第六章 立ち上がる者達
第31話 ハイジ、撃つ!
季節は秋になったが、まだまだ残暑が厳しい今日この頃。
渚礼奈の住む町は復興も順調で、住民の半数以上は元の生活に戻りつつあった。
今日から礼奈も高校生活を再スタートになるが、元の通っていた学校は避難民が暮らすマンションを建設する計画が在り更地になってしまった。その為、隣町の高校に通う事になったのだ。
知り合いの何人かは別の町の学校へ行ったり、今回の事がきっかけでボランティア活動を続ける者も居た。
礼奈は少し寂しくもあったが、皆はそれぞれの道で頑張る事を決めたのだから、他人がとやかく言うつもりはない。
「これでアイツがちゃんとしてれば…」
「アイツって誰?」
「えっ? あー……うん、何でもないよ大丈夫、大丈夫!」
友人のユウコが心配そうに顔を覗く。礼奈は空元気な声で返事をする。
朝の通学路、工事途中の家々を横目に二人は雑談をしながら歩いていた。しかし礼奈は気がかりな事があり、ほとんど友人の会話を聞いては居なかった。
「レイナどうしたの? キョロキョロして」
「いや、ちょっと……最近、誰かに見られてる気がして」
「最近何かと物騒だよねぇ……あれだ、失踪事件? 普通逆だよねぇ、あの時のトヨトミって会社が起こした爆発事件で死者、行方不明者多数ならわかるけどなかったっしょ? それから三ヶ月経って今さら人が居なくなるなんて」
「うん、そう」
「何かさぁ、変わったよねレイナ。眼鏡もおさげも止めちゃったし……夏の間にオトナの階段上っちゃったとか? キャー! 相手は誰なの? 先輩、後輩、同級生、ボランティアで出会った人?」
下世話な事で勝手に盛り上がる友人ユウコ。朝からこの元気は何処から来るのか、と礼奈は不思議に思った。
「もしかして幼馴染みの真道くん? あの子は止めといた方が良いよ。オタクだし、将来性無さそ……あっ、そうかしまった彼って爆発事件で唯一の行方不明なんだっけ?」
「う……うん、まぁね」
「まぁ良いんじゃない? 今の礼奈はスゴく美人に見えるし、あんなのに世話焼くらいならもっとイケメンをさぁ」
「ユウコ、黙って」
「いやだってさぁ、アレ良いの見つかるって」
「黙って!」
礼奈は怒る。少し言い過ぎたか、と反省して振り返るがユウコは居なくなっていた。
「黙らせたよ」
不意な呼び掛け、声は上の方から聞こえてきた。
「おーい、ヒトが“空いた”よー! こっちだ」
一軒家二階のベランダに二十代くらいの赤Tシャツ男が立っていた。手には黒光りする銃と小さい弓が合体した様な物を持っている。
「サンキュ、ココ穴場なんだ。もう十人近くになるぞ。スゲーぜヒトってさぁ」
「は? 何を……?」
後退ろうと足を引くと、雨でも無いのに地面に水気を感じた。悪い予感がして、礼奈は恐る恐る足下を見る。
そこには額に鉄の矢が刺さり、地面を赤く濡らす無惨な友人の姿があった。
「ひ」
「礼奈」
悲鳴を上げようと息を吸うが、何者かに肩を叩かれ邪魔をされた。その手を振り払い、相手の顔を見た礼奈は驚愕する。
「おかしいな、レイナって名前でいいんだよね? ナギサ・レイナ、あってる?」
「ユウ……コ?」
それは間違いなくユウコだった。礼奈はもう一度、足下を確認するが確かにユウコの死体がある。だが、目の前に居るのもユウコだ。
「レイナ……そいつがレイナなのか? ラッキーじゃん!」
「まさか、友人に当たるとは思わなかったよぉ」
「何を……言ってるの?」
説明は上手く出来ないが、このユウコは自分の知っているユウコとは別人だ、と礼奈は感覚でわかった。
「捕まえとけよ。アイツの所に連れてくまでは傷つけるな」
