第39話 起動、その鍵は命

 一体、どれくらいの時間を気絶していたのだろうか。

 全身に痛みを感じながら、月影瑠璃はゆっくりと目を開く。


「洞、窟……?」

 周りは薄暗く、壁に道なりに這っている電球の列だけが暗闇を照らしていた。

 暗所にまだ目が馴れなくて、はっきりとは見えないが錆びた機械らしきものが所々に見える。稼働はしている様だ。

 瑠璃は体に力を入れるが、何かに座らされて体や手と足を縄の様な物で縛られ身動きは取れないでいた。


「……う、駄目か」

 暗闇に緊縛。

 この状況、脳裏にまたトラウマが甦ってきそうで足がガクガク、と震えた。


「さっさと起きろよ、月影ェ……!」

 背後から声。気絶する前に山で聞いた自分を襲ったのと同じ声が言う。


「アタシらはずっと立ってるのに自分だけ椅子座って居眠りこいてンじゃあねーよッ!」

 声の主は瑠璃の前に来ると、いきなり蹴りを入れた。腹部に衝撃が走って瑠璃は体の自由が利かないまま、地面に倒れ込んだ。


「……やっぱり、そのヒステリー拗らせた声はサレナ・ルージェ」

 頬を土で汚し、瑠璃は見上げる。

 ラバーの様な光沢のライダースーツで体型は痩せすぎにも見えるが筋肉は結構張っている。切れ長の瞳、赤い口紅、青い瞳、ベリーショートな髪型で同性にモテそうな感じの“ヅカ系”女性。

 それが彼女、サレナ・ルージェだ。


「“さん”を付けろよ寝坊助野郎が。あと貧乏揺すりを止めろ、目障りだッつーの」

 サレナは倒れる瑠璃の後頭部を足蹴にする。


「なら、その汚い足を退かして、コレ外してくれない?」

「どこに侵入者の拘束を解く馬鹿いるか、馬鹿が……それとも今度こそ死んどくか?」

「ルージェさん、面倒な事は止めていただけるかしら?」

 一触即発になりそうな所を割って入ったのは織田竜華だった。


「あーら未来のシャッチョさぁン。さっきまであンなに駄々っ子だったのにィ、グズリはもう直ったの?」

「グズってなんかいませんから! ……それで、その人が侵入者?」

「あぁ元同僚さ。一線から退いたって聞いたけど……今、何処の所属だ? 何の目的でここに来た、ン?」

 瑠璃の前髪を引っ付かみ、無理に顔を上げさせた。瑠璃は苦悶の表情をふる。


「い……言うわけ、ないでしょ? 裏切り者の貴女みたいな奴に」

 台詞を言わせる前にサレナは瑠璃の顔をグリグリ、と地面に押し付けた。


「だからよォ? 状況を考えてモノ言えよって月影ェ。今はアタシは上、お前は下だ。昔から逐一、突っかかった言い方が嫌いなんだよ……アタシから見ても成長したお前は魅力的だ。これ以上、美人さんの顔が傷付いてもいいのか月影ェ?」

 瑠璃は我慢して耐えるが、サレナの後頭部を掴む力が次第に強くなっていく。


「そこまでです、ルージェさん」

 竜華の声と共に黒服の男がサレナを瑠璃から引き剥がす。


「触れるな男がッ!」

「侵入者の処分は後です。貴女を呼んだのはこんな事をさせる為ではありません! それでも正義の味方集団なんですか?」

「……はいはい、了解了解。アタシは地球の守護者“ガードナー”だからねェ。このペンダントに誓って、生きとし生ける全てを守護する事を約束しますゥ」

 黒服の屈強な腕を振り払い、サレナは首から下げた“剣に翼が生えたペンダント”を天に掲げ、棒読み気味で言った。


「彼女はガードの者に任せます。後はパイロットの貴女と起動実験をするだけなんですから、さっさといきましょう」

「へーいへい…………ジャリガキ」

 スタスタ、と早歩きする竜華の後をサレナは不機嫌な面持ちで着いていった。

 地面に突っ伏したままの瑠璃は目を閉じて、どうやって形勢を逆転できるかを考える。


(この音……時限爆弾、スイッチ入っちゃってるなぁ)

