第66話 礼奈とレイナ

『何で歩駆、最近遊んでくんないのさ?』

『煩いなぁ……家庭の都合だよ。付いてくんな鬱陶しい』


『もう、わがまま言ったりしないから。君がヒーロー、ボクが一般市民。それで良いだろ』

『敵役いねーじゃねーかよ!』


『ほら、タイガーヴァイス。歩駆が欲しがってた玩具、あげるよ』

『何を今さら、子供じゃあるまいし。それにそれはお前の大切なもんだろ』


『歩駆はボクのヒーローなんだよ! ボクは歩駆の為なら何だってするから』

『……言ったなコイツ。じゃあ、こんなものは!』


『あっ! 酷いよ歩駆! ボクのタイガーを投げるなんて』

『ほら取ってこいよ。何でもするんだろ? さっさと行け、マモル犬!』


『んー……マンホールの穴に腕が入って、抜けないよぉ』

『マモル後ろ、車ッ!』


『え?』

『マモルゥゥゥーッ!!』


 ──これが人としての最後の記憶だ。


「それが君の過去か?」

 顔の大きさ程もない小窓から差し込む太陽の光が顔を照らし、眩しさと暑さでマモルは目が覚めた。簡素で固いベッドと枕のせいで全身が痛い。こういう痛みは普通にあるのが融通が効かないイミテイターの体である。


「……人の夢の中に、勝手に入らないでもらえるかな?」

 嫌な夢を見知らぬの語りかけによって止まったのは良かったと思う。その先は出来れば見たくはない。


「暇だからな。娯楽が何もない……と言うか手足を固定されてるから起きてても仕方がない」

 ここにあるのは目の前の頑丈そうな鉄格子、埃を被った薄い毛布と固いベッド、それと小さな洗面台に剥き出しの洋式トイレがあるだけだった。


「その声……アンタ、ガードナーの人?」

 壁越しに聞こえる若い男の声にマモルは聞き覚えがあった。それは確か歩駆達が月に出発する前、テレビを見ていたら勝手に放送が切り替わり、テロリストが犯行声明を出していた時に聞いたのにそっくりだ。ただ、特に興味も無い為に電源を消してしまってうろ覚えである。


「リーダー、シュウ・D・リューク。お見知りおきを」

「だから見えないんだけど」


 昨晩、歩駆と一緒にIDEAL基地に帰ってきたマモルは、SVから降りた所を隊員達に取り押さえられて牢屋へと入れられた。マモルが組伏せられたその時に歩駆は隊員達とやって来た時任を説得したが聞く耳を持たない。

 マモルも暴れる様子もなく素直に受け入れたが歩駆は納得のいく表情をせず、ただ黙って見送るしかなかった。


「仲良くやろうや、同じ“仲間(イミテイター)”同士」

 シュウは友好の印に握手をしたい気分だが、手足を拘束具により縛られ椅子に座らせれている。一方でマモルには特にこれといって体を束縛する物は無い。


「断る。直ぐにボクを助けに来てくれる王子様が来るんだから」

「シンドウ・アルクか……あの子には彼女が居るんじゃないか? 眠り姫の棺桶担いでよく戦えるものだな」

「ずっと寝てれば良いんだよ。アルクはボクの……」

「ボクの?」

「………………」

 黙り混んで毛布を被るマモル。暖房も無い牢獄の寒さは体肉体的にも精神的にも堪える。


「死んだ人間は生きた人間に会うべきじゃないわな」

 体を覆う拘束具の分、寒さを多少は凌げているシュウが言う。


「俺は会っちまった。我慢が出来なくってな、ある日に実家に帰ったんだ。そしたら、どうなったと思う?」

 そのクイズにマモルは答えない。


「悪霊扱いさ。そりゃパイロットになりたくてよぉ、親の反対を強引に押しきってまで家を出てしまって、勘当もされた。けど息子が生きてたら喜ぶものだろ普通……普通じゃないわな、そりゃ。死んで十年経つのに老けて無いんだから当然か」

 声は明るく笑っているがシュウの表情は悲しげだった。


「ボクは……ズルしたから」

「ズル?」

「記憶を弄った」

「へぇ、そんな事が出来るのか。相手の思考をテレパシーで読み取るぐらいなら可能、なのか?」

「偶然やれた奇跡みたいなものだから。今は出来ない」

 昨晩、マモルは試したが歩駆の記憶を単純に蘇らせる事ぐらいが限界のようだったが、思わぬ邪魔が入りって失敗した。


「私語は慎めよ。バケモノ」

 鉄がガンッ、と乱暴に叩かれた音にマモルは驚く。


「ユングフラウ?」

 黒いパイロットスーツを着た小柄な少女、少しやつれた感じがする顔のユングフラウはマモルの方を見もせず牢の前を通りすぎる。


「よう、今日もしてくれるのか?」

 シュウが言葉を発した直後、ユングフラウは腰のホルダーから拳銃を取り出し容赦なく撃った。


「何?! 何事!?」

 隣から止めどなく聞こえる銃声にマモルは震え上がる。恐る恐る鉄格子の隙間から見たユングフラウが歪んだ表情でぶつぶつと何かを呟いていた。


「お前が……お前が……お前が……ッ!」

 いつしか弾が全て無くなっていてもユングフラウは引き金をカチカチと引き続けている。全身と床を真っ赤に染めたシュウは、しばらく沈黙していると体を小刻みに震えだし咳混じりの呼吸を始めた。


