第41話 ダイブ

 気が付くと、歩駆は見知らぬ場所に立っていた。

 自分は《ゴーアルター》のコクピットに居たはずなのに、いつの間にか工場の様な建物の中に居る。

 割れたガラスの窓から差し込んできた西日がとても眩しい。


 ──何だ……これって、もしかして女の子の心の中って事なのか?

 夢か現実か、壁や床に触れた感触は本物そっくりであるが自分の影が足元に無かった。

 不思議な気分を味わいながら歩駆は工場内を探索する。設置された機械は随分と古臭いが稼働はしている様だ。置かれている道具なども小学校の社会見学で歴史博物館で見たことある様な、そんなものばかりだった。


 ──誰もいないのか?

 今のところ従業員とは一人も出会さない。人が居る形跡はあるので廃工場ではないのは確かだが、あまりの静かさに逆に恐怖すら覚える。


「ですから、解体はしないと言っているでしょう!」

 外から誰かの叫び声が聞こえてくる。歩駆はその声のする方へ行ってみた。


「しかしだな准将、こんなモノがあってはここも狙われてしまう。第一、日本は……もう負けたんだよ!」

「そんな弱腰だったからいけないんだよ! 皆がもっと頑張ってたら“大塹壕”の完成は早まっていた筈なんだ。そうすれば水爆の投下から人々を守れた筈なんだ!」

 准将と呼ばれる軍服を着た若い男が作業服の男達に怒鳴り散らしている。顔を真っ赤にしてタラレバの事を語る准将だったが、それを聞く全員が一様に冷めた表情をしていた。

 一体、何の話なのかと歩駆は准将が指を差している方向を見る。


 ──あ……あれは!?

 そこにあったもの、それはさっきまで戦っていた巨大マシンの《ダイザンゴウ》でだった。しかし、歩駆の知る《ダイザンゴウ》とは違って錆びもなく真新しい。何より、一回りくらい小さかった。


「そんな事言ったって終わったもんはしょうがないだろ」

「こんなデカイ案山子、的にしかならんだろ」

「あんなモノに時間を費やしてたのかオラ達は……」

 どうやら男達は《ダイザンゴウ》を作っていた作業員で、軍服の方はそれを指揮するリーダー的な存在だったのだ、と歩駆は理解した。

 話を察するに此処は女の子の心ではない。マシンである《ダイザンゴウ》の記憶なのだと。


「とにかくだ、解体する気がないなら俺達はここを離れる。アメリカ軍に目をつけられたら恐いからな!」

「じゃあな、お陰で特攻隊員に選ばれずに住んだのは感謝するぜ」

「お……おい、お前ら待たないか!?」

 作業員達は准将の言葉を無視して、誰一人も残らず立ち去っていった。


「俺は一人でもやるぞ……この大塹壕は大日本帝国を守護する機械神だ。後でいくら泣き叫んでも、お前達は絶対に守らんからなぁー!?」

 負け犬の遠吠えの様に情けなく叫ぶ准将。作業員は振り返りもしなかった。

 建物の影から見ていて、少し気の毒に思えてきた歩駆は声を掛けようと近付くと突然、強烈な目眩が襲って視界がブラックアウトした。



 暫しの暗転。



 数秒後、目眩は回復し視界がパッと明るくなると、先程とはまた別の場所に歩駆は居た。

 何かの建設現場なのかコンクリートの壁で覆われている、縦長に広い空間だ。


「おじいさま! おっきいねぇ」

 幼い少女、織田竜華が目の前の巨大な人型建造物、さっきのと比べると脚部や間接部などの装甲が追加されている《ダイザンゴウ》を指差す。キャッキャ、と楽しそうに笑う竜華の頭を老人が優しく撫でた。


