けた。


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