第35話 アルク、歩く!

 虹浦セイルの路上ゲリラライブに、いつしか黒山の人だかりが出来ていた。

 高速道路を越えた少し先の方で《イミテイター》が暴れていると言うのに、歌声に釣られて人々は一目見ようと避難もしないでセイルの《ハレルヤ》の周りに集まっている。


「「「アンコール! アンコール!」」」

 ファンの熱い声援を受けるが、そもそも目的は違う。


(あの男の人はどうなったの?!)

 機体の前方、《イミテーションデウス》は核の赤いクリスタルだけを残し

て水になり溶けた。核内部には男が満足げな表情で眠りについている。生体反応は既に無く、セイルは心の中で合掌した。


「煩いぞ貴様ら、見世物じゃないんだ!」

 ユングフラウの《チャリオッツ》は空に向かって頭部の砲身から一発放ち警告する。しかし、観客達は花火か何かと勘違いしていた為、ただ爆発しただけだの砲弾は意味不明で疑問しか浮かばなかった。


「フラウ駄目だよ、みんなを傷付けたら」

 機体に触れ、外には聞こえない接触通信で会話をする。


「わけがわからない……自分には歌と言うものが理解できない」

「理解じゃないんだよ。フィーリング、何を感じたかが重要なの」

「感じる……か」

 セイルの歌声はユングフラウの心、記憶を刺激した。

 聴いていると体が熱くなり、どこか懐かしい感じもする。

 自分と似た顔の少女が敵を武器を使わず声だけで押さえたのだ。


「くっ……何だ、頭が痛い……」

 何かが思い出せそうだが、考えれば考えるほど頭痛が酷くなる。戦いで疲れたからなのかは解らないが今は次の戦いに集中しよう。


「……何だ……あれは?」

 見上げた空に謎の白い飛行物体が浮遊している。

 やはり疲労のせいかと疑いたくなるほど、珍妙な物体がこちらの方に接近していた。


「白玉団子に手が生えてるっ!!」

 セイルが素っ頓狂な声で指を指し叫んだ。

 流れ星の要に上空を横切る物体は行く方角は《イミテイター》が暴れているいるエリアだった。




「やっと一機! 手こずらせやがって、次!」

 と、ハイジが言ったのも束の間である。

 急に機体が動かなくなり《戦人》は道路に叩きつけられた。

 敵の攻撃か、と思ったが計器を見てみるとエネルギーの残量がゼロになっていた。

 出撃する前に満タンだと確認したし、普段なら戦闘しても六時間は稼働出来るはずの《戦人》なのだ。それが敵二体と戦っただけで落ちたのは搭載されている〈S・DD(セミ・ダイナムドライブ)〉のせいだった。


 先の戦闘で謎のパワーアップを遂げた《戦人》だったが、力を使うためのエネルギーは〈S・DD〉とは別にプラズマ式の駆動エンジンからも使用している。

 単独の〈ダイナムドライブ〉だけで動く《ゴーアルター》と違い、ハイジと瑠璃の《戦人》はあくまでプラズマエンジンがメインで、疑似再現して作られた〈S・DD〉は稼働時間を向上させる為のサブエンジン。それを使用してしまった為にエネルギー使用量が倍増し機能停止に陥っていた。


「敵に有効だからって燃費悪い接近武器ばかり持つんじゃなかったな」

 予備電源に切り替えながら今さら後悔するが既に遅い。

 ハイジの前に二体の《イミテーションデウス》がコンクリートの地面を踏みしめ近づいてきた。


「寝てる暇が合ったら目の前の敵を叩きなさい!」

 万事休すか、とハイジが諦めている所に助けがやって来た。

 雲を切り裂き飛来する光輝く瑠璃の《戦人2号機》である。

 曇り空を照らす蒼い閃光が雨を降らした。高速で飛来する光の雨は《イミテーションデウス》に降り注いで、クリスタルのボディを貫通した。広範囲に、無尽蔵で、無慈悲な土砂降り雨は地面を破壊し地下鉄の線路までも露にさせるほど降り続いた。


