第63話 行き過ぎた嫉妬は
トヨトミインダストリー最新鋭SVの 《尾張イレブン》は、外見こそ《十式》と大差は無いが対模造獣用に搭載された〈アンチ・シミュレイトシステム〉のお陰で機体をコピーされるの防いでいる。
その他にもIDEALから受け取った戦闘データや技術により基本性能も格段に上がり、現状に存在する中では最強と言うべき出来に仕上がっている。
歩駆達が離れている間に現れたのは〈イミテイター〉の操る硝子の巨人な“ID(イミテーションデウス)”《プラテリッド型》であった。
その力は模造獣の倍かそれ以上だが、パイロットの〈イミテイター〉が個体値の差が激しく、驚異になる時とならない時があり退治は意外にも容易だった。難点があるとすれば弱点のコア──コクピット──が外から見えるので躊躇無く殺せるか否かという所ぐらい。
三機居た《尾張イレブン》の三番機、新人パイロットは強敵を前にして興奮していた。
連携して倒そう、と言う隊長の命令を無視して先行する。
相手は地元のヤンキー風情。高校三年間で陸上をやっていた自分の敵ではないのだ。
道路を激走する《尾張イレブン》に“ガン──メンチのビーム──”を飛ばしながら《プラテリッド型》は、体内からバット状のモノを生成する。
ホームランだ、と言わんばかりに構えて迎え撃つ《プラテリッド型》に三番機の《尾張イレブン》はスピードを緩める事なくぐんぐんと近付く。
20メートル。
15メートル。
10メートル。
5メートルに差し掛かり《プラテリッド型》のバットが輝きだす。
距離を見極め、ここだ、と言うタイミングで目映い光を放ちながら力任せに思い通りスイング。だが、バットは相手を叩くこともなく空振りした。目の前に相手の姿が無いのは叩き飛ばした訳ではない。
「はい、取りました」
どうなったかと言うと、バットが振られる直前に《尾張イレブン》は高くジャンプ、前宙の要領で《プラテリッド型》の頭上を飛び越えていた。
華麗に身を反転させて、さらに蹴りをお見舞いすると《プラテリッド型》は地面に突っ伏した。
がら空きになった背中は胸に比べて薄いのか左腕に装着された長いドリル〈ディグアウター〉の一撃で掘削され《プラテリッド型》のコアを簡単に露出させた。そして、修復される前に出来た穴にハンドガンをねじ込み一発、二発。パイロットとコアの両方を失った《プラテリッド型》は形が保てなくなり氷の様に溶けていった。
「おい新人、勝手な行動をするんじゃない! 勝てたから良いようなものを」
「まあそう怒るんじゃない……見事な腕前だったぞ」
二番機のパイロットは気に食わないと言った感じだが、リーダーである一番機のパイロットは喜び称賛する。
「さすがはトヨトミの新型SVか。まるで人間の様な動きですな若社長」
『……あり得ないのですわ』
通信から聞こえてきた若社長、織田竜華の声は震えていた。
『その様な想定はしてない。OSにだってあんな動きが出来る様に仕組まれてなんてなってないのですわ?』
この《尾張イレブン》の重量は《尾張十式》よりも重い。陸戦仕様の為、装甲も厚くしてあるのだ。トヨトミ製でアクロバットな動きを可能にしている機体は《錦》シリーズをベースにした軽量な競技用SVだけである。
「じゃあ、こいつは何でこんな」
二番機が振り替えるとコクピットにはSV用のダガーが突き刺さり、中のパイロットは絶命する。それを投げたのは問題の三番機だった。
それから数分、歩駆がやって来た時には一番機が吹き飛ばされ、ボロボロな姿を晒しながら建物に寄りかかる姿が見えた。他の自衛隊が応戦するも全く歯が立たずキャンプ地は阿鼻叫喚。一体これはどういう状況なのか、と逃げ惑う人々の中を掻き分け、歩駆は急ぎ《ゴーアルター》のコクピットに乗り込む。
「歩駆様っ!」
ハッチが開き、中から飛び出して来たのは織田竜華であった。べそをかいて涙と鼻水でぐしゃぐしゃである。
「何で、乗ってる?」
