第52話 セパレーション・ハート
白旗を出した《アキサメ》と睨み合いが続くIDEAL一行。
しばらく経って、長い沈黙を破ったのは《アキサメ》だった。
なんと、こちらの方に通信を入れてきたのである。
「あ、アキサメより入電……ですけど、どうしますか艦長?」
「繋げ」
天草の指示によりモニターに相手の映像が映し出される。
そこに居た人物は中年の統連軍人だった。整った髭とオールバックの髪型、紳士の様な上品な佇まいから位の高い人物なのだと伺える。
『……IDEALの諸君、私にもう戦う意思はない。ここは見逃して欲しい、頼む』
何と意外にも軍人紳士は頭を下げて許しを乞い始めたのだ。これにはIDEAL一同、驚きを隠せなかった。
「まさか、そう来るとは思わなかったわ……」
「はぁ?! 自分達から攻撃しておいて何様のつもりだ、おいっ!?」
「こちら日照丸艦長、天草宗四郎だ。貴方は模造獣……イミテイトなんだろう? 目的は何だ」
『我らの事はイミテイターと呼んで欲しい。……自己紹介が遅れた、私は地球統合連合軍大佐、ロバート・スミス……に成った者』
「成った者?」
不思議な言い回しをするスミス。《日照丸》のオペレーターはモニターに映るスミスの顔認証を行いデータを調べた。
「確かにロバート・スミス大佐と言う方は存在しています。ですが、今は月基地(クレーターベース)で人質にされているはずの一人です」
『私はロバート・スミスであってロバート・スミスではない。いずれシンのジン化を果たして本物化(オリジネイト)すれば私がロバート・スミスに成るので安心して欲しい』
「ゴチャゴチャと何をわからないことを言っておる! どんなに似せようと所詮は模造品、紛い物。瓜二つに化けようとそんなお前らを逃がすわけないだろうに!」
スミスに対し顔を真っ赤にして激昂する天草。
『見逃してはくれませぬか』
「殲滅じゃ! 塵一つ残さず消滅せよ!」
「待って!」
突然の声と共に《日照丸》のブリッジ前方に影。メタリックピンクな輝くSV、虹浦セイルの《ハレルヤ》だった。
「ちゃんとお話をしてみようよ? ちゃんと話し合えば殺し合う必要なんて無いかもしれない! そうすれば争いなんて無くならないんだから!」
機体をブリッジに向けて必死になりながら説得するセイル。こいつは困った、と呆気に取られる天草は軍帽を目深に被る。
モニターに映る涙目のセイルに見つめられ、こういう子供の健気さには弱い天草の先程まであった怒りは、遠い何処かに吹き飛んでしまった。
「おじさんもわかるように話そうよ? 難しい言葉を使うんじゃくて相手に伝わるようにしなきゃダメなの! わかり合いたいなら努力しなきゃ!」
お次にセイルは《アキサメ》のスミスの方へ叫ぶ。身振り手振りをして自分の為に尽くしてくれているセイルが、今のスミスには小さな女神様の様に見えた。
「なぁ……セイル」
「ん、どうしたのフラウ?」
「自分に、任せて欲しい」
そんな時だった。拙(つたな)い言葉で頑張りを見せるセイルを見兼ねたのかユングフラウの《パンツァーチャリオッツS》が《アキサメ》の前に行く。
代わりに調停者を買って出たいのか、ユングフラウはある一つの質問をスミスにぶつけた。
「聞きたい事がある。これまで人類との最初の戦いから長い間、模造獣は姿を真似るが人型に成るのは出来ないと聞いた。だが、なりSVへの模造や貴様みたいなのが現れた。イミテイターはどうして人になる?」
敵の存在については未だ謎が多い。一番“何か”を知っているであろうヤマダは答えようとはしない。だから、これは敵の正体をする絶好の機会だった。
『簡単な事さ……魂だよ。人型に成るだけなら容易な事だ。しかし、一から個人に成るには簡単じゃない。だから、魂をソックリそのままコピーするのさ』
「魂……そんな目に見えぬ概念の物を写す事が出来ると言うか?」
