第七章 遺産兵器!ダイザンゴウ
第37話 美少女社長リュウカ
この時代においても、宇宙旅行は一般的に普及はしてない。
気軽とまではいかないが数十年前と比べれば費用が安くなったとは言え、危険を侵してまで行こうと思う人間が少ないからだ。
現在、謎の宇宙生命体である《イミテイト》の襲来により地球周辺の宙域は各国の防衛装置や衛星が沢山浮遊している。
だが、どの装置も衛星も《イミテイト》の襲来を察知する事が出来ないでいた。
世間からは予算の無駄遣いだ、宇宙の景観が損なわれる、だとか揶揄されている。
そして地球の周回軌道上以外に、月にも数多くの対イミテイト用防衛兵器が設置されていた。
ここに地球統合連合軍の総本部があり月の数十パーセントを要塞化しているのだ。
「総司令! IDEALの独断行動は許されません!」
大きな会議場にヒステリックな声がこだまする。端でこっそり居眠りしていた士官が驚いて起きた。
「明らかな命令違反、こちらが向かわせた艦が問題のexSVに攻撃されて、乗組員の半数以上が謎の病にかかっているのです!」
その女、如月八重子(キサラギ・ヤエコ)は地球統合連合軍の日本支部基地の長官である。
日本の防衛を任されている彼女の怒りの矛先は、中心が開いた五段の高さがある円形状机の自分が座る席から向かい側、最下段に腕を組んで座る偉そうな男に向けられた。
「……そうか」
その男、模造獣対策機関IDEAL司令官の天涯無頼は無表情で一言呟く。
「そうか……って貴方、事態がわかっているのですか?!」
「……貴様こそわかっているのか? 今は人類同士で争っている暇はない。何より、仕掛けて来たのは奴等の方だった」
「それは貴方達がexSVを渡さなかったからでしょう!?」
「……じゃあ、何で正規の日本軍ではなく他国のSV部隊を向かわせた? 後から何か仕出かせば切るつもりだったのだろう?」
「な、なんですってぇ?!」
謂われのない事に如月は腹が立って思わず机をバン、と叩いた。
「君達、静粛に!」
「落ち着きなさい、ここは口喧嘩の場でないぞ」
口論する二人を提督クラスの軍人達が間に入りなだめる。
「大体、天草大将。IDEALの設立者である貴方がしっかりしていないから日本に度重なる損害が…」
と、その人物の席に向かって喋るが誰も居なかった。
「……大将ならトイレだ…地球のな」
「くっ……あの、狸親父また!」
「うぉっほん!」
会議場の上座から聞こえる咳払いに全員が静まり返る。
始まってからずっと置物の様に黙っていた老人が口を開く。
「如月准将の言い分は分かる。だが、実力行使と言うのは如何なモノかな? 天涯司令の働きは十分理解しておるよ…しかし、人類の為を思うならもう少し協力的になっても良いのではないかの?」
机に地球を象ったマークが施された立派な席に座る老人は言う。
真っ白な髭を蓄えたこの老人こそが地球統合連合軍の総司令であるマーク・マクシミリアン元帥である。
「日本の開発した人型兵器サーヴァントで世界の軍需産業はがらり変わった……そのせいで争いが増えてしまったのは悲しい事であるが、日本は正しいサーヴァントの使い方の模範であらねばならない。そなた等が争ってどうする?」
親が子を諭すように優しくも力強い口調でマクシミリアン元帥は語りかける。会議場の軍人達も黙って高説を拝聴していた。
「……現状を知らない女はこれだから困る。元空軍パイロットなら心地の良い鞣(なめ)し革の椅子に座ってるより戦闘機のシートに座ったらどうなのだ?」
せっかくの良い雰囲気をぶち壊すように天涯は暴言を吐いた。如月は言い返さなかったが精一杯、睨みを利かせる。
「と、ところでサーヴァントと言えば如月准将。トヨトミインダストリーの新社長が発表されるそうじゃないですか?」
一人の軍人が空気を変えようと話題を振る。
「新型SVの暴走事件とか色々ありましたけど、被災地の真芯市での活躍で汚名を返上できましたし」
「えぇ、そうですね」
「何でも前社長の妹さんだとか噂で聞きました。でも前社長も二十代で若い方ですよね」
「年齢は関係ありませんよ。実力があればそんなモノは些細な事です。そこに座っている無駄に歳だけを食った男と違ってね」
再び場が凍りつく。
「元帥……どうします、これ?」
「放って起きなさい。気の済むまでやらせておけばいい」
