第30話 イミテイター
その男は一見、何処にでも居そうな若い青年の姿をしていた。だが、マモルは青年の放つ“電波”の様なモノで、彼の正体がタダの人間では無い事を確認できた。
「“ジンカ”って言った? “シンカ”では無くて?」
「そうだよ。何だい、君は神様にでも成るつもりなのかい?」
「ボク達はそのつもりで動いているよ」
「そうなんだ……フフフ、アハハハハ!」
突然の大爆笑。お腹を押さえ、膝を叩く青年にマモルは心底引いてしまう。とても同種とは思えないのだ。
「何が、おかしい」
「いやいや、壮大なんだなって思っただけだよ……フフ」
青年は口を押さえ、笑いを堪えようとするがプスプス、と口から空気が漏れる音がした。
「僕ら上位イミテイトであるイミテイターは、下位のイミテイトみたいに見た目だけをコピーするんじゃなくて、魂の情報も自分の体に変換する事が出来るんだよ? 神様ってどうやってやるの? 神の魂は何処にあるんだろうね?」
「それをやる為の器が此所にはある。それが、変わり行く者(ゴーアルター)だ」
「ゴーアルター? あの白い巨人の事かい? うーん、僕にはアレがイミテイトの死骸の塊にしか見えないけど。確かに兆しはあった気がしないでもないけど」
青年は涙を拭いながら、今度は眉にシワを作り訝しい表情を見せる。切り替えの早さにマモルは益々、この青年がわからなかった。
ヒトに成り立てで感情表現が上手く出来ないのだろう、マモルはそう思う事にした。
「きっと成れる。ボクが見込んだ彼ならば」
「例え出来たとしても、君らは神を殺せるのかい? 肉体から離れた魂でなければ“ジンカ”……いや、君の言う“シンカ”する事は出来ないだろう?」
「それはここの人達に任せる。ボクの役目は彼を導く事だからね。二人でアダムとイブになるんだ」
「知っている、旧約聖書だろ? 僕の中のヒトはキリスト教信者だったからね……でも」
何かおかしいな、と思いながら青年はマモルの頭から爪先まで舐める様に凝視する。
「君って女だったのかい? 胸は……無いように見えて有るみたいだけど?」
「女の子さ、魂は女の子だからね。だから体も正真正銘の女の子なの!」
無い胸を張るマモル。
「不思議な事もあるんだねヒトって。肉体と魂で性別が違うだなんて……」
「それで? アンタの用件は何なのさ?」
「君に用事は無い。僕があるのはもう一人の方さ」
上を見上げる。それは天井の壁ではなく、その先に有る者を透して見つめていた。
「もう一人……あぁ、礼奈か。アレはヒトと融合した不完全だよ、模造のイミテイトと同じで姿形を似せているに過ぎない」
「……君は何を言ってるんだい? 彼女は間違いなく純度百パーセントのイミテイターさ」
マモルは青年の言っている事がよくわからなかった。所詮はヒトに成り立てのイミテイターなんだ、と心の中で決めつける。
「だからこそ、おかしいんだよ。魂ってのは複雑なんだ、この世にヒトとイミテイターは同時に存在出来ない。僕の体も、海底で死んでいた男の物さ」
「何が言いたいのかさっぱりなんだけど?」
「君はヒトになって知性が下がったのかい? つまり、“本体”が生きているって事だよ」
とてつもない事を淡々と言ってのける青年にマモルは呆れ返る。これ以上、電波な謎の不審者に付き合う義理は無かった。
「あのイミテイターの魂は他に無い“ゆらぎ”を感じるんだ。存在が不安定に感じる。だけど、もし肉体から魂を剥がさずにイミテーション出来るなら…僕らの計画は予定よりも早く遂行可能なのかも知れない」
「それはスゴいね!」
「だから協力して欲しい。あのイミテイターが居る場所に案内してくれ」
「わかった」
そう言うとマモルは大きく息を吸った。そして、
「誰かぁぁぁぁー! この前の侵入者の仲間が隠れてたよぉぉぉー!」
叫び声を上げると、先の通路から偶然にIDEALの屈強な隊員が通りかかった。マモルはわざとらしく床にヘタリ込んで助けを求めた。
「統連軍の制服か……? 司令室、侵入者らしきを人物を発見した。至急、応援を頼む!」
隊員は腰から取り出した銃を構え、無線で司令室に連絡を入れる。
「僕は彼女を手に入れる。また来るからね」
ため息一つ吐き、青年の体が水の様に透明な姿へと変わって弾けた。一瞬の出来事で、隊員からは無線の声に集中して目線を少し反らした瞬間に消えた様に錯覚した。
「あれっ? ……消えた、何処へ行った?」
「あーん、怖かったぁ!」
「よしよし、もう大丈夫だ! 私は奴を追う、君は安全な場所で隠れてくれ」
「はーい!」
爽やかな笑顔を見せ、隊員は走り去っていった。
ポツン、と残されたマモルは自分自身を抱き締めた。
「……ごめんね、ボクは使命なんて初めから興味は無いんだ。アレが何であろうと知ったことじゃない」
顔を紅潮させる。頭の中にあるのは彼に対する思いで一杯だった。
「ボクの神様はアルクだけ。ボクだけが彼を認めてあげられる存在。だから、アルクさえ居れば他に何も要らない……」
ここは一部の人間しか入る事が出来ないIDEALの地下研究所。
ヤマダ・アラシはボサボサの髪を掻きながら、巨大な水槽を眺めていた。そこに反射して映る自分の姿を見て、いい加減風呂に入らねば、と思って大きな溜め息を吐く。