 ジャケットの内ポケットから死のカウントダウンを告げる電子音が鳴っていた。





 一方、歩駆と冴刃の戦いはクライマックスを迎えていた。


「アルク、君の実力はこんなものじゃあ無いだろ!? それとも何かい、実戦じゃないと本気を出せない派なのかな?」

 冴刃のSV、トリコロールカラーが特徴の《ゼアロット》が模擬戦用ペイント弾入りのライフルが唸りを上げる。脚部のローラーで滑るように《ゴーアルター》の周りを高速でグルグル、と移動しながら攻撃している《ゼアロット》に先程から手も足も出なかった。


「ウイングが付いてるとは言え、やっぱりアームドじゃダイナムドライブは使えないか」

「ならば、その鎧を脱ぎ捨てればいい。正直に言えば期待外れ過ぎるぞ! 本気を出したまえ! こんなもの私も捨てるぞ!」

 冴刃の《ゼアロット》はペイントライフルを空へと投げ捨てた。


「丸腰? いくらなんでも……博士ェ!?」

「おうおう、殺れ殺れァー!」

「アルクー! ケンチョンケチョンにやっつけちゃえー!」

 応援席のヤマダとマモルが煽る。

 防戦一方で向こうも本気を出していない様であるし、歩駆も舐められる訳にはいかないのだ。


「……知らないからな。ゴーアルターの本気の力、そんじょそこらのSVじゃ太刀打ち出来ないって事をおしえてやる!」

 そう言うと《ゴーアルター》の追加装甲の隙間から七色の光が漏れ出す。


「パージ……からのマニューバ・フィストッ!」

 装甲が吹き飛ぶと同時に《ゴーアルター》の両拳が火花と煙を巻き上げながら発射された。


「いいねぇロケットパンチ、スーパーロボットはこうでなくっちゃ……だが現実はアニメの様にはいかんぞ!」

 迫る二つの拳を《ゼアロット》は正面に捉えると、避けようとはせずに敢えて前方に飛んだ。


「なんだとっ?!」

「そう、それは弁慶の攻撃を華麗に躱(かわ)す牛若丸の如く!」

 宙を突き進む拳の上に、何と《ゼアロット》は悠然と立って見せた。バランスを全く崩さず、腕を組んで見事に直立している。普通のSVの動きではない身軽さだった。


「これぐらいの芸当、出来て当たり前! 今度はこちらから行くぞアルク!」

 《ゴーアルター》の腕を踏み台にして《ゼアロット》は空高く跳躍する。少し驚く歩駆だったが、これこそが狙いだった。


「引っ掛かった、フィストは囮なんだよ!」

 背部の赤いウイング、十ある内の六つのレーザー口から光が漏れだす。


「手加減して威力は弱だから、でも手と足は貰う!」

 空の《ゼアロット》を目掛けて六本の光条が勢い良く延びていく。これで勝負は決まった、と誰もが思った。


「……所が現実は甘くない」

 レーザーは全て直撃した、はずであったが《ゼアロット》は健在である。

 それはシャボン玉の様に丸く、光の薄い膜が《ゼアロット》の周りを包み込んでいた。


「博士……どういう事なんですか、アレ」

「……」

 歩駆もIDEAL製のSVであるハイジとルリの《戦人》とセイルの《ハレルヤ》のみに疑似の〈ダイナムドライブ〉が搭載されている事は知っている。

 だが、これらは《ゴーアルター》の様にいつでも攻防に使用する事は出来ないのだ。主に駆動系の補助として機能いる為、無理に使えば数分でオーバーヒート、機体が停止してしまう。