「わかってる。でも何かさぁ、微妙におかしいなぁ? 確かにイミテイターだよねレイナ? なのに何で魂が」
「いやっ来ないでっ!」
「大丈夫、ユウコだよ私。県立真芯高等学校二年A組、陸上部で副部長。でも“前”のユウコと違うのはヒトとしてランクが上がったところかな?」
ジリジリとゆっくりと近づいてくる偽ユウコ。逃げようとして本物のユウコの腹部を礼奈は踏んでしまって謝るが既に息絶えていた。頭の中がパニックで思考が追い付かない。
そこに、
「ナギサ、伏せろォッ!!」
誰かの叫び声が響く。何が何だか分からないが礼奈はすぐさま頭を抱えてしゃがんだ。
刹那。耳に響くドラムを叩いた様な重低音二回。偽ユウコの「あっあっ」と言う声にビチャビチャと水の弾ける音。礼奈の顔に粘着性の液体が掛かった。
「次」
声の主、ハイジ・アーデルハイドの銃口は上方、左側の家屋へ移る。ターゲットの赤Tシャツはボウガンを持っていた。
目と目が合い、互いに武器を構えて同時発射
一発の矢に対して、弾丸は三発。一発目は矢とぶつかり弾く。二発目、ボウガンの発射口へ直撃して赤Tシャツは手放してしまう。そして三発目の弾は心臓を貫いた。
「……ふぅ」
ハイジは深く息を吐き、額の尋常じゃない油汗を拭った。周囲に敵が居ないことを確認すると、ヘタリ込む礼奈に手を差し伸べる。
「心配するな、俺は味方だ」
警戒されないよう馴れない笑顔を見せるハイジ。礼奈はハイジとは初対面ではあるが、着ている軍服に見覚えがあった。
「もしかしてIEDALの方、ですよね? あの……助けてもらってアレなんですけど、顔色が悪いですよ?」
「構わないでくれ……はぁ、人間じゃないってのは頭じゃわかってるんだけどな」
二人は地面に突っ伏す偽ユウコを見る。偽ユウコは人の形を保てなくなり、胸の辺りの砕けた赤い結晶を残して水の様に透明に変わり溶け出した。
「君を保護する。一緒に来て欲しい」
「どうしてですか? あのユウコは一体……」
「君は知らなくていい……もっとも、俺も奴等をこんな間近で見たのは今ので初めてだから正直驚いてる」
「陰ながら君を護衛しろ、とだけ伝えられた任務だからな。君がアルクの幼馴染みだって事ぐらいしか知らない」
「じゃあ、ずっと気配を感じてたのって……」
「一先ず離れよう、ここは危険だからな。学校にはしばらく行けなくなるが我慢してくれ」
有無を言わさずハイジは礼奈を引き連れ、河川敷に呼び出していた高速輸送艇の《スカイアーク号》に乗ってIDEAL基地へと向かった。
ハイジは何時、敵の襲撃があっても良いように《戦人》のコクピットで待機する。
「……うっ」
今まで使った事も無かった備え付けのエチケット袋を取り出し、ハイジは吐いた。これは輸送艇の揺れによる乗り物酔いでは無い。
「クソっ……ユリーシア……」
人に銃を向ける、という事。
銃社会で暮らしていたハイジにとって、それは日常で起こりうるかもしれない行為だ。
ハイジが初めて銃を撃ったのは十才の誕生日、父と一緒にハンティングに出かけた時の事だ。
最初に引き金を引いた感覚は今でも覚えている。相手は野うさぎだった。
茶色の毛並みで可愛らしい小動物が物言わぬ肉塊に変わり、昼のバーベキューのメインディッシュとして皿に並ぶ。
その時に父親が語った言葉。
命を奪うとは、その命を自分の糧として背負っていく事。
大きくて武骨な手で頭を撫でられながら、父にそう教わる。
だけど、子供の頃のハイジは父の言う言葉を曲解していたのだ。
銃と言う強い武器が有ればその命を左右するのは自分、つまり相手の上に立てると思っていた。
もちろん、犯罪に手を染めてまで人を殺したいと言う訳では無い。ハイスクールを卒業後、合法的に命に向かって銃を撃てる軍に入ったのである。