「さしずめ、SSS(トリプル)……《急に降られた雨(サドン・サッド・シャワー)》と言った所ね」

「何言ってんだ?」

「あら? もう起きたのアーデル隊長さん」

「まあな、起こしてくれ」

「フフ……手をどうぞ」

 瑠璃は瓦礫の布団の中からハイジ機を引っ張り出してあげた。


「ツキカゲ、本当に乗れるようになったのか?」

「乗る? 違うわ、私が《戦人》なの。モニター越しの景色じゃない、私の目は《戦人》の見ている物と同じになった」

 今の瑠璃の視界は〈S・DD〉のお陰で機体と同調している。操縦桿を握って操作してる感覚は無く、まるで手足を動かす様に動作が自由で軽やかだ。


「ぼさっとしないで敵はまだ居るんだから、気を抜いては駄目なのよ?」

「助かったが、大丈夫なのか?」

「ピンピンしてるわ。久しぶりのフライトに興奮してる。こんなに空を飛ぶことが楽しいなんて」

「そうじゃなく、エネルギーが」

「え」

 ゴウン……、と駆動音が停止し《戦人2号機》は脱力する。


「ひ」

 輝きが失われると同時にコクピットのハッチが開いて瑠璃が飛び出した。

 まだまだ時間は掛かりそうである、とハイジは落胆した。




 空の上から敵を探して町の中心部までやって来た歩駆と礼奈だったが、目の前で起きていた惨状にゾッとする。

 

「なんて……ひどい」

 町が燃えていた。建物は倒壊し、至る所に黒煙が上がっている。

 歩駆は《ゴーアルター》の目を使って確認するが、この地域の生体反応は無いに等しい。今にも消えそうな命がある、しかし今は一刻も早く元凶を叩かねば被害は広がるばかりなのだ。