『出来る。だがしかしな、魂をコピーすると言うのは肉体からは離さなきゃならないんだ」
「離すとは?」
「肉体の死。ロバート・スミス当人は月面会談前に死んだ。そしてイミテイトの体に魂を写し変えて今ここに生きている。まだ不鮮明な部分もある段々と蘇る。記憶は全て引き継いでいるのだから存在が消えたわけでは』
「わかった」
ユングフラウが呟く。
それは一瞬の出来事だった。
「…………え?」
セイルから見て《チャリオッツ》の後ろ姿で何をしたのかはよくわからなかったが、微かに見えた火花と金属が壊れる様な音が聞こえ、《チャリオッツ》の腕には赤く発光する刀が握られていた。
「貴様らとは相容れないと言うのがわかった」
「ねえフラウ、何したの……」
セイルは後ろからそっと近づいて恐る恐る覗いてみる。そこにあったのは《アキサメ》のブリッジが真横に断ち切られている光景だった。
「目標の死亡を確認、これより帰投する」
踵を返す《チャリオッツS》は《ハレルヤ》の元へ飛んでいく。
「フラウ」
「セイル、作戦はまだ始まってもいない。奴はこちらを攻撃しようと主砲のスイッチに手を掛けていた」
「……何したのって、ねぇフラウ」
「それとわかった事が一つ。自分がSVと共に撃沈させたのは艦は模造獣が化けていた艦で、スミスとか言うイミテイターのは普通の艦だった。先に倒しておいてよかった」
「ユングフラウ」
「イミテイタースミス……戦う術が無いと言うのは本当だったみたいだな。最初のSVが弱く思えたのはイミテイターが操縦していたからだ。模造すればいいものを、わざわざ人になって乗る意味とは何だったのか」
「ユングフラウッ!!」
「……」
無音。
全員が少しだけ敵との和解を期待していたのだ。しかし、そのスミスがしたと言う裏切りの行動は間近で見ていたユングフラウにしか真相はわからない。
刀を納め《チャリオッツS》は立ち尽くす《ハレルヤ》の肩を引っ張りながらユングフラウが呟く。
「セイル、自分は子供の駄々に付き合っている暇はない。我々は敵と和解に来たんじゃない。テロリスト……いや人類の敵を根絶やしに行くんだ」
怒りとも飽きれとも取れる表情。セイルはモニターに映るユングフラウの冷たい顔に恐怖を覚える。それに負けじと涙ながらに訴えるが、
「でも……でも、この前は……出来たもん! フラウも見たじゃない!?」
「確かにセイルの歌は不思議な力があるのかも知れない。だけど、歌なんかで戦争は止まらないぞ?」
「止められるもん! セイルがそんな世界、変えて見せるもん!」
「……セイルの事は大事に思っている。自分はこの世でたった一人の家族であるセイルを守る為に何だってする。だから、この戦いを邪魔をするな」
ユングフラウは冷たく言い放った。
その頃。
月面基地、クレーターベースでは来(きた)るIDEALを迎え撃つ為、出撃準備を行われていた。
時計の文字盤の数と同じだけある基地の出入口に、隠されし第十三番目のゲートが存在する。統連軍元帥を始め、両手で数えられるほど人物にしか明らかにされていない場所に、シュウや他の《ガードナー》隊員の主力SVが堂々と鎮座していた。
「統連軍の艦隊も近づいている…………そろそろ出るぞ」
パイロットスーツに着替えたシュウ・D・リュークはやや駆け足気味で目的地へと向かう。その途中で他のガードナーの主要メンバーとも合流する。
「なぁシュウよ、統連軍(アッチ)の方はアタシが貰ってもイイんだろ?」
所々に素肌が見える──透明なフィルムで覆っている──奇抜なパイロットスーツの女、サレナ・ルージェが無重力で逆さになりながら尋ねた。
「好きにするが良い」
「ねぇ私は今回パスしてもいいかしら? 何だか待っていた方が面白いって予感がするもの」
二人の後ろを行く女性。ブロンドの綺麗な長髪、スラッとした美脚で抜群のプロポーション、海外の映画スターと見間違う程の美人だった。
