第65話 監視者≠保護者

「おい、誰か止めろッ!」

 整備員が叫ぶ。IDEALの格納庫、修理を終えた《ゴーアルター》の支援戦闘機である《JF(ジェットフリューゲル)》が勝手に動き出していた。

 こちらの遠隔操作で機能を停止させる事も出来ず、作業用機械で無理矢理に引き留めさせようと試みるが《JF》は意に介さず外へ出ようとカタパルトへ向かう。


「ビクともしねぇぞ! 乗ってんじゃないのか?!」

「動かせるわけありませんったら! そもそも無人機に改造したんでしょコレ。戦人の件といい、もぉ……親方ぁ!」

「相見さん、どうなってんですか。アリャ博士のおかしな装置のせいじゃないんですかい?」

 クレーンを動かしながら整備士長が二階の手すりからこちらを眺める中年男性、SV開発に携わるIDEALの特別顧問である相見丁太に投げ掛ける。


「……行かせてやれ。やらなきゃいけない事があるんだろ」

「行かせ……どういう事なんです?」

 シワだらけの顔を更に険しい顔で増やし《JF》を見つめて相見はコントロール室に向かった。


(やる事があるんだな。そうだろ、嬢ちゃん)





 日は沈みかけ、月が顔を出し始めた夕刻。久しぶりの我が家へ帰宅だが、中はとっくの昔にもぬけの殻である。

 この辺り一帯は普通の一般人なら立ち入る事さえ禁止されているのだが、IDEALのご厚意で必要な物は全て真道家の新たな新居へと持ち出されていた。

 今回やって来た理由は歩駆の所有物──ロボットの本やフィギュア──をIDEALの自室に持ち込む為だ。

 二人は土足のまま玄関を上がる。靴がパイロットスーツと一体になっている為に歩駆は脱げないが、マモルのサンダルは見て見ぬふりをした。


「マモルも手伝えよ。ほら、これリュック」

 二階へ上がり歩駆の部屋へと入る。窓ガラスが割れてしまっている以外に特に荒らされた形跡は無い。警備に当たる自衛隊の目を掻い潜り、泥棒行為をする者が居るらしいが宝は無事であり歩駆はホッと胸を撫で下ろす。


