第38話 仮面の熱狂者
十一月、すっかり季節は冬になった。
海猫がミャアミャア、と煩く鳴いている早朝、昇る朝日を背にして一機のSVがIDEALへとやって来た。
まだ基地の修復も終わっておらず、敵の襲撃は全く無いがピリピリムードで旅客機が近付くだけでも警戒体制を取っている職員たちが迎え出る。
「出迎え、ありがとうございます……いや、おはようございますだな。今日からIDEALの皆様と戦える事をとても嬉しく思い、到着時間から四時間も早く来てしまいました!」
それから数十分後、トレーニング後の歩駆と瑠璃、そしてオマケに着いてきたマモルは急遽ブリーフィングルームに召集をかけられた。
「彼が今日から新しく入るSVパイロットのサイ・バトール大尉よ。みんな仲良くしてあげてね」
まるで転校生を紹介する教師の様に時任は言った。
「ミス・トキトウ、区切る所が違うのだ……それでは改めて、本日付でIDEALに参加することになった冴刃(サエバ)・トール、階級は大尉だがIDEAL(ここ)は階級がと言うものは無いんだったな。君達より年上でもあるが後輩として今日からよろしく頼む」
キラリと光る白い歯を見せて微笑む冴刃。
一見すると爽やかな好青年に見えるのだが、とても風変わりな物を顔に身に付けていた。
「質問でーす」
「君は……君、アルク・シンドウだな? 噂は聞いているぞ、日本のスーパーロボット乗りで“白き鎧武者”ゴーアルターのパイロット。まさかこんなにも若い少年だったとは思わなかったよ。会えて嬉しいな」
「ハハハ……どもっス」
初対面の人間に誉められ歩駆は顔を真っ赤にして照れた。
いつの間にか他所で有名人になっているらしい。
ネットニュースを見ているが《ゴーアルター》に関する記事は何処を探しても載ってない。
IDEALは情報規制をしていると時任から聞いた事があり、自演行為で広げようものなら命は無いと思え、と脅された事があった。
「で? 質問はなんだい?」
「あ、えーと……その顔に付けてるモノって?」
冴刃に顔面に付けられたソレは、眼鏡にしては大きすぎるしゴーグルにしては薄っぺらい。何よりデザインがとても怪しい舞踏会にでも行く為の物なのか、と歩駆は思った。
「ヒトを指差すのはよくないな。これは“MIG(マルチプル・インターフェイス・グラス)”と言って、様々な戦術データがインプットされている。まだ開発段階なのだが、将来的には未来予測レベルで戦いを勝利へと導いてくれる優れものだ!」
仰々しく大袈裟に言う冴刃。舞台役者の様に両手を大きく振っての表現が多い。
「いや、そうじゃなくてデザイン。それって“バンカイン”の二十五話から登場するゼクシード仮面ですよね?!」
歩駆は興奮したように言う。この“バンカイン”とは、半世紀近く前に放送されたテレビアニメ“逆転勇将バンカイン”の事であり、歩駆が一番好きなロボットアニメである。
「よく気付いたな? そうだよ、その通りだ! ちなみにフレームは自由に付け変えることが出来て、これはベスト5に入る」
「スゲー……スゴいマスクなんだ!?」
「こいつの現状は戦闘に置ける最適な提案を出すぐらいのものしか出来ないのだが、私は機械の上を行くのでな! まあ頼らずとも必ず勝てる自信があるのだよ?!」
歩駆の背中を叩き、チョンマゲの様に結った髪を揺らしながら冴刃は高笑いする。
「……ルリ姉、ボクあいつ嫌い」
「自信過剰過ぎる男は私も嫌いよ。これで三人目か」
「あら、男性っては調子付かせた方が動かしやすいのよ?」
「ご婦人達、私は自分の力を過信などしていません。積み重ねた知識と経験の結果が勝利となるのです。努力を怠るものに勝ちなどございませんから」
マスクの奥の瞳がウインクする。だが、女性陣の心には響かなかった。
「アルク、早速だが君と勝負がしたい。私の愛機とゴーアルター……イミテイトバスターとしてどちらが強いのか……いいだろ?」