「あぁ……この大塹壕は日本を、いや世界を守る希望なのだ」

「だからおっきいの?」

「そうだな……ここまでの大きさじゃなきゃ皆を守れない。だがな、力の使い方を間違ってはいかんぞ。強すぎる力は敵も、味方すら滅ぼす……それを忘れるなよ?」

「うん、リューカわすれない!」

「竜華!」

 急な大声に歩駆は振り替えると、後方から軍服を来た女性がこちらに走ってくる。

 すぐ目前まで来てぶつかる、と思って避けようとするも、女性は歩駆の体をすり抜けた。向こうはこちらが見えてはいない、これは意識の中だと言う事を改めて実感した。


「もう、またここに居たのね竜華。危ないから来ちゃ駄目って言ってるでしょ」

「タイガねえさまゴメンナサイ。でも、ねえさまがアレにのるってきいたから」

「完成はまだ時間がかかるわ。そうよね、お祖父様?」

「……そうだな、そう…………うっ」

 老人は苦しそうに胸を押さえて倒れた。

 軍服の女性、織田大河は倒れた老人を抱き抱え、周りの作業員に医者を呼ぶよう指示する。その隣で竜華は何が起こったのかわからなくなって呆然と立ち尽くすのだった。



 再び暗転。



 また場所が切り替わり、今度は何処かの屋敷の一室。あの倒れた老人が横たわるベッドの周りを三人の人物が囲っている。


「タイガ姉様、曾お祖父様の病気は、まだ直らないんですの?」

 先程より成長した二人、竜華は姉の大河に尋ねた。


「そうね、世界から争いが無くなって平和になれば曾お祖父様もきっとよくなるわ」

「ならさ、曾お祖父さん、今こそダイザンゴウを使う時が来たんだ! もちろん俺に譲ってくれるんだよな?」

 スーツの青年、織田龍馬は興奮したように言う。


「あんた……トヨトミインダストリー(ウチ)が世間で何て言われてるか知らないわけじゃないでしょ? 力をひけらかして相手を屈服させるなんて最低よ。それにアレは」

「見せびらかしてるだけで抑止力になるんだよ。日本が平和ならそれで良い。それにアレを見たら他国がウチの技術力の高さを買ってSVがもっと売れるはず!」

 大河は龍馬の顔面を思いきり殴り飛ばす。吹き飛ばした先のテーブルにぶつかり、高級そうな花瓶が床に落ちて割れた。


「……ね、姉さんだってアレが欲しいって言ってたじゃないか? そう言うことだろ? 圧倒的な力は気持ち良いもんな。無敵のヒーロー気分が味わえて楽しいから」

「それ以上言うと逆の頬も腫らすよ?」

「姉様も、兄様も、ケンカは止めてくださいっ!」

 竜華が間に入り止める。だが、大河の怒りは収まらなかった。


「私にアレは必要ない、けど貴方に渡すようならアレを破壊する……曾お祖父様すいません。今の時代にアレは必要とされないのです。わかってください」

 老人に謝罪し、弟である龍馬を大河は忌々しく睨み付けた。



 暗転。



 そこには歩駆の見知った顔があった。

 今と比べると少し痩せていて髪も短い。だが、あのビジュアル系バンドが白衣を着た様な独特のファッションをする人物は一人しか知らない。


 ──ヤマダ博士じゃん! 何で出てくるんだ?


「たまにはこうやって潮風に辺るのも乙なモノだなァ!」

 場所は海の上、軍艦の甲板だった。

 四、五人くらいの大人達が、遠く離れた地点にそびえ立つ《ダイザンゴウ》と一機のとても派手なSVが戦うの今かと待ちわびていた。


「準備は良いのか“錦・尾張”のパイロットよ?」

『いつでも良いですよ』

 ヤマダの持つ小型スピーカーから大河の声が聞こえてきた。とても緊張している様な声色のだ。

 そんな大河を一緒に見学に来ていた竜華は応援する。


「姉様、頑張ってね!」

『ありがと竜華、終わったら一緒に駅前のアイスクリーム食べに行きましょ』

「博士、ダイザンゴウの新型エンジンって大丈夫なのですか?」

 龍馬は姉妹の間に入らずヤマダに尋ねた。


「そうさなぁ少なくとも負けるわけないなァ。いくら相手もスポーツ競技用SVの原点になった機体でもダイナムドライブなら巨体のダイザンゴウもヒトの様に機敏な動きが出来る……はず」

