第40話 轟く塹壕

 ──姉様、軍人なんて危険な仕事、もう止めてくださいませ!


 ──姉様……帰ってきますわよね? 竜華と約束しましたもの。


 ──兄様の嘘つき! 姉様を……大河姉様を返して、返してよぉ!


 ──竜華は、姉様の為にここまで頑張ってきましたのに。


 ──こうなったのも全部、兄様のせい……。


 ──皆、皆、みんな、みんな、みんなみんなみんな、兄様さえ居なければ!




 元々ボロボロの木で出来たイスであるのと、砂利の多い場所に置かれた為にぐらついていたが、そんな事が関係ないくらい重心が不安定になってきた。

「この揺れ、一体何事なの?!」

 瑠璃が監視役の黒服と二人きりにされてから数十分後の事。洞窟内がいきなり激しく震動しだして天井や壁面がボロボロと崩れしていた。


「まさか動き出してしまったの? ちょっと貴方、この縄を解きなさいよ……って居ない!?」

 いつの間にか黒服の男は瑠璃を置いてさっさと逃げ出していた。

 瑠璃の顔が青ざめる。

 椅子に固定され、服の中にはもうすぐ爆発するかもわからない時限爆弾、さらにはこの地震で今にも生き埋めにされるかもしれない。完全に詰んでいた。


「……」

 こう言う時、普通の女の子なら泣き叫び助けを呼ぶのだろうが、この期に及んで瑠璃の中にある気高いプライドが邪魔して出来なかった。

 自分は軍人である。いつか来る死とすぐ隣り合わせの職業なのだから覚悟は出来ている。

 がしかし、


「無駄死には……したく、ないなぁ」

 気丈に振る舞ってはいたが次から次に涙が頬を伝う。

 こんな暗い洞窟の中で岩や土と一緒に埋まって死ぬのはごめんであった。

 瑠璃は歯を食い縛って拘束を解こうと抵抗する。

 だが、キツく絞められた縄はどれだけ動かそうと離してはくれない。それでも必死で体を揺れ動かすが、椅子ごと横に倒れてしまうだけだった。


「…………うぅ……くっ」

 悔しすぎる。心が折れかけていた。涙が溢れ、嗚咽が止まらなかった。

 もう完全に諦めるしか無いのか、と心の中で瑠璃は思った。


「泣いている顔は、貴方には似合わないですよ。月影大尉殿」

 背中から優しく声をかける男がいた。


「今助けます。じっとしていてください」

 そう言うと男は腕や足を縛る縄に拳銃を当て、瑠璃を傷付けないように撃って縄を解いた。


「大丈夫ですか? 歩けますか?」

「まさか、織田さん? ……貴方どうして」

「説明は後です。急ぎましょう、山が崩れます」

 元トヨトミインダストリー社長・織田龍馬に手を引かれ、瑠璃は洞窟を脱出するべく出口へとひた走った。


「まさか、月影殿が縛られているとは思いませんでしたよ!」

「私も、社長を解任された貴方が来ていたとは思いませんでしたよ」

「来ていた、と言うより来ざるを得なかったんですよ。中にあるモノを一刻も早くどうにかしなければと思いって」

「中にあるモノ……あっ!」

 織田の台詞で思いだし瑠璃は急いで上着を脱いで、そのまま後方へと思いきり投げ捨てる。瑠璃の体は汗でインナーが体がペッタリ、と張り付きボディラインが露になっていた。


「つっつ、つつっ、月影殿ぉ?! いきなりそんな、大胆な!?」

「織田さん、走るスピードをアップしてください」

 そう言うと瑠璃の走行フォームが変わり、急激に加速していく。織田を置いて出口まで駆け抜けた。

 懸命に追い付こうとする織田だが、革靴では凸凹道を走るのに向いてない。足が凄く痛むが我慢して走った。


「で、出口だ!」

 そして、洞窟に光が差し込む所までやって来た。

 瑠璃が森の茂みの方で手を振っているのを見て最後の力を振り絞る織田。


「やった、ゴ」

 背中から物凄い勢いの熱風が吹き付け、織田は一気に外まで放り出される。洞窟は地震と瑠璃の爆弾がプラスされて瓦解、完全に崩れ去ってしまった。


「大丈夫ですかー!?」

 瑠璃は木の上に引っ掛かった織田に声をかける。足がピクピク、としている事から生きているようだ。


「助けてくれてありがとうございますー!」

「ん……あぁ、こちらこそ。月影殿のピンチに参上するのが、騎士(ナイト)である自分の役目ですからーハハハ……」

 格好を付けるが全く締まらない。苦笑いを浮かべる織田だったが、その顔は直ぐに凍りついた。