この後、如月と天涯のやり取りで会議は一時中断となるのだった。
マクシミリアン元帥は熱い緑茶を啜り、天井から見える満天の星空をフサフサな眉毛の奥の鋭い眼光で眺める。
「我らの敵は、あの光る星々全てか……」
ここは日本でもトップクラスに有名な高級ホテルの最上階。
所謂“VIPルーム”と呼ばれる豪華な部屋である。
「この眺め、この景色、頂点へ帰ってきた感じだな」
久しぶりの食事、久しぶりの入浴、久しぶりの柔らかい布団で寝られる事に織田龍馬は涙を流した。
特に、一番久しぶりで感激した事と言えば妹に会えた事である。
「帰ってきたと言えば…マイシスター竜華。何時ヨーロッパから帰ってきたんだ?」
裸に紺のガウンを身に纏い、ソファーの上でぶどうジュースの入ったワイングラスを片手で回しながら龍馬は言った。
「九月の始めに頃ですわ」
「私は心配したんだぞ? たった一人で留学なんて…海外は恐い所なんだ。女の子だけで歩いてたらとても危ないからな」
「まあ……」
いかにもお嬢様、と言った端正な顔立ちにゴシックロリータな服装を着た少女、織田竜華(オダ・リュウカ)はにこやかな表情のまま、
「何を言ってるのですかバカ兄様」
龍馬の頬を叩いた。革製手袋のピシャン、と言う音が心地良い。
「兄様のせいでトヨトミインダストリーは業界トップの座を奪われたのですよ? だから、こうして帰ってきて浮浪者みたくなった兄様を拾ってあげて誰の心配をしてるですって?」
笑顔のままソファーに座る龍馬の胸ぐらを竜華は掴んだ。
「い、いや私も多大な心配をかけたのは謝る、すまない…それに竜華が私を連れ戻してくれたんだろ? これで私も社長に復帰でき」
口答えする龍馬を、竜華はさっきよりも強よめに引っ叩く。左頬が真っ赤に腫れ上がった。
「兄様の席は、もうございません。次期トヨトミインダストリーの社長には私が襲名します」
「いや待て! 竜華、お前まだ未成年だろ?」
「年齢は関係ありません。兄様がふらついている間、経営を建て直したのは私のお蔭なのですよ? 世の中、実力者が上に立つのは当然の事」
「だがしかし」
「また、打たれたいのですか?」
手を上に掲げる竜華を見て、龍馬は首をブンブン、と横に振りまくる。
「まあ、世間に正式発表はもう少し落ち着いてからなので、当分は代理の方がポストについてますがね。一応、席だけは置いている中学の卒業証書を受け取ってから……と叔母様に約束してますし」
「叔母様……如月さんか。苦手なんだよあの人。ああ言う女性には関わりを持ちたくない。持つならやはり月影瑠璃さんみたいな人が」
三度目の平手。
「倉庫に眠っていたあのSVはその人のですか。数年間、チューンと整備をさせてたアレ、解体しておきました」
「そんな……っ!! あぁ、酷い……ぅぁっ」
痛みとショックで龍馬は手で顔を覆い泣き崩れてしまった。
「……兄様が! 兄様がそんなんだから、姉様が……ッ!」
そこから 先は口にするのを躊躇った。
信じてはいない。必ず何処かにいるはずだと、証拠が無いからどちらでもないのだ。だから竜華は信じて待っている。
「姉様が居てくれたら……どうして」
自分も涙が出てきそうだ。
端から見れば玩具を壊されて泣く兄と妹の風景である。
「とにかくです、兄様の居場所はもうありません! 服と車と資金は用意してありますから何処へでも行ってくださいませ!」
竜華は自分のポーチから鍵とカードを取り出して龍馬に投げつけた。
「この部屋は一ヶ月自由に出来ますから…私はもう行きます」
「ぐすっ……どこへ?」
「ダイザンゴウ」
その単語を聞いて龍馬の鼻水と涙でグズグズの顔が真剣な表情になる。
「……ま、待て! 何で知っている? それの存在は私と父様しか知らないはずだぞ!? 誰に聞いた?!」
「秘密です」
竜華は龍馬の質問には答えず、無視して部屋を出ていった。
(兄様、仕方がないのです。これも人類を守る為……そして“ガードナー”が世界を救うのです)
だだっ広い部屋に一人取り残されて、龍馬はどうしたら良いか頭を抱える。
「竜華、アレはお前が思っている物じゃない。exSV(ゴーアルター)と同じくらい危険なマシンなんだぞ……」
取り合えず服を着替えよう、と龍馬は衣装ルームへ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます