第53話 守護者

 約束の時まで一時間を切った。

 月を眼前に捉えた地球統合連合軍の軍艦、その数たった十隻が救出作戦の為に宇宙へ緊急召集された。

 現在、西暦2035年。ここ数十年で技術が格段に発達したとは言え、宇宙戦争などした事もない地球人にとっては、この数でも必死に世界中から持てる力を結集した大艦隊なのだから笑ってはいけない。

 そんな頑張りを見せる彼等が『人質を解放せよ』と先程から何度も勧告しているが、月基地を占拠したテロリストであるガードナーからの返答はなく、無言を貫いていた。

 この中には最高司令官であるマーク・マクシミリアン元帥他、軍の主要な人物が沢山囚われている。何としても助け出さなければならないのだが、迂闊に近寄れば命が危ない。

 この事態を打破できるのガードナーが要求するSV、《ゴーアルター》を所有するIDEALだけ、らしい。

 軍からすれば得体の知れない宇宙人を研究する変わった奴等が、ここ半年でデカイ顔をしているのが癪に触るが今は頼る他無い。

 そんな彼らは今、暫し迂回して潜入チーム──と、言ってもハイジだけ──を送り出した所だった。



「ハイジさん行ったか。一人で大丈夫なんですかね」

「一応、冴刃さんが先行してるハズだから……それよりも問題はこっちね」

 発進する小型艇を《日照丸》の甲板の上から見送りながら《ゴーアルター》の歩駆と《戦人・改》の瑠璃は言った。


「おいユングフラウ。チームワークってのは大事なんだぞ?」

 歩駆は《ハレルヤ》にピッタリとくっついている《チャリオッツS》のユングフラウに対して叱った。しかし、ユングフラウは歩駆の言葉を無視するかの様に、


「自分はセイルを守る……」

と、呟くだけだった。肝心のセイルも先程の事がショックだったのか言葉を発しず、通信は切れてないが向こうから拒否しているのか画面には【ボイスオンリー】と表示され顔すら映してくれなかった。


「……なぁお前らってさ」

「歩駆君、見て。統連軍の艦隊が」

 唐突に瑠璃機が指差す方向を歩駆は見る。

 統連軍の艦隊──戦艦、一隻。巡洋艦、三隻。駆逐艦、六隻──が規律の取れた陣形で宇宙空間に並んでいた。


「うーん、なんか少ねぇ? もっとこう沢山の数で、ブアーッ! となってるのかと思ったのに」

 宇宙戦艦モノのアニメで縦横にいくつもの艦が整列しているの想像していた歩駆には現実の物は残念極まりなかった。


「飛行する戦艦の開発はSVと比べると、まだ発展途上なのよ。コストが掛かるのと大気圏内では飛ばすより地上でトレーラーを走らせるか、海上で運ぶかした方が安くつく……らしいわ」

「……模造獣の襲来で宇宙開発も遅れていると聞く。もっとも、先のイミテイター以前に宇宙で模造獣を発見、戦闘を行ったと言う記録は無いが」

 ユングフラウが口を挟む。さっきから彼女の通信回線が音声オンリーなのはどういう事なのか。


「それじゃあさ、この日照丸は何の為の戦艦なんだ?」

『何ってIDEALの艦じゃぞ坊主? 宇宙に出て色々と調査する為じゃわい!』

 割り込んで艦長の天草は言うが、歩駆には《日照丸》が宇宙探索だけが目的である艦には見えなかった。そもそもIDEALが模造獣、イミテイトの襲来により組織されたにしては色々と説明できない事が多すぎるのだ。二十年前の出来事から今に至るまでに何があったのか調べてみよう、と歩駆は思う。


『ハァーイ! 少年聞こえているかい?』

 緊張感の無い甲高くて不快な声がコクピットに響き渡る。毎度お馴染みヤマダ・アラシが通信に割り込んできた。スクリーンに表示されるウィンドウが不必要にデカくて前が見辛い。


