第70話 ブラスト

 これでもやれる事はやっているつもりである、と歩駆は思っている。

 煌めくフォトンの白刃が敵を両断する事無く折れた。実体剣ではないので何度でも伸ばすのは可能だが無駄な足掻きだ。

 それでも歩駆、《ゴーアルター》は諦めずに攻め続ける。弱点であるコアを狙っているのだが、ギリギリの所で往なされているのに歩駆は気付いていなかった。


『そんなものか、その程度の力なら今すぐGA01なら降りなさい!』

 クラク・ヘイタは破損と再生を繰り返す《ID(イミテーションデウス)・GA01》の胎内で腕を振り叱咤した。


「元はと言えば、あんたが死んだから悪いんだろ! 今更ゴーアルターを返せったって……俺の半年が無駄になっちまうじゃないかよっ!」

『無駄か。君は無駄にシートを尻で拭いていただけか?』

「言わせておけば……俺だってぇぇぇ!」

 手刀から伸びるフォトン粒子が激しさを増して輝く。軌跡を描いて振り上げた刃は《ID・GA01》を後ろへ仰け反らせる程に深く切り込んだ。


『少しはやる。だが、まだ甘い!』

 不敵な笑みを浮かべ駆け出す《ID・GA01》の強烈なタックル。建物を四、五棟巻き込みながら《ゴーアルター》は吹き飛んだ。暫しの静寂の間、深目の傷を《ID・GA01》は撫でるが修復のスピードは落ちている。


『私はGA01のダイナムドライブでフォトン粒子兵器を君の様に自在には操れなかった。だがな、だとしても君のは蛍光灯を振り回しているに過ぎない! このイミテーションデウスはGA01を模して作られてはいる。が、フォトンは作られない……それは何故か?』

 飛んでいった土煙舞う方向へ問いかける。返ってきたのはフォトンのシャワーだった。それを追いかけ煙から飛び出す《ゴーアルター》は掌を前にかざすと光が集まっていく。


「ゴーアルターだからだろうが!」

 開いた手を握ると集まったフォトン粒子が弾け飛ぶ。視界が見えなくなる程の強い閃光が周囲を包み込んだ。


『目潰しか……しかし』

 例え目が眩んで見えなくなってもクラクには手に取る様にわかっていた。《ゴーアルター》は四時の方向、斜め上である。


「何ぃ!?」

『甘い、と言っている』

 突き出す《ゴーアルター》の拳を見もせず《ID・GA01》は片手で止めて見せた。歩駆は一度下がろうと機体を動かしたが掴まれた拳がびくともしない。


『説明を受けた……“ノリ”なのだ、と。君の光撃は派手だ、そんじょそこらの模造獣なら兎も角、中身がしっかり伴っていたら私に通じていただろう

……なッ!』

 突然、歩駆の脳が揺さぶられ一瞬視界がブラックアウトする。《ID・GA01》は《ゴーアルター》を地面に思いきり叩きつける。

 数十秒の沈黙、パイロットスーツの生命維持装置が働き歩駆の体に電流が走った。ハッとして起き上がり周りを見渡すと、コンクリートの地面が抜けて《ゴーアルター》は地下鉄の線路へと落ちていた。


『大切なのは肉体だ。人間の体から光線は出ない。私はそんなイメージが出来ないんだと思う。だが、機体の操縦は手足を操るのと一緒だ。その延長だと考えれば容易すかったんだ。ヤマダ博士は納得いってなかったがな』

 穴の上からクラクは語る。


『今となってはそれで良かったと思う。ダイナムドライブ……それを使用するGA01は人間にとっては悪魔の存在だ』

 ベラベラと喋り続けるクラクを他所に《ゴーアルター》は瓦礫を退け、立ち上がり再び攻撃の体勢だ。


『タフなのは若い証拠だ。けども、それだけでは』

「言ってろっつーの。こんぐらい普段の扱きに比べたら平気だってーの!」

 駆け出す《ゴーアルター》は両手を胸の前にかまえフォトン粒子を溜めていく。瓦礫の山を踏み台に《ID・GA01》の元へ飛び込む。


『見せ掛けだけではない事を証明してみせろ!』

「イレイザァァ……」

 必殺の一撃を放つ、その時だった。両者の間に突如として現れる大きな影に《ゴーアルター》は前を阻まれる。


「キャンセル!」

 それは不可能に近い。溜まりに溜まったエネルギーの行き先は空へと流す。コンクリートの壁の穴が蒸発しながら広がっていく。


「だ……誰、何だよっ?!」

 歩駆は〈イレイザーノヴァ〉を使用した事によってかなり体力を消耗していた。息も荒く、動悸も激しくて胸が痛い。


『こっちが彼の少年で、こっちがヘイタで良いのかしらね……紛らわしい』

 その機体、卵の様な楕円形をした物に短い手足が生えている紅色の奇妙なマシン。そこから女性の声が発せられた。


『ねぇ、さすがに見て見ぬフリも限界なの……わかってるのかしら?』

 女は《ゴーアルター》を背にして《ID・GA01》のクラクに話しかける。淡々としているが、口調は僅かに怒りを感じる。


『ユリーシア・ステラさんか。邪魔すると言うならば』

『黙りなさい。貴方こそ私達の邪魔をして、ガードナーから持ち出したデータを密かに流出させているのはわかっているのよ? この私が気づかないとでも思った?』

 フワフワとした挙動で《楕円のマシン》は《ID・GA01》に詰め寄った。パイロットの美女、ユリーシアがコントロールパネルに触れると機体の腕が可変する。


『流石は元スパイだ。しかし、私は自分の正義の為に戦っている。人類とイミテイター、共に手を取り合う道があれば模索する。公平さは大事だ』

『貴方……自分の立場がわからないのね? ならいいわ、もう。ハイジの同僚だか何だか知らないけど』

 短かった腕が変形すると銃砲になって伸び、無防備な《ID・GA01》の背後に廻って首筋に当てる。


『壊れちゃえ♪』

 カシュ、と軽い音を鳴らし何かを打ち込んだ。赤く光っている小さなそれは《イミテイト》のコアである。


『何をした……コアが、入って……か、体が?!』

 苦しむクラク。《ID(イミテーションデウス)》のコクピットはコアである。その中に〈イミテイター〉が入り操るのだが、今ここに“別の意思を持ったコア”が入り込んでしまった。

 それが意味するものは、統合意識されたの崩壊だ。




 轟音を轟かせ空に向かって伸びる白い光柱。空中をさ迷う《戦崇(イクサアガ)》の瑠璃は既にツルギの《黒剣(ヘイジアン)》の居る場所を捉えている。


「ライフル、コード“ワン・オン・ワン”」

 浮遊する六基の小型無線兵器である〈ディスフェアリー〉の二基が《戦崇》の両手に持つライフルの先端へドッキングする。

 敵機へのロックオンは〈ダイナムドライブ〉によるセンサーで《黒剣》の位置を特定する。後は、そこへ狙いを定めるだけだ。


「シュート」

 通常時は実弾を放つ二丁のライフルから連続した光弾射撃(フォトンブラスト)。威力が通常の二倍近く上がった銃弾は、蒼く軌跡を描いてビルの壁を豆腐の様に簡単に崩す。壁を貫通して隠れる《黒剣》へと真っ直ぐ突き進んだ。


『チッ……やっぱ見られてるの、な!』

 ツルギは音から察知して機体をしゃがませるも頭部を掠めただけなのにコクピットではモニターが障害を起こしていた。映像が乱れて視界が全く見えないのでツルギはサブカメラに切り替える。

 その瞬間、映り込んでいたのは円錐型の物体、瑠璃の《戦崇》の操る〈ディス・フェアリー〉が眼前に浮遊し銃口をこちらに向けていた。


『コナクソォッ!』

 白い光が閃く。咄嗟で焦り、レバーをガチャ押ししたのが幸か不幸か、《黒剣》は滑りながら機体をリンボーダンスの要領で後ろに傾けビームを回避。


『ぶった切れろ!』

 倒れながらの勢いで《黒剣》はブースト付き剣で加速も掛けながら一刀両断する。一つは破壊したが、瑠璃の攻撃はこれだけでは終わらず、次なる攻撃の準備をしていた。


「コード“スリーパイル”」

 片側のライフルに〈ディス・フェアリー〉を三つ重ねて撃つ。撃ち出される大きな光弾は途中の空間で弾け飛び、拡散して《黒剣》に襲いかかった。転がる様に横へ回避したが光の散弾は機体の下半部に降り注ぎ、足を破壊する。


「降参したらどうなの? 機体はボロボロでしょ、そんなので戦えるとは思えない」

 ショーウィンドーの中に突っ込んだ《黒剣》は、ブランド物の服と電飾にまみれていた。起き上がろうとするも立つ事は儘(まま)ならないので、這いつくばり外へ出る。


『そうさな…………来る』

 不意に上を見るツルギに釣られて瑠璃も上空を見た。それは恐ろしく巨大で、機械の腕の下に人間の生身の腕が生えている異形の人型。太陽を隠してこちらに落ちてきている。


「何、何なのコレ?!」

『チャンス……っ』

 瑠璃が気を取られていると、ツルギは《黒剣》を最後の力を振り絞らせる。まだ生きている背部のスラスターで限界まで加速させ《戦崇》に突っ込ませる。ツルギは滑空する機体から脱出した。それを瑠璃は全く見ておらず、完全な無防備。

 瑠璃が気付いたのは誰かの声に呼ばれたからだった。

 

 ──ったく、しょうがねぇな月影ェ!


 爆発。衝撃で吹き飛ぶ《戦崇》を寸での所で受け止めたのは《ゴーアルター》である。


「大丈夫ですか、瑠璃さん!?」

 無事にキャッチしてホッとした歩駆が心配そうに声を掛ける。


「えぇ、私は」

「危なかったですよ。ギリギリで飛んできたトンガリが守らなきゃお陀仏だった」

「うん……けど……ディス・フェアリーが勝手に動いた?」

 ライフルに装備された三基以外の反応が消えている。意識で操作する、と瑠璃は説明されたのだが今のは無意識だ。


「サレナ? まさか」

 感謝はしない。

 それよりも問題は目の前に立ちはだかる怪物を相手にするのが先である。

 異形の怪物は狂った様に咆哮した。

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