「敵はいないのか?」

 注意深く辺りを探るも頭の中で助けを求める沢山の声が反響して邪魔をする。


「わかってるんだよォ! そこにも、そこにも、そこにも、そこにも…俺一人で皆助けられるわけ無いだろォがァ!!」

 両手で耳を塞ぎ歩駆はヒステリーを起こす。だが、人々の声は心に直接響いてくるのだ。


「あーくん、大丈夫だから」

 座席の後ろに座る礼奈が歩駆の手を優しく握る。


「私が声を全部受け止める。だから、大丈夫」

 耳から手を離す。礼奈にそう言われて幾分か楽になった気がして安堵する。

 歩駆はもう一度、集中して敵を探した。

 すると北西の方角、ビルの影に人間とは似て非なる反応を感知。それは四つだが、一つの魂の中に別の魂が重なって見えた。


「来る……来た!」

 歩駆が見ているのを向こうも気付いたのか空へと上がり、こちらへと直ぐ様に飛んできた。歩駆は間合いを取って《ゴーアルター》を下がらせる。


『前に見たときと違うね? そんな卵の妖怪みたいな姿だったかい』

 二体の《イミテーションデウス》の片割れ、統合連合軍の制服に身を包んだ〈イミテイター〉の青年は首を傾げた。


『逆にジンカ以前の問題じゃね!? 生まれてすらいねーし!』

 もう片方、チャラ男な〈イミテイター〉は指を差して爆笑する。


『単刀直入に言うよ。ナギサ・レイナを渡してくれないかな』

「断る」

『じゃあ死ねやぁぁーっ!』

 チャラ男の方の《イミテーションデウス》が腕から光弾を連続発射する。狙って撃つことをせずに、むやみやたらと撃ち続ける攻撃に《ゴーアルター》は易々と回避する。


『君、止めないか』

 暴走するチャラ男機を青年の《イミテーションデウス》が間に入って止めた。


『だってよぉ必要か? 体は一つしか貰えないんだぜ。あんなメスガキの力が無くても行けるっしょ?!』

『魂の数は決まっているんだ。肉体が必要なイミテイトの数は、地球のヒトの総人口以上。出来れば傷付けたくはない』

「傷付けたくない…だって? お前らが町を、こんな滅茶苦茶にしたんだろうがッ!」

 奴等の言っている事とやっている事に矛盾を感じて、歩駆は激昂した。


『……それについては本当に申し訳ない。だが、君達がナギサ・レイナを渡していればこんな事にならなかった』

「大体、何で礼奈を狙うんだ? 目的は何だよ!?」

『君も我等に協力すると言うなら教えてあげるよ』

「絶対に断る!」

「なら死ねって言ってんだろぉぉーっ!」

 再びチャラ男からの攻撃。乱れ撃つ光弾の命中精度は高くは無いが、避ければ避けるほど後背部の建物に当たってしまう。


『……言える事は我等はヒトになる、ジンカしたいんだ。ヒトの形って言うのカミが作り出した一つの“完成形”なんだよ。色んな星を見てきたが、それを我らがたった20年足らずで理解したのは地球が始めてた。こんなシンプルな形で良いなんて気づかなかったよ。今でも、それを理解できないイミテイトは沢山居るのだが、いずれ解る時が来るはずだ』

「訳のわからない事を長々喋るな!」

 語り続ける青年軍人を無視して《ゴーアルター》は接近戦を仕掛ける。だが、その前にチャラ男の《イミテーションデウス》が立ちはだかった。


『じゃあ、さっさと渡すか、今すぐ死ね。それとも…こうした方がいいのかよ』

 今度は直接、下方の町へ向かって光弾を打ち続ける。適当に撃っているのではない。奴等にも人の、魂の位置がわかっていて狙い撃っているのだ。


「いや……止めて」

『君が悪いんだ…いや、ある意味では君のお陰もあるよ。君の一押して我らはヒトに成れたと言っても過言じゃあない』

『そらそら! ドンドン、ドンドン、ヒトが消えてくぞぉ? 俺達にとっちゃ都合が良いがな!』

「くっ……ゴォーアルタァァーッ!!」

 光弾の発射速度が早まる。チャラ男の《イミテーションデウス》の攻撃を止めさせようと突撃するが、


『ハッ! そんなボールで何が出来る』

 丸いボディをまるでサッカーボールの様に上空へ跳ね上げられてから思いきりシュート。飛んでいった先のビルにぶつかり、ドミノ倒しの様に倒れていく。


「ぐぅぅ、クソっ!! 大丈夫か礼奈!」

 瓦礫を腕だけで押し退け脱出する。不便で仕方がない卵形態から、元の人型に戻そうと先程から試みているが《ゴーアルター》に変化は無い。


『じゃあ次はコイツで』

『おい、いい加減にしないか。我らの目的は』

『知ったことかよ! やっと手に入れたこの体、好きに使おうが勝手だぜ!』

『な、何……だと?』

 二人の〈イミテイター〉は言い争う。同属であるにも関わらずベースになった人間の性格のせいなのか仲間割れを引き起こしていた。

 チャラ男は全く聞く耳を持たず自由に動き周り、軍人の青年は〈イミテイト〉としての使命を忘れず、彼を何とかして説得を試みているが、


『隙ィ、大好きだァァァァァーッ!』

 その時、甲高い叫びが戦場となった町に響き渡る。

 もたつく二人が声の方へ振り向くと、日が沈みかける空の彼方から超スピードでやって来た深紅の戦闘機が、両翼から細い二条のレーザーを放った。


『何だ?』

 レーザーは《イミテーションデウス》の透明なボディに当たるが直ぐに再生して無傷状態に戻る。


『少年、遅れてすまない。新装備のお届けだァ!』

 建物の影に隠れて敵の様子を伺っていた《ゴーアルター》のコクピット前面のスクリーン一杯に、奇妙な出で立ちのマッドサイエンティスト、ヤマダ・アラシが映し出され、礼奈は小さく悲鳴を上げた。


