第36話 アルク、失う

 手足の生えた球体の《ゴーアルター》は、赤く大きな翼を背負い元の人型形態へと姿を変えた。


「…それにしても博士。ゴーアルターってそもそも飛べるのに必要あるんですか?」

『第一声がそれかァ?! ハイ少年よ、翼を付ける事によって何を感じる?』

 ズビシ、と画面の向こうから指を差された。


「え、まあ…早く飛べそうかなぁ…と」

『つ・ま・りィ、そー言うことなのだァー! 少年、君は内に閉じ籠りたいからゴーアルターをあんな不様な姿に変化をしたのだァ。最初にも言ったがなダイナムドライブは“ノリ”が大切なのだよォーッ!!』

 奇声を上げ、体をくねらせる奇妙な動きでヤマダは解説する。


『そもそも、そもそもだ! ゴーアルターに空を飛ぶ為のブースターもバーニアもスラスターも付いちゃあいない! 飛んでいるのは君がゴーアルターが飛べるものだと思い込んでいるからだァ!』

 なるほど、とはならない。が、実際は歩駆も《ゴーアルター》が飛べるものだと勝手に思っていたのは確かだった。


『その深紅の翼、名前は“ジェットフリューゲル”だァ。元々SV用に試作して作った換装パーツだったが、少年の…ゴーアルターの為に色々と改造を施してある!』

「改造?」

『そう、名付けて“NLNシステム”だァ! ダイナムドライブとリンクして通常以上の力を発揮できるぞ!』

「おぉそれは…」

 何かと聞こうとしたが目の前の光弾が横切る。近づけさせまいと攻撃する《量産型・戦人》を振り切り、チャラ男の《イミテーションデウス》がこちらに向かってきた。


『羽付けて二人から三人分になったってなぁ、さっきからガラ空きなんだよぉオラッ!』

 鋭利なクリスタルの両腕をやたらと振り回すが、空を切るばかりで《ゴーアルター》には当たらない。

 

「ちっ、説明中だってのに」

『それでは健闘を祈るぜ少年! 今度こそゴーアルターの力を世間様に見せつけるのだァ!』

 ヤマダの気色悪いウインクをして通信は終了した。歩駆は迫る来た敵を《ゴーアルター》の大きな足で思いきり蹴り押して、間合いを取った。


「ジェットフリューゲル…この翼、どこまでやれる?」

 歩駆は意識を羽に集中。早く、風を切り、俊敏に飛ぶイメージを頭の中で描きながら操縦桿を強く握りしめる。

 刹那、その場から《ゴーアルター》が忽然と姿を消した。

 目を一瞬たりとも話してはいなかったチャラ男の〈イミテイター〉は目を疑った。


『何ぃ?! 何処だ、何処へ消えた!?』

 キョロキョロ、と辺りを見渡す。すると、どこからか叫び声が聞こえる。


「ぅぅぅぅううらあああぁぁーッ!」

 真上。かなり上空から超高速で《ゴーアルター》が落ちてくる。まだ接触には早い、先手を打ってチャラ男の《イミテーションデウス》が《ゴーアルター》に向かって狙いを定める。が、


『なっ、まっまた消えた…だと!?』

 構えた時には既に消失。またしても姿が見えなくなりチャラ男のイライラが募る。人間になった事で《イミテイト》の時に出来ていたモノが出来なくなり視野が狭まっているのだ。視覚と聴覚で判断するしかない。


「こっちだぜ!」

『前か?』

「残念」

『背後だぁ? そりゃねえだろぉ!』

 目映い閃光。《ゴーアルター》の拳から放たれるフォトン粒子に包まれて《イミテーションデウス》と中の〈イミテイター〉のチャラ男は完全消滅した。


「これは、ダメだ…はっ早すぎる…口から色々と飛び出そうだ。スピードは調節しなきゃだなぁ」

 気分を悪くしながら歩駆は最後の一体に近づいていく。


「こいつは自分がやります。戦人のパイロットは下がって、町の人達の救助を!」

『了解した。健闘を祈るぞ』

 三機の《量産型・戦人》達は歩駆に敵を任せて散開する。無抵抗だった《イミテーションデウス》をよってたかって攻撃していたがダメージはこれといって与えられてはいなかった。