「ぐすっ、あはは……お久しぶりですわ。ここが開いてましたのでつい。それに、このSVには攻撃して来ないんですの。あぁ兄様の失態を自分もしてしまうなんて…………機能は万全のハズなのにどうして」
ハンカチで顔を拭い、鼻声で喋る竜華をシートから退かして機体を起動させる。前方のモニターに映り込むのは肩に“三”とマークされた《尾張イレブン》だ。
「exSVの男の子が乗ったの?」
胸部装甲が開き、顔を出して叫んだパイロットは女性である。その人に歩駆は見覚えがあった。
「さっきのジュースくれた人か?」
「何なんですの貴方! 噂のイミテイターなんですの?」
「そう! 勝負しようよ!」
女は跳ねながら笑顔で手を振る。まるでゲームの対戦を持ち掛ける様な言い種だ。
「何でだ!? 戦う理由は?!」
「私はイミテイターになった。それで十分……しょッ!?」
不意打ちの銃弾。女は足でレバーを蹴り《尾張イレブン》に引き金を引かせた。歩駆達は狙ってはいない威嚇の為に撃った弾丸は《ゴーアルター》の横を通り過ぎ、民家を直撃する。
「歩駆様、あんな奴ギッタンギッタンにやっつけてしまいましょう!」
煽る竜華。元よりそのつもりである。《ゴーアルター》は戦闘の構えを見せた。
「そう来なくちゃ!」
獲物を前に下舐めずりする女の《尾張イレブン》がクラウチングスタートで駆け出す。
その動きは、やはり普通のSVの動きを凌駕している。
関節の可動範囲で言えば大きく手足を振り上げるのは可能だが、今の《尾張イレブン》がしている動きは重量やエネルギー消費による負荷を完全に無視してきた。
「私自身が機体の動力になっているからこそ可能なの。模造獣みたいに再生は出来ないけど、こんな芸当は雑作も無い事ね」
大型トラックを陸上競技に出てくるハードルの如く軽やかに跳び越える。
「つまり、あの人がダイナムドライブの役割を果たしてるって事かよ……くっ!」
跳ねながらビルの影に隠れて撃つハンドガンはIDEAL製の対模造獣用。威力は歩駆もよく知っているが《ゴーアルター》に致命傷を与える程ではない。こちらも応戦するが建物を盾に移動する為に〈フォトンフラッシュ〉の攻撃力を弱めにせざるを得ない。
「やっぱり堅いね、流石はスーパーロボットだ……でも」
レーダーに反応がある。左の空から浮遊してきたのは赤い水晶が中に入った巨大な水の玉だった。
「素体のイミテイト?」
水玉は胸部に穴の開いた《尾張イレブン》二番機の上で静止すると形を変形させていく。大まかに整形し、水が水晶に吸われていくと自衛隊の服を着た男が出来上がっていく。
「ちぃっ……行け、レフトフィスト!」
歩駆の声と共に《ゴーアルター》の左腕を飛ばすと、完成しかけの男を捕らえて一思いに握り潰した。指の間から透明の液体が溢れ出る。
「酷い事するよね? せっかく生き返るって言うのにさ」
ビルの上から眺める《尾張イレブン》に、敵を握った直後の《ゴーアルター》の左腕が向かう。それをぶつかる直前にドリルを打ち込み方向を反らした。
「生き返る? あんなの乗っ取ってるだけだろが!」
「私は私の意思も存在する。死の間際に立たされた私に生きる力をくれたのはイミテイトなの。それと同時に貴方のSVも」
女は懐かしむ様に語った。
「あの日、炎に包まれる町に降り立った白い巨神。それが敵の軍団と戦う姿、格好よかったわ。未だに忘れられない……」
女は自衛隊のSVで《イミテーションデウス》に挑んだが返り討ちに会い死亡したが〈イミテイター〉として復活した。その時に見た光景が脳裏に焼き付いて離れない。彼女にとっては《ゴーアルター》は神にも等しい存在なのだ。
「だからどうしたと言うのですの。今やってる事は敵と変わらないですのよ!」
「力を貰う代わりに使命の声を受けた。もっとイミテイターを増やせ、地球を救う為に……とね」
「やっぱり、操られてるんじゃねーのか? その声がお前らの親玉なのか?」
「たぶんね。だけど!」
再び駆け出しビルから勢いよく飛び降りて《ゴーアルター》に刃を向ける。