「は、博士?! あの赤い戦闘機に乗っているんですか?」

『いいや、これは基地からの通信である……それにしても何故まだその姿だァ?』

「どうにかやってるんだけど元に戻らないんですよ!」

 歩駆の投げ掛けに首を傾げて数秒考えるヤマダ。ピコーン、と口で言って顔が明るくなる。


『あァ、それは少女のせいだなァ』

「えぇ!? 何で…」

『二人の意識がゴーアルターの変形の妨げになっているかもなァ』

「じゃあどうするんですか?」

『少女も少年の意識と合わせるんだァァ!』

「合わせるったって……どうやって?」

 言いかける歩駆を他所に《イミテーションデウス》達が深紅の戦闘機へ光弾を撃ちまくる。それを深紅の戦闘機は華麗な飛行で次々と避けていった。


『もーう時間が無い、合体するぞ! さささァ、データを送るからそれにしたがってくれァ!』

「あっはい、了解です!」

「……はぁ、なにこれ?」

 歩駆のテンションが上がり、道路を浮遊して移動する《ゴールター》に脚が生えて、ヤマダの言う深紅の戦闘機まで敵に見付からぬ様に進んでいく。


『あの戦闘機……何かをするのか?』

『ゴチャゴチャウルセー野郎だぜ! さっとと落とせば良い話だ』

 そう言って《イミテーションデウス》が深紅の戦闘機に近づこうとすると、視覚外から不意打ち。ミサイルや弾丸の雨が下から幾度も飛んできた。


「あのSVは戦人か? でも色が緑だ」

 先鋭的なフォルム、大きなウイング付きのバックパック。

 ハイジや瑠璃の機体はカスタム機なので装備や色が違うが、確かにあの機体は《戦人》であった。


『こちらIDEAL所属イクサード小隊。exSVの真道歩駆、君を援護する』

『早く装備の装着を、敵は私達が食い止めます』

 援軍は五機の量産型の《戦人》だ。知らない間に地上と空の二つに別れて敵を取り囲んでいる。


「助かります。そうだ……下にまだ生きている人が居るんだ。座標を送るから頼みます!」

『了解した』

 上下の一機づつが市民救助に廻る。残りの三機がジリジリと《イミテーションデウス》へと近付く間に、歩駆達は合流地点を目指す。敵に察知されないように慎重に向かった。


「よし、行くぞ礼奈!」

「ねぇ……これ、言わなきゃ駄目なの? アニメじゃ無いんだから意味無いでしょ」

「礼奈、今はふざけてる場合じゃ無いぞ」

「どっちがよ!?」

「……わかった。じゃあ、一先ず置いといてだ俺を信じる事だけに集中してくれ。意味無いとか、無駄とか、合理的じゃないとかは忘れろ。そうしなきゃゴーアルターが変われない!」

 今一、理屈が納得出来ないが文句を言っても仕方がない。


「……うん、じゃあ今はあーくんに託すから。耳は塞いでるね」

「任せとけ……そうだな塞いでろ」

 礼奈は人差し指を耳の穴に突っ込み目を瞑った。それを確認して歩駆は、ヤマダから送られてきたデータを確認する。

 そした、合流地点へと到着した《ゴールター》は深紅の戦闘機目掛けて空高く跳躍した。


「じゃあ行くぞ……ゴホン」

 少し──と言うか実は本気で恥ずかしいが、息を目一杯吸って、コンソールに記された“キーワード”を思いきり叫んだ。


「合体武装! レェェーッツ! ゴォォォアルタァァァァーッ!!」

(……あーくん、絶対勝ってよ。そうでなきゃ許さないから)

 少女は祈った。

 この悪夢の様な時間を目の前の少年が全て消し去ってくれる、と。


 少年は変わろうとした。

 自分の中の英雄像を頭の中で描いて今度こそは上手くやれる、と。


 白き鋼の巨神は二人の想いに応え、変わり往く。

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