第十二章 断罪分離!SINゴーアルター

第67話 罪重ね

 眼下に見えるは青い星、地球。全面特殊な強化ガラス製の床で、母星をキングサイズのベッドの上から眺める裸の男女。


「サンタクロースって幾つまで信じてた?」

 薄手のシーツだけを纏った金髪の女、ユリーシア・ステラは隣で寝そべる男の無精髭を撫でながら質問した。


「私はね、今でも信じてる。彼は既に概念的存在なのよ、実体が存在するしないの問題ではない。誰かがサンタクロースを騙れば、その人物はサンタクロースになれる」

「……それは、お前がユリーシアだと言い張ればユリーシアなんだって事か?」

「そういうことっ」

 微笑するユリーシアは男に唇を重ねた。


「でも、この感触を貴方は忘れてしまったのぉハイジ君?」

「お預けを食らった分、ここ数週間毎日だからな……数年前のが上書きされてちまった」

 だらけきった締まりの無い表情をするハイジ。

 月奪還作戦(オペレーション・ムーンテイカー)の最中、月面基地で死んだはずの彼女がイミテイターとして現れて、ハイジは内心喜んでしまった。だが、それによりIDEALを裏切る事になってしまった。今、ハイジが居るのはガードナーの衛星基地。地球とは目と鼻の先ほど近い場所にあるが、表向きは某国の管理する気象衛星となっている。


「私のサンタさんはどんなプレゼントをくれるのかしら?」

「ユリーシアは何を望む?」

「聞きたい? それはね……」

「……それは?」

「それはぁ」

「失礼します」

 合図もなく、急に自動ドアが開くとガードナーの黒い制服を着た男が入ってきた。


「……ライディン! 今はプライベートタイムなのよ? 邪魔しないで貰える?」

 顔を膨らませて怒るユリーシアはシーツに包まってハイジの影に急いで隠れた。


「休暇もそろそろ終わりです。最近、彼の動きが少々度が過ぎてきましたので交代になります」

 女の裸を目の前に眉一つ動かさないでライディン・ウェンサーは淡々と伝える。


「クラクねぇ……私、あの人嫌いなのよね。ザ・日本人って感じの真面目君で」

「クラク? クラクってヘイタ・クラクの事か?」

 その名を聞いてハイジは下半身丸出しなのを忘れて立ち上がる。ヒンヤリとした冷房が下腹部を撫で、思わず「アッ」と変な声を出したハイジは再びベッドへ潜る。


「彼はイミテイターです。五ヶ月前に我々が拾い、今は各地で模造獣狩りを行わせています」

「気になってんだがイミテイターが模造獣狩りとか、同族殺しになるんじゃないのか?」

「うーん、模造獣になったイミテイトはもうヒトにはなれないから駄目なのよ。見境無く見た物を真似るなんて、まるで雛鳥ね」

「報告は以上。では」

 とことん事務的に一礼、踵を返してライディンは出ていった。


「なぁ……あの陰険もイミテイターなのか?」

「彼はヒト。特別なのよ、ハイジと一緒でね」

「俺をイミテイターにはしないのか?」

「何でしないと思う?」

「何でだ?」

「それはね……」

「また勿体付けるか」

「お爺さんになったハイジを見たいからよ」

 ユリーシアが微笑むとハイジの胸に飛び込む。何時までもこんな事をしてて良いのか、と心の中で葛藤をするハイジだったが




 もうすぐクリスマスである、と歩駆が気付いたのは“レナ”がサンタ帽を被らさせられたからだ。

 一応、軍の施設であるからしてツリーを置いたり飾り付けをしたりするのは、備品の整理片付けをする事で許された倉庫一棟だけだ。

 訓練、出撃、就寝のエンドレスなワルツを踊る歩駆は、その事を全く聞かされてはいなかった。それよりも気になるのは礼奈が“レナ”を普通に受け入れている事だった。


「大体の準備は終わったから後は料理なんだけどね、会場までロボットで運ぶの出来ない? 食堂から少し遠いのよ」

 廊下で車椅子を押しながら礼奈はメモ帳を確認して言う。


「ゴーアルターを給仕の代わりに出来るかよ!」

 パーティー用グッズを大量に抱えながら歩駆は怒る。折角の休みなのに雑用をやらされて不満なのだ。やる事と言えば冴刃・トールの部屋で古いロボットアニメを観賞する以外には無いのだが。


「そんなに大声出さなくてもいいでしょ。レナが怖がるわ」

「…………」

「お、おう。スマナイ」

「…………っ」

 コクリ、と頷く車椅子の少女レナ。

 全くの無表情、無感情。言葉は一言も喋らず、常に真っ直ぐ前を見つめる。礼奈と歩駆の言葉だけには反応するが首を縦か横に振る以外のアクションは取らない。


「私、一人っ子じゃない? 姉妹がいたらこんなんなのかな? 姉妹って言うか双子か。セイルちゃんもなんだっけ?」

「あのさぁ」

「わかってるって。レナが人間じゃないのはさ。でも、ほっとけないじゃん? 危害も無いみたいだし。それに、例え宇宙人でも自分にソックリな子が殺されるって何か嫌だし」

 そう言う礼奈だが、歩駆は真実を知っていた。




 時は少し遡る。




 水族館にある様な巨大水槽に浮かぶ大きな半透明の赤い球体。下からライトアップされ不気味に輝くそれを恍惚の表情を浮かべ眺める男、ヤマダ・アラシは呼び出した客人の罵倒に振り返った。