「今は私の考えで動いてる。単純にSVで戦うのが好きなの! 神よ、貴方に会わせてくれて本当に幸せ。さあ、やりましょう……本気の試合を」
やはり狂っているだな、と歩駆と竜華は身構える。まだ片腕の《ゴーアルター》は右腕を天に突き出した。だが、二機の間に一条の光弾が横切る。
「誰?」
突然の事にすかさず後退する二機。上空を見上げると、そこに居た空を飛ぶ緑色の機体。ライフルを構える《戦人》の量産機であった。
「アルク、ボクだよ」
「あ、マモル? SVに乗ってんのか、お前が?」
スクリーンに写し出される見知った顔に驚きで歩駆は声が裏返る。対してマモルは眉間にシワを寄せて険しい。
「そういう所が嫌いだよアルク。取っ替え引っ替え女の子と仲良くしてさ」
「次から次に何ですの一体?」
「ゴーアルターの中に居る子、十秒以内に降りないと撃っちゃうから」
「貴女こそ歩駆様の何なんですの?」
モニター越しにマモルは竜華にケンカを吹っ掛ける。不毛な言い合いに歩駆は戦闘中だと言うのに脱力してしまう。
「せっかくの戦いに水を差す……邪魔ね!」
無視されて遺憾な《尾張イレブン》の女の矛先はマモルへ向く。ブーストを吹かして高く飛び上がるが、
「君が一番邪魔だよ、殺られ役の癖に」
殺気立つ表情のマモル。《戦人・量産機》が腰から逆手に持って抜いたブレードが淡い光を放って振動する。ドリルを向けて突撃する《尾張イレブン》を待ち構え、すれ違い様に二三振り。
「私の……尾張イレブンが」
一瞬の勝負だった。マモルの《戦人・量産機》がブレードを収納すると、《尾張イレブン》が上下左右に分断され爆発四散する。案外、あっけなく戦いは終了してしまった。
時刻はもう夕方。遅れてやっと自衛隊の応援が来て、戦闘の後処理をする。マモルは《戦人・量産機》が地上の《ゴーアルター》の前に降ろす。互いにコクピットのハッチを開いて顔を会わせる。
「マモル」
「アルク」
互いに外に出て装甲の上に立って目と目を合わせる。暫し見つめ合う二人を竜華は羨ましそうに眺めた。
「ふーん、モンチッチみたい……男っぽい、女装かと思いましたわ」
「…………っ!」
嫉妬し陰口を叩く竜華。小声で言ったつもりだったが、それはマモルに聞こえてしまった。
ただでさえ歩駆に寄り添ってるのが気に入らないのに初対面で言われたくないワードを口にされマモルの中で何かが切れた。《戦人・量産機》の上げた腕を伝い《ゴーアルター》の竜華に駆け寄る。その手にキラリと小さい物が光っていた。
「止めろマモルッ!」
迫り、猛突進するマモルを歩駆が立ちはだかり、抱く様にして体で受け止める。
「きゃああぁぁぁぁーっ!!」
竜華が叫ぶ。一瞬、歩駆自身はなにが起こったか分からなかった。俯くと胸に中のマモルも驚きの表情をする。呆然とするマモルが歩駆の身体から離れると腹から赤いものがべっとり着いていた。マモルの白いワンピースも真っ赤に染まっている。それでやっと状況を理解した歩駆は後から襲ってきた痛みで膝を突く。
「違う、ボクは……くっ…………お前が刺されないからっ!」
血濡れのナイフを竜華に向けるマモルの手を歩駆は掴んだ。
「止め……ろ……はぁ……マモル」
息も絶え絶えになりながら止める歩駆。ここまで血を流した怪我は五歳の時に風呂場で転んで頭を打った以来なのを何となく思い出した。
「ふっ、こんなん掠った様なモンだ……全く大丈夫、ってわけには……いかんが…………ぅ」
掴む手の力も弱まり歩駆は離すと顔面から倒れ込む。それをマモルが抱き抱えて、竜華は《ゴーアルター》を滑る様に降りながらポシェットから携帯電話を取り出した。
「待ってくださいまし歩駆様! 今トヨトミのヘリを呼びますので!」
「その必要ないから」
マモルが傷に手を当てると小さく声を漏らす歩駆。
「ボクが治す……歩駆は」
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