「は、えぇ?」
詰め寄られてのいきなりの提案に歩駆は驚く。
「別に勝った負けたでどうこうするつもりは無いさ? ちょっとしたエキシビションマッチだよ」
「まぁ自分は良いですけど……時任さん?」
「そうね、演習場の準備をさせるわ。えぇーと、冴刃君の実力も知りたいしね」
「ありがとうございます。ミス・ツキカゲはどうです?」
「私はパスで。ちょっと用があるから」
「そうですか……では皆様、またお会いしましょう」
冴刃が丁重にお辞儀をして、ブリーフィングは解散となった。
昼食を挟んで三時間後、二機のSVが演習場へと運び出された。
いつもなら障害物用のコンテナを並べてある演習場だが、今回は何もない、まっさらなフィールドである。
向かい合う形で純白のボディに強化装甲、深紅の翼が生えた《ゴーアルターAW(アームドウェア)JF(ジェットフリューゲルフリューゲル)》と、対戦相手である冴刃の赤、青、黄、のトリコロールカラーで《ゴーアルター》の半分程度しかないSVがスタートポジションに設置された。
「そういやさ、ハイジのオッチャンの姿が見えないんだけども、どこ言ったのヤマダのオッチャン?」
全体を一望できる中央の観覧席、濃厚バター塩味のポップコーンを口に放り投げてマモルが尋ねる。
「オニィサマァッ!」
ヤマダのヘナチョコなチョップ。
マモルはヒラリ、と回避した。
「アイツなら少女(ナギサ・レイナ)の護衛だよん。色々と不安定だからなァ」
「ずっと寝てればよかったのに……」
「近付ければゴーアルターの力を十二分に発揮出来るのだが……少年が困る事になる。ジェットフリューゲルは少女が居てこそのマシンだからか」
「でも今は乗ってないじゃん? この間は二人乗りしてたけど……ウチの県は条例で禁止なんだぞ二人乗りィ! ズルい! ボクもアルクと二人乗りしたいッ!」
喚きながらマモルは地団駄を踏んだ。
「……三人乗り、やろうと思えば出来ないこともないがァ? 肉体を捨てる覚悟はあるかァ?」
「それはパス。ボクの体はボクの物だ。アルク以外には触らせないよ」
ヤマダの提案を拒否して、べーっとマモルは舌を出した。
「さァ……始まるぞ。私はゴーアルターが勝つにカツ煮定食のカツ煮を」
「ならボクもアルクの勝利に野菜大盛りチャーシューメンの具」
「何!? それでは賭けにならんぞ?!」
「……高級カニ缶、冴刃・トールに」
音もなく背後から現れたのは迷彩柄のタンクトップを着た少年風少女、ユングフラウだった。
「聞こえなかったのか? 自分は高級カニ缶を冴刃・トールに賭ける、と言ったんだが」
ユングフラウは顔色一つ変えずに言ってのけた。マモルとヤマダは顔を見合せ驚いて目をぱちくりさせる。
「アンタもアイドルの護衛なんじゃないの?」
「それが今日はロケとか言うもので断られてしまった。自分が側に居ると目立つらしい……おかしいな、何故セイルは誰彼構わず手を握ろうとするのか? 相手の握力を測っているのか?」
それはただのファンとの握手だ、とマモルとヤマダは心の中でツッコんだ。
「取り合えず賭けたからなァ、逃げるなよ?」
「秘蔵のコレクションの一つだ、それに相手は……うっ」
突然、苦しそうにうずくまってユングフラウは頭を抱える。少し呼吸が荒く、マモルが心配そうに見つめる。
「えぇ? だ、大丈夫なの?」
「……あぁ、ちょっとした頭痛だ、すぐに直る。心配要らない」
(これはもうちょっとキツメに“調整”するかァ……)
ヤマダは頭の中で今日やる事を思い浮かべながら、両者の準備が整った演習場フィールドに目をやった。
歩駆はコクピットの中で相手のSVを睨み付けていた。
この場所、二ヶ月前に戦ったマモルの兄、楯野ツルギの事を思い出す。
あれは礼奈が撃たれたので起きた怒りと、狂気で迫り来るツルギから生きる事に必死だった。
出来れば二度と体験したくはない戦いである。