 ヤマダは自信満々に語る。


『でも破壊しますよ。龍馬、貴方達が何を考えてるか知らないけど、争いを起こす為の機体にするなら私は《ダイザンゴウ》を破壊する。曾お祖父様もそれを望んでいる』

「……博士、始めてくれ」

 空気がピリピリしていた。大河と龍馬、二人の関係はさっきよりも悪化しているらしい。

 波を大きく揺らし《ダイザンゴウ》は歩行する。

 一方の《錦・尾張》は両手に武器も抱えて、足場となる廃船を次々と軽快なジャンプで渡り歩いていく。

 お互いに数十メートルまで近付いた所で、先に仕掛けたのは《錦・尾張》だった。

 右手のマシンガン、左手のライフルを同時発射しながら《ダイザンゴウ》の周りの移動する。

 《ダイザンゴウ》の起こす波で足場が不安定に揺れまくるが、驚異的なバランス力で倒れる事なく正確に装甲の隙間や間接部を狙っていく。

 戦いは圧倒的に《錦・尾張》の優勢だった。


「うーん、ビミョー……ダイザンゴウのパイロットが悪いのか? 相見、ダイナムドライブの出力、最大限だァ」

「ちょっと待て! そんな事をしたら大河姉さんが」

「ギブアップするなら止めるさァ。やれ」

 ヤマダの号令でスタッフが装置を弄ると《ダイザンゴウ》が輝きだした。それと共に装甲の傷がみるみる回復していき、全身から漏れ出す光が足場の廃船を次々に破壊していく。


『アレはどういう事なの? あんな機能があるなんて知らないないわ! きゃあっ!』

 大河の悲鳴。予想だにしない《ダイザンゴウ》の行動に混乱する。

 駄々を捏ねる子供の様に手や足をばたつかせ、海を何度も叩き波を起こす。

 ボディから繰り出されるビーム乱射は龍馬達の居る軍艦にまで届こうとしていた。


「中止だ! 止めさせろよ、俺もここまでなるとは聞いてないぞ!?」

「こちらから停止信号を送っているが、アレじゃもう無理だなァ? 暴走している」

 怒る龍馬はヤマダの胸ぐらを掴み掛かる。言い争ってある内に僚艦の一隻が《ダイザンゴウ》から放たれるビームで、魚の開きの如く真っ二つに両断、大爆発を起こし海の藻屑となった。

 

「そんな……大河姉様ぁー!」

 高波が起こり、甲板に立っているの海に投げ出されてしまうほどに海は荒れていた。


「兄様、姉様は……姉様は!?」

「……」

「何とか言ってくださいませ! 兄様も言ってたじゃないですか、これは訓練みたいな物だから危険は無いって」

「竜華……中に入ろう。ここに居たら危険だ」

「いやっ! 姉様、姉様ぁぁぁ!」

 無理矢理に竜華の手を引っ張り、龍馬達は艦の中に避難するのだった。



 そして、暗転。



「あの後にダイザンゴウが放った光に包まれて姉様は、消えた。ダイザンゴウのパイロットも消失していて、でも兄様や博士の意向によって解体はされずに織田の私有地の山の中に封印された」

 織田竜華は語る。


「私は姉様を奪ったダイザンゴウが兄様が憎かった。でも、曾お祖父様は力の使い方を間違えちゃいけないって……だから」

 涙声の竜華は歩駆の胸に飛び込み、すがり付いた。


「どうしたらいいの、そこの貴方! 私は……」

「お、俺に聞くなよ!」

 歩駆は酷く狼狽した。こんな時に何か気の聞いた事を言えれば良いのだが、全く思い付かない。

 可愛い女の子に泣きつかれているのだ。男として恥ずかしい、と自分でも思う。


「他所の家の事はよくわからない。お姉さんが亡くなったのはさぞや悲しいんだろう。でも、今のは兄さん悪くない様に見えるぞ」

「でも、兄様がトヨトミの社長になってから世界各地で紛争が絶えなくなって、だから私が……社長になって世界から争いを無くして、それで」

 その先が出てこない。漠然としたビジョンだ、それからの事は考えてはいない。


「このダイザンゴウは何なんだよ? 危険だってわかってるなら何で動かしてる?」

「それは、如月の叔母様から頼まれて……それでパイロットを紹介されて」

「それがアイツか? なら見てみろよ!」

 暗い空間から、外の様子が写し出される。


『ヒャーハッハッ、もっとだ! もっと燃えるがいいやッ!』

『竜華っ、竜華ぁぁぁーっ!』

 黒紫SV、《ガーデッド》が見知らぬSVと戦っていた。


「あれは、兄様の“パーフェクト尾張”よ。何で?」

「……助けに来たんだろ。妹思いじゃないか」

 三対一。冴刃、龍馬、そして瑠璃のSVが加わりサレナのSVと戦っている。

 だが、サレナの《ガーデッド》は一機だけでも猛然と攻め続け、逆に冴刃達が押されている。

 戦火は広がり、山は真っ赤に燃えていた。


「あれにダイザンゴウを託せるのか?」

「でも……私は」

 SVの操縦が上手くないのに戦っている兄の龍馬の姿を見る竜華。

 歩駆は黙って見守るしかできない。決めるのは彼女自信の事なのだ。

 その決断とは……。

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