第69話 その拳に込めたもの

 試験運転で《戦崇(イクサアガ)》に馴らしつつ、瑠璃がやって来た時には既に街は悲惨な状況になっていた。

 先立って戦闘をしていたはずの自衛隊SVの反応は途中で消え、謎の機体の反応がレーダーに激しく移動しているのがわかる。


「戦闘が始まってる……来るときはいつも後手なんだから、私たちってもう!」

 憤る瑠璃。あちこちで煙が立ち上ぼる建物を空から眺めるのは何度目の事だろうか。自分達のやっている行いは何時になったら終わりを迎えるのか不安で仕方がない。


「あっちはゴーアルター? ってあれは歩駆君もう付いたの?」

 目視では少し薄汚い色のスーパーロボットの姿が確認出来る。だがそれは《ゴーアルター》の反応とは少し違っていた。


『GA01(ゴーアルター)は先程出たばかりです。戦闘空域にはまだ到着していませんが……でもこの動きは』

 女性オペレーターは《戦崇》から送られてくるライブ映像を見て何かを感じていた。しかし、頭の中の何かに妨害されモヤが掛かり頭痛もしてと明確にそれが思い出せないのだった。


「なら、あの偽ゴーアルターは模造獣なのか……でも、それと戦ってる黒いSVは誰?」

 距離を詰めて確かめる事にする。二機の戦闘は苛烈で黒い方のSV、ツルギの《黒剣》が放つ攻撃は周囲の建造物の事などお構い無しに撃っている。一方の《偽ゴーアルター》こと《ID・GA01》は派手でアクロバティックな動きを見せながらの近接戦闘で攻めいるが、建物に対して配慮しているのか《ゴーアルター》が持っているはずの〈フォトンフラッシュ〉による射撃攻撃は使用していない。


「狙うなら……先に!」

 脚部に付けられた二丁のライフルを取り外し標準を《黒剣(ヘイジアン)》へとロックする。《模造獣》ではないが危険度は高いのはこいつだ、と瑠璃は確信して左右のトリガーを引いた。上空から降り注ぐ弾丸の雨は《黒剣》の肩部ミサイルコンテナを直撃するが、既に撃ち尽くした後であり誘爆の恐れは無いが緊急的にコンテナの接続を切り離した。


『誰だ、あの青いヤツは?!』

 戦いに水を差す空からの不意打ちにツルギは苛つく。相手が見た事の無い新型であるのは確かだが、このまま一対二で戦うのは分が悪すぎる。


『チッ……』

 脚のローラーで滑る様に後退する《黒剣》は曲がり角の狭い道路へと避難した。その後を行こうとする《戦崇》の前に立ちはだかる《ID・GA01》の拳が一振り、追跡の邪魔をした。


『男と男の戦い、邪魔をしないでもらおうか』

「一体、誰なの貴方?! どうしてゴーアルターの姿に」

 瑠璃の声を聞くと《ID・GA01》は攻撃の構えを解いた。


『女性のパイロットだったか、それはだ……この私がGA01の正式パイロットだからさ』

「歩駆君の前の搭乗者……なら何故こんな、人類の敵に?」

『敵と言うのは少し違うが、何故かと問われれば選ばれたからだ』

「選ばれた、って何に?」

『この地球(ほし)にさ。新たな肉体による第二の人生、私はこの地球の為に戦う。IDEALに正義無し! 何故ならば』

 男は語りだそうとした時、IDEALから通信の割り込みが入る。時任だ。


『月影さん、彼……クラク・ヘイタはもう人間では無いわ。構わないから撃破しなさい』

「かつての同僚なんでしょ?! どうにかならないの?」

『貴方だって同僚を撃ったでしょ?』

 そう言われたら返す言葉はない。時任にはサレナの事を話した事がある。もちろん、取り憑かれた事も言ったが「憑かれたんじゃなく疲れている」と別の心配をされてしまう。そんな事をしている内に話を反らされ瑠璃はクラクの言葉を危機そびれてしまった。


『と、言う訳だ。自分は女性に危害を加えたくはない。今回は見逃す、ここを去りなさ…』

 刹那、クラクが言い終わる前に突然の閃光。《ID・GA01》の上げた腕の指先に刃、峰の部分に付いた二つのバーニアが轟轟(ごうごう)と火を吹かす剣を降り下ろしたツルギの《黒剣》の奇襲だった。