『お久しブリブリだなァ、こうやって話をするのは何章ぶり?』

「……博士、何処に居るんだよ」

 思えば全てヤマダのせいに歩駆はしたかった。ヤマダがまともな説明をしてくれればもっと上手くやれたのだ、と歩駆は常日頃思っている。もちろん、自分が調子に乗っていたからであるのは間違いないのだけれども、他人のせいと思ってないと心が押し潰されそうだった。


『何処かって聞かれれば、金髪野郎ことハイジと共に小型宇宙艇の中にヒッソリとさ』

『一体いつの間に乗ってたのよ?』

 と、瑠璃は驚く。《日照丸》に乗船しているとは聞いていたが、《ゴーアルター》の新装備の調整にも姿を現さなかったので何時出てくるかヒヤヒヤした。


『ヤマダ君、戻ってくるんじゃ。君を行かせる許可は出しとらんぞ』

『もう時間的に無理なんだよねなァ、コレが! そんなことより少年に用があるの! 外野はオフっと』

 ヤマダは天草や他からゴーアルターへの通信を遮断する。遠隔でそんな事も出来るのか、と歩駆は感心する反面、こんな下らない事で使われるのに呆れてしまう。


『これで安心なんだズェ』

「直接じゃないのが残念だけど博士に聞きたい事が山ほどある」

『時任のお姉さんに言われたっしょ? 全ては後のお・楽・し・み』

「だけどもさ」

 今聞きたくてしょうがない、歩駆は待てなかった。だが、


『もしかして……ガードナーに勝てないから不安なのかい?』

「そんなことっ……無いことも無いけど」

『大丈夫さ、この天才が開発したゴーアルターの新兵器ヘルツハルバードはイミテイトの模造する力を弱めて、コアを直接破壊しなくても倒す事が可能な超すんばらしぃ武器だァ。原理は聞くんじゃねーよ、そう言うことが出来るそう言うモンなんだ』

 喋る隙を与えず捲し立てるヤマダ。


「いや、そうじゃなくて俺が言いたいのはだな……」

『わかった、特別にヒントをやろうじゃないか』

「ヒント?」

『少年の幼馴染みの少女の事を思って戦えのだァ! 離れていても心は一つ』

「どういう意味だ、それ?」

『二人居るよね、少年にとってはどっちが大切か考えるんだなァ。あーもう圏外になる、じゃァ』

 そして、いつものように要件だけ告げて唐突に切られる。毎回の事も今日はさすがにイラついてしまう。

 歩駆の心配を余所に《日照丸》は目的地に向けて回頭、出発する。

 何をするにしても、この戦いが終わってからでなければいけない。今は目の前に事に集中するしかなかった。




 月基地(クレーターベース)から次々とSVが発進すると同時に統連艦隊もSVを出撃させた。ガードナー側は黒の専用機体である《ガーデッド》と《アポロン》。変わって統連軍側、世界各地のマシンが統一感無く集められているが、どの機体も宇宙用ではない為にIDEAL同様、急ごしらえの改修機ばかりだ。


『ガードナーを名乗る者、基地は完全に包囲されている。大人しく投降し、人質を解放せよ!』

 定番の文句を叫びながら最後尾の戦艦から指揮する年配の指揮官が言う。余りの面白味の無さに溜め息を吐いてしまいそうだった。


「はぁ……解放は、してやる」

 月からの通信。黒と紺のパイロットスーツに身を包むガードナーのリーダー、シュウ・D・リューグはヘルメット越しに不敵な笑みを浮かべた。


「だが、それは俺達に勝てたらの話だ」

『バカにして……テロリストめ、元帥を人質に捕り、統連軍本部の月を占拠した罪は重いぞ!』

「罪か、地球を外側から見ているヒトにはわからんさ。やれるならやって見せろ」

『交戦の意思有りと見たぞ?! 聞いたな、対SV戦用意だ! 奴等を殲滅し人質を』

 向こうが何かを言う途中だったがシュウは通信を切る。こういう輩は相手をするだけ無駄なのだ。



 量産機軍団を基地から粗方出し終わった後で、二機のマシンが遅れて発進す?。

 前を先に行くのは緑と紫の迷彩柄をしたサイケデリックな機体。胸にはガードナーのエンブレムと、肩にヘビが八の字の形をしたマークが施され、両肩には腕と同じサイズの何かを背負っている。


