第32話 セイル、歌う!

『ご来場のお客様にお知らせします。ただ今、緊急避難警報が発令されました。警備員の指示に従って、地下シェルターへの移動を御願い致します。繰り返します。ただ今……』


 アナウンスが会場中に響き渡る。

 人気アイドルの虹浦セイルがチャリティーライブを真芯市民ホールで緊急開催される、と駆けつけたファンでごった返す中での残念なお知らせ。


「マジかよ、また宇宙人騒動か?」

「多いからね最近。仕方ないちゃっないけど……」

「俺、三日前からココで待機したぞ俺」

「セイルーん! セイルーん!」

 素直にホールを後にする者も居れば、席を離れずセイルが出てくるのを待ち叫び続ける者も居る。


「でもセイルんってSV(サーヴァント)持ってるんだろ? 今回もそれでやっつけてくれるんじゃね?」

「バカだな。アレはプロモーションに決まってるんだろ。セイルちゃんの歳じゃ免許が取れねーよ」

「どう見ても撮影用のハリボテSVです、ありがとうございました」

「じゃあ、あの模造獣は何ぞ? アレは本物じゃね?」

 ファン達が居座り、集まって井戸端会議を始めたので警備員達が数人が強制的に退去させる。

 そして、完全に誰も居なくなった事を確認したのは本日の主役だった。


「……シーン」

 と口で言いながら、静まり返るコンサートホールの中央にポツンと立つセイル。

 本当なら中止の呼び掛けも自分で言い、来てくれた皆に対して謝りたかったがマネージャーに止められた。


「ねぇ今から」

「駄目だよセイルちゃん」

 眼鏡を光らせ、マネージャーの男は言う。


「ブゥ~まだ何も言ってない」

「言わなくてもわかる。僕らの早く避難しないといけないんだから」

「セイルだって戦えるのに……」

「アレには、もう乗せないよ。もう君に危ない事はさせない。セイルは普通のアイドルで良いんだよ」

 マネージャーは心配なのだ。本当なら特撮ドラマの仕事が取れる、ぐらいの気持ちで了承した仕事だったのに、いつの間にか事が大きく運び過ぎている。

 ただでさえ胡散臭い芸能界どころか、もっと大きな何かが裏で手引きしているのではないかと不安で仕方がなかった。

 せっかく、ここまで育てたアイドルを危険に晒すわけにはいかない、とマネージャーは警戒し客席を見渡すと、端の方に一人の男が座っていた。


「……フ……フフ……せ、セイルチャン」

 薄ら笑いを浮かべている太った男。

 確かに全員外に追いやったはずなのに、と不思議に思うマネージャーは男に向かって呼び掛ける。


「な、何だ君は!?」

「何ダ君ハ……ダッテ? ……フフ……フフハ」

 立ち上がり体を震わせながら笑っている男。明らかに様子がおかしい。マネージャーはセイルを背後に下がらせた。


「ソウデス、オレハセイルチャンヲ……喰ベチャイタインダァァァァァーッ!」

 獣の様な低い叫び声を放つ男の体がブクブクと膨れ上がる。二倍以上に大きくなった《肉達磨の男》の豪腕がセイル達まで高速で伸びた。


「逃げろセイルちゃんッ!」

 とっさにマネージャーはセイルを突き飛ばす。その時、襲ってきた巨腕の鋭利な爪がマネージャーの右足首を掠めた。


「ぐぅ……!」

「マネージャー、足が!?」

 思ったよりダメージが酷く、マネージャーの足元からの出血が舞台に血溜まりを作る。


「へ、平気だよ……それよりも……は、早くっ!!」

「でも……あぁ……!?」

 自分一人で逃げるわけにはいかない、と何とかマネージャーを引っ張るセイルだが、恐怖で力が入らない。そうこうしている内に《肉達磨の男》がゆっくりと近付いて来ている。

 万事休すか、と思って目を閉じる。

 その時だった。


「ワギャァァァァァァァァァァーッ!!」

 けたたましい叫びを《肉達磨の男》が上げる。顔面に当たる部分に何かが打ち込まれていた。

 すると、発砲音と共に何者が天井から落ちてきた。


「しぶといな……大丈夫か?」

 拳銃の弾を新に装填しながら振り返る、短い髪で黒い迷彩服を着た少年兵。


「あの子……セイルちゃんにそっくりだ」

 マネージャーは呟く。ナイフの様な鋭い雰囲気を醸し出しているが、何処と無く風貌が虹浦セイルと同じに見えた。


「キ……君モ可愛イ……イ……イーィダダギマァァースゥゥッ!」

 素早い動きで《肉達磨の男》の巨腕から繰り出される攻撃を躱していき、一瞬で懐まで飛び込む。


「生憎だが、お前に喰らってもらうのはコイツだ」

 少年兵は腰のポーチの中から出した平べったい鉄の板を《肉達磨の男》に張り付けて後ろへ飛び退いた。


「伏せろ!」

 爆発。《肉達磨の男》の体が木っ端微塵に吹き飛び、黒焦げになった肉片が回りに散乱する。


「コード・ブラック、目標を一体撃破」

『こちらコード・ジーニアス、御苦労様ァ! 姫は無事だなァ? 引き続き任務を続けてくれッ!』

「了解」

 何処かへ連絡を取った少年兵は、再びポーチの中を探ると包帯と傷薬を取り出した。


「男、傷の手当てをしてやる……少し退いてろセイル」

 慣れた手付きでマネージャーの足を消毒して、綺麗に包帯を巻いていく。


「君は一体?!」

「ユングフラウ……フラウちゃんだよね、あの時の? 素顔初めて見たけど何それ、特殊メイク?」

 セイルは顔をまじまじと見る。時おり、頬を両手で引っ張ってみたりしてユングフラウを弄りまくった。


「これは……生まれもった顔だ」

「そっかぁ。世界には似た顔の人間が三人や四人も居るって言うしね?」

 納得するセイル。それで納得していいのかよ、とマネージャーは心の中でツッコむ。


「ウ……ウゥ……カ、カラダ」

 呻き声。宙に浮かぶ赤い結晶に焦げた肉片が集まってきていた。ユングフラウは警戒して銃を向ける。


「まだ生きていたか」

「カラダ……ウ……カラダヲォォォォ…!」

 肉片と共に赤い結晶は天井を突き抜け、外へと飛び出していった。


「空に飛んでっちゃったよ! どうするの、ねぇ」

「わかっている……来い《チャリオッツ》!」

 腕時計に向かってユングフラウが呼び掛ける。すると突然ホールが揺れだした。何事かと思ってセイルとマネージャーが床に踏ん張っていると、防音の壁が崩れて、そこから戦車とピンク色のSVが客席の中に突っ込んできた。


「あぁ会場が……」

「セイル、お前はアレに乗れ」

「え? でも……」

 ユングフラウはポケットから出した起動キーをセイルに投げ渡すと、《チャリオッツ》と呼ばれる戦車に向かった。

 キーを見つめて、セイルはマネージャーの方に振り返って頭を下げる。


「ごめんなさいマネージャー! セイルは皆の笑顔を守りたい。それはマネージャーも含めての皆だよ。だから、セイルは行きます!」

 そう言うとセイルはユングフラウの後を追い、ピンクカラーなSVの《ハレルヤ》に乗り込んだ。

 