「ハハ……ハ、あ……!?」

 日蝕か、と思うくらい辺りが急に暗くなる。

 アワアワ、と織田が口を開いたまま指を差す方向を瑠璃も見た。


「何……あれが、ダイザンゴウなの?!」



 山から現れ出た《赤錆の巨人》は、巨大な両手を天に突き上げた。

 見た目は古いブリキの玩具か何かに見えるこのマシンは第二次大戦中に日本軍が作り上げた決戦兵器だったのだが、完成したと同時に終戦を向かえてしまった。

 本当なら解体をしなければならなかった所を、当時の軍人──織田龍馬の曾爺さん──により私有地の山の中に隠され、八十年もの長い間を今日まで封印されていた。


「そう、だけど今日から地球を守護する為に立ち上がるンだぞ、ダイザンゴウよ」

 黒ベースに紫のラインが入ったSV、サレナ・ルージェの《ガーデッド》が崩れた山の上空を旋回しながら飛ぶ。


「アイツは死んだかな? 昔と比べて良い女になったのに残念だ……今は新しいオモチャを手に入れたから良しとするか」

 高度を下げて《ダイザンゴウ》の肩、頭部付近に着陸する。


「……なぁ、アタシはお前によく似た奴を知ってる。子供の癖に頭が良くて、大人がどういう事をすれば喜ぶか知ってる嫌な子供だ。そのくせワガママで嫌いな奴にはとことん否定しかしない最低の女。けどな、お前はまだ間に合うんだ。アタシがお前を調教する。理想の女に仕立ててやる。だからさ……ヤれるだろ?」

  サレナの囁きに答えて《ダイザンゴウ》が重い腰を上げて移動を開始する。


「そうそう、良い子だよ! このまま街へ行こう、アンタを見せつけてやるンだ! 皆がアンタの力にひれ伏す様を見ようじゃンか!」

 木々を踏みしめ《ダイザンゴウ》は突き進む。ゆっくりと一歩進むだけで地面が大きく震動し、森に住む動物たちがざわめき出していた。


「あぁリューカ……チッ、来たか」

「待ちやがれデカブツ!」

 超高速で二機のSVが《ダイザンゴウ》の前に飛来する。


「流石は噂のゴーアルター・ジェットフリューゲル装備型だ! ここまでインスタントヌードル並の早さで到着するとは驚きだよ!」

「こんな三倍近く大きい錆びっ錆びのレトロSVが動いてるなんて……」

 無駄口を叩く《ゼアロット》の冴刃と、相手に興味津々な《ゴーアルター》の歩駆。


「そこの黒紫のSV! 敵か味方か、名前と所属を言え!」

 これは格好よく決まった、とか歩駆は思いながら《ゴーアルター》が《ガーデッド》を指差した。


「……すぞ」

「うーん、シャイなハスキーボイス乙女な様だね?」

「不味いですよ……なんか知らないけど相手、怒りに満ち溢れていく」

 歩駆は《ガーデッド》のパイロットから異様なほどエネルギーが増幅しているのを感じ取る。それは嫌悪感だった。


「ぶっ殺すぞ男共が! アタシ達の仲を邪魔をしやがってェ……リューカ、やれッ!」

 激昂するサレナは《ダイザンゴウ》に命令する。巨大な手を前に突き出すと指の先端が開いていった。


「撃て!」

 轟音を響かせ五本の指から砲弾が次々と発射される。歩駆達は直ぐ様、左右に散開するが砲弾の爆発力は凄まじく、地面は広範囲に抉れて吹き飛んだ岩や木々が歩駆達に襲いかかってきた。


「……凄い威力だなアルク君、あの指の一本一本が戦艦大和の主砲並の威力って所なのかな?」

「次は絶対に外すンじゃあねーぞ、リューカッ!」

 再び《ダイザンゴウ》は照準を歩駆達に向ける。スピードは決して早くなく避けるのは容易だが、歩駆は一つ試したい事があった。


「どうする? このままでは山が穴ボコだらけになるぞ!?」

「だったら!」

 《ゴーアルター》は手を上に掲げ、指先からフォトン光を放つ。それは《ダイザンゴウ》に向けて放つわけではない。合計十本の光の線が格子状に重なっていく。


「網……光のネットか!?」

 飛んできた《ダイザンゴウ》の砲弾全てをフォトンネットで掬い上げる。勢いで《ゴーアルター》は大きく後退ってしまうが、それを利用してネットを振り回す。


「大漁・アンド・リリース!」

 砲弾の入ったフォトンネットを指から切り離し、《ダイザンゴウ》にぶつけた。凄まじい威力の爆発が《ダイザンゴウ》を包んだ。爆煙が立ち込み、爆風の余波で周りの木々が焼き焦げている。だが、