そして、最愛の人を失った。
「アルクの事は、責められないよな」
全く境遇も性格も違うが、ハイジは何処かに真道歩駆を自分と重ねている部分があったのだ。今の自分も戦う理由を失っている。しかし、ハイジは歩駆の一回り年上の大人だ。引き籠っている場合じゃない。
『ハイジ隊長! 後方から謎の機体が接近してますっ?!』
自問自答していると突然、《スカイアーク号》の操縦士から通信が入った。
『映像、出ます……な、何だコイツ?!』
その機体は通常のSVと同じ十メートル前後の大きさであったが、見た目は全くと言っていいほど違った。
「綺麗だな、ガラス細工みたいだ」
全身が透明でダイヤモンドの様な輝きを放つ巨人。そのボディの中央には、赤い結晶が埋め込まれている。
「模造獣……いや、待てよ。彼奴はさっきの?」
映像の赤い結晶が映る部分を拡大する。そこには、先程の町で礼奈を狙いハイジが射殺したはずのボウガン男が居た。
『そこの飛行機! 撃ち落とされたくなかったらナギサ・レイナを渡せ!』
男の反響した声が響く。直接、脳の中で叫ばれている様な感覚だ。
「ちっ、コソコソとストーキングしてたのか」
『隊長、どうしますか?』
「お前はナギサを連れて基地へ帰れ。俺が彼奴を相手する、ゲートを開けろ!」
機体に火を入れる。ハイジは《戦人》をカタパルトまで歩行させ、外への門が開くのを待つ。
『開きました、どうぞ!』
「ハイジ・アーデルハイド、戦人、出る!」
リニアの超加速で《戦人》は大空へ飛び足した。
「まだ下は市街地か……面倒だな」
『お前はさっきのパツキン男か! よくも肉体に傷を付けてくれた! イミテイターの再生も無限じゃあないんだぞ!』
男は激昂する。
「何が狙いだ模造獣。お前たちは人間に変化は出来ないはずだぞ? それにナギサがどう関係する?」
『一辺に質問するんじゃねーよ……俺達は模造獣じゃねぇ。進化したヒト、イミテイターだ。この巨人は《イミテーションデウス》だ。それ以外は教えられない……ねっ!』
ガラスの巨人、《イミテーションデウス》の両腕が輝き、光の塊が発射された。《戦人》は急上昇して避けるが、光の塊は遠方の山へと飛来する。巨大な爆発が起こり山肌をくり貫いたみたいに円形の形に削った。
『ちっ、外したか。次は外さねぇぞ!』
凄まじい威力にハイジは驚いたが、相手の動きは素人同然だと言う事がわかった。倒すのは簡単であるが気になる事と言えば、乗っている人間──ではない──が丸見えだと言う事である。
ロボット乗りなら誰しも相手の機体の中に人が乗っている事を意識はしているが、ロボットと言う“ガワ”だけに意識して撃墜させる。敵パイロットの事など知らない方がいいのだ。
「……素なのか、作戦なのかどっちなんだ奴等は!?」
ハイジはそれを誰よりも意識してしまい、気持ちは大きくブレてしまう。だが、そうも言ってられない状態だ。
「……来いよ化け物。かかってきな」
『あ? 何だと下等生物』
「来いって言ってんだよ化け物が! 貴様達が人であるはずがない! 人の人生を奪うだけの奴なんかに、色んなモノを背負ってきた俺達が負けるか!」
死んでしまった者は生き返らない。だからこそ、生きている人間はそれを受け継ぎ進まなければならない。《イミテイター》はそれを踏みにじり、代わりに成りすまそうとする。ハイジはそれが許せなかった。
「お前の命を射つ。それが俺に出来ることだ」
ハイジの言葉に《戦人》の〈セミ・ダイナムドライブ〉が呼応した。
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