彼女が断りを入れるとサレナは眉間にシワを寄せ、嫌な顔をして睨んだ。
「あぁン? 何でデねえンだよ?」
「フフフ、あら寂しい?」
「……そだなぁ、眺めてるだけでもイイ女だ。年上は守備範囲外だがアンタなら入れてやってもイイぜ?」
「御免ね、私はそういう趣味は無いの。それに今から来るの私の“彼”なの」
「ケッ……男連れだったかよ」
「厳密に言えば、今生の別れをしてから久しぶりの再会になるわ……」
ブロンド女性は嬉しさのあまり踊り出す。
「そうだシュウ、ユングフラウによろしく伝えといてね? 帰ってきてくれるなら嬉しいな」
「わかった、伝えておく」
「……男と言えばよ、新入りは何処に行った?」
「奴はまだ完全でない」
「一番exSV(ゴーアルター)に執着してるのはアイツなのにな。普段はクソ真面目でユーモアの欠片もない坊っちゃん刈りがexSVの事になると目の色を変える」
「……そう……だな」
談笑しながら歩いて数分、ようやく三人は第十三番ゲートの格納庫へ到着した。見送りに来た宇宙服を着ていないブロンド女性が管制室へと向かうと入れ替わりでジャスティン・テイラーが上方から飛んで来た。
「こちらの艦は今にでも発進できる……それと虹浦セイルと《荒邪(アレルヤ)》はこちらに引き渡してもらう約束、忘れないでいただきたい」
「間違って撃っちまったらゴメンよなぁ?」
「いや、君に聞いてるんじゃない! シュウ」
「……」
様子がおかしかった。口を開け何処か虚空を見つめていて、心ここに在らずと言う感じだ。
「聞いているのかい」
「その右手で触れるなっ!」
テイラーが体に触れようとした瞬間、シュウは怒りの形相を顕(あらわ)にして殴りかかった。裏拳で胸に当たると、テイラーは物凄い勢いで壁に衝突する。死んでは居ないが軽く吐血した。
「ぐっ……す、すまない。つい、うっかり……許してくれ」
「……ゴーアルターを破壊するのは俺だ。あれは世界を理を変えてしまう危険な存在だ、何としてもこの手で…」
鼻息を荒くしながらシュウは自分の機体の方へと進んでいく。サレナは一連の出来事を見て見ぬフリをして、同じく機体に向かって駆け出していった。
誰も居ない倉庫。ここはどうやら警備が手薄な様だ、と天涯無頼は奥に積まれているダンボール箱の影に座り込んで煙草を一本吸いだした。
イライラがピークで暴れだしそうだったが、数時間振りにやっと気持ちを落ち着ける。
「……さて、どうする」
今回の一軒、本来のスケジュールでは一ヶ月も先の予定なハズだったのに、どうして自分がコサコソと逃げ回らなければならないのか、と憤りを感じる。
「……何が真実者(オリジネイター)か。それすら借り物の魂だろうに」
ガードナーに人質と《ゴーアルター》を交換する気など最初から無い。もう大半が《イミテイター》と入れ替わっているので、それらを救出したとしていも意味がないのだ。
「……ジン類に溶け込むなど出来やしないと言うに聞かん奴等だ」
懐から拳銃を取り出して弾数を確認する。
残りは五発。敵の数を考えると、これだけでは心許ない。部屋の廻りを見渡すが食料品ばかりで武器の類いは一つも無かった。天涯は箱の中から袋に入ったサラミを見つけだし一つ拝借する。
本当は和系の甘い物──餡子(アンコ)の類い──が欲しかったが贅沢は言ってられない。これで少しだけ腹が膨れ空腹が紛れた。
「……まあ、精々頑張る事だな、最後の最後に勝つのはIDEAL」
天涯は立ち上がり、火の着いた煙草を踏みにじる。
「いや、俺だ」
助けを待つのは性分ではない。自分自身で道を切り開き、勝利を掴む。
それが天涯の生き方なのだ。
外の通路から足音が聞こえるのも気にせず、天涯はドアを開いた。
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