「あのねぇ……寧ろ、感謝して欲しい位なんだけどなァ? 死体を腐らせずに保存するって大変なんだって知ってるん?」

 直接対面はいつ振りだろうか、歩駆は時任久音と共に地下にあるヤマダの研究室にやってきた。

 今にも飛びかかりそうな歩駆を久音が事前になだめる事によって落ち着かせたが、ヤマダの挑発とも取れる発言が歩駆を苛立たせる。


「ご免なさいね真道君、私達としては見極めざるを得なかったのよ。貴方が本気で戦えるのかどうかを」

「色々とおかしすぎる。おかし過ぎて最早、何がおかしいのかわからないレベルでおかしすぎる」

「説明しなかったのは貴方の為でもあるのよ。だって、彼女が人間じゃないなんてわかったら貴方どうする? 殺すなんて事なんて出来ないでしょ?」

 時任の物騒な問いかけに歩駆は嫌な想像を一瞬してしまった。万が一そんな事をしなきゃいけない状況になったらどうするのか、歩駆の中にまだ明確な答えはない。厳密に言えば結論を出したくはないのだ。


「それはそれとして、世間に公表してない事実……イミテイダーだ。俺はこの半年掛けて奴等が人間に変化したもんだと思ってた。でも違う、俺が知るよりも前から人の形したのが存在している。何なんだよ模造獣って、イミテイトって、イミテイターって、奴等の目的は何さ!?」

 ド直球ストレートな質問を歩駆はヤマダに投げ掛けてみる。


「……銀河の果てから地球を侵略しにやって来た悪の宇宙人。それに対抗するIDEALは日夜戦い続ける正義の秘密結社なのだァ」

「ふざけないでくれよッ?!」

 声を荒げる歩駆。 


「不服かァ? なら、ゴーアルターから降りてもらっても構わんよ?」

 ずかずかと近付いて歩駆のひたいを人差し指でつつきながらヤマダは言った。


「その際には、あのイミテイターの少女はサンプルとしてIDEALが管理するから、君一人で出ていきたまえよ? 後は下手な事を喋らん様に監視を付けさせてもらう……被災地で一生瓦礫の撤去でもして余生を送るんだなァ?」

 肩を押し突き飛ばすヤマダ。尻餅を着いた歩駆は悔しくてヤマダを睨んだ。


「くっ……それが大人のやる事かよ。アンタらは!」

「大人だからやれるんデスゥ! それに加えて天才だからァ」

 その態度が子供なんだよ、と心の中でツッコミを入れ時任が言い争う二人の間に割って入る。


「真道君、大丈夫よ」

 手を差し伸べて歩駆を起こす時任。だが、歩駆の怒りは収まらない。


「何がです?! 副司令だって知ってて黙ってたんだろ!?」

「それはそうだけど……渚礼奈ちゃんを元に戻す研究は今も行っているわ。それだけは安心して?」

「…………本当なんです?」

 ヤマダは知らん顔して鼻をほじっている。


「信用ならないけど今は信用して欲しいのよ。今に元に戻して見せるからね? 全力を尽くすわ」

「でも、マモルは? アイツはどうなるんです?」

「スパイ見たいなもんだからなァ? 渚礼奈と違って自分をイミテイターだと認識している。無理だろうね」

「……そうか、そうだろうな」

「悪いようにはしないから。でも、しばらくは拘束させてもらうわ。それに、彼女がこちら側についてくれないなら……」

 なら何だと言うとか、と訝しげに時任を黙って見つめる歩駆。やはり完全に信用するに値しないんだなと思うのだった。




 時は戻る。




 パーティー会場の準備は着々と進んでいた。

「ねぇ、あーくん。そこの画鋲(ガビョウ)の箱を取って」

「あいあい」

 脚立に乗って壁にカラフルな紙で作ったリングを繋いだ飾りを一定の間隔張っていく。殺風景な倉庫が鮮やかなクリスマスカラー一色に変わる。


「っ痛」

 誤って針に触れてしまい礼奈の親指から赤い血がじわりと出てくる。


「大丈夫か?」

「はいほーふ、ひょっほふえばひいはら」

 赤ん坊の様に指を吸う礼奈。血が出なくなった事を確認して歩駆に見せつける。


「ほら止まった!」

「あ、あぁ……」

 微妙な表情をして歩駆は頷いてレナの方を見る。意識があるのかないのか、クリスマスツリーをぼんやりとながら眺めていた。


(そりゃ直るだろ。そんぐらいのキズならさ)

 子供の頃から礼奈はイベント事になると張り切る少女だった。自ら率先して行動をし、盛り上げようと必死になって頑張るのである。それは今も変わらない。


(これからどうなる、俺はどうしたい。礼奈は知っているのか、自分が本当の自分じゃないって事に。元に戻れるのか、戻るってどうやって?)

 それは大人達に任せるしかない。元はと言えば歩駆の失態のせいなのだが、自分にはどうする事も出来ないのがもどかしい。

 罪を償う。その手立てが未だに見つからない。

 黙ってやり過ごせればいいんじゃないか、と悪い考えが浮かぶ。


 歩駆は礼奈を思いながら、画鋲で親指を自傷した。

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