「セイルちゃん……頑張ってね! 君なら大スターになれるから!」

 自分はもう必要なくなった、と寂しい気持ちで一杯ではあるが、マネージャーは彼女達が必ずやり遂げると信じて見送った。





 ハイジの《戦人》が閃光する。

 真っ赤なボディがまるで火の玉の様に燃え盛っていた。


「ライフル、シュート!」

 銃口から真っ赤な銃弾が吐き出される。通常とは大きく異なるスピードとパワーであるが《イミテーションデウス》のは、いとも容易く弾き飛ばしてしまった。

『早い早い……だが、効かねえんだよぉー!』

「それは囮だ!」

 いつの間にか《戦人》が背後に回っていた。大型ビームソード〈マサムネセイバー〉で袈裟斬りにする。しかし、


『通らんなぁ?』

 力強く降り下ろした《戦人》だったが、敵の硬度が勝り〈マサムネセイバー〉は折れてしまった。


『後ろを取ったのは誉めてやる! が、今度はこのダイヤモンドの剣でどうだ!』

 両の腕を尖らせ《イミテーションデウス》の激しい突きと切り。それを《戦人》は二つの大きな盾で防ぐ。


『ほら! ほら! ほら、どうした! さすがダイヤモンド、一方的じゃないか!』

「……お前は勘違いをしている」

『何だと!?』

「ダイヤは確かに硬い、だが削りには弱いんだよ!」

『な、何いィィーっ?! そんなことがあるわけ……!?』

 再び《戦人》が真っ赤に燃え盛る。攻撃を繰り返すダイヤの剣を弾き返した盾の先端から現れるドリルは、赤いオーラを帯びて長く大きく見えた。


「今回はダブルだからなッ!」

 形勢逆転。お返しとばかりに《戦人》は攻め立てる。防御する《イミテーションデウス》のダイヤ腕だが、回転するドリルに削られ次第に小さくなっていく。


『そんな……嘘だろっ?! 普通は逆のハズ……』

「さっきまでの威勢は何処に行ったイミテイターさんよぉ!」

 両肩にドリルを突き立て、内蔵のガトリングガンも同時に放つ。輝きを放つ結晶が飛び散り《イミテーションデウス》の両腕を破壊した。


「どうだ、どうしてだか知らないが再生は出来ないらしいぞ?!」

『チィ……何だ?』

 中の男は機体を棄て逃げようと回りを見渡していると、下から何かがこちらに接近しているのが見えた。


「同胞……で良いんだよな? 丁度良い、助けてくれ!」

「……カラダ……タマシイハイイ……オレニ……クレ」

「何言ってんだよ、お前」

 黒焦げの塊が間近に迫ると《イミテーションデウス》の中に入ってきた。男は呼び掛けるが、


『お、おい! 馬鹿止めろ、来るなぁぁぁー!』

 体内で揉みくちゃになっている《イミテーションデウス》は操縦不能になり民家に墜落していった。


「共食いか、何なんだよコイツら」

 様子を見に地上へ降り立つ。土煙の起こる瓦礫の中からガラスの巨人は再び立ち上がった。


『フ……フフ……良い肉体だ。醜くないイケメンの体だ……フフフ、セイルちゃん』

 コアの中の男は不敵に笑う。先程の黒い塊は何処に行ったのだろうか、とハイジは思って男を見つめる。


「コイツ、さっきの奴なのか? 雰囲気が変わった……様に感じる」

 機体の〈セミ・ダイナムドライブ〉の影響か、ぼんやりとだが生命のエネルギーが変化したのが見えていた。

 ハイジは次の攻撃に備えて身構えているとレーダーに友軍機の反応が二つ。一機は知っている物だが、もう一機は不明だ。


「ハイジ・アーデルハイド。こちらコード・ブラック、ここは任せて貰おうか」

「コード・ブラック? 知らないぞ、そんなもん」

 戦車型SVの《チャリオッツ》のコード・ブラックこと、ユングフラウ。


「こ、こんにちは」

「そっちはハレルヤ…乗ってんのはアイドルか?」