『不意打ちとはっ!?』

『喋る暇があるかァァ!!』

『ツルギ君!』

 瑠璃の《戦崇》が銃口を向けた時には既に《黒剣》は飛び上がり退散して、再び建物の影に隠れていった。


『アンタはどっちの味方なんだ月影隊長さんよォー!?』

 声すれど場所を特定出来ない。何かしらのステルスやジャマー機能なのかレーダーに《黒剣》は映っていない。聞こえる声は移動している様だった。


「貴方が味方だと言うなら手を貸すわ。違うでしょう?」

『敵の敵は味方って言葉、知らないのか?』

 頭上を電撃を帯びた弾が《戦崇》を掠める。これは《尾張イレブン》の超電磁弾丸〈プラズマバレット〉を拾って撃ったのだ。隠れながらの為か命中力に欠ける。


「別に私は二対一でも構わない」

『新型に乗ってるからって調子に乗るか』

「なら……来たわね」

 高速接近する機影有り。それは紛う事なき本物の白き巨神、真道歩駆の《ゴーアルター》だった。


「任せるわ歩駆君、貴方はそっちを!」

 急速上昇する《戦崇》は機体からサブ推進器として使用していた六基の小型のマシンを飛ばす。


「ダイナムドライブなら生命力を探知して……そこ〈ディス・フェアリー〉」

 瑠璃の呼応し小型マシン〈ディス・フェアリー〉は関知した場所へと先行する。その後を《戦崇》は追従していった。



 地に降りて歩駆は目の前に敵、まるで鏡でも見ているかの様に《ゴーアルター》そっくりな機体をじっと観察した。互いに固まって様子を伺い、出方を待っている。


『問おう、GA01のパイロット』

 先に動いたのはクラク。ビシッと真っ直ぐ指を差して質問する。


『正義とは何だ?』

「……………………はぁっ?」

 予期せぬ台詞に歩駆は耳を疑った。クラクは続ける。


『私はずっと見ていたぞ。君がシンの操縦者にふさわしいかどうかを宇宙で観察した』

「ふさわしいか、だって……それをお前らイミテイターが決める事か?」

 何故、敵にそんな事を言われなくてはいけないのか、と疑問に思う歩駆。回答を急かす様に《ID・GA01》がこちらとの距離を詰めていく。身構える《ゴーアルター》は右手を後ろに隠してエネルギーを溜め、攻撃のチャンスを伺った。


「こいつ、やるかっ!?」

『地球の問題なのだよ。さぁ答えなさい、君がGA01に乗って成す正義とは何か!』

「……そんなの、決まっている。お前達みたいな侵略者を倒す為だろ!」

 叫ぶ歩駆。《ゴーアルター》は右手の中で球体状に成形した〈フォトンボール〉を思いきり投げた。しかしコントロールが悪く、狙いは《ID・GA01》から外れて在らぬ方向、空の彼方へ消えてった。


『相手が滅ぶまで戦う、それで最後に平和になる……それが君の考えなのか?!』

 歩駆の恥ずべき行為にクラクは激昂した。振りかぶったのが隙になった《ゴーアルター》の肩を掴み、《ID・GA01》は胸部に飛び膝蹴りをお見舞いする。


『それが私からGA01を奪ってまでしたい事だと言うかッ!!』

 何度も何度も打ち続け、さらに持ち上げて背負い投げをしてコンクリートの地面に叩きつける。


「ぐぅ……奪うって、俺が奪うだって……ゴーアルターを?」

 大の字に倒れる《ゴーアルター》の中、歩駆は脳が揺れ、視界がブレて見える感覚に陥った。おまけに胃から昼食だったものが込み上げそうになるが必死で口を抑えて飲み込む。


『イミテイトのせいで死に、イミテイトのお陰で生き返った。人類の天敵であるものの眷属になってしまったが見極めたかったのだ。IDEALのやり方が世界を救済へと導くのかを……』

「襲ってくるのは試練だとでも言いたいのかよ!?」

『君もイミテイターにしてあげよう、そうすれば解る』

「そんなの解りたくないから、戦っているんだろーがっ!」

 閃光する《ゴーアルター》の瞳から放たれた光線は《ID・GA01》の頭部を貫いた。顔面に大きく穴が開いたが致命傷ではない。視界を奪ったが直ぐに修復されてしまう前に《ゴーアルター》は次の攻撃で反撃の隙を与えない様に〈フォトンフラッシュ〉を幾度も浴びせた。だが、


『無駄だぁっ!!』

 最初の一撃こそ通ったはずであったのに、それ以降の連続攻撃は《ID・GA01》の装甲の表面を焦がすだけ。頭部も順次再生を始める。


『信念の無い攻撃など私には通用しない!』

 歩駆は何を言われているのかわからなかった。

 この両腕から撃ち出されるフォトンの閃光に込めている物は……。




 ツリーの飾り付けを最後に残し、パーティー会場の準備は終わりを迎える。少ない材料でほぼほぼ礼奈一人でこなした割には出来映えはかなり良い物が出来た。


「ふぅぃー、後は星を……木の天辺に乗せて」

 木と言っても子供の高さほどしかない応接室にあった観葉植物だが、工夫を凝らして立派なクリスマスツリーへと変貌した。

 礼奈は暖房機の前に座らせた車椅子のレナをツリーの前へと移動させる。


「レナ見て、とっても綺麗でしょ?」

「…………」

「だよね、あーくんきっと驚くよねぇ?」

 無言だが車椅子のレナの表情を見て会話をする礼奈。言葉ではなく心で会話しているのだ。


「ん、ふぁ……何だか疲れたなぁ」

 伸びをするとパキパキと骨の鳴る音がする。毎日朝から夕方まで作業をしていて相当疲れが貯まっていた為か猛烈な睡魔が礼奈を襲う。


「ごめん、ちょっと休憩。一眠り……五分だけだから」

 礼奈は歩きながらフラフラと微睡(まどろ)み、四人掛けのソファーに横になって自前のブランケットで身を包む。わずか一分程で寝息を立てた。

 オブジェで置かれた古びた柱時計が時を刻む音だけが響く。


「……」

 レナは寝る礼奈の方へと顔を向ける。その瞳は先程までのボンヤリした物ではなく、はっきりと覚醒していて輝きを取り戻していた。


「……………………いかなきゃ」

 ぼそりと呟くとレナは車椅子から立ち上がった。覚束(おぼつか)ない足取りで会場を出ていく。彼女の向かう先はSVの格納庫だった。

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