「アルク、我が愛機である“ゼアロット”はそんじょそこらのSVとはわけが違うぞ? だが君も本気なのかね、模擬戦とは言えフルアーマーとは」
「この装甲はゴーアルターの力を押さえる為の拘束具なんですよ。背中のはダイナムドライブの力を増幅させる……あれ?」
おかしな矛盾に気付いた。
「どうなるんですかー博士ー?!」
「さァなァー?! 試してないからわからァーん!?」
ハッチを開いて客席へ向かい叫ぶ歩駆。ヤマダも立ち上がり大声で返す。
この〈アームドウェア〉は力を制御出来なかった歩駆の為に作られた装備である。操作も〈ダイナムドライブ〉による脳波リンクではなくマニュアルオンリーになるが、今の歩駆はマニュアルによる操縦訓練も受けているので大丈夫なはずだ。
反対に〈ジェットフリューゲル〉は《ゴーアルター》の〈ダイナムドライブ〉を強化する〈NLNシステム〉なる物が搭載されている。
後はフォトンの力で強さが変わるレーザーが付いている以外には歩駆にヤマダは説明していない。
「なんだか知らないけど見た目が素敵だからGOODだよ! データに無い未知数の形態は興味がある。じゃ、そろそろ始めようか……アルク・シンドウ?」
戦いたくてウズウズしながら冴刃は急かす。
どうでもいい事が、この男は一回の喋りが異様に長い。向こうのペースに惑わされないよう注意して、歩駆は顔を叩いて気合いを入れた。
「うしっ……何時からでも来い!」
両機の瞳が発光、いつでも戦いの準備は万全である。
数秒感の間を置き、試合開始のゴングが演習場に鳴り響いた。
月影瑠璃はIDEALからの任務を受け、とある辺境の山奥まで来ていた。
「冬とは言え虫刺され用のスプレーはしていおくんだったな……」
地に降り立って呑気な事を言う瑠璃。
任務の内容、それは封印されている戦時の遺産兵器を情報を聞き付けた何者かが手に入れる前に破壊せよ、との事だ。
ハイジもユングフラウもそれぞれ忙しく、単独で任務を遂行できる人間が現在、瑠璃しか居なかった為に回ってきた極秘任務だ。
森の中に自分の機体を隠して登山すること約二時間。
人の手入れがされてない獣道を進んでいると、広場の様な場所を発見した。
そこには木造の小屋に軍用のヘリコプターが止まっていた。
「……あのマーク、トヨトミインダストリーの」
見覚えのあるマークに瑠璃は、あの金持ちぼっちゃまの顔が思い浮かび嫌な気持ちになる。
「こんな場所で休めるわけが無いでしょう?!」
甲高いヒステリックな声に、瑠璃はすかさず身を潜める。
茂みの間から確認すると、小屋から外国の人形の様な服の少女が不機嫌な顔で出てきた。その後ろを黒スーツを着た男性が困り果ててながら着いてくる。
「竜華お嬢様……着いてくると言ったのはお嬢様なんですよ? 我が儘を言わないでください」
「ヘリの中は鉄臭いし、小屋は埃っぽい!」
「トヨトミの未来の為なんです。もうしばらく我慢を……」
「我慢できないィ! もう帰りたいィ!」
ジタバタと駄々を踏む少女。付き人の男もどうしたら分からず狼狽する。
「もうちょっとスゴい遺跡みたいなのを想像してたのに、こんな原始人の洞窟みたいのに入らないといけないの……?!」
「しかし、遺産を手に入れなければ如月様との約束が」
(キサラギ? 如月ってあの防衛庁の?)
その一言を瑠璃は聞き逃さない。
(SVの開祖であるトヨトミの遺産……なるほどね。でも日本防衛軍の最高責任者か何で? こんな時に人類同士でまた戦争でもやろうっての?)
相手の目的は何か考えを巡らせる瑠璃だったが、それが周りの警戒を怠り隙を生んでしまった。
「おい」
背後からの声に振り向く事も出来ずに、瑠璃は口と鼻を手で塞がれてしまう。
ジタバタと必死に抵抗するも、息が出来ない事にパニック状態に陥ってしまい、やがて力も出なくなり瑠璃は気絶するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます