第68話 クラク・ヘイタ

 ──なぁ、そろそろ暴れさせてくれよォ? 退屈で死ンじゃいそ。


 無線イヤホンで音楽(激しいロックミュージック)を聴きながら、ランニングマシーンを高速モードで走り込む月影瑠璃は、心の中から聞こえてくる雑音を無視し続けた。


 ──いいのかねェ? いつまでそれが続くのやら。


 依然と比べると“奴”を押さえられている事が出来るのは精神鍛練の賜物だろう。


 ──そのせいで他人に会わず、一人で居る事が多くなったけどねェ? 寂しい人生だな、お前はそれでいいのか?


 その声、サレナ・ルージェが呆れた風に言った。

 月での戦いで瑠璃は因縁の相手であるサレナを倒したはずだったのだが、その精神は〈ダイナムドライブ〉が稼働した機体を通して瑠璃へ取り憑いてしまったのだ。

 まるで悪霊の様に時折、体を操って見せるサレナだが瑠璃も必死になって抵抗する。


(他人の力を借りるしかないイミテイター何かに、そんな事を言われたくはないわね)


 ──言っておくけどさ、この魂はアタシンだから。イミテイターの使命なんてもンは今は無いよ。アタシはアタシの意思でオマエに憑いてやってるンだよ。感謝しろてンだよ?


 正直どちらでもいいのである。

 ここ何日も解決策を探している所だが一向に見つからなく、サレナもそれを邪魔をしてくるので事態は進展しない。

 唯一、発見したのはコクピットの中である。

 普通のSVではなく〈ダイナムドライブ〉または〈セミ・ダイナムドライブ〉を搭載したSVに搭乗した時だけはサレナは現れないのだ。

 彼女を引き剥がす鍵はここにあるのだ、と瑠璃は睨むが〈ダイナムドライブ〉はヤマダ・アラシにしか扱えない代物で整備士長でも仕組みはよくわかってないらしい。

 適当なお経を唱えながら強めのシャワーを浴び、制服に着替えて瑠璃は格納庫を目指す。ずっと走りっぱなしだ。


「おう、待ってたよ。丁度良いな」

 入り口前で手を振る整備士長の男が出迎えにやって来た。


「どうです? 完成しました?」

「まるまる新調したからな。直すよりも手っ取り早い」

 世間話をしながら格納庫の中へ入る二人。作業で賑わう間に通りながら目的の場所へ向かうと、キズ一つ無い新品の蒼いSVの前に立った。


「その名も《戦崇(イカサアガ)》だ。変形機構は無くなり、大型化したが機動性は《戦人(イクサウド)》よりも格段に上がったぞ」

 まだ武装は取り付けられていない《戦崇》の垂れたヘッドと目が合う。直線的で尖った印象のある《戦人》とは対象に《戦崇》は流線形でコンパクトに纏まっている。


「後ろに付いているのは何ですか?」

 瑠璃が指差す物、背、肩、腰の左右に一つづつ計六基取り付けられているバドミントンのシャトルの様なパーツだ。


「あぁ射撃支援型の自動無線兵器さ。使わない時は機体の補助スラスターにもなるし、ライフルと合体したりもするぞ。ミサイルばら蒔くよりもエネルギー式のがダイナムドライブにはあってる」

 整備士長の男は鼻息を荒くしながら自慢気にデータを見せてくる。


「加えてアンチグラヴィティフライトは大気圏内じゃ重力の影響を受けないで飛べる」

「それでどうなるんです?」

「理論上は無限に加速する事が可能だが人間が耐えられる様には出来ちゃいない。まあ、スピード重視のアンタなら乗りこなせるだろう」

「任せてください。どうもありがとうございます、これで私は戦える」

 早速、機体に乗り込んでみようとタラップに昇ると、腕の通信機からアラームが鳴り出す。この音は出撃のメロディだ。


『月影さん? 丁度良い場所に居るのね』

 表示される名前と声は時任副司令からである。


「敵ですか?」

『えぇ、行ってもらえる? 真道君にも直ぐに向かわせるわ……全く私達にクリスマス休暇は無いのかしらね?』

「それは敵に言ってくださいよ」

 軽く冗談を言いながら通信機を切って、瑠璃はタラップを降りると格納庫の出口へと駆け出した。


「スーツに着替えてきます! テスト運転は実践でやりますからね」


 ──ほんと、走るの好きなのなオマエ?

 今の状況で体を乗っ取っても肉体疲労で楽しくない。それを耐えられるとはどんな精神状態なのかとサレナは不思議でしょうがなかった。




 都市を襲うの模造獣に自衛隊の《尾張イレブン》小隊が立ち向かう。最近は市街地への出現が多くなり、駐留する部隊による対応は迅速に行われている。

 だが、必ずしも勝利しているわけではないのが住民達の不安の種だ。自衛隊のパイロット達も面目を守る為、躍起になる。しかし、今日も《合体バス模造獣》にやられて満身創痍な所に所属不明のSVがやってきた。

 

『そこまでだ!』

 上空、太陽を遮る影。人型のそれは高速で落下しながら体を回転させる。風を身に纏い、足を下にしてドリルの様に錐揉(きりも)みさせて向かうは交差点の中央に位置する敵の頭上だ。

 空から狙われている《合体バス模造獣》は気付かない、と言うか気付いた時には市営バスの青白な縞模様のボディはバラバラに吹き飛ばされていた。

 固唾を飲む自衛隊員達を尻目に、空からやって来た機体は爆煙の中で悠然と立ち上がる。やがて、突風が吹くと正体が明らかになった。

 それは灰色のボディをした《ゴーアルター》だった。


『凄い……あっと言う間に』

 あれだけ苦労した敵を一撃で倒されてしまい、驚いて口を開けたまま見いってしまう《尾張イレブン》のパイロット達だったが、隊長は手柄を横取りされてご立腹である。


『IDEALのexSVとやらか? 救援を出した覚えは無いぞ?』

 イライラの感情を抑えて隊長は言う。だが、今回は助けられたからと言って礼をするつもりはない。別の問題がある。


『exSV、昨日その機体が出現したら拿捕しろと上から命令が下っている。手荒な真似はしたくはないが抵抗すれば容赦はしない』

 と言いつつも既にライフルの標準は《ゴーアルター》を捉えている。

 これまでは不干渉を貫いていたが、地球統合連合軍直から日本の全防衛機関に送られてきた指令には《ゴーアルター》を奪取せよ、と書かれていたのだった。

 そんな《ゴーアルター》はゆっくりと《尾張イレブン》小隊の方へと近付いていく。


『き、貴様……やると言うのか?! 止まれ、止まらないと……』

 隊長の制止の言葉を無視する《ゴーアルター》のアスファルトを踏みしめる音は次第に早くなり、いつしか全速力で駆け出していた。


『各機に告ぐ、あの機体を捕獲しろ。パイロットの生死は問わない、プラズマバレットの使用を許可する!』

 その発声に《尾張イレブン》達はライフルのマガジンを取り外し、色の違う稲妻マークのマガジンに入れ換えた。


『撃て!』

 二列に並び前列はしゃがんで後列は立ったままライフルを構える。そして、一斉射。連写性能は落ちるが通常弾よりも速度が速く、バチバチと青白い光を放つ弾丸が《ゴーアルター》を襲う。だが、


『プラズマバレットが効かないだと?!』

 全ての電撃弾は《ゴーアルター》に命中しているはずだった。それなのに意に介さず進行は止まらない。 


『隊長、奴は遠距離からの攻撃をしてきません。もっと距離を取って戦えば行けます!』

 相手の進みに合わせてジリジリと後退を試みる《尾張イレブン》小隊だったが、次の瞬間に《ゴーアルター》が姿を消した。


『飛んだのか?』

『違う、跳んだぞ……後ろ、後ろだっ!』

 電光石火の勢いで突撃する《ゴーアルター》が《尾張イレブン》を襲う。一機、二機、三機……と次々に鋼鉄の巨拳で確実にコクピットを潰していく。全機倒すのに一分も掛からなかった。




 戦闘の起こっている場所の数百メートル先にあるビルの屋上で、漆黒のSVは寝そべった姿勢で様子を伺っていた。


『違う、隙がない……真道歩駆じゃないな、ダレだ?』

 パイロットの楯野ツルギは新品の機体、《黒剣(ヘイジアン)》に未だ馴れないでいる。

 海外製のSVは日本製と比べて無駄な機能が多すぎるのだ。使わないスイッチ等はほとんど取り外したが別の重要な物と連動しているのもある為そこまで減っていない。

 コンパクトな割りにマシンパワーが強くて惚れ込み選んだのが間違いだったと今更ながら後悔している。


『チッ、この距離で外すか……?!』

 飛び上がったタイミングを狙って撃った高火力で高弾速の狙撃銃が避けられてしまった。トリガーを引いた瞬間、スコープ越しに《ゴーアルター》がこちらを見た様に映った。気付かれたと悟ったツルギは狙撃銃を捨て、ビルを飛び降りた。


『私は君を知っている。あの時のパイロットだ。しかし、今の攻撃は後ろの建物に被害が出た。自衛隊としては失格だな』

 落ちながら後ろから声がする。何処かで聞いた事のある声の主は、やはり真道歩駆ではない。いつの間にか逆さまの《ゴーアルター》がビルを背にして居たのだ。


『なら、オマエが当たれば良いだけの話だろうがッ!』

 機体を前に回転させ後ろに振り向くと《黒剣》の肩のコンテナから無数の小型ミサイルが吐き出された。


『戦い方が荒すぎる……町の被害を考えてはいないのか?』

 命中したミサイルは小型の割には威力が大きく《ゴーアルター》やビルは愚か《黒剣》すら巻き込みそうな勢いで爆炎を広げていく。

 風圧で離れ倒壊するビルから逃れる《黒剣》だったが、黒煙の中で蠢く影を発見し緊張は解かない。


『その再生の仕方、やっぱり模造獣の……』

 煙の舞う瓦礫から飛び出す灰色の《ゴーアルター》はチーズの様に蕩けていた。しかし、それが映像を巻き戻したかの様に元に戻っていった。


『模造獣ではない。これはID(イミテーションデウス)exSV・GA01。私は人類守護機関ガードナーの者だ』

 胸部装甲から通り抜けて一人の人間が現れた。顔はヘルメットをしていて表情を確認できないが、ツルギは同じシチュエーションがあった事を思いだし、漸くあの時の男だと認識した。


『ガードナー……ってアレかおい、いつからIDEALはテロリストに成り下がったんだ?』

『私から見れば君の方がよっぽど敵らしいマシンに乗っている。それに私がやっているのは正しい事だ』

 微妙に質問と回答が噛み合っていない。だが、ツルギにとってそんな事は重要ではないのだ。


『そっちの理由は知らん。偽物だってもゴーアルターならさっさとぶっ壊すだけだ』

 ツルギはそう言って《黒剣》は背部のロングスラスターを取り外すと、それが可変して剣状の武器になった。


『邪魔をするなら容赦はしない。私は地球の守護者になる』

 男は拳を握り、天に掲げた。

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