「レーダーを確認しろ。セミ・ダイナムドライブの力でイミテイトの反応をキャッチ出来るハズだ、と聞いている。モードを切り替えてみろ」

 そう言われハイジはコンソールの画面をタッチする。すると、色が替わって機体の周囲数キロに光点が付く。


「十……いや、五体に五人か」

「目の前のイミテイターは自分達が処理する。ハイジ・アーデルハイドは他の奴等を頼む」

「任せてください!」

 ユングフラウとセイルが言った。方やアイドル、方や素性の知れない戦車だが手をこまねいている時間もない。


「……任せて良いんだな、コード・ブラックとやら」

「もちろんだ。あと、一つ忠告したい」

「何だ?」

「ダイヤは衝撃に弱く、削りには強い……」

「は?」

「勘違いしている様だから教えるが、ダイヤは研磨や切削に使われていて、モース硬度と呼ばれる引っ掻き傷に対する強さは極めて高い」

「そ、そうか?」

 先程の勢い口走っていた台詞を聞いていた様だ。ユングフラウは続ける。


「逆に耐久性は普通の宝石より弱い。そもそも《イミテイター》は本物のダイヤじゃないだろうし、もしくは思い込みの力で機体性能が増幅する〈ダイナムドライブ〉だから不可能を可能にしたんだろう」

 ベラベラと説明するユングフラウを見て、無口キャラじゃ無かったんだ、と思うセイル。ハイジは目を点にし唖然とする。


「敵も馬鹿でよかった。思い込みで変わるのは同じの様だな。勘違いの言動が動揺により脆くなった。相乗効果だな、全くデタラメだ」

「う、煩い! 敵“も”馬鹿ってなんだよ、もっもう行くからなっ!」

 二機をその場に残し、顔を真っ赤にして今一締まらないハイジの《戦人》は光点の密集している地点へと向かい飛び立っていった。

 そして、セイルとユングフラウは巨漢になり岩の様に変化した《イミテイター》と対峙する。


『フフフ……』

 見た目は先程の太った男から変わっているが、笑い方や挙動は同じだった。


「食らえ」

 戦車形態から人型形態へ変形した《チャリオッツ》は、頭部の長い砲身で弾丸を連続発射。ドン、と体に衝撃を受けながらユングフラウは敵に向かって無慈悲にトリガーを引く。だが、


『フフフ……セイルちゃんが二人だ。双子だったんだね?』

 全く聞いていない様子だった。爆発する弾など意に返さず、結晶の巨腕を振りかぶりってこちらを捕まえようとする。


「もう一発」

「待って! 家に当たっちゃってる!」

 セイルは《ハレルヤ》で《チャリオッツ》の前へ立ち塞がった。


「敵の殲滅が最優先だ」

「止めて! こんなの駄目だよ!」

 必死で攻撃を止めさせるセイル。既に炎と黒い煙が辺りを包み込み、《チャリオッツ》の砲撃で街は焦土と化していた。


「退け」

「この人は、セイルに会いたかっただけなんだよ!」

「何を言ってる? 奴は人ではない、意思疏通の出来ない怪物だ」

 機体を通じてセイルにはわかる。あの《イミテイター》は自分を良く見せたかっただけなのだ。気持ちが暴走してるだけで本人に、そこまでの破壊衝動は感じられない。


「絶対出来るよ…多分。説明書いっぱい読んだもん。コレで!」

 《ハレルヤ》は背部から二枚のディスクを射出すると、それを巨漢の《イミテイター》に張り付ける。


(お願い……暴れるのを止めて)

『フフ……ウゥ……ウ……た……』

(歌?)

『……うた……歌を聞きたい、セイルちゃん……の』

 どんなに姿が変わっても、この男はセイルのファンなのだ。

 ならば、セイルのやるべき事は一つだ。


「じゃあ歌います。曲は……〈ハート・イグニッション!〉」

 たった一人のファンだけに送るライブが始まる。

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