第42話 ヒトガタの神

 時間は少し巻き戻る。


 突然、停止した《ダイザンゴウ》と《ゴーアルター》にサレナは動揺していた。

 通信で呼び掛けても応答がない。装甲を《ガーデッド》の腕部で叩くが、やはり反応なしだった。


「どうしたんだい、リューカ! 何で動かンのだ!?」

「ほらほら、余所見をしている暇があるのかいハスキーボイスのお嬢さん」

 冴刃の《ゼアロット》が持つ対SV用マグナムガンが火を吹く。放たれる二発の弾丸は空を飛ぶ《ガーデッド》の装甲の隙間、間接部を貫いて左脚部を吹き飛ばす。


「チィ! 白い奴、アイツが何かやったンだなぁ?!」

 機体のバランスが崩れ、制御が不安定になったのを気にも止めずに、サレナが狙うのは停止中の《ゴーアルター》だった。

 右肩部から四連装のミサイルをありったけ吐き出した。


「ゴーアルターは、やらせない! サレナ・ルージュ!」

 射程外から小型なマイクロミサイルが《ガーデッド》のミサイル目掛けて追突、《ゴーアルター》に届くまえに爆裂する。

 サレナの目の前に現れたのは鮮やかなバイオレットブルーな機体色、瑠璃の《戦人二号機》だ。


「月影ェ……生きてのか貴様、土の中で寝てりゃよかったのによォ!?」

 まさかの登場に苦虫を噛み潰した表情で苛立つサレナは、プラズマランチャーの照準を《戦人》に変更する。エネルギーを溜めない連続発射モードでプラズマ球を撃ちまくった。


「おっと、私の姫はやらせないよ」

 更に援軍は続く。

 メッキ塗装を施された嫌に目立った機体、織田龍馬の《P(パーフェクト)尾張》が両腕の大型シールドを構え《戦人》の前に立ってプラズマ球を受け止める。煙を上げるシールドは塗装が剥げて鉛色の肌を見せた。