「次はお前だぞ? どうやらアンタがリーダー格っぽいな」

『だったらどうする?』

「翼からのフォトンレーザー、こいつを食らえ!」

 発射口が輝き出す。先程、《ジェットフリューゲル》が単体で使ったレーザーよりも強大なエネルギーを放出する。


「これでトドメだ!」

 十本の光条が《ゴーアルター》より解き放たれ《イミテーションデウス》は回避しようと上空へ飛ぶが、レーザーはまるで意思があるかの様に敵を執拗に追いかける。


『くっ…ならば』

 こちらも光弾をぶつけてレーザーを相殺しよう。と、逃げるのを止めて振り返り光弾を放った。しかし何と、レーザーの束が細分化し飛んできた光弾を避けて、静止してしまった《イミテーションデウス》を一斉に貫いた。 

 

「やったか?!」

 残念ながら致命傷には至らず《イミテーションデウス》は健在。だが機体はボロボロ、あと少しと言う所まで追い詰めた。


『………降参だ』

「そうだ、大人しく負けを認め…って、は?」

 思いがけない台詞に歩駆は驚いた。どういうつもりなのだろうか見当も付かない。


『私は一思いに殺してくれて構わない。ただし…』

 軍服の青年〈イミテイター〉は下方を見渡す。


『他の仲間は見逃してやって欲しい』

「何だと?! そんなの許せるわけないだろうが!」

『僕達は生きなきゃならない。その為に自分が犠牲になる』

「そんなので…お前らのせいで死んだ人間が戻ってくるわきゃないんぞッ!」

『…戻ってきている、と言ったら?。君なら見えるだろう、我らの仲間がヒトに成り変わってる所が、まだどっちなのかは“区別”が出来るだろ?』

 やられた。先程まで消えかかっていた命の光が明るさを取り戻している。だが、その光は純粋な人間の光ではなく“異物”が混入していた。


『ここで彼らを殺すのは止めた方がいいな。状況を知らない者からすれば、今度は君がヒトと襲っている、そんな風に見られたくは無いだろう?』

「謀りやがったのか!?」

『だから、君の怒りは僕にぶつける事で許して欲しい』

 青年〈イミテイター〉が頭を下げる。何ともしがたい感情が歩駆の中を渦巻いていた。


「……わかった」

『それでいい』

「そうじゃない。お前らは絶対に許さないからな。イミテイターは俺が一匹残らず全部根絶やしにしてやるからな。覚悟しておけよ!」

『君には出来ないよ。僕らが本当のヒトになる日は近い。神殺しは本当のヒトじゃなきゃ不可能だ。そんな半端な器じゃ』

「ゴチャゴチャと煩い! 死にたいなら黙ってろよッ!」

 《イミテーションデウス》の腕を引っ掴み、空の彼方へと投げ飛ばす。

 望み通りに消してやる、と歩駆の中の感情が爆発して〈ダイナムドライブ〉のレベルを五段階目まで上げた。


『最後に生き残るのはイミテイターさ。僕らの目的は』

「イレイザァァァァノヴァァーッ!!」

 彼の台詞を聞く必要はない。

 歩駆の感情の塊とも言うべきエネルギー球を殴り飛ばしす。

 大気圏まで行った〈イミテーションデウス〉に命中し、赤く燃える夕闇の町を明るく照らした。





 午後の十時になる。

 遅れて駆けつけた自衛隊や統合連合軍も加わり、必死の人命救助と消火活動が行われていた。


「…」

「あーくん、元気を出しなよ。宇宙人のリーダーは倒したんでしょ?」

 瓦礫に腰掛け項垂れる歩駆の背を礼奈は優しく撫でる。

 戦いは終わった。だが、被害は甚大である。ここには歩駆が消滅させた町の住民が避難している。その人たちはまた深い傷を負い、別の地へと

さ迷う事になるのだ。


「でも、さっきね軍の人たちに聞いたら亡くなった人が一人もいないんだって? まさかだよねぇ?」

「なぁ礼奈、お前アイツの台詞聞いてなかったのか?」

「何を? ずっと耳塞いで祈ってたし」

「…そ…そうか、まあいいや。別に気にしないでくれ」