「……効かねーンだよぁ」

「バカな?! 全弾当たった筈なのに」

 黒煙を右腕で吹き飛ばし、左の腕が歩駆達に向かって降り下ろされる。何とか避けるが地面が激しく揺れて左右にヒビ割れた。

 冴刃は反撃を、と《ゼアロット》は対SV用リボルバーガンを取り出して連続射撃。しかし、


「くっ、こっちの攻撃も無傷の様らしい。何て硬さだ!」

「でも、おかしいぞ!? どう見ても錆びだらけの装甲なのに、さっきから攻撃で受けた傷が無い! やっぱり模造獣なのか!?」

「どうだかなぁ、教えてやんねェからさっさと墜ちろよ!」

 静観していたサレナの《ガーデッド》も攻撃を開始する。砲身の長いランチャーからプラズマ弾を幾度も撃ち込む。

 二体の激しい同時攻撃に歩駆達は防戦一方になっていた。


「これだけ大きくても模造獣(イミテイト)ならコアを破壊すれば良い。弱点は何処なんだい?」

「それは……でも」

「どうしたんだいアルク君?!」

 あの巨大なマシンの正体は既に掴んでいた。だが、毎回見てきた敵とは少し違う、異質な物だった。


「あれのSVは何か違う……それに、人が乗っているんだ」

「ヒト型イミテイトにイミテイターが搭乗していると言う情報は知っているぞ。これは厄介だな」

「違うんだ。乗っているのは普通に人間の女の子……でも、何だこれ。怒りなのか悲しみなのか、感情が読めない」

 はっきりとは見えないが意識があって動かしている様には見えなかった。睡眠状態のまま操られている、そんな風に歩駆は感じ取っていた。


「では、どうする? 見ず知らずの女子だ。助けたいのは山々だが、手段が無いぞ」

「ペチャクチャとなに相談してンのさ男同士でよォー!」

 サレナの攻撃は苛烈さを増す。ある意味では《ダイザンゴウ》よりもこちらの方が厄介であった。


「あの黒いのだっている、容易では無いんだ。ゴーアルターの力なら奴を倒すことは造作も無いだろうに」

「だけど……くっ」

『お困りかなァ少年?』

「どわっ博士!?」

 突然、コクピットのスクリーン目一杯に現れるヤマダ。毎度お馴染みの登場だが馴れない。《ゼアロット》の方にも映り込むが、冴刃は初めて見るヤマダに興味津々だった。


「へぇ、貴方が彼の有名な……私は」

『お前ちょっと黙ってろよ。後でその機体バラしてやるからなァ?!』

 何故か不機嫌なヤマダは冴刃に怒り口調で言う。


『少年に何かしたら許さんからなァ!?』

「ハハッ、それは勘弁ですな。お口チャックチャック、と」

『…………少年よ、ゴーアルターの“ダイナムアビリティ”はフォトン光をぶっぱなすだけじゃ無い。最近はダイナムドライブも安定している。レベル3で出来る取って置きの技があるぞ』

「何なんです、それ?」

『その名も……精神深層遊泳、〈ディストラクションダイブ〉だァ! 相手の精神の中を覗き込む事が出来る』

 大層な名前の必殺技だ、と歩駆は思った。

 直ぐにヤマダからデータが送られてくる。どうやら以前から使用は可能だったのだが、全く気にしていなかった様だ。


「それで、あの娘の心に入ればデカブツを止められる?」

『それは少年次第って所だな、ぶっつけ本番でやるっきゃないぞ! 使用中は無防備だから……おいお前、絶対に少年を守ってやれよなァ』

「もちろんでごさまいますよ。この命に代えても」

 そして、ヤマダからの通信は終了した。


「何をやる気なンだ、あの白い奴はっ?!」

「おっと、やらせないよサレナ君。さあ、今の内にやってしまうんだ!」

 邪魔をしようとする《ガーデッド》の前に《ゼアロット》が立ち塞がる。それを確認した歩駆は《ゴーアルター》を《ダイザンゴウ》の正面にして向かい合う。


「……精神を、集中」

 両手を広げる《ゴーアルター》と、歩駆は深呼吸をして気持ちを高ぶらせていく。

 そして〈ダイナムドライブ〉はレベル3へ到達、発動可能だ。


「ディストラクション……ダイブッ!!」

 《ゴーアルター》の胸部から発射された光の弾丸が《ダイザンゴウ》へと吸い込まれるように入っていった。

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