「その黒い機体に肩の剣と翼のマーク、お前“ガードナー”の者だろ?!」

 龍馬は叫んだ。


「ガードナーって要人護衛のスペシャリスト集団の? でも十年近く前にチームは解体されたって聞いたけど……」

「表向きはそうです。だが、裏の世界ではスパイや闇討ち、暗殺を行っている今では仕置き人部隊」

「その声はトヨトミの元社長お義兄さンだな。タイガの義姉さんはアタシ好みの良い女だったが貴様何かに用はないッ!」

 そう言うと《ガーデッド》は腰から取り出した剣を構えて急降下した。


「リューカは私の物だからな! ダイザンゴウと共に頂いていくから!」

 振りかぶる剣の刃、細かなチェーンが高速回転を初めて火花が散る。

 チェーンソーならぬ、チェーンソードだ。


「悪趣味なSVはブッチギルッ!!」

「このスペシャル仕様の尾張はシリーズの良いとこ尽くしの私専用機体なのだ。だから、貴様の攻撃などに……」

「織田さん邪魔! 引いてください!」

 瑠璃は《戦人》で《P尾張》を蹴飛ばすと、刀身が高速振動するパルスナイフで身構える。


「残念、ランチャーだ」

「知ってるから!」

 急停止した《ガーデッド》はソードを捨て、チャージ済みのプラズマランチャーを解き放つ、サレナの得意な騙し戦法だ。

 当然、元仲間だった瑠璃が知らないわけは無く、ナイフを投げてランチャーの向きを変える。逸れたプラズマ粒子は野山の木々を次々に焼き付くした。


「ヒャーハッハッ、もっとだ! さあゴキブリの様に逃げろォ! 逃げれば山がドンドン燃えてくるぞ?! もっと燃えるがいいやッ!」

「くそ……竜華っ、竜華ぁぁぁーっ!」

 チャージ射撃は次の発射まで暫く時間を置く必要がある。瑠璃達が逃げる様子をサレナは高みから見物していると《ガーデッド》の後ろにそびえ立つ巨人が目を覚ました。


「ン? ダイザンゴウ、やっと動き出したか? さぁ憎き義兄と、それを誑(たぶら)かす月影を倒せ! “アケボノ”を使うんだ!」

「アケボノだって……不味いぞ月影殿!」

 燃える森の中をひた走る飛べない《P尾張》の龍馬が足を止める。


「どうしたんです? アケボノって?」

「日本帝国軍が開発した戦術爆弾……奴らは、この辺り一帯吹き飛ばすつもりだ! 早く、出来るだけ遠くに逃げるんだ! ヤバイぞ!」

 全身から血の気が引き、青ざめた表情をする龍馬はフットペダルを強く踏みしめ《P尾張》を限界まで走らせた。

 だが、瑠璃は逃げる事はしない。どうにか止める方法を考え《ダイザンゴウ》に近付く。


「ハハッ、もう遅いンだぞ月影ェ! さあ撃てッ! みんなみんな、アタシ達の邪魔をする奴等は破壊しちま」

 と、言いかけるサレナの前方が暗くなる。それは《ダイザンゴウ》が振り上げた掌(てのひら)だった。


「何だ、リューカ……ダイザンゴウ、こっちじゃあない! お前の敵は奴等なンだぞ?!」

 命令を無視し《ダイザンゴウ》はサレナの《ガーデッド》に向かって拳を突き上げたり、振り払って落とそうする。


「おいどうした? 」

 伝達に不具合でも起きているのか、とサレナは疑ったが《ダイザンゴウ》の攻撃は明確に意思のある動作だった。


「違う、違う違う違う! バカかよッ?!」 

「どうやら形勢逆転のようね、サレナ・ルージュ! 今すぐに投降しない!」

 四対一、流石に《ダイザンゴウ》が敵側になってはサレナも分が悪かった。


「チッ、今日の所は引いてやる。月影ェ、次会う時はブッ貫くからなっ! 洗って待ってろ!」

 サレナが負け台詞を吐くと《ガーデッド》から大量の煙が吹き出し、辺り一面を真っ白に包み込む。


「あっ、逃げるなサレナ・ルージュッ!」

 レーダーにも異常が見られ《ガーデッド》の反応が掴めなくなってしまい、瑠璃はサレナを完全に取り逃がしてしまった。




「あぁんもぉ、何だよこりゃ? パイスーがグチャグチャだ」

 目が覚めると歩駆は何故か《ダイザンゴウ》のコクピットに居た。

 隣に座る織田竜華も一緒に居たのだが、何故か互いに服装が粘着質の謎の赤い液体でビッショリだった。

 外に出る二人が目にしたのは山が燃える光景だった。

 木々が焼けて焦げ臭い匂いが充満して酷い有り様で、瑠璃達のSVが消火活動を行っている。


「あのっ……」

 呆然と眺める歩駆の腕をモジモジしながら掴む竜華。


「助けて頂いて、ありがとうございました」

「ん、あぁ。いいって……ことよ」

 自然と視線が竜華の透けた服に目が行ってしまい、歩駆は思わず背を向ける。


「私は織田竜華。トヨトミインダスリーと言えばわかるかしら? 私の一族が代々受け継いで経営してますの」

「トヨトミ? あぁトヨトミねぇ、そう……不味いな」

 最初の戦闘で《尾張十式》の〈模造獣化〉と《ゴーアルター》の真芯市消滅事件は、トヨトミの新型機が暴走を引き起こした、と表向きは報道されている。だが、色々と不信な点がありすぎる為にトヨトミは不問になり、半ばうやむやになっている。


「どうかしまして?」

「いやいやいや、何でも? こっちの話しだから……俺は真道歩駆。“歩く”に“駆ける”でアルクだ」

「真道……歩駆様」

 様付けされて何だかこそばゆい歩駆だったが、非常に気まずい。


「おーい、竜華ぁー!」

「あっ、兄様ここですわぁ!」

 消火活動を終えて三機のSVがこちらに向かっている。

 敵はもう来ない。歩駆は何処か休める場所に行きたかった。




 救援に来たトヨトミのSVチームに後を任せ、五人は山の麓にある町の喫茶店に入り一息ついていた。

「なあ歩駆君、いつの間にゴーアルターからダイザンゴウに移動したんだい?」

 ブラックコーヒーに砂糖とシロップを何杯も投入しながら冴刃は訪ねた。


「それは自分でもびっくりしてますよ。ダイブしたら急に意識がダイザンゴウに吸い込まれるみたいな感じになって……物理法則もあったもんじゃあないよ」

 できたて熱々の名物あんかけスパゲッティを啜りながら歩駆は答える。

 心と体が《ダイザンゴウ》と織田竜華に触れ合う感覚、この技は前に《ナナフシ模造獣》と戦った時、トドメを刺した瞬間に取り込まれた軍のパイロット達の怒りや悲しみが魂に流れ込んできたのと似ていた。

 今回のは意識に潜る事に集中したからか、肉体ごと《ダイザンゴウ》に転移したのだろうか。


「あの機体(ダイザンゴウ)どうしようかしら。壊そうと攻撃を試みても自動修復される……誰も乗っていないのに」

「瑠璃さんは知らなかったんですか? このダイザンゴウにダイナムドライブが積んでいた事を」

「そうなの? それは知らされていないわ。戦時に開発された遺産兵器を悪用する者達に奪われる前に破壊せよ、て時任副司令からのミッションだったし」


 瑠璃はやっと自分の前に運ばれてきたストロベリーパフェのアイスをすくって口に運ぶ。イチゴソースの酸っぱさとバニラアイスの甘さがマッチして、仕事終わりの疲れた体がとても幸せな気分になった。