「……ね、歩駆」

「わかってるって。さすがに超合金は重いもんな、取捨選択するっきゃないかぁ……それよりも時任副司令にバレる事なくやるかだな」

 本とフィギュアを品定め。音楽と映像のディスクはかさ張るので今回は諦める事にして押し入れの奥に仕舞う。

 ああでもない、こうでもない、と夢中に物選びをしている歩駆の肩をマモルが引っ張る。


「聞いて、ボクはIDEALには帰れないよ」

「は? どういう事だよ。お前も見たがってたろ、この雑誌?」

「アルク、ボクはね……イミテイターだってわかってる?」

 マモルは歩駆が掴む玩具と本を退かして手を握る。グローブ越しだが温かみが感じられずヒヤッとしていた。


「言わば皆を騙した裏切り者なんだよ?」

「…………でも、お前はお前。タテノ・マモルだろ?」

 台詞が決まった、つもりで歩駆は言ってみたがキョトンとした顔をされ全く効果は無かった。


「だけど、人類の敵イミテイターだよね。アルクは正義のヒーローだからボク達を殺さなきゃいけない使命があるんだよ」

 そう言うマモルの顔は切な気な表情である。どうしてそんな事を言うのか、歩駆は理解に苦しんだ。


「……あー、うん。あー……いや、えーでもほら……んー。お前はさぁ、違うって言うか」

「何が違うの? ボクはイミテイター。人類の敵だ」

「…………」

 上手い言葉が見付からず、しどろもどろになって動揺する歩駆。マモルは耳元に近付いてこう言った。


「ボクはレイナを殺したい」

 穏やかではない単語を聞いて歩駆はハッとしてマモルを見る。


「と言うか殺し損ねた。そんでSVを盗んで、ここに逃げて来たんだ」

 マモルは掴んだ歩駆の両手を自分の胸に当てさせる。


「ほら……ここ、脈打ってる。もうコアも完全に心臓に変化してるからレントゲン何かで撮しても簡単にはバレない」

「つまり完全な人間になってるって事か?」

「この手、時任にやられた銃の痕。回復能力は有るんだよ、痛覚も有るけどね。人に近付くにつれて治癒力は遅くなる、無くなりはしないけど」

 背後の玩具の積まれた山が崩れる。何かの人形が転がり落ちて、マモルがおもむろに拾った。


「これ、持っててくれたんだ」

 それは白い虎の玩具だ。尻尾が無く、ボディにはヒビが割れ壊れている。


「お前のだよな、それ。何で俺のオモチャ箱から……?」

「何でだと思う?」

 愛おしそうに白虎の触り、カチャカチャと動かすと人型に変形した。


「それはね、形見なんだよ。アルクったらワンワン泣いてたなぁ」

「泣いた……俺が?」

「うん、交通事故でさ。歩駆が怒って投げたのを拾いに行ったらね……ドーンとね」

 マモルは歩駆と額と自分の額を宛がった。


「思い出して」

 パチッと電流が流れたかの様な感覚に陥る。すると頭の中に忘れていた記憶が蘇る。心が締め付けられて涙が溢れてしまった。


「そうだ、ま……マモル…………うっ、俺」

「そう、そうだよ」

 頭を撫でながら歩駆を強く、それでいて優しく抱き締めるマモル。


「俺は取り返しのつかない事をお前にした……あの日、俺があんな事を言わなければ」

「大丈夫、ボクなら大丈夫だから……だから、今度こそ」 

「あぁ、俺は」

 その言葉の先は突然の衝撃により邪魔された。

 家が大きく揺れ、二階の歩駆の部屋の天井が吹き飛んで、空から強烈に目映い光が照らされた。


「ジェットフリューゲル? どうしてだ?」

 真紅の翼の戦闘機が歩駆達を迎えに来たかの様に、強烈な風を起こしながら真上で静止してライトを向けている。


「って、あれ……今、俺は何してたんだっけ?」

 頬を伝う涙に疑問を覚えながら拭う。突如現れた《JF》に驚いてしまったからなのか記憶が吹き飛んだ感じがしていた。


「いつもいつも……クソッ、お前は…………お前はァァァァーッ!!」

 隣のマモルが《JF》に激昂して叫ぶ。何が何だか歩駆には意味がわからなかった。





 時刻は午後の十時を回る。

 暇をもて余した礼奈はIDEAL内を散策していた。適当に見て回り基地一階にあるロビーの広間、ソファーにどっしりと座りながら缶コーヒーを飲む男を見かける。その男に礼奈は見覚えがあった。


「ふぅ、落ち着く」

 テーブルにはノートパソコンと黒と紺の携帯電話が二台、勝手に壁のコンセントを使って充電していた。龍馬は溜まっていた会社の仕事に関するメールが十数件。中を一通り確認して、面倒くさそう返信の文章を打ち込む。


「あのぉ……もしかして織田さん、ですよね?」

「ん……ぅおだっちぃ!?」

 振り向いて渚礼奈の顔を見るなり龍馬は素っ頓狂な声を上げる。缶コーヒーの中身が溢れて腕にかかる。


「い、いやぁどーもー。奇遇だねぇ……まさか、元気にしてる?」

 汗をハンカチで押さえる。二人が顔を会わせたのは統連軍とツルギの襲撃以来だった。


「元気ですけど……あれ、織田さんってIDEAL嫌いの人じゃなかったでしたっけ?」

「んー? そ、そうだね、大人には色々あるんだよ。たはは……」

 誤魔化す龍馬。


「そういや、彼……真道歩駆とはどうだい?」

「前も言いましたけど、そういう関係じゃないですってば」

 聞きたい事は勘違いされたが、彼女が悲しむ結末にはなってなくて龍馬は内心、安心した。


「いいかい? 好きだ、と言う気持ちは声に出さなきゃ意味がないんだ。気持ちで通じあってる、てのは自己満足にすぎない」

 大して恋愛経験も無い癖に龍馬は偉そうに語って見せた。


「あーくんは疑り深いんです。他人の言葉の裏が何なのか気になってしまう子」

「男って言うのは表面上そういう風に装っているだけで本心は違うものさ……彼女、月影殿だってね」

 そう言って紺色の携帯電話を掴む。ひっくり返すと画面が滅茶苦茶に割れているが辛うじて表示されている文字が確認可能だった。


「一体どうしてしまったと言うのだ? あんなの私が知っている月影瑠璃ではない」

 夕食に誘おうと毎度の如く龍馬は月影瑠璃にアタックしに行ったが、いつもと様子が違う彼女に殴られ、その拍子に落としてしまった携帯電話を壁に投げられ割られてしまったのだ。


「それ合ってると思いますよ」

 と礼奈は言う。龍馬のナンパで怒らせてしまった、と言う事を指摘したわけではない。


「何となくなんですけど。今の瑠璃さんは瑠璃さんじゃなくて、別の人間なんだと思います」

「別の人間、二重人格……まさかイミテイター?」

「いえ、確かに瑠璃さんは瑠璃さんに間違いないんです。けど、違う誰かがを……うーん、忘れてください! そんな感じをふと思っただけですから」

 バシバシと龍馬の頭を叩いく礼奈。他に話題は無いかと慌てふためいて辺りを見渡す。


「あ、スマホ二つ持ってるんですね。二台持ちとかさすがは社長さん!」

「これか、壊れてしまったのはプライベート用なんだ。こっちの黒いのは仕事用で」

 と、折り畳み型の黒の携帯電話がクラシックのメロディを奏でながら震動しだす。開いて画面を確認すると龍馬はすっくと立ち上がった。


「すまない、ちょっと席を外させてもらうよ」

「はい、おやすなさい」

「おやすみ…………どうしたんだ竜花……帰れないから迎えに来て?」

 柱の影で何か揉めているツルギを見送って、礼奈は外へ出た。冬の潮風が体の芯から凍らせてしまいそうに寒かった。もうすぐクリスマスだと言うのに今年の予定はコレといって無い。


「星が綺麗」

 礼奈は空を見上げて呟く。


「門限とっくに過ぎてるんだから、さっさと帰ってきなさいよ……バカあーくん」

 その願いは届き、二つの光点が帰路に就いた。

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