「エゴ・イデアル……自分の中の神、か」
水槽の中に浮かんでいるのは大きくて紅いゼリー状の物体。水の揺らぎで上下左右にプカプカと移動を繰り返している。
「私の中の神はどんな形だい?」
手と額を水槽に当て、優しい口調でヤマダは問いかける。すると紅いゼリーはヤマダの方へと近付いていき、触手の様に伸びたゼリーはガラス越しにヤマダの額に触れた。
「うん……やっぱりそうか。その形になるのか」
ゼリーは人型に変化する。ゴツゴツしていて肩や頭が角張っている、人間と言うよりロボット。それは《ゴーアルター》にそっくりだった。
「お前はイミテイトの死骸の塊、こうして粘土遊びみたいな事しか出来ない。だけど、ゴーアルターは違う。アレはヒトに取っての希望……」
分厚いガラスの壁に体を密着させていると、後ろからゆっくりと足音が聞こえてきた。そのリズムは振り向かなくてもヤマダにはわかっている。
天涯無頼(テンガイ・ブライ)だ。
「……こんな所に居たのか」
「司令、プライベートプライバシールームなんだぜ? ノックぐらいして欲しいんだけどなァ」
「……イドル計画の残りカス、虹浦セイル以外は処分した筈じゃ無かったのか?」
「んん? 何だったかなァ?」
「……しらばっくれるな。“ガードナー”も再び活動を開始した。過激派連中に嗅ぎ回られるのは厄介だからな」
そう言った天涯の右足が揺れている。
これはかなり苛立っている合図だ、とヤマダは少し焦った。
「ほらほら、何事にも保険って大事なんですよォ。ゴーアルターがシンカする為にね? まぁ、今はアルク少年が居るからどうでも良いんだけど…良いんだけどなぁ。で、処分しちゃったの?」
「……再調整で使えるかもしれん。出来るだろ?」
「まるで悪の組織! 嫌いじゃないわァ!」
一瞬だけ目を輝かせる、が直ぐに怪訝な顔に戻った。
「でも、それどころじゃ無い事は説明したっしょ?」
「……exSV(ゴーアルター)がリセットされたなら変更すればいい。あの少年ではやはり無理だ。“器”には成れない」
「ゴーアルターはもう彼の物だ。私が乗っていた頃と違って、ダイナムドライブは少年と馴染んでしまっている。超常概念反転砲(イマジナリーブレイク)を撃ってもゴーアルターは彼を離さないし、彼もゴーアルターを離さない」
「……アルターエゴ化。アレが奴の神だったのか?」
赤黒く変化した《ゴーアルター》は、まさに鬼神と呼べるほど荒々しい戦いを見せた。その際、同乗者である歩駆の口調や表情が普段のモノと違う事を司令室に居た時任等も確認している。
「どうだろうなァ? 単純に中二病かも知れないし、少年の中にある神の具現化なのかも知れない」
「……だが、人間一人の神では足りない。人類全ての神を統一する必要がある。その為にexSV……真道歩駆には、ヒトを装った神の器になってもらう」
天涯は水槽の紅いゼリーを睨む。その気迫に慄いたのか意識など存在しないゼリーは畏縮して分裂した。
「しっかし、あの黒いSVめ……覚醒の手助けになったが余計な事もしてくれた! 隙を見て入れ換えてやろうと思ったのに計画がパァだ、パァ!」
ヤマダはデスクに座るとキーボードに何やら打ち込む。すると、床から大きい試験管の様な物が競り上がってきた。
「でもお陰で再生治療が早まったのは不幸中の幸いとも言えるが……何ともまぁ難しいわな」
その中身。紅い液体に満ちており、口の酸素供給マスク以外は一糸纏わぬ裸の少女が浮かんでいた。起きる気配は全くなく、死んだようにピクリとも動かない。
「少年の少女。渚礼奈の再生は、あと少しで終了する。だが、魂の無い空っぽの器に奪われた魂を移すには一体どうしたらいいんだァ? やっぱ直接あのイミテイトに聞くしか」
「いけませんよ。彼女、自分が渚礼奈だって思ってますよ」
唐突に現れたのは時任久音だった。ヤマダはいつの間にか背後を取られ、椅子から転げ落ちた。
「だァからドアノックして入れっつってんだろがァー?!」
「エレベーターですからね、ここの入口」
後方を指差す時任。ヤマダは舌打ちをしながら、服装を直して椅子に腰掛けた。
「今は上にいる彼女、心臓にイミテイトの“コア”が有る以外は完全な人間ですね。記憶も完全に渚礼奈の物ですがイミテイトだとは思っていません」
「少年に言ったか?」
「言ってませんよ。正体が何であれ、私は恋する女の子達の味方ですから」
時任は笑顔で答える。ヤマダは時任の何を考えてるかわからない細目の顔が嫌いだった。その微笑みもヤマダからすれば仮面の様に思える。
「所でボス、ここに来た用件はなんなのさァ?」
「……それは」
天涯が何かを言いかけた、その時。軽快なクラシックのメロディーが、部屋を反響して響き渡る。音の発信源は時任の携帯電話だった。
「はい、時任です……はい……何ですって?! それはどういう……」
素っ頓狂な声を上げる時任。はいはい、と相手の返事を聞き入り数十秒、とても微妙な表情で電話を切った。
「悪い報告があります……」
「……何だ」
「勿体振らずに早く言えやァ」
「それが、ゴーアルターが……消失しました!?」
焦る時任を尻目に、男二人は全く表情を変えなかった。
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