「失礼ですわよ貴女!? 大体、私達の曾お祖父様の遺したダイザンゴウを勝手に壊さないでくださいまし!」

「まあまあ、落ち着け竜華。結果的に月影大尉は正しかった」

「元は言えば兄様が不甲斐ないせいでぇ!」

 兄妹喧嘩が勃発。竜華は自分と龍馬のお冷やをぶっかける。勢いよく飛んだ氷が目にクリーンヒットして龍馬は床にのたうち回った。


「ごちそうさま……所で竜華ちゃん質問なんだけど」

「はい! 何でしょう歩駆様?」

 兄を足蹴にしながら竜華は歩駆の呼び掛けに明るく返事する。


「ヤマダって名前の人に聞き覚えは無いか? ロン毛でスゲー派手な感じで、白衣着た人」

「ヤマダ? もしかしてヤマダ・アラシ様の事かしら? まだ車事業をしていた頃からトヨトミで働いていた技術者ですわ」

「……何歳なんだ、あと人?」

「SV開発の第一人者で……このダイザンゴウが過去に暴走を引き起こした原因を作った方ですわ」

「おい竜華?! 一応、それは企業秘密で」

「織田さん、喋ってくれるかしら?」

「月影大尉殿の頼みならば!」

「似た兄妹だな……すいません、コーヒーおかわり。あとミルクもください」

 そして、織田兄妹は知っている限りの事を全て語った。





「矛盾してるとは思わないかァ…?」

 薄暗くて気味の悪いIDEALの地下ラボラトリー。怪しい雰囲気の照明が照らす部屋で、軋むキャスター付きのイスで巨大水槽の前を行ったり来たりしながら、ヤマダはゲスト用ソファーに座る男に向かって言った。

 

「私は人類の未来の為、襲い来る宇宙からの驚異と戦う為に“SV(サーヴァント)”と言う人型マシンを製作したのであるのだよ。それを実現させたのは天才である私だけの力……と言いたい所だが、協力してくれた模造種(イミテイト)の先遣隊も君一人になってしまったね」

 ソファー前のガラステーブル、男と対面するようにキャスターイスを移動させながらヤマダは悲しそうな声で言う。


「今日は天涯無頼は居ないのか?」

 部屋をぐるり、と見渡しながら男が呟く。


「まだ、お空の上だろうなァ。宇宙遊泳でも楽しんでるんじゃなァい?」

 残念がる男。見た目は四十代から五十代の初老なようだが、その瞳は年齢を感じさせない異様な輝きで満ちている。


「……百年になる。私はその中で学んだ。ヒトは非常に愚かな生物であると。同種で争い、憎しみ、殺し合う。非常に理解に苦しむ……だが、それと同時に愛と呼ばれるモノを持ち、互いを理解し合い、子を育み、次の世代へと命を繋ぐ。我らには概念も無かったモノだ」

 男は淡々と語る。


「ヒトへのジン化………百年前の我らも苦労した。我らの遺伝子に刻まれた“何か”がヒトへの模造を不可能にさせる」

「人為……いや、神為的に仕組まれたプロテクトって事かァ。神が決めたルールはぶっ壊したくなるもんだなァ」

「君達はそれをやるのだろう?」

「この天才が目指す“イドル計画”とIDEAL、天涯が目指す“イドル計画”は同じ道のりだが微妙に違う。私のはもっと壮大…そう! ギャラクシー規模に素敵なモノだァ!」

 高笑いするヤマダの大声が部屋中に反響する。非常に煩いヤマダを前にして男は顔色一つ変えなかった。

 男とヤマダが出会って数十年が経っている旧知の仲なので、もう馴れてしまっている。


「あのゴーアルターとか呼ばれる模造器…あれが、いずれ神になるとでも言うのか?」

「さァな? 俺は神を信じちゃあいない。だが、天涯や後続の模造種(イミテイト)共は神をどうにかしたいんだろう?」

「シンのヒト……真実者(オリジネイター)になる。デキソコナイの生命体である模造種(イミテイト)の存在意義。それを知るためには神に近付かなければならない。その為のステップとしてヒトは神に一番近い存在なのだろうからな」

「ヒトのみが持っている無限の可能性……」

 想像したら凄くワクワクするフレーズだ、とヤマダは感じた。


「我もこの体で永い時を生きていた。偽りのモノではあるが、少しわかった気でいる」

 男は水槽に目をやる。水に浮かぶの真っ赤なゼリー状の丸い物体が座っている男の形を真似していた。


「先遣隊もダイナムドライブの中で生きている。少年の楽しみや喜び、怒りや悲しみを学んでいることだろうさァ……ダイザンゴウの中の奴等は、古い日本の戦争脳で使い物にならんけど」

「……後続の模造種(イミテイト)達に地球を渡してはならない。我らが見てきた無限の星々の中でも特別でなのである。もし奴等に渡ってしまえば、この地球は終わりだ」

「わかっているよ。青くて緑で美しい皆の地球、この天才たるヤマダ・アラシ様が悪の宇宙人共を全て駆逐してご覧に入れましょうかァー!」

 ヤマダは高らかに宣言する。

 人類の未来をコイツに任せて大丈夫なのか、と男は不安で一杯だった。

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