「驚いたかね? そっくりだろう、君達の《戦人》に積んでいるモノよりも近い……いや、その物と言ってもいい」

 とても《ゴーアルター》の〈ダイナムドライブ〉から作られるフォトン光によく似ていのだ。

 もしかしたら、そんな事は考えたく無いのだが、頭の中に出た疑問を歩駆は言わざるを得ない。


「あんたって……もしかして、イミテイターなのか?」

「まさか」

「じゃあ、一体何なんだよ、その機体は!?」

「うーん、それはちょっと言えないな。しかし、私は君達と同じ志を持っている地球の守護者だと言う事は信用して欲しい」

 歩駆は《ゴーアルター》の“目”を使って透し見た。

 中の冴刃や機体の何処を見ても《イミテイター》らしき怪しい反応は見つからない。では、あれが何だったのか歩駆には検討も付かなかった。


「……信用しても、良いんだな」

「神に誓おう……もし、私が変な気でも起こしたら後ろから射っても構わないぞ?」

「わかった……ごめん、なさい。疑ったりしちゃったりして」

「いいんだよ、さぁ仲直りの握手をしよう。そうだ私の秘蔵ディスクを見せてあげよう! バンカインのパイロットフィルム、これはネットにも流れてない激レアもんだぞ?」

「え? 本当ッスか? 噂では聞いたことある、あの幻の? マジで?!」

 固い握手を交わす《ゴーアルター》と《ゼアロット》の下で、演習そっちのけのオタク男子二人はアニメトークに夢中だった。


「なんだこれ?」

「……この場合、賭けはどうなるんだ?」

「どっちらけ、だァー!」

 シラケムード漂うのも束の間、各自の通信用端末に緊急のコールが入ってきた。


『真道君、ユングちゃん、冴刃大尉、出撃よ!』

 声の主、副司令の時任久音からの通信だ。


「イミテイター、本物か?! やっと奴等が動き出したのか?」

『いや、そうじゃなくて。敵は……トヨトミインダストリー。人間よ』

「トヨトミと言えばSVの元祖。日本が誇るトップ企業じゃないかミス・トキトウ。そんな所が何故?」

『遺産兵器……封印されていた禁断の兵器が今、蘇ったのよ』

 時任は神妙な声で、事の説明をした。





 とてつもなく広い空間、深さは数十メートルあって底は真っ暗で見えない。

 そこには、赤錆た鋼鉄の巨人が鎮座していた。

 周囲に作られた鉄骨の足場を何十人もの整備士たちが起動の準備に取りかかる為に右往左往している。


「これがダイザンゴウ……こんな巨大なSVが本当に動くのですか?」

「外面の改装はまだですが、中身は最新式に取り替えております」

「当時の技術でここまで作り上げるなんて……ロストテクノロジーって奴なのですね」

 竜華はハンカチで鼻を押さえながら、作業中の汚れにまみれた整備士長に訪ねた。

 タラップを進んで搭乗扉を開いて中身を確認する。確かに外見と比べれば、通路の壁や床は綺麗にされているが微妙に接着が甘いのかギシギシ、と音がする。


「本当に人類の希望なのかしら……まあ試運転だけですし、ささっルージェさん、コクピットへ向かってください」

 通路奥の扉を指差す竜華。だが、サレナは黙って竜華を見つめるだけで何も言わない。


「……」

「どうしたんですか? 大丈夫ですよ、これで今すぐ模造獣と戦えって言ってるわけじゃないんですから」

 しかし、サレナは不満を言うでもなく、ただ無表情のまま動かない。


「入るのは、お前だ」

「は?」

「こいつを動かすのはお前だ、と言っているンだよ」

「何を言っているの、急に今更。冗談?」

「大事なのは遺伝子なんだよ。遺伝子に刻まれた一族の記憶でなければ相性が合わない。模造(イミテーション)なンかじゃあない、本物(オリジネーション)になるンだ!」

 わけのわからない事を言うサレナに竜華は恐怖を覚えた。

 声をあげて人を呼ぼうと息を吸う。その時だった。


「きゃっ! 何?!」

 腕にヒンヤリ、ヌルリとした物が巻き付かれた。それは《ダイザンゴウ》の中、通路の奥にあるコクピットの扉が開いていて、そこから延びていた。


「直ぐには死なないさ。ジックリ、ジックリと錆巨人に馴染ンでいけよ?!」

「いや、イヤァァァァァァー!」

 竜華の四肢に巻き付く透明な触手は、コクピットへと強制的に引きずり込んでいった。

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