 壊れた町をボーッと眺めていると一人の小さな少女がトコトコと走ってきた。後ろに隠した手には何やら持っている。


「あ、あのぅ」

「どうしたの? お父さんとお母さんは?」

 少女の目線までしゃがみながら礼奈が語りかける。


「えーとね、お兄ちゃんが白いロボットに乗ってた人?」

「ん、あぁそうだけど」

「あのねあのね、パパとママを助けてくれてありがとう! これお花、あげる!」

 取り出したのは一輪の白い花。少し花弁が焦げている。


「おう、ありがとうな。大切にするよ」

 歩駆は受け取ると少女の頭をポン、と撫でた。すると少女は顔を真っ赤にして満面の笑顔を作る。


「あっパパとママきた! じゃあね、バイバーイ!」

 遠くの方で一組の男女、少女の両親がこちらに向かって手を振っている。歩駆達に別れの挨拶をして少女は親元へと走っていった。

 仲睦まじい三人家族を見て心が和む礼奈だったが、歩駆はある違和感を感じていた。


「…あ」

 この感覚は《ゴーアルター》の“眼”で見ている時と同じだ。

 少女の両親が歩駆には普通の人間とは違う魂の形、そう〈イミテイター〉であるとはっきり見えていた。


「違…そいつらは!?」

 立ち上がろうとすると酷い目眩が襲い、歩駆はその場にへたり込む。


「ちょっと、どうしたのよ?」

「いや、うん…何でもない」

「疲れてるんじゃない? 膝枕、してあげよっか?」

 そう言えば《ゴーアルター》の中で引き籠っていたが、まともな睡眠を取っていないことに気付く。ここは素直に従い、歩駆は礼奈の左隣に座って柔らかな膝の上に頭を乗せた。


「……ゴメンな、色々と」

「あーくんの場合、謝られる事ばかりでどれがどれやら?」

「全部、かな」

「全部ってなるとあーくんが償うのには、駅前のケーキ屋にある全商品ってなるけど?」

「いい、奢る。タダ働きでロボット乗ってる訳じゃないんだぞ? 貰ってんだ給料」

「ふーん、じゃ落ち着いたら行こうね。プラス映画館にカラオケ付きで」

「あぁ…行こう」

 落ち着いてくると強烈な睡魔に見舞われ歩駆は大きな欠伸をする。

 取り合えず今回の戦いは終わったのだ。

 全ての解決には至らなかったが、しばらくは大丈夫だろうと何故かそんな気がした。


「おーい、シンドウ!」

「歩駆くん! 礼奈ちゃん!」

 緑の軍用自動車に乗ってハイジと瑠璃が現れた。

 自分達の機体は何処へやったのか、と歩駆は少し気になる。


「真道さーん!」

「…セイル、大きい声を出すと人がまた集まる」

 今度はアイドル衣装のセイルを銃を構えて周囲を警戒するユングフラウがやって来た。

 歩駆はユングフラウを見たのは初めてだったが、顔が似てることから姉妹のボディガードなのだろう、と勝手に思う。

 仲間達が無事で歩駆は心の底からほっとした。

 皆、人である。

 間違いなく生きている人間なのだ。


「…なぁ礼奈」

「なぁに、あーくん」

「黙ってたことが、まだある」

「悪いことなら黙ってていいよ?」

「…茶化すなよ」

「ごめんごめん、続けて?」

「俺の名前の由来だ。実は続きがある」

 当時の宿題では本当の理由は恥ずかしくて書けなかった。だが、今ではそれが気に入っている。


「ばーちゃんがアユミだから“歩”って感じを使った、までは言ったろ。でもな、実はまだ続きがあるんだ。普通なら“アユム”とかって付ける所を何で“アルク”になったかと言うとな…」

 ふと礼奈の顔を見上げる。


「礼奈、聞いてんのか?」

 声をかけるが返事がない。それ所か、呼吸もしていないようだ。


「………礼、奈?」

 そして一日が終わる。


 これからが新たなる戦いの幕開けである事を、歩駆はまだ知らない。

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