「アタシのガーデッドだよ、コレ。この形にするのに一体何日掛かったか!」

「サレナ、お前の理想を作るのに何十人のイミテイトを犠牲にしたか……」

 もう一方、グレーのカラーでサレナの《ガーデッド》よりも少し大きなサイズ。これとって武装らしき物は見当たらないが、肩アーマーに填まっている球体が特徴的だ。機体の名は“守護”を意味する《エスクード》と言う。


「わかってるンだよシュウ。こいつはSV(サーヴァント)なンかじゃないID(イミテーションデウス)なのさ、アハハ!」

 新品の玩具を与えられてはしゃぐ子供の様なサレナだったが、一条の光が機体を掠め、笑顔だった表情が変わる。二体の宇宙仕様のバックパックを装備した《尾張九式》が銃口を向けていた。


「テメェ……そンな付け焼き刃の機体でよぉ、勝てるわきゃねェのだろうがァァーッ!」

 新品でピッカピカの装甲を傷物にされて“プッツン”状態のサレナは背部ブーストを全開に吹かして敵に突っ込んで行った。


「先行しすぎて足元を掬われるな」

「心配無用だッてーのぉ!」

 加速する《ガーデッド》は袖部分から飛び出した短剣を二つを振りかぶって投げた。刃をチェーンソーの様に回転しながら《尾張九式》の胸部を削り取り、コクピットに到達するとミキサーの様に中をかき混ぜた。


「ダブルで中心(ブル)!」

 二機同時に操縦者だけを殺めたサレナの《ガーデッド》は両腕を前に掲げる。軽く上にやり《尾張九式》に突き刺さる短剣は、柄に付いたワイヤーで引っ張られて外れ、自動的に巻き取られながら袖の中に戻っていく。


「次の的、来な」

「調子に乗り過ぎるなよ。俺達の敵はあくまでもIDEALだ。奴等が来る前にバテても知らんぞ」

「ヤらしてくれるっつったのはソッチだろ!? こんなのは軽いウォーミングアップさ。アタシは好きにやるからね!」

 そう言って敵の群れに飛び込んでいくサレナを見てシュウは鼻で溜め息を吐く。

 彼女を仲間に引き入れたのは間違いだった、と思うのは何度目だろうかと嘆いているとレーダーに高エネルギー反応。かなり遠くからだが勢いはどんどん加速している。


「守れ」

 シュウのSVの前に六機の《量産型ガーデッド》が壁になる。その場から上昇して離れると、虹色の大きな光が唸りを上げながら眼下を瞬く間に通り抜けていった。


「なるほど、アンチシミュレイトシステムを攻撃に転じたわけか」

 光を浴びた壁役の《量産型ガーデッド》の内、三機が跡形もなく消え去ってパイロットだけが宙に投げ出されていた。残りの二機は機体自体は全くの無傷だが中のパイロットは消失している。

 

「ヤマダめ……あれからどれだけの犠牲を払った」

 忌々しい男の顔が浮かび上がり、シュウは苦虫を噛み潰した様な顔をして睨み付ける先にあるものは純白の巨神、《ゴーアルター》だ。身の丈ほどある長さの大きな武器を両手で構えている。


「近付いて見てわかったけどさ……やっぱり、おかしいんだよ。ガードナー(お前ら)もIDEAL(俺ら)も」

 歩駆は宇宙空間を漂う《ガーデッド》のパイロットを見て困惑する。

 確かに彼女らの反応は紛れもない人間である事に間違いないのだ。

 ただ、何故あれはイミテイトでもないのに歩駆の知る“少女と似たような形”をしているのか、と。


「ゴーアルター…………やっと会えたな。お前は、この手で必ず破壊する。死んでいった仲間達の為に」

 遂に出会った宿敵と相見(あいまみ)え、シュウは静かに震えて怒りの炎を身に燃やす。歩駆はただならぬ敵意に背筋が凍った。エネルギーチャージは不十分であったが《エスクード》から放たれる冷徹なオーラに恐怖し、標準も定まらないまま〈ヘルツハルバード〉の引き金を引いた。

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