「……シュウさん?」

「ふふ…………がっ……なぁに、過激なSMプレイさ……俺はサンドバッグになって……気が済むなら」

「喋るなーッ!!」

 激昂したユングフラウは振りかぶって拳銃をシュウに投げつけ、床にへたり込んだ。弧を描いて飛ぶ拳銃はシュウの頭に当たる。


「お楽しみ中かなァ? マイ・ドータァー!」

 何処からともなく空気の読めない耳に障る甲高い声が聞こえると、白衣の男がスキップをしながら現れた。


「変態博士(ヤマダ・アラシ)?!」

「変なルビで呼ぶのは止めないかァ?」

 マモルに強めにチョップするヤマダ。懐から鍵を取り出すとユングフラウと共にシュウの牢屋に入る。


「シューウ、お前が計画を早めるからこんな事になったんだずェ? お陰で計画が色々と変更するハメなって大変だァ!?」

「“上”も……急いでいるのさ。イミテイターとヒト、どっちが“神(ヤツラ)”と戦うに相応しい存在か…………ぐぇッ」

「ふざけた事を囀(さえ)ずるんじゃない」

 ユングフラウの蹴りがシュウの鳩尾(みぞおち)に入ると椅子ごと倒れた。そこから追い討ちを駆けるように身動きの取れないシュウを蹴り続けるユングフラウ。


「許してやれ、遅れてきた中二病なんだァ」

「お前が、お前が、お前が、お前が!」

 牢を出てヤマダはマモルにしゃがんで向き合い隣を指差す。


「酷いよな。奴はクローンを自分の盾にして戦う非道な男なんだ」

 内緒話をするように小声で話すヤマダ。

「そのクローンてのは……イドル計画により産み出された娘達。それを持ち出したんだよ」

「前に話してた……でもそれって、結局はアンタが悪いんだろ?! それも計画が早いのどうこうって……それも仕組んでいた癖に、隣で酷い事をして」

「どーせ治るんだ。ボクっ娘もあぁはなりたくないだろ? でも、どれだけやったらイミテイターは壊れるのか試してみるのも良いかもな。実験……だァい好き」

 パン、と膝を叩きヤマダは背伸びして立ち上がった。朝食もまだだし、もうすぐ昼飯の時間はなのだ。


「そろそろ行くぞ、“セイル”」

「……はい、父様」

 少し痺れた血塗れの右足を引き摺って、ユングフラウはヤマダの後を付いて牢屋を出ていった。

 マモルは祈る。必ず歩駆が助けに来てくれる事を。




 その頃、歩駆は礼奈と居た。

 場所と昼休憩で閑散とした格納庫の《ゴーアルター》が悠然と佇むハンガーだ。


「なぁ礼奈……ゴーアルターに触れて何かを感じたりとか、何か俺に言わなきゃいけない事ってあるか?」

「質問の前後が繋がらないんだけど?」

 礼奈を脚部に無理矢理に座らせて歩駆は問いかける。しかし、その質問に意図する物がわからなくて答えられない。


「強いて言うならヒンヤリとしてる。言わなきゃいけない事か……うーん」

 唸る礼奈。


「本当に歩駆が本気でパイロットやりたいなら、もう私とやかく言うの止める」

「お、おう……」

「でもね、IDEAL(ココ)はダメ」

「何でだよ?!」

「直ぐに銃が出てくる様な組織なんだもん。ブラック企業どころの騒ぎじゃない。軍だからって何でもかんでも発砲しすぎ。織田さんのトヨトミにしなよ?」

 急に進路相談が始まった。歩駆の聞きだしたい事はそんな事じゃないのだが、礼奈は歩駆の将来について真剣になってくれている。


「そうしようよ。私からも言ってあげるしさ」

「だからっ」

 その先の台詞を遮る様にして歩駆は礼奈を《ゴーアルター》に押し付けながら両肩を掴む。いきなりの事に礼奈は目を丸くして驚いた。


「ど、どうしたの、あーくん痛いよ」

「おかしいとは思わないのか?! 急に目が良くなったり、撃たれた傷が綺麗に治ったり、急に倒れたり、マモルが……ほら、マモル!」

「マモル君がどうしたの?」

「あぁ、マモルがよ……アレだ……クソッ、マモルが変になったり色々だよっ!」

 大事な事なのに喉まで出かかっているが思い出せなく、歩駆はもどかしくて地団駄を踏む。


「ともかくだ、俺が言いたいのはだな……お前が」

 ついに言ってやるぞ、と意気込む歩駆。その頭上でガシャ、と何かの機械が開く音に反応して見上げた。


「コクピットが開いた? おい、整備の誰か乗ってんのか?」

 礼奈から手を離して数十歩、後ろ向きに下がる。《ゴーアルター》の胸、コクピットは閉じたままだ。では何の音だったのか、と歩駆は横から回り込むと原因が分かった。それは《JF(ジェットフリューゲル)》の方である。

 

「……礼奈」

 白煙がコクピットから漏れ出す《ジェットフリューゲル》の上に立つ少女が居た。白いワンピースに身を包み、ぼんやりとした表情で虚空を見つめている。


「え、私?」

「……だ……れ?」

 二人